第79話 ミナセの過去
私達は双子として生まれた。私がマイで、妹がユイ。ダンジョン出現前のことは、もうハッキリ思い出せないけど。
12年前。日本に現れたダンジョンの1つ、神田明神のダンジョンから溢れ出したモンスターに私達の両親は殺された。親戚もいなかった私達は施設に入れられて……当時、施設は酷い有様だった。
食べ物も何もかもお金があるヤツから手に入れて行く。親がいない子供にはそんな物まともに回って来ない。今では考えられないかもしれないけど、そんな状況だった。とにかく社会全体が生きることに必死だったらしい。先生からは混乱してるから仕方ないと言われた。
14歳になった時、私とユイは耐えかねて逃げ出した。だけど、誰も私達を引き留めなかった。そんなことを気にする余裕すらなかったのかもしれない。
仕事をしようと色んな会社やコンビニ、日雇の仕事なんかも回ったけど、どこもダメ。結局、飢えるしか無かった。当時、自分の体を売ろうかなんて真剣に考えていた。だってしょうがないよね? ご飯食べなきゃ死んじゃう。それが嫌だった。楽しいこともこれから沢山起こるはずだったのに、それを奪われてそのまま死ぬなんて悔しいじゃん。
そんな時、アイツに出会った。
九条アラタに。
アイツは私達に「探索者にならないか?」と誘った。九条商会を立ち上げたばかりだから人手がいる、探索者になってダンジョンからアイテムを持って来れば報酬を払うって。私達はその誘いに乗った。他に道は無かったから。
アイツは私達を九条商会に招き入れると、探索者の登録をさせた。登録名は適当に付けた。私は母方の旧姓、ミナセ。ユイは名前そのまま。特にこだわりも無かったしそのままにした。
探索者の登録に年齢制限があるのは知ってるよね? 14歳だった私達は、普通には登録できないと言われた。だから
だけど、そこから始まったのはそれまでが天国だと思える日々だった。
私達は経験も何も無い。それを教えてくれる人なんていなくて、そのままダンジョンに放り込まれた。モンスターに喰われたらそれまでだって、商会の仲間からそう言われた。
初めの1年間はとにかく必死で、モンスターを倒して、スキルツリーを伸ばした。食べられる物はモンスターだって食べた。ユイも、私も。とにかく生きてやるって思った。そうしていると、スキルツリーに身体強化の魔法が現れた。私達はそういうのに適性があったらしい。それを取得して、ダンジョンに潜る。普通は他人に使うはずの強化を自分に使って、その力でモンスターを倒した。
それをひたすら繰り返した。生きる為に
しばらくすると、また九条アラタが現れた。ヤツは「もうダンジョンに潜らなくていい。代わりにやって貰いたいことがある」と言った。
後から仲間から聞いた話だけど、私達の身体強化が対人戦に使えると考えたらしい。
そこからは対人戦の訓練が始まった。九条アラタの部下、元格闘家というヤツに毎日毎日ひたすら殴られ続けた。痛くて嫌だった。気絶して目が覚めると、次の日の戦闘訓練の時間だった。
次は、ひたすら合図と共に目の前の探索者を壊せと言われた。腕を折って、関節を外して、首を締めて……素手でも戦えるように。それを徹底させられた。回復薬と回復魔法で治して貰えるけど、痛みが消える訳じゃない。相手はユイで……私は嫌で……でも、ユイはいつも本気だった。それで、いつも私が負けた。
その訓練が終わった後は……色んな人を傷付けた。マスクで顔を隠して、探索者を襲い、アイテムを奪う。これを毎日。
知ってる? 人をね、殴ったり傷付けたり、時には……したり、毎日してるとね、徐々に何かが壊れてくの。相手を見て痛そうとか、可哀想って思う事が無くなる。それが最初の変化。
次は、相手のどこを狙えばすぐ仕事が終わるか考えるようになる。そのうち何も感じなくなって、ある時からスイッチが入るようになる。そうなると、目の前の人が、自分と同じ人だと思えなくなる。人形みたいな感じ。痛がって叫んでも、泣き喚いて助けてと言われても「うるさいなぁ」くらいにしか思わない。
それを嫌とも思えなくなるともう末期。戻れない。どれだけ戻そうとしても、一度壊れた物は戻せないみたい。私も……まぁ、それは後で言うよ。
ごめん、話が逸れたね。どこまで話したっけ……あ、そうだ。仕事の話だよね。
私とユイは別々に仕事をするようになって……ほとんど顔を合わせることが無くなった。たまに同じダンジョンを狩場にする時があったんだけど、ユイに話しかけても、無視されるようになった。仲間が話すユイの噂が聞こえて、それであの子の状況を知った。
すごいアイテムを手に入れたとか、厄介な探索者を始末したとか。それで九条アラタに気に入られていることだけは。元からそうだった。ユイはいつも私より要領がいいの。だから人に好かれやすかった。
その反面、私は仕事はこなしていたけど……大きな成果は上げられなかった。
そんなある日、失敗をしたの。襲った探索者に返り討ちにされた。それがカズ君……ジークリード。当時のカズ君は、波動斬は使えなかったけど、閃光スキルを育て上げていた。速すぎて、私にはどうすることもできなかった。
元々落ちこぼれだったし、仕事にも失敗した私は、一気に居場所が無くなった。
九条アラタには九条商会を辞めても良いと言われた。正直に言うとありがたかった。あの頃から九条商会には革命だのなんだの言う人が増えていたから。初期の頃の雰囲気はすっかり無くなって、違う方向で過激になっていったし。
