1-03『スライム(桃色)』

 ぶちゅり、という不快感のある粘質な水音。

 それを発したのは、目の前にいるゲル状の奇妙な魔物だった。


 ――ダンジョン地下六階層。

 このダンジョンにおいては中階層と呼ばれる場所に、ふたりはいた。


「先輩、これは……」


 ほぼ透明に近い薄い桃色のぶよぶよ。

 とでも表現すべきそれに、息を呑みながら新米は言った。


「ああ」


 小さく頷くベテラン。そして彼は言った。



「スライムだ」

「やったあ普通だっ!」



 小さくガッツポーズした新米を、ベテランの男は細い目で見る。

 魔物の中でも厄介な部類に入る粘性魔物スライム類を見て、喜ぶ奴などそうはいない。


「なぜ嬉しそうなんだ……」

「え、ああいや、すみません先輩。最近、ちょっと妙な魔物を見すぎていた気がして」

「妙じゃない魔物なんていないと思うが……むしろだいぶ妙だろ、スライム」

「そういう言い方をすればそうかもしれませんけど」


 生き物として見れば、確かにだいぶ不思議の部類に入る。

 が、そもそも魔物は生き物ではない。新米にしてみれば有名なだけ普通寄りだ。


 ――と、思ったのだが。


「しかしピンク色、か……」

「先輩? 色がどうかしたんです?」

「一般的なスライムは、もう少しゲル部分が黄緑寄りだ。まあほとんど透明みたいなもんだから微差だが、……こいつはちょっと特殊個体だ」

「あっ、やっぱりそういうヤツなんだ……」


 なんとなくテンションが落ちる新米であった。


 ――いや別にいいんだけど。なんかこう、なんだかなあ……。


「なんですか。実はスライムじゃなくてモモイムだとか、そういう話ですか」

「いや、スライムはスライムだ。何を言ってる」

「なぜわたしがおかしいみたいな流れなのか」

「能力的な差はない。どちらかといえば好みの差……まあ、性格みたいなものだな」

「性格? スライムのですか?」


 首を傾げて問う新米に、ベテランは小さく頷く。


「襲う対象に好みがあるんだ。一般的なスライムは雑食で相手を選ばないんだが」

「へえ……じゃあ、このピンク寄りのスライムは何が好きなんです?」


 うねうねと、じわじわ近づいてくるゲル状魔物を見ながら、新米は訊ねた。



「女が好きだ」

「最悪だあ!」



 途端に、なんか背筋が寒くなってくる新米。

 もうなんか色がピンク寄りなのも嫌。


「えっ、あれっ? じゃあこれ、今もしかしてわたしににじり寄って来てる!?」

「そういうことになるな」

「何それ最悪っ! ――いやでもこの前の犬畜生より見る目あるかも!」

「なんでちょっと喜んでんだお前」


 呆れた様子でベテランは息を吐いた。それから、


「とにかく、スライムは個体によって狙う好みが違うわけだ。中には迷宮の宝を狙って、体の中に保存しておく性質のレアなスライムもいる。見つけて倒せればラッキーだ」

「はあ、なるほど……。じゃあ、コイツは女性を取り込もうとするわけですか」

「なぜかな。この色のスライムは、特に女性モノの服が好きらしい」

「――服だけ溶かすタイプのスライム実在するんだ!?」


 いらない驚きを得る新米。

 そんな彼女に、けれどベテランは首を振って。


「いや逆だ」

「逆?」


 こくり、とベテランは頷いて。



「肉だけ溶かして服を持っていく」

「普通に怖いヤツだったあ――!」



 どっちにしろ、捕まりたくないことに変わりはないけれど。


「そりゃそうだろう。服が欲しいのに服を溶かしてどうするんだ」

「そう言われると一瞬、正論に聞こえてきますけど!」

「まあ、別に大きな個体能力差があるわけじゃない。いい機会だ、せっかくこの階層まで降りてきたんだし、ひとりで倒せるか試してみろ」

「スライムデビュー戦がこれなの、なんか嫌だなあ……」


 と言いつつ、先輩の指示には素直に従って、新米少女は武器を手にする。


「普通のスライムは倒しても稼ぎにならないが、まあこれも経験だ」

「核を砕かないと倒せないんですもんね。つまり倒しても魔晶が遺らない……うへえ」


 実際それなりに難敵だ。なにせ動きが鈍いため、逃げるだけなら非常に楽だが、武器による攻撃は非常に通じにくい。

 そして、倒したところでドロップ品がない。


 せめて魔法があれば、魔力結晶を砕かずに倒すこともできるのだが。



「素手で触れないように気をつけながら、ゲル部分を削いでいく。――行けるか?」

「行きます!」



 短剣を構えて叫びながら、内心で新米は考えていた。


 ――そろそろ、魔法でも覚えてみようかなあ。






■今回の魔物:粘性魔物スライム(ノーマル)

 ゲル状をした粘性の魔物。動きが鈍く強くはないが倒すのは難しい。

 色によって好みが別れており、気に入ったものを体内に遺しておくことがある。

 レア種や上位種が多く、そういうタイプは上手く倒せればたまにおトク。

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