取り立て人
悪本不真面目(アクモトフマジメ)
第1話
俺が部屋へ入ると奴はすみっこに俯いて体育座りをしていた。奴を中心にこの部屋は負のオーラで満たされ、その空気は俺の怒りのボルテージをさらに上げる。ただでさえ黴くさいボロアパート、早く帰りたいものだ。靴を脱いで入りたくなかったので土足で上がる。その時、紙袋に入った何かに足が当たり、「ッチ」と俺は舌打ちした。本当に奴は俺の気分を落とすのがうまいものだ。奴はまだ俯いて顔をあげていない。
「おいこら!顔上げんかボケ!!」
何かを蹴飛ばしたかったが床には何もなかった。あの紙袋でも持って来ればよかった。怒鳴っても奴はまだ顔を上げない。俺は奴の方に当たらないよう、かけていたサングラスを投げた。十万円ぐらいするものだがそんなのはどうでもよかった。さすがに奴も観念してゆっくり顔を上げる。大きな瞳でウルウルして捨て猫ぶった態度をとっていて、まるで被害者とでもいいたいようだ。俺は仕事で来ている。相変わらずふざけたやつだ。
「やっと顔をあげたな、借りたもんええかげん返せもう期限は過ぎとんや!!」
「もう・・・・・・少し・・・・・・」
「ハァ!?何やはっきり言わんか!」
「今日は、今日は・・・・・・返せません。」
奴は体育座りのまま目線を合わせずボソボソと聞き飽きた言葉を放ちやがった。二年前もそう言ってた。俺たちの仕事は慈善事業じゃない、借りたものを返さないと乾いてまう。心が寂しくなる。
「あの、お金なら払います・・・・・・百万円ならなんとか・・・・・・。」
「前はアホか!金なんかで『LOVE』が買えるか!」
こんなにも人の心を悲しくさせることってあるのだろうか。奴の為にうちの会社は『LOVE』を貸した。担当は俺。奴の為に様々尽くして『LOVE』を与えた。それは返ってくると信じてのことだ。生きていくためには水がいるがそれに匹敵するほどの潤い、それが『LOVE』だ。
「大体よ、せっかく来てんのに、頭ポンポンくらいしてもええんとちゃうか。」
「すみません、もう僕『LOVE』スッカラカンでして・・・・・・。」
「ふざけるな!あんだけ『LOVE』を与えたんやぞ。お前のために手編みのマフラーを編んだし、お前のために誕生日盛大に祝ったし、大体お前俺の誕生日とか覚えてんのか?まさか今までもらった『LOVE』はお前にとってはなんとも感じなかったのか?俺が俺が強面のスキンヘッド髭おじさんだから『LOVE』感じなかったのか?お前にとって俺の『LOVE』は上辺だけだったのか?」
今まで溜まっていたものが、みっともなく、あふれてしまった。泣きたくなるが涙はでてこない。それは奴が『LOVE』を返さないので俺の心の潤いが不足して枯れてしまってるからだ。
「いえ、しっかり『LOVE』感じました。」
「だったらなんでや!うちこと有限会社ラビットハートは寂しい思いしてんねん。ええかウサギは寂しいと死んでしまうんやぞ!」
「あ、それ嘘らしいですよ、実際ウサギは単独行動を・・・・・・」
「今、正論を言う時か、デリカシーがないぞお前!大体お前は『LOVE』を何に使ってんや!」
基本的に借りた『LOVE』の使い道を聞くのは契約書違反なのだが、どうにも気持ちが抑えられなかった。結局『LOVE』は契約書ごときで縛られるものではない。
「キャバ嬢に・・・・・・」
「キャバ嬢だと!?ええか、彼女らはビジネスや!うちも確かにビジネスやけどな、うちが欲しいのは『LOVE』や!うちはお客さんに『LOVE』を与えて、お客さんに『LOVE』を返してもらって、大きな『LOVE』にするんや。つまり、ウチらの『LOVE』とお客さんとの『LOVE』が合わさって『LOVE&LOVE』すなわち『ラブラブ』になることが目的なんや。」
もちろん俺もそう思ってこの仕事をしているが、さすがに照れてしまう。なんだか心が丸裸になった気分だ。
「と、とにかくだ。返せないんならうちの会社に行って毎日社員全員に『LOVE』のこもった弁当作ってもらうからな!」
「ぼ、僕料理は得意じゃ・・・・・・」
「うるさい、ええから来い!」
「あ、ちょっと待って!」
奴はそういうと俺が舌打ちした紙袋を指さした。俺はしぶしぶ紙袋を手にとり中身をみるとカードとピンク色のたれ耳ウサギのぬいぐるみが入ってた。カードにはこう書いてあった。『ゆうきくん、お誕生日おめでとう』
「今日誕生日だったよね?」
俺の目から涙が出てきた、潤いだ。俺は今潤っている。
「全額返却完了しました。」
泣きながら俺はそう言った。すると直人くんは頭をぽりぽりとかきながらこう言った。
「それで、悪いんだけど、また『LOVE』借りてもいいかな?」
「もう一回だまされてやるか。」
俺はそう言ってぬいぐるみを抱きしめながら会社に戻った。
取り立て人 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615
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