遠雷 (KAC初参加)

遅筆丸

遠雷

傷ついた若いバッファローには三分以内にやらなければならないことがあった。眼前の群れに追いつかねばならない。やっと追いつけると思ったバッファローの群れは昼食を終え、また走り出そうとしている。

 その荒野には何もなかった。しかしそれ以上に、群れの通った跡には何もなかった。これほどまでに破壊しつくされた景色を見るのは彼にとって初めてであった。

 全身傷だらけで足の曲がった雄牛は死物狂いでびっこを引き、群れを追いかけた。


 昔、よく面倒を見てくれた老いたバッファローから聞いたことがあった。かつてはどこまで行っても緑が広がり、小鳥の鳴き交わす豊かな地が広がっていたという。

 仔牛は幼ながらにそのような豊かな地を見てみたいと思った。そこで大人たちになぜ草木はなくなったのか問うた。大人たちは誰も理由を知らなかった。

 やがてたくましく成長した雄牛は群れの先頭に立った。そして仲の良い同年代の者を集め、どうにか緑の大地を取り戻せないかと考えた。大きくなった群れが大地を傷つけているのだと結論付けた彼は、その日から年老いたものから順に一頭ずつ置き去りにし、群れのを半分まで減らしていくことにした。いくらかの仲間は千の群れの一頭に戻り、真の同志だけが彼のすぐ後ろを走った。群れは順調に小さくなっていった。

 その日も雄牛はふと考え事をしながら群れの先頭を走っていた。その一瞬の気の緩みは彼の右前足をくじくのには十分だった。転がった彼を同志たちは心配の声をかけつつ通り過ぎ、重い若牛は気にも止めず踏みつけ、また中年の牛たちは蹄に粉砕された石を彼の顔にあびせ、最後尾の気を病んだ孤独な若牛も上がらぬ足で哀れな雄牛を踏み越えていった。八百の群れは彼方へ消えていった。

 折れた足をかばいながら雄牛は思い出した。ある年、大地には千の群れを支えるだけの食べ物がなかった。空腹で眠れない夜中に起こされ、寝ぼけたまま歩いたことがあった。不思議とその日から食べ物に困ることはなかったが、以後あの老いた牛に会うことはなかった。

 雄牛はひどく茫然とした。そして足を止め、涙した。彼の体毛に蝿が寄ってきたが、いつもやるように払おうとはしなかった。溜まった涙には名も知らぬ小虫が水を求め集まってきた。


やおらに砂塵が上がった。くたびれた雄牛は食事を終えた群れが移動を始めるのを陽炎の中に一瞬見た。獣は、しかし、右前足から崩れるように座り込みそっと目を閉じた。あの年老いた牛のことを思うと、少し穏やかな心地がした

群れに戻ろうなどということは、もはや雄牛とって恐ろしいことであった。

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