1-09『魔剣ドラッグオンソウル』後編

 しばし、店内が静かになる。

 勇者は振り返って、魔法師に言葉を向けた。


「そうなの?」

「ええ。かなりわかりにくいですが、剣の内に魔法式が込められている。驚くほど高度な魔剣ですね……ひと目ではそれとわからないほど、剣それ自体から魔力を感じない……」

「そういうものなんだ。さすが、先生」


 実際、勇者は言われるまでこれが魔剣であると気づかなかった。

 魔剣ならば普通は魔力が込められており、その場合は勇者でも気づけるはずなのに。

 再び勇者が振り返ると、武器屋の男は少しバツが悪そうに頭を掻いていた。


「……お客様、もしかして魔法使いでいらっしゃいましたか」


 武器屋の言葉に、すっと目を細める魔法師。

 表情こそわずかな変化しかないが、纏う雰囲気には明確に圧が増す。


「魔剣であることを隠したまま武器を売ろうと?」

「とんでもない! そんなことは致しません。ただ少し試させていただきたかった」

「試す……?」

「はい。――失礼ながら、おふたりともかなり若くお見受けします。ただお金を出されたからと言って、そのまま売ってしまうようでは、武器屋として未熟ですから」

「…………」

「これに気がつける人間かどうかで、次にオススメする武器を変えるつもりでいたことは事実です。お気を悪くされたら申し訳ありませんが、武器を持つにも資格は必要です」


 ――なるほど、と勇者は言葉に納得した。


 この武器屋もだいぶ若そうだが、彼にも彼なりの矜持があるのだろう。

 実際、自分は握っただけではこれが魔剣であると気づかなかった。


 武器屋は続ける。


「もちろんその剣も逸品です。かつて、どこぞやで竜種ドラゴンを斬ったという逸話もあります」

「えっ……これ伐竜兵装ドラゴンキラーなんですか? 本当に?」


 驚いて聞き返した勇者に、武器屋の男は曖昧に笑って。


「手に入れるときに聞かされただけですよ。証拠があるわけではないです」

「なるほど……」


 伐竜兵装ドラゴンキラーとはその名の通り、竜種ドラゴンを殺した実績を持つ武器のことだ。

 ダンジョンに住まう魔物たちとは違い、伝説において竜種ドラゴンとはダンジョン外の世界にも実在していたとされる最強の怪物。

 それを殺害した武器は、竜種の血の祝福と呪詛を受けて特殊な能力を得るという。


「まあ、今のお話は眉唾程度に聞き流してくださって構いませんが」


 そう武器屋は言った。

 勇者は彼の話を聞きながら、魔剣の刀身を指でなぞっている。

 そんな様子を横目にして、今度は魔法師が口を開いた。


「では、その魔剣の銘は?」


 問いに、にっこりと武器屋は笑って。



「魔剣ドラ……グォンソウルです」



 少し視線を逸らして答えた。


「魔剣ドラゴンソウル!」

 勇者が目を輝かせ、


「えっ今なんか違うこと言ってませんでした?」

 魔法師が目を細める。


 逸れる目と輝く目と細まる目が交錯する武器屋の店内。


 魔法師は言う。


「もう一度言って欲しいんですけど」

「ドラ……ッグ、ォン、ソウル」

「溜めて言うな」

「ドラッグォンソォ」

「縮めて言うな」

「……魔剣、ドラッグオンソウルです……」

「魔剣ドラッグオンソウルぅ……?」

「そうです……」


 非常に言いにくそうな様子の店主である。

 ますます怪しむ魔法師は、もはや武器屋を睨みつけながら。


「魔剣としての効果は?」

「ええと……その、まあ……言ってみれば能力強化の類いですかね……」

「能力強化ぁ……?」


 自身の無表情が与える威圧感を、自覚のないまま尋問に活用する魔法師。


「その魔剣は所有者の魔力を通すことで、魔剣に刻まれた魔法式が起動し、肉体的能力の向上……など(小声)……と言った種々の効果を起こすのです」

「小声の部分の詳細も言ってください」

「や……あのまあ、それがヒトによって違うといいますかあ……」

「たとえば」

「……まるで何か興奮剤でも摂取したかのようにハイになれることも……、あるとか?」

「……………………」

「……………………」


 魔法師の決断は迅速だった。


「すみませんこの店は失敗でした。すぐ出ましょう」

「ちょっと待ってください!!」

「喧しいです! そんなヤバめのクスリみたいな武器を客に売りつけようとして!!」

「いや違うんです本当! 武器としては本当に高性能なんですマジで!!」

「だからってこの人のソウルにドラッグをオンできませんから!」

「そこをなんとか! 今ならとてもお安くしますので!」

「なんなんですかこの武器屋!?」

「魔剣とかずっと持ってるの嫌なんです正直!」

「そんなことを正直に言うな!」


 やいのやいのと言い合う魔法師と武器屋。

 その傍らで、だが勇者は静かに魔剣ドラッグオンソウルを見つめていた。

