第121話 マイセルという男
俺たちはグゥの国からの侵攻を食い止めるべく戦場に駆けつけた。
“
「我々グゥの部族は強き者に付き従う。今日から貴殿が族長だ。ケルニクス殿」
「え? 嫌だけど!?」
好戦的な部族の長なんて就任した日には、益々周囲の俺を見る目が変わってしまう。
(それでなくても最近、俺は脳筋だと思われている節があるからな!)
グゥの族長……ナゥゼルという名らしいが、彼からの提案を俺は秒で断った。
「しかし、軍門に下った私には、もう一族を導く資格は……グゥの民たちは一番強い者にこそ従うものなのだ!」
「じゃあ、その一番強い俺からの命令! ナゥゼル! 俺の代わりに族長やって民と平穏に暮らせよ……以上!!」
それでも文句があれば何時でも受けて立つから俺に直接言いに来いとも言い含めておいた。これでグゥの部族たちも大人しくなるといいのだが……
「分かった。貴殿がそう言うのなら従うまでだ。さぁ、皆の者! 大族長からのご命令だ!! 速やかにグゥの国へと引き返すぞ!!」
「「「おおっ!!」」」
…………ん? なんか今、聞き捨てならない単語が聞こえてきたような?
…………うん、気のせい! 気のせい!
そのまま族長ナゥゼルはグゥの部族を率いて立ち去るのかと思いきや、彼一人だけは途中で引き返して戻って来た。
「そうだ、大族長。伝えておきたい情報があったのを失念していた」
「…………やっぱり聞き間違えじゃなかったか」
大族長ってなんやねん!?
もう面倒なので、その件はそのまま聞き流した。
「なんだ?」
「うむ。パラデイン王国は北西部にも守りを置いているのだろうか?」
ナゥゼルの問いに俺は首を傾げた。
「北西部? 旧王都ティスペル辺りか?」
「いや、もう少し北の方だな。我が国とジーロ王国との境界線付近だ」
その辺りは……どうだろう? 国境付近ならば多少の防衛線を張っているだろうが、ジーロ王国は今回の戦争について参戦を表明していないので、北西部はそこまで戦力を割いていなかった筈だ。というか、そんな余裕が無い。
「我が国にはグゥの他にも幾つかの部族が点在している。まぁ、我々が国内最大勢力だから、代表として統治しているのだが……実際は放任しているだけだ」
「むむ? それと今の話と何か関係があるのか?」
いまいち要領を得ない話に俺が困惑していると、ナゥゼルが更に説明してくれた。
「我々グゥに次ぐ好戦的な部族がいる。そいつらは我々とは別路線でパラデインに攻めると言っていた。部下からの情報だと、どうも連中はジーロ方面に向かったとのことだが……」
「それは……北西部からも別部族が攻めて来るかもって事か!?」
「そうだ」
ナゥゼルの話では、そいつらはゾワレ族という名で、狩猟の得意な部族らしい。
普段は森の中を縄張りにして、踏み込んできた外敵には基本的に容赦がない。また、稀に外へ遠征に出ては周辺の村々を襲う傍迷惑な戦闘部族らしい。
(うわぁ……更に蛮族っぽいのが出て来ちゃったよ……)
そんな連中が何故か今回、戦争には積極的な姿勢らしく、ジーロとの国境線付近からパラデインに侵攻する懸念があることをナゥゼルが教えてくれたのだ。
俺はすぐに無線を使って
国内に新たな鉄塔も建てたので、パラデイン領内は勿論、その周辺くらいならば遠距離での通信が可能なのだ。
「あー、もしもし? こちらケルニクス」
『……はいはーい! こちらネスケラちゃんでーす!』
明るい幼女の声が聞こえてきた。ネスケラ参謀長殿である。
俺はネスケラに事情を説明する。その後、ネスケラは「確認するので待っててね」と言って通話が切れた。
しばらく経つと、ネスケラから返事が返って来た。
『うん、どうやら本当みたい……。ジーロ王国領から、いかにも蛮族ですって格好のヒャッハー集団が南下してきてるらしいね。周辺の村々は既に被害に遭っているみたい……』
「なに?」
しかし、どうして情報伝達が遅れた?
