1-13『マジックバイク』
――そういえば、ダンジョンに入らない日に先輩と待ち合わせるのって久々かも。
その日、新米はそんなことを考えていた。
冒険者になって最初の半月ほどはダンジョン外での訓練も多かったのだが、やはり基本的には普通にダンジョンに潜ったほうが経験になる。
狭い町だから、休日でもなんだかんだ街中で顔は合わせるけれど。
「ん? どうかしたのか、ぼうっとして?」
ふと、そこで正面からベテの声。
意識を浮上させ、新米は笑顔で手を振った。
「ああ、いえいえなんでも。先輩とこんな風にお出かけなんて、久し振りだなって」
嬉しいですと伝えてくるような後輩の笑顔を見て、ベテは難しい顔になる。
「……初めてじゃないか?」
「いやいや。最初の頃は町の外で組手とかしてくれたじゃないですか!」
忘れたんですか! と新米は憤慨する。
ベテのほうは、単にそれを計算に入れていなかっただけだ。
「それをカウントするならそうだが」
「むむ……まあ確かにデートと呼ぶには、ちょっとロマンに欠けますけど」
「デートってお前……」
――俺とデートなんぞしても楽しくないだろうに。
どういうつもりだ、ともはや警戒するベテに、彼女はあっけらかんと言った。
「感謝してくださいよ! こんなかわいい女の子といっしょに出かけられる奇跡を!」
「……こいつ……」
「ちなみ感謝は、きちんと金銭で表現するのができる大人ってヤツです」
「たかろうとしてるだけじゃねえか」
「あっはははっ! 冗談に決まってるじゃないですかー」
調子のいい後輩に、思わず溜息を零すベテ。
そんな彼をからかうのが楽しいのか、新米は割と上機嫌であった。
そろそろ口笛を吹きながらスキップし始めそうなハイテンションである。
――んー……まあコイツも年頃の女子ではあるしなあ……。
ダンジョン漬けの毎日に、たまには別の刺激が欲しくなってもおかしくないか、などと考えるベテ。
徐々に感性がオッサン化し始める歳なのかもしれない。
彼とてまだ三十代。
冒険者としては肉体と経験に脂が乗り、まさに全盛と言える時期なのだが――この町で半ば楽隠居したように過ごしているせいで、よくも悪くも精神が落ち着いていた。
もっとも彼の平穏は、目の前の少女が現れたときには失われていたのかもしれないが。
「先輩、先輩! 歩くの遅いですって! 時間がもったいないですよ!」
「……お前、今日なんかテンション高すぎじゃないか……?」
「お出かけなんだから当然です!」
そう。今日の目的は、久し振りにこのウェスティアの町から出ることだった。
――ウェスティアの町は、王都の位置する王国中央部から西側――西方山脈の麓に位置する小さな町だ。
中央部から距離はそこまで離れていないが、王国西部に向かう西方山脈越えの大街道~西方山道ルートからは外れるため、アクセス自体はそんなによくない。
周囲も基本的には森林であり、要するに《この町を目指さない限り通らない》タイプの田舎町だ。
そして、ウェスティアに来る目的などダンジョン以外には基本的にない。
が、王都からダンジョンを目指すのであれば、その途中で必ず《第一迷宮》のある迷宮都市トラセアを通過する。
――《第十八迷宮》に人気がないのも、むべなるかなだった。
「……むしろお前、よくわざわざウェスティアに来たよな」
「へ? なんですか急に?」
唐突なベテの言葉に首を傾げる新米。
「いや、普通ここらで冒険者になろうと思ったら、まずはトラセアに行くだろ」
「えっと……」
「まあ第一は七大の一角だから、新米冒険者が急に行ったって普通は門前払いだが、よくあるミスだからな。トラセアの管理局も慣れてるから、その場合は東の九番や、南の十二番辺りをまずは勧められるもんだ。新米冒険者は、その二か所に多く集まる」
「……田舎者なので、その辺りはよく知らなかったんですよ」
焦ったように、新米は乾いた笑いで誤魔化した。
別に恥ずかしがることでもないだろうに。ベテは少し苦笑して。
「じゃあ、お前もしかしてトラセアに行くのは初めてか?」
「あ、えと――はい! そうですね、初めてです! だからさっきから楽しみで」
「なるほどな」