 そして、ふと口を開く。


「――これにするよ」

「何を言ってるんですか!?」


 驚きに目を見開き、魔法師は思わず勇者の袖を掴んだ。

 こんな怪しすぎる武器のせいで、ハイになった彼とか見たくない。


「か、考え直しませんか。それとももしかして、もう依存性にやられてますか!?」

「やめてください! この魔剣に依存性とかありませんから!」

「ちょっと武器屋は黙っててくれません!?」


 そんなふうに叫ぶふたりを尻目に、けれど勇者の決意はもう固かった。


「大丈夫。これがいいよ。――安くしてくれるんですよね、武器屋さん?」

「へ? あ、はい、それはもう! その不良在庫を持って行ってくださるならもう!」

「今こいつ不良在庫って言ったんですけど!!」

「――大丈夫だって」


 なんとか止めようとする魔法師に対し、あくまで笑顔のままで勇者は宥めた。

 武器は相性。となればなるほど、確かにこれは自分にぴったりだろう。

 ――なにせ。



「――僕さ、そういう精神干渉って一切効かない体質なんだよね」



「はい?」


 ぽかん、と――どこか間抜けに目を丸くする魔法師。

 彼女にしては珍しいそんな様子を、勇者は面白そうな表情で眺めていた。



     ※



 それからしばらく。

 武器屋を出てご満悦で歩く勇者を、魔法師は少しだけ不服そうな目で見つめていた。


「……よかったんですか本当に。そんな……なんかヤバそうな剣で」

「大丈夫だって。実際ちょっと魔力を流してみたけど、平気だったからね」

「しれっと試さないでもらえません?」


 油断も隙もない。

 呆れた様子で溜息をつく魔法師の少女に対し、勇者はあくまで笑顔のままで。


「まあ、だいぶ安くなったみたいだからよかったんじゃない?」

「……それ本気で言ってますよね?」

「うん?」

「言っておきますけど。――あの武器屋の男、結構がっつりよ」

「……そうなの?」

「やっぱり気づいてなかった……」


 予想通りの返答に、思わずこめかみを押さえる魔法師。

 そう。彼女が本当に気に入らなかったのは、実はその部分だ。


「――あの武器屋、最初から私が魔法使いであると気づいていたはずです」

「それは……どうして?」

「だって、どう見たって私、魔法使いっぽい格好じゃないですか」

「……言われてみれば、確かに」


 魔法使いは、出会ってからずっと似たような魔法使いのローブ姿だ。

 この姿をした少女を見て、魔法使いではないかと一瞬も思わない者はいないだろう。


「だいたい、なんですか試すって。試せてないじゃないですか」

「……?」

「魔法使いでもない限り、魔力のほとんどないあの剣が魔剣だとは見抜けません。そこもおかしい。普通、試すなら剣を買う勇者様でしょう。あれじゃ私が試されてますよ」

「……それも、言われてみれば確かにだね」


 おそらくあの店主は、こちらが実力を最初から見抜いていたのだろう。

 相手によって勧める武器を変える――という彼の言葉が事実なら、あの武器屋はあえて選んで、ふたりに《魔剣ドラッグオンソウル》を売っている。


「なかなか食わせ物の武器屋でした」

「まあまあ。結果的には、掘り出し物が手に入ったよ。先生を信じてよかった」

「……私を?」

「先生が勧めてくれた店だからね。きっと、アレがいいと思ったんだ」

「…………」


 無垢な笑顔で勇者は言う。

 魔法師は、無言のまま彼から視線を逸らす。

 まるでさきほどの武器屋のように。


 なぜなら――魔法師側はむしろだ。


 この青年は、持っている知識がやけにちぐはぐだ。

 この国のことやダンジョンについてはまったく知らない一方で、竜種ドラゴンのことについては知識がありそうな様子だった。

 彼の住んでいた世界にも存在していたのだろうか。


 果たして、彼はどこから現れたのか。

 それを知る者はいない。それこそ彼本人を除いては。


「……勇者様」

「うん?」


 小さく声をかけた魔法師に、勇者は軽い様子で応える。

 だが結局、言うべき言葉は見つからない。

 魔法師は小さくかぶりを振って、誤魔化すように言葉を探した。



「いえ。……なんでもありません」

「そっか。まあ、何かあったらなんでも言ってよ」

「…………」

「パーティだからね。僕は、先生には感謝してるんだ」



 ――やめてほしいと、少女は思った。






■今回の武器:魔剣ドラッグオンソウル

 特殊な魔剣。魔力を通すと魔法式が発動し、筋力や反射速度が向上する。

 副作用として妙な酩酊や幻覚などの症状を起こすが、効かない体質の人間もいる。

 伐竜兵装ドラゴンキラーの一種という伝説があるが、信憑性はほとんどない。

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