俺の疑問を悟ったのかネスケラが答えてくれた。
『うーん、シノビ衆の人たち曰く、他国の暗部が情報統制してる可能性有りだって。手口からして
(また”影”の一派が介入したのか? ……連中、俺たちに恨みでもあるのか?)
心当たりは……あり過ぎるなぁ……
知らず知らずに俺はかなり連中の邪魔をしているようだけど……それはお互い様であった。
「遅かったか……いや、今からでも遅くない。対処するか」
これ以上、連中の好きにさせてたまるかよ!
『他にも悪い報せだよ。西部の不穏分子たちもいよいよ動き始めて、ハーモン軍団長率いる第二軍団が防衛に当たってる。そんなタイミングで遂にリューン本隊がジオランド軍と合流して、イデール領から攻めてきてる! こっちはこっちで、もう天手古舞だよ!!』
「うわぁ……向こうも本気という訳か…………」
ほぼ同時に多方面からの武力衝突が発生しているようだ。
こちらの無線ほどではないにせよ、遠方の同盟関係にある勢力と連絡を取る手段でもあるのだろうか?
そうなると数で劣るパラデイン側は劣勢を強いられてしまう。
「俺たちも至急、南へ戻るか?」
『そうして欲しいところだけれど……それだと北西部が蛮族たちに荒らされちゃうよ?』
「アミントン大隊長の第四軍団は北に動かせないのか?」
第四軍団には軍団長が存在せず、今は代理であるアミントン大隊長が軍を率いていた。ゆくゆくは彼が軍団長に就任する予定ではあるのだが……第四軍団の人員は他より少ない。
『それだとジーロ王国への警戒が薄くなるんだけれど……どうする?』
「うっ! そうかぁ……そうだなぁ……」
ネスケラの言葉に俺は頭を悩ませた。
(ジーロは色々と胡散臭いからなぁ……)
そもそも、今攻めてきている蛮族――――ゾワレ族たちは堂々とジーロ王国領を通過してパラデイン領に侵攻していた。その点に関しても疑問だ。
単にジーロ王国の警備がザルだっただけの話なのか、それとも前にあった帝国軍によるキンスリー領侵攻時と同じく、ジーロと蛮族どもが密約を交わして通過を黙認しているのか…………俺は後者だと睨んでいる。
「…………仕方ない。蛮族どもは俺が倒す。残りの団員は全員、西回りに南部へと急行させるよ」
『OK! ケリー君の足はこっちで用意しておくから、蛮族たちを撃退したらティスペルに向かってね!』
「おう!」
いくら蛮族の軍勢とは言え、俺一人だけで一軍を相手にすると宣言したにも関わらず、ネスケラはあっさり了承した。これも信頼故なのか……それとも、もうあいつ一人に任せておけば大丈夫だとでも思われているのか……
(元帥だって人間なんだぞ! 限度ってもんがあらぁ!!)
この戦争が終わったら長期休暇を取ってやる! 執事長が何を言おうが書類仕事を全部放り投げて休んでやる!!
俺は無線を切って仲間たちに話しかけた。
「そういうわけだ。俺は北西部から攻めてきている蛮族たちを相手するから、エドガーたちは西部の戦場に参加して、落ち着いたらそのまま南部に急行してくれ! 西側もだが、南部方面が一番ヤバそうだ!」
「了解だ、団長。バスは俺たちが利用していいんだな?」
エドガーの言葉に俺は頷く。
「問題無い。ネス公が言うには、ティスペルに足を用意してくれるらしいから、終わったら後で合流するよ」
誰か運転できる奴を乗り物と一緒に寄越してくれるのだろう。
「おい、ナゥゼル。お前も一緒に来てくれ。一応、蛮族どもにも降伏するよう呼びかけるつもりではあるからな」
応じるかどうかは甚だ疑問だがな。
連中は既に村々を襲っているらしいので、状況によっては即ゼッチューするつもりだが……蛮族どもとの顔繋ぎ役として俺はナゥゼル族長を指名した。
「了解した、大族長。連中も大族長の傘下に引き入れるとしよう」
「あ、ああ……ほどほどにな?」
蛮族はもうお腹いっぱいなんだけどなぁ……
俺はナゥゼルが用意した馬車に乗ってパラデイン王国北西部を目指した。
リューン王国、王都フレイム――――
「陛下。そろそろ我が陸軍本隊とジオランド従属軍の混合軍が動く頃合いです」