それに……私は、色んなことに疲れ始めていた。九条商会に相応しくない探索者だとか言われて、他のメンバーから散々嫌がらせされてたし……だから私は覚悟を決めて辞めたいと言った。
殺されるかと思ったけど、むしろ九条には感謝された。「今までよく働いてくれた。妹のことは心配するな」って。急に優しくなって気持ち悪いなと思った。
まぁでも……ユイはヤツに気に入られてる。殺されることは無いだろうと思った。自分のことしか考えられない酷い姉だよねホント……思い返すと嫌になる。とにかく逃げたかったのかも。とにかく毎日が嫌で嫌で。でも死にたくはなくて、ここから逃げれば、何か変わるかもって。
だけど、自分のことしか考えなかった報いはすぐに受けることになった。
九条アラタが許しても、九条商会の他のメンバーは私を許さなかった。特に後から入って来たヤツら。九条を信奉してるクセに、私への言葉は信じなかった。私が九条を誘惑したとか意味分かんないことも言われた。
私は他のメンバーから袋叩きに遭って……動けないようにされてから、
阿佐ヶ谷のダンジョンはね、東洋の龍みたいなボスが徘徊してるの。入り口付近でもボスに遭遇する可能性は十分にある。そして、そのボスはすぐに私に気付いて……食べようと襲って来た。
体はフラフラで上手く動けないし、魔法も封じられてた。逃げて逃げて、なんとか助かろうとした。
九条商会のヤツらは笑っていて、私がボスに喰われる所を遠くから見物していた。
とうとう動けなくなって、龍の顔が目の前まで来た。色々頭をよぎったよ。運が悪かったなとか。私は絶対親の所にはいけないだろうな……とか。
そうして覚悟を決めた時。
龍の頭に剣を突き刺した探索者がいた。龍は暴れ回ってダンジョンの壁を壊しまくった。私は意識を失くして……。
次に目を覚ました時はカズ君に抱き上げられてた。ジークリードが助けてくれたんだって、その時分かったの。九条商会のヤツらも倒されていて、すごいと思った。私はカズ君を襲ったことあるんだよ? なのに……。
カズ君は「目の前で人が死ぬのは見たくない」って言った。偽善者だなって思ったけど……でも、嬉しかった。自分が助けて欲しいと願った時に来てくれたジークリードは……カッコ良かったの。
その後はカズ君も知ってる。シィーリアと会って、ジークリードとコンビを組むように言われた。私は、シィーリアにだけ今までしてきたことを伝えた。管理局の再登録に必要だったから……その時、こう言われた。
──ダンジョン内に法は無い。だからオヌシの罪は妾が裁こう。オヌシはジークと共に死ぬまで弱き物を救うのじゃ……って。
最初は警戒した。私のこと騙して救った風に見せて、どこかで突き落とそうとしてるんだと思った。
でも、そんなことは無かった。カズ君は人を助けることしか興味が無くて、中二病みたいなことを言うこともあるし、どこか抜けてるし、すぐ視野は狭くなるし、誤解されやすいことばっかり言うけど……すごく、優しい人だって分かった。
シィーリアは、私が昔やったことを絶対に責めなかった。受け入れていれば良いと言って、私のことを支えてくれていたと思う。
悪く無い日々だった。カズ君のやってることを見る内に、カズ君が人を助ける所をみんなに知らせたくなって、配信を始めた。
配信を始めたら私も人の目を意識するようになって、普通に笑えるようになった気がする。
でも私、ジークリードのこと利用しようとしたり、陥れようとしたりするヤツを見ると我慢できなくて、自分のこと抑えられなくて……色々やった。人殺しだけは、やって無いけど。でも、色んな人を傷付けた。
私ができることはこれしか無いと思っていたから……。
でも、その後も変化はあって、鎧さんやリレイラさん、アイルちゃんと知り合って、カズ君も少しだけ変わって……私は……。
私は……。
楽しいなって思えた。
スキルイーターにやられて死にそうになったりしたけど……みんながいて、カズ君がいて、一緒に何かを目指す日々が……好きだなって、そう思えた。そう思うと、誰かを傷付けようとか、思わなくなっていった。
ただ、ユイへの後悔だけは残ってて……。
私はシィーリアに頼んでユイが無事かをずっと調べて貰ってたの。それで見つかったのがついこの前。
ユイに会って、話して……許して貰うつもりも無かったけど、ただ謝りたかった。私が逃げ出したことを。
ユイは私を殴った。体を押さえられて何度も何度も。殺されると思った。それまで殺されても仕方ないと思ってたのに、いざそれを実感すると怖くなって……咄嗟に反撃してしまったの。ユイはさらに怒って、私の腕を折って……でも、ユイは急にスイッチが切れたみたいに手を止めて去って行った。
──ハンターシティに出ろ。そこで殺してやる。
去り際にそう言って。逃げたらどうなるかは、反射的に分かった。それが今日アイルちゃん達に起こったこと。
ユイは私のことを絶対に許さない。私を殺すまで、止まらない。私がユイ1人を置いて行ったから。1人だけ助かろうとしたから……。
私1人だけ、笑ったから──。
―――――――――――
あとがき。
次回、ミナセの過去を知った461さん達は……。
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