第78話 シィーリアの屋敷
ジークに付いて行った先は渋谷だった。俺とリレイラさんが東京で再会した
中学校の前を過ぎ、高そうな家々のある通りをさらに進むと一軒の屋敷があった。人の背の高さからは奥が見えず、門しか見えない屋敷……ここがシィーリアの屋敷? すげー所に住んでいるんだな。
ジークが門を数回ノックするとゆっくりと門が開く。その中へと入ると、目の前が一瞬にして真っ白になった。
眩しい。思わず目を閉じてしまう。
「ここは、我らの世界の……!? ここって……」
リレイラさんの驚く声がする。ゆっくり目を開くと、俺達が立っていたのは小高い丘の上だった。そこから広がる景色。上空には雲が流れ、太陽の光が辺り一面を照らしている。迷宮のように張り巡らされた生垣に噴水。それがとてつもなく広い庭園を形作っていた。その奥に見える白い建造物。
「あ、あれ何!?」
アイルが額に手を当て奥の建物を見つめる。確かに扉の向こうに立派な屋敷があるとは思ったが……想定外の広さだ。ここ、本当に渋谷か?
「シィーリアの屋敷だ」
ジークが呟くと、アイルはアタフタと驚いたように辺りを見渡した。
「や、屋敷って……あんなの宮殿じゃない!? ていうか明らかにさっきまでの光景と違うんだけど……って何これ!? えぇ!? 入って来た場所は!?」
後ろを振り返っても入って来た門が無い。見えるのは遥か彼方に見える山だけ。一体どうなっているんだ?
「この土地には空間の歪みがあったのじゃ。そこに妾の屋敷を転移させておる」
声の方を振り返ると、そこにはシィーリアが立っていた。いつものスーツ姿ではなくドレスのような格好。黒ベースに赤い差し色の入った高そうな服……どういう状況なんだ、一体?
「ぶ、部長! なんですかこれは!?」
「リレイラには言っておらんかったかの? あっちの世界に家を残したまま集中して仕事などできぬじゃろう。それに、この空間……放っておくと予想外のダンジョンが転移してくる可能性があったのでな」
「そ、そうだったのですか……私もそうすれば……」
「なーにを言っておるのじゃ。妾だけの特権に決まっておろうが」
「あ、そうですよね……やっぱり……」
呆れたようなシィーリアとどことなく間の抜けた様子のリレイラさん。普段の2人がどんな風なやり取りをしているのか何となく分かった。
「へ〜聞いてたけどアナタがリレイラの上司? すご! お人形さんみたいね!」
「ちょっ!? アイル君! あんまりフランクすぎるのはちょっと!」
リレイラさんが慌てた様子で止めに入る。しかし、アイルは不思議そうな顔をするとシィーリアの目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「なんで? 今はプライベートでしょ? きっとこの子いつも気を張ってるから普通に接して欲しいんじゃないかしら。ね〜? 小さいのに大人の面倒見るなんて大変だよね〜?」
アイルが女児にするようにシィーリアの頭を撫でる。
「……」
シィーリアの瞳孔が猫のように細くなる。リレイラさんはその様子を見てブルブルと震えていた。
「た、大変だ……部長を怒らせたらこの周辺消し飛ぶぞ!?」
マジか。シィーリアってそんなに強いんだな……。
でもアイルのヤツ、リレイラさんから言われたこと覚えてないのか? シーリィアはこんな見た目でもリレイラさんの倍は生きているロリバ……老女、いや熟女? なんて呼べばいいんだ? とにかく、そういう存在だってことを。
でもなんでだ? ちゃんと話してたはずなのに。
……。
あ!
