1-06『勇者召喚の儀』

「おお! ここが名高き迷宮都市というわけか!」


 目の前で嬉しそうに叫ぶ青年を、魔法師の少女はなんとも言えない目で見つめていた。


 なにせ彼女は、目の前の青年に対し背負いきれないほどの負い目がある。

 だからこそ王都を離れ、彼の旅路にこうして付き合うことを選んでいるわけだ。


「すごい賑わいだね。来る前に見た王都とほぼ遜色ないよ」


 笑顔で振り返った青年に、目を伏せながら答える。


「……でしょうね。王都を除けば、この迷宮都市トラセアが国内で最も栄えた都市です」

「王都からも、そう離れていないわけだしね。いや、街の活気だけなら王都以上と言えるくらいだ。この渦巻くようなエネルギーは、やはりこの街の真ん中に――」


 遠く都市の中心へ、青年は細めた目を向ける。

 その視線を追った少女の耳に、彼の言葉の続きが響いた。



「《第一迷宮》があるお陰ってコトかな」



 迷宮都市トラセア――この街に存在する《第一迷宮》は、王国において最大級の規模を誇っている。

 それが都市の活気に結びついているというのは、まさに青年の言う通りだ。


 この国のダンジョンには名前がない。

 あるのはただ発見順に割り振られた番号だけで、中でも最初期に発見された、第一から第七までの未踏破迷宮を総称して《七大迷宮》と呼称した。

 七大迷宮を抱える都市は、このトラセアを含めて全てが栄えている。


 なにせ迷宮とは、その存在だけを見る分には豊富な魔力資源の宝庫であるのだから。


「楽しみだ。なにせ僕は、ダンジョンというヤツに入ったことがない」


 でしょうね――と二度目の相槌を打つことを、魔法師の少女は選ばなかった。


 言えるはずもない。

 彼が迷宮には――ほかでもない彼女にあるのだから。


「なんだかそわそわしてきたよ。ダンジョンってどんな感じかなあ」

「…………」


 まあ本人すこぶる乗り気だけれど。

 それはそれ。彼の態度を単純に受け取れるほど、彼女も幼くはない。


「今日のところは、まず拠点を探しましょう」


 彼女の言葉に青年は微笑む。


「そうだね。とはいえ、しばらくの宿代には困らなそうだけど。結構貰ってきたし」

「節約は考える必要があります。ダンジョンに入るのは初めてではないですが、私も別に冒険者ではありませんから。慣れるまで時間が必要かもしれません」

「そこは、実はあんまり心配してないんだ。――君、すごく才能があるんだろう?」

「……どうでしょう」

「史上最年少の魔法師なんだろう? 大丈夫だよ、君と僕がいっしょなら」

「…………」


 青年から素直に向けられる信頼の眼差しが、少女にはあまりに重くて仕方がない。


 ――《魔法師》。

 それは魔法使いの中でも、王国直属の魔法研究機関――《愚者の樹海》に所属する者を指す言葉だ。

 魔法研究における最重要機関であり、全土から優秀な人間が集まっている。

 天才のみに入場が許された、智と魔の最前線《愚者の樹海》。


 そんな場所で、十代にして魔法師資格を得た少女は、確かに天才と呼ぶに相応しい。


 ただし青年の言葉は、正しいけれど間違っている。

 少女は確かに最年少で魔法師になった。

 魔法師資格試験を受験できる最低年齢の十六で受験し、一発で合格したのだから嘘ではない。

 ――そんな人間は、彼女以外にもいくらだっているのだが。


 だから、日付単位で考えれば史上最年少というのはおそらく間違い。

 彼女が最年少で得た資格は魔法師ではない。


 ――正確には、史上最年少の《特級魔法師》の資格である。


 王国が誇る《愚者の樹海》でも、現在では二十名ほどしか存在しない魔法使いの頂点。

 どんな天才でも三十代でようやく至れるかというその地位に、史上初めて、まだ十代で到達した大天才が、この少女というわけだ。



 それが人生で最大の過ちだったと、彼女は考えている。



 魔法師の少女は極力、表情を作らないように意識しながら青年を見る。

 自分が余計なことをしなければ、彼もこんな目には遭わなかった。

 どれだけ謝ろうとも許されるはずのない咎が、小さな両肩にのしかかっている。


「では行きましょう、――


 声色を押し殺した声で告げた魔法師に、青年は実に曖昧な苦笑で答える。


「その呼び方は、できればやめてほしいんだけどな」

「……でも事実ですから」

「いや、事実じゃないって話になったからここにいるんじゃ?」

「……それ以外、あなたに尽くす方法がわかりません。だから少なくとも私は、あなたのことを勇者様として扱い続けます」

「別に、僕がこの王国に召喚されたのは君のせいじゃないと思うけど……」

「私の部下が、私が開発した術式を転用して招いた事態です。責任の所在は私にある」


 だからこうして《愚者の樹海》を離れてまで、彼とともにこの街へやって来た。

 遠く離れた――もう二度と戻れないかもしれない彼方どこかから、ひとりの人間を呼び出してしまった者が取るべき、それだけが最低限の責任だと彼女は信じる。


「気にしてないんだけどなあ……」


 たとえ、呼び出された側がそう言っていても。

 彼の今後の人生は、全て彼女が責任を負わなければならない


 ――そうでなければいけないと思う。


「まあ、ともあれ宿を探そう」

「……そうですね」

「そのあとは、ようやく冒険者デビューだ。僕もそれなりに戦えると思うけど、あくまでそれなりでしかないから、しばらくはフォローを頼むよ。特に魔法はからっきしだし」

「もちろんです。私も、迷宮には詳しくありませんが、できる限りは」

「じゃあ、改めて――」


 薄い微笑み。柔らかな金糸の髪が、わずかに風になびいている。

 いきなり呼び出された被害者にもかかわらず、彼はいつだって笑顔でいた。



「これからよろしく、――先生」

「ええ、勇者様。……あの、その呼び方はいったい……?」



 かくして。

 いきなり勇者として召喚された青年と、彼を呼び出す魔法を編み出した少女は、王国の中心で冒険者として産声を上げる――その予定だった。



 先に言っておくとできません。






■今回の用語:勇者召喚

 ある天才少女が編み出した《次元を繋ぐ魔法》を利用して行われた儀式。

 旧き時代の奇跡の再現を試みた実験。詳細不明。

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