新米のハイテンションの理由を知って、納得するように頷くベテ。
この辺りじゃ、確かにトラセアがいちばん賑わう町だ。豪奢さでは王都に譲るが、活気ではトラセアのほうが上回る。
――これからそこに向かうとなれば、興奮もするだろう。
「なら、せっかくだし向こうで少し自由時間を作るか」
「あ……いいんですか?」
「依頼が済んだら、そりゃ別にいいさ。――まあ依頼がさっさと済めばの話だが」
「魔法屋さんからの頼みですからね。それはもちろんしっかりやりますよ!」
今回、ベテと新米が迷宮都市トラセアを目指す理由は、以前に新米が買った魔法を無償返品した《借り》を、依頼の形で返すためだった。
ウェスティアの魔法屋・リクから『新しい魔法を仕入れてくれ』と依頼されたのだ。
魔法屋が魔法を仕入れるとは、もちろん魔法式を肉体に転写できる専用のスクロールを手に入れてほしい、という意味である。
――言い換えればバカ高いということだ。
普通に考えるなら、素直に金を払ったほうがマシな条件だと言える。
ただ、ベテはその交換条件を特に迷わずに受けた。
まさか踏み倒すつもりなわけもないだろうから、おそらくリクは、ベテならスクロールを入手できると思っているのだろう。
実際にベテは言う。
「リクからの依頼のほうは……まあ、最悪の場合は伝手でなんとかする」
「そんな伝手があるんですね」
「ただできれば極力もう本当に断固マジで使いたくない手だ」
「え。あ、はい」
「まずは正攻法を試すぞ。あの街なら普通にスクロールを手に入れる方法もあるだろ」
「すみません、なんか、わたしのせいで……」
非常に難しい顔で唸るベテに、そう言うしかない新米だった。
ともあれかくして、ふたりはウェスティアを出て一路、トラセアを目指す。
徒歩で行こうと思えば長旅になる。
もちろんふたりにそんなつもりはないのだが、実のところ新米はまだ知らなかった。
「それで、どうやってトラセアまで向かうんでか? 徒歩じゃないって話でしたが……」
「もうすぐ着く。そうすればわかる」
「はあ」
ずんずんと町外れのほうに向かうベテを、なんだろうと思いながら新米は追う。
町をすっかり出てもさらに先へ。
およそ十分ほど歩いていった先には――一軒の煉瓦造りの小屋があった。
「おや、こんなところに家が……知りませんでした。誰さん家です?」
訊ねる新米に、ベテは薄く笑って。
「俺」
「え――先輩の家? 先輩、家あったんですか?」
「まあ、正確にはほぼ倉庫みたいなもんだ。ここに
言ってベテは、頑丈な鉄製の扉の前に立った。
その扉の正面を、指先で数度叩く。
すると直後、かちゃりという音が小さく聞こえた。
どうやら、魔力による
意外な防犯システムだ。
「盗むような奴はこの辺りにゃいないが、まあ額が額だからな。念のためだ」
「はあ……」
何か言い訳のように零しながら、鍵の開いた扉をベテは静かに押す。
と、その中は確かに、人が住むにはあまり適さないだろう物置の風情が広がっていた。
そして、ベテは部屋の中央にあるものを示して。
「こいつで行く」
「こ、これは……
それは鋼鉄の体と、車輪でできた脚を持つ馬のような物体。
迷宮産の魔晶から精錬する
「こんなもの持ってたんですね……」
「まあ趣味でな。昔は、冒険で稼いだ金をここに注ぎ込んでたもんだ。割と骨董品だが」
「とはいえ結構しますよね……四輪なら割と見ますけど」
ここ何十年かで数を増やしたとはいえ、この手の
大都市近郊では四輪の魔導車は珍しくないが、個人用の二輪は割と趣味の品になる。
とはいえまあ、個人で買う場合はもちろん四輪のほうが高い。
「悪いがお前は後ろに乗ってくれ」
「えっ、ズルいですよ! わたし運転したいです!」
「はあ!? ざっけんな、絶対やだよ! これいくらすると思ってんだ!」
「なんで事故る前提なんですか!?」
やいのやいのと師弟は言い合う。
――ふたりの冒険者の、ちょっとしたお使いが始まった。
■今回の用語:
魔力を動力とする乗り物の一種。
作るには大量の魔晶を必要とするため高価だが、長距離を高速で移動できる。
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