エクスプロージョン的なのが日本を焼きマスが、恋しマスか?

輪ゴムパスタ

燃え尽きてしまったらしいんですが。

「ヒャッホーイ!!!つーいに完成したぞい、ワタシの最高にして最強の兵器、

 首都滅却めっきゃく擬態ぎたい型戦略破壊歩行ユニット[K――1!8!2!7ァ!]がッ!!ウゥ、グエホ!グエホッ!!!」


 博士は暗闘の日々を過ごした部屋のほこりをまき散らしながら、狂喜きょうきおぼれていた。彼が作り上げたのは、人類史上最も優れた発明でありながら、おそらくこの惑星を死に至らしめん可能性のある最悪の兵器である。それは彼の割とくだらぬ因縁と復讐欲の結果生み出された、悲しきモンスターであった。

 

 フランケンシュタインの怪物など、この手の博士が作り上げてきた産物は皆一様みないちように凶悪でありながらひとかけらの良心をあわせ持ち、最終的にはかわいそうな目にうことが確定している。残念ながら、今回もそのようにして生まれてきた悲劇の主人公がちょうど誕生しようとしていた。


「さあこのボタンを押せば、全てが無に帰すのだ。このワタシを馬鹿にしてきた科学省の奴らに、ワタシがたった一人の犠牲者を出しただとかいうくだらない理由で研究を中断させた政府に、そして学生時代に抵抗運動のデモをしていたというだけで内定を一つも寄越よこさなかった外面しか考えぬ企業どもに、そして愛する者をことごとく奪ったこの国への、最後の抵抗だ、ヒャーハハハ!!」


 博士は、割と狂っていた。だが、これを作り上げることは彼の生き甲斐がいであった。彼がこの作品を作り上げ、かけた年月はまさに40年。非常に長い時間である。


 ただ、そんな長い時間をかけて作ったものはどうなっているか、皆さんはお察しの通りだろう。サグラダ・ファミリアしかり、昔からの手法で作られているにもかかわらず、何らかの初期不良が襲うことは免れない。


 外見的には完璧なのにだ。

 この天才の脳内では完全なのに、実際不完全なものが作り上げられてしまった。


 まず、スイッチによる起動。このユニット、非常にアナログである。今この時代、無線通信を使ってどうこうするのが一般的なのに、こいつは自分で起きることもできない。

 しかも、長い年月が経っているせいで内部の仕組みが完全にパスタコード化していて、博士以外の誰が触ってもまともに改良することもできない。というか、本人でさえもうどこをどう改良したかも、覚えていなかった。


 で、結局スマートフォンによく似たコントローラを使って、強引に起動することにしたのだった。


「起きろ、我が孫よ、起きるのだ。終末の時がついにやってきたぞ。早く、早くワタシにその顔をみせておくれ」

 

 博士は禿げ混じりの白髪を掻きながら、いとしげな口調でユニットの頬をでる。目を細め、笑いかけてはいるが、そのまなざしは全く柔らかくない。この博士はこの孫を5分後に都心部で吹き飛ばそうとしているのである。

 その覚悟を決めた博士であるが、なんとなく愛着のようなものを持っていた。


 そのせいだろうか、博士にとって計算外であったことが起こった。手塩にかけて作り上げた人間そっくりの擬態型戦略破壊ユニットに、自我が芽生えたのであった。


 博士はコントローラを握り絞め、壁や天井に生き物のように張り巡らされた導線の先にある、周囲のありとあらゆるスイッチをねじり、引き、押し上げ、つまみ、押し込んだ。

 そして強い力で中心のボタンを押し込む。


「いいぞ、いいぞ、今だ、早う。早う起きるのだ!!ヒャハハハハハ!!」


 よくありがちな高笑いをしながら、博士は腰の具合も無視して、思い切り上体を反らした。うぐ、と悲鳴を交えながらも彼は満足げに口角を裂き、その場で最終兵器は起動するはず、だった。


 しかし。


「どうした、K-1827。なぜ起きん!!なぜ起きんのだあああ!!」


 当然である。実はこの時点ですでに命令は実行されていた。実際には、「起きていた」のである。ではなぜ何の反応も示さないのだろう。

 博士は困惑した。


「ワタシのプログラムや設計は完全だったはず。まさかどこかにミスが起こったのか?いや、40年モノだぞ。確かにあり得るかもしれん、しかしワタシの優れた頭脳をもってして、その過程で見逃すミスなどはあってはならない」


 博士はひげを触りながら、ユニットを上から下までじっくりと観察し、手持ちのコントローラに映し出されたステータスメッセージを見つつ、その周囲をうろつく。


「やはり念入りにチェックしたのだがなあ」


 実際、彼の調整は完璧だった。その結果、ほぼ人間に近い存在が誕生してしまったのである。現在の季節は3月の終わり頃。まだ冬の寒さが残っている早朝であった。そんな時期に、人間がどのようにして起床するだろうか。


(起きたくない)


 ユニットの中に生まれた自我は、そう考えていた。

 寒い。なんかうるさく呼びかけられているが、起きたくない。

 布団からでたくないというあの人間の欲望、それが機械である彼にもすっかりコピーされているのである。


 そうしたささやかな反抗をしている間に、彼を鈍い衝撃が襲った。


(うっ……)


 アンドロイドである彼にとっては、たいした刺激ではない。けども、何度も何度もそれは繰り返されている。

 あまりにもしつこい。しつこすぎる。


(う、ううーん)


 起きるしかないらしい。ゆっくり、ほんのわずかに、まぶたを開けた。仏像が開けているといわれる半目よりも、もっと少しだけ。


 だが、起きてはじめに彼が見たものは、一昔前のテレビをパワーで起動させるような起動法を試して、強引に彼の頭を叩き続ける博士の姿である。


(殴られ続けるのは癪だから、起きないでおこう)


 そうとも知らない博士は、ひたすらに懸命に最終兵器の孫を起こすことに躍起になっていた。

 

「くそお、なぜ起動しない、なぜ、どうしてワタシは……」


 両手を天高く突き上げ、そして。


「畜生ッ!!!、う、うぐぅっ……」


 憤死ふんしした。

 高校の世界史にいる、ボニファティウス八世くらいでしか聞くことのない死に方である。


 あ。


 生きていればいい意味であろうが、悪い意味であろうが人類史に確実に名前を刻んだであろう偉大なる博士が、たった今。

 自身の発明品の二度寝のせいで、天寿を全うしてしまったのである。

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