出会ってしまったら、逃げたほうがいいですか

 勘違いだと思います。

 さっきから何回言ったか分からないこの言葉を、僕は青い服の大人二人に囲まれながら発した。この日本という国の安全を守る上で大事なお仕事をしているのは承知している。でも、僕に対して用事があるっていうのは、困る。


「このへんでおかしな格好をした人がいるって話で、ちょっと話を聞いてもらいたいんですけど」

 左の痩身の男が丁重に胸のあたりをめくった。例の有名な金色の証がある。


「それは、さっきあったとかいう大きな音の話でしょうか」


「そうそう、そこの通りでさっき爆発があってん、そっから変な格好した男性が出てきたってちゅう通報があって、今目撃者探してんのやけど」


 やや訛った口調のこちらの男性は身長こそ平均的だが、制服がチューブがごとく膨らんでいることころを見るに、かなりの膂力である。力ではたいていの人間をねじ伏せられそうだ。それにもう一人のほうも、見かけ以上に頑健な様子。


 僕の貧弱な運動性能では、まちがいなく自力での突破は不可能だろう。


 この二人組が探しているのは僕だ。僕は自律思考型アンドロイドK-1827。俗に言うところの、AIで動くロボットらしい。しかも僕の設計思想はテロ用の擬態ぎたい型戦略破壊兵器。内部に存在するユニットからエネルギーを放出し、超破壊規模の爆撃を行うことができる。


 それを考え出した恐るべき博士がいた。つい15分前までは。

 どうやら人間には寿命というモノがあるらしく、僕を作り上げ、歓喜に打ち震えた彼は高笑いとともに両手を突き上げると、あっさりと天寿を全うしてしまったのである。起きた時には、僕は倒れ伏した博士を眺めたままだった。


 なんかちがう?そんな馬鹿な。


 そんなわけで僕はひとり、その場に取り残されてしまった。そして、なんかのはずみで自爆スイッチが作動し、僕を除く博士の自宅全てが吹き飛んだのである。


 しかし、これを素直に話してもおそらく状況は悪化するばかりだ。多分さっき話した老年の女性がこの二人組を呼んだっぽいし、知らないふりをしたほうがいい。


「そうですか」


「でね、とりあえず荷物を調べさせていただきたくって」

 含みを持たせた口調で男は僕の顔をのぞき見る。その目線に何かを感じて、僕は顔をやや背けがちに荷物を突き出した。


「ええ、いいですけど」 


 特に、鞄に持っているものはない。外出があったときに必要なものはだいたい吹き飛んだあとにゆくえが分からなくなってしまった。


「身分証などはお持ちですか」

「いや、持ってないです」


 棒読みで返す。もちろん身分証が僕にあるはずはない。だが、実際それを言ってよいことが起こるはずもない。それでもそこに正確な答えが必要なのか、痩身の男が聞き返す。


「忘れた、ということですか」


 一瞬の間を開け、僕は考えた。


「今持ってないなら、そうだと思います」


 記憶があいまいであるというふうを装ったほうがいい。


 答えたその間に、手を肩に回される。安全ロックと見まがう感覚がすると、僕の足は固まった。認識出来ない間にそっと後ろに回った一人が顎を除く僕の移動を制限し、もう一人は前方を塞ぐように立っている。


 参ったな。


「ごまかせる思ったら大間違いやで。自分、煙浴びたやろ。においついてんねん」


 におい、とは盲点だった。長い間、半地下の部屋で放置されていた僕は、外のことを知らないまま過ごしてきた。人間との接触もほとんどなかったし、どの程度まで人間が知覚できるのかを知らない。


「嗅覚は他の動物より使わないはずなんだけどな」


「正直に言うてみ。自分、なにしてたん」

「何もしてないです」

「嘘はあかんで」


 僕が見たものは、無造作に散らばった服、コードの束。今にも発火しそうな(実際発火した)研究書類とメモの数々に、バックアップデータが含まれていた可能性のあるサーバルーム、たくさんのHDDや光ディスクに、骨董のような大きさのフロッピーディスク。