多分間違えてるんだ。この前亜沙山一家の
「シィーリアちゃんは偉いわね〜♪」
笑顔で頭を撫でるアイル。それをジッと見つめたシィーリアが口を開いた。
「そうなのじゃ♪ 妾いっつも出来の悪い大人に囲まれて苦労しておる! お姉ちゃんは優しくしてくれるかの?」
「うん! いっぱい遊びましょ! 私、天王洲アイルって名前で活動してるの。よろしくね!」
「アイルちゃん! 妾の屋敷を案内するのじゃ〜」
甲高い声。急に笑顔になったシィーリアは、アイルの手を引いて走って行ってしまった。
「た、助かった……でもなんで部長、子供のフリを……」
ガックリと膝をつくリレイラさん。その背中を摩っているとジークが溜め息混じりに呟いた。
「シィーリアは初対面で子供と間違えた者にああやって接するんだ。相手が自分の素性に気付いた時、青ざめる姿を見るのが好きらしい」
俺達が屋敷の前に着いた頃にはシィーリアの素性を知ったのか、アイルは真っ青な顔で平謝りしていた。満足そうなシィーリア……。
性格悪いな。
◇◇◇
シィーリアに案内されたのは客間の一室だった。彼女に続いて中へと入ると、1人の女が窓の外を見ていた。パジャマを着て右腕には包帯をしているが……俺達のよく知る女探索者、ミナセが。
ジークが彼女に歩み寄って体調を聞いている。ミナセは苦笑しながら心配しすぎだとジークに答える。公園で襲われた事がフラッシュバックし、近付くのを戸惑ってしまう。そんな俺達を見てシィーリアが口を開いた。
「案ずるな。あの子はオヌシ達のよく知るミナセじゃ。先ほど襲って来た女ではない」
ミナセが、ゆっくりとこちらを見る。
「ごめんね……みんなに迷惑かけちゃって……」
彼女は悲しそうな顔をしていた。こんな顔を見るのは初めてだな……ミナセの肩に手を乗せて、ジークが口を開いた。
「今日お前達を襲ったのはミナセの双子の妹、ユイだ」
「双子!? ミナセさん妹がいたの!?」
驚くアイル、リレイラさんは端末を取り出し表情を曇らせた。
「……ユイ? そんな探索者情報はないぞ」
「……」
顔を背けるジーク。彼は悔しさに耐えるように唇を噛んだ。ミナセの妹がなぜ俺達を? 頭を巡る疑問。どれだけ考えても答えは出ない。
「うん……私とユイは
九条商会だと?
その言葉に嫌な予感がした。リレイラさんを襲った九条商会……ミナセがそのメンバーだった?
リレイラさんと顔を見合わせる。リレイラさんも困惑したような表情を浮かべていた。
「妾も調べたがミナセとユイ、2人の情報は実際には管理局のデータベースに登録されておらんかった。今のミナセの探索者情報はジークと組ませた時に妾が登録した物じゃ」
リレイラさんが怪訝そうな顔をする。探索者になるには管理局に登録して「探索者の加護」という能力解放の儀式を受ける必要がある。それをしないとそもそもスキルツリー自体が使えない。魔族の力が絶対に必要なはずだ。
「どういうことですか部長? データベースに残らず探索者の能力を使うなんて無理なんじゃ……」
「管理局側に内通者がおるのじゃろう。考えたくは無いがな」
「な、内通者!? それは誰が!?」
「……未だ判明しておらぬ。ここ数年は局員の通信履歴の監視を強化しておるが尻尾を出さん。監視網が強力なのはオヌシなら分かるじゃろ?」
急にリレイラさんの顔が真っ赤になる。シィーリアとの間に何かあったのだろうか?
「まぁ、そのことは後で良い。まずはミナセの話を聞いてやっておくれ。今後どうするかという話はオヌシ達次第じゃからの。ミナセ」
シィーリアが視線を送ると、ミナセが恐る恐る口を開く。その唇は震えていた。
「あのね、みんなに……聞いて欲しいの。多分もう2度と私と関わりたくないって言うと思う。でも、聞いて。そこから話さないと、先の話が……できないから」
真剣なミナセの表情。冗談でも無いような感じだな。
頷いて返すと、彼女はゆっくりと口を開いた──。
―――――――――――
あとがき。
次回、ミナセの過去が語られます。彼女が如何にして今のようになったのか、なぜ九条商会に? ユイとの関係は? 明らかになる回です。ぜひご覧下さい。
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