 それにそれとなく床に置いてあった自爆スイッチ。踏んでから気づいたやつだ。

 でもそれをこの二人組に吐いたところで、よくなるビジョンが全く見えない。


 どうしたものか。


「あんた、隠してるんちゃうか」

「どうしてですか」

「刑事の勘や」


 肘を擦りつけてくる。


「現在は物証のない捜査はあまり推奨されていないそうですが」

「硝煙の匂いがそうやないんならな」


 人間は一般的にどうやってこういう窮地を逃れているんだろうか。国家権力の執行ができる人間に対し、一般人がまともに対抗できるとも思えない。

 

 彼らから見れば、僕はすでに被疑者ひぎしゃであり、犯人である可能性が高い人物として警戒されている。僕も爆発させられそうになった被害者なんだが、そこを素直に証明しようとすると、またややこしい別の問題が発生してきてしまう。


 これではせっかく世界を滅ぼさずにすんだというのに、僕が安心して暮らすどころではなくなる。本末転倒的な感じのやつだ。


「うーん、僕の自慢の頭も、こういう時には役に立たないのなあ」


 インターネットに接続して、検索してみることにする。


 検索「警察に疑われたときにするべき方法」


 ・従ってください


 無理だ。間違いなく、永遠に拘束されることが確定している。医療器具でも当てられれば一発で人間じゃないことが判明するだろうし。


 ・弁護士に相談してください。


 これは弁護士事務所の広告がついている。犯罪を疑われたときは……とか。

 できたら一番だけど、僕には電話する機能なんかはついていない。ちょっとICTができるだけの普通の人間である。その時点で「普通」じゃないけど。


 ・逃げる


 もうほとんど拘束されているような状況だし、軽犯罪じゃないだろう。

 逃げるが勝ち、ではない。負けだ。


「きみ、素直に来てくれるだけでいいよ。僕らも困らせたいわけじゃないしさ、お互いにそのほうが楽だと思うんだよね」

「周りの人から聞いてんねん、こっちは」


 警察も「落とし」のターンに入っている。まずい。そのうち従わないと任意から強制にされるし、本格的に怪しまれてしまう。おそらく誤解されていると思うけど、別に僕は心理的に困っているわけではない。物理的に僕の存在がバレたらまずいのである。


 そんな時だった。


 そこに何もないはずの住宅街の茂みが、ピカッと光った。カメラでも見ないほどの、異様な閃光がこちらに向けられてしばらく、周りの通行人を含めた人間数人が地面に頭を抱え込む。


 一切何も見えないまま、必死に見え方をなんとか調整していると、けたたましい叫び声を上げながら、何か陰がこちらに向かってくる。


「オー、ヒロシ、ここにいたんデスカ!」


 突如としてテンプレートから用意したような茶髪碧眼へきがんの少女が駆けてきた。

 

「えと、初対面では」

「シーッ!!」


 少女が、僕の口を押さえる。指先から、少し強めの香水のかおりがした。そしてもう片方の手で羽織ったコートをめくり、何かを渡した。


「コレ、見てくだサイ」


 困惑した様子で、痩身の警官は手を引っ込めた。そのまま、肩に挟んだ通信機に顎を傾け、通話した。応援がどうとか。


「こういうのは、受けとっちゃダメなんで」

「なんだ、自分も関係者かいな」


 緊張感が増した。耳を切りそうな空気の中、紙を奪い取った太めの警官が、痩身の男に声を上げた。


「お前っ、この人は……」


 腕がゆるむ。その隙に少女は僕をすっと後ろに引きずり下ろして(感覚からしてそうにしか感じなかったのだ)、警察官二人の正面に立った。


「疑うのもいいデスガ、よく見て判断しなサイ」


「えと、君は?どうして」

「私、このコの家にホームステイしてるんデス」


 二人が、何か顔を見合わせ、何かに思い至ったように頷くと、少女に敬礼した。


「そうですか、それは失礼しました」


 あとでまた現れるだろうな、という感覚である。なんか腑に落ちない顔で二人はその場から離れていく。

 見るに、この人は警察を黙らせるなんらかの権力の持ち主であるのは確かだ。さらに面倒なことになりそうな予感がする。


 制服の二人を路地で手を振って見送ったあと、そのまま彼女は僕の手を取って、路地に引き寄せた。

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