「うむ。その他の戦地状況はどうか?」
「ハッ! パラデイン西部方面は順調です。メノーラ領と旧ティスペルの残党どもで構成されたティスペル解放軍なる者たちを見事に焚きつけ、連中は既に行動を開始した模様です」
かつて似たような状況でティスペル王国が攻められた際、真っ先に裏切ってゴルドア帝国に与したメノーラ領。
その争いが原因で、最期はサンハーレ勢力にティスペル王国要職の立場を追われて西側に逃げた元上級貴族たち。
まさか、その両者が手を組んで今度はパラデイン王国に攻め入るとは……随分と皮肉な話だ。
「所詮、連中は己の立場さえ守りさえすれば、外聞なんぞどうでもいいのであろう。底の浅い連中だからこそ、誑かすのも容易というものだ」
「陛下のおっしゃる通りで」
大臣が恭しく頭を下げた。
「だが……東部の戦況は不明瞭だな。サンハーレ港を制圧したと聞いてからは、一切続報が入ってこない」
王都フレイムへ帰投した飛竜騎士団の報告によると、空爆を実行するまでもなく、サンハーレは既に蛻の殻であったらしい。その後の経過報告も飛竜騎士団に任せているのだが……”調査中”と、ふざけた報告しか返ってこなかった。
「至急、マイセルを呼べ!」
「ハハァ!」
余は飛竜騎士団副団長であるマイセルを呼びつけた。
「陛下! お呼びと聞きまして急いで馳せ参じました!」
「うむ。サンハーレからの上陸作戦はどうなっている? それと海軍による沿岸部の制圧作戦もだ。直ちに報告せよ」
「は、はい! その件でございますがぁ…………」
余が直ちに報告するよう催促するも、マイセル副団長はしどろもどろとするのみである。
痺れを切らした大臣が口を挟んだ。
「マイセル副団長! 陛下が尋ねておられるのだぞ? 速やかに報告せぬか!」
「うっ! うぅ…………わ、分かりません!」
「…………は?」
報告と呼ぶには烏滸がましい発言に、余は思わず間抜けな声を漏らしてしまった。危うく右手に持ったグラスを握りつぶしてしまうところであった。
(いかん、いかん……冷静になれ……頭に血が上ってもなんの解決にもならん)
キレてばかりでは下々の者が委縮してしまうと過去に指摘された事があった。それから余は冷静に話しかけるように心がけてみたのだが、これが意外に効果があるようで、今では滅多な事では怒りはしなくなった。
ここは笑顔で対応だ。
「分からない? 何がどう分からぬと言うのだ? 順序立てて申してみよ」
なるべく優しく声を掛けたつもりであったが、若干笑顔が引きつっていたのだろう。余の顔を見たマイセル副団長は失礼にも「ひっ!?」と短く悲鳴を上げていた。
「あ、う……で、伝令役である私の部下が……一向に戻らぬのです! つ、追加の伝令と捜索隊も出したのですが……影も形も見当たらず……」
ビキッ!
その話を聞いた余は、つい手に力が入ったのか、グラスに少々ヒビが入ってしまった。
(いけない、いけないぞ、余よ。ここはスマイルだぞ……)
「…………そんな話は報告書に記載されていなかった筈だが……まぁ、この場では問うまい。それで? 何が原因だと予測し、貴様はそれに対してどう対処したのだ?」
余が更に笑顔で追及するとマイセルは汗をだらだらと流しながら目を泳がせた。
「い、いえ……ですから、全く情報がない状況でして、予測も対処もないかと…………」
グシャッ!!
ついにはグラスを握りつぶした。
余はそれなりに闘気を扱うので身体は頑丈だ。従者たちは慌てていたが、これくらいで怪我をする程軟弱ではない。
「この……無能がぁ!! 貴様は己で考えて意見を述べる事すらできんのか!!」
流石の余も笑っていられるほど冷静にはいられない。マイセルはすっかり震えあがっていた。
「ひぃいい!? お、お許しください! ふ、不確かな情報をお伝えすれば、陛下にご迷惑をお掛けするかと思い、口を噤んでいただけでございます!!」
「ほぉ? 己の保身の為ならば随分と口が回るではないか」
「ぐぅ!? そ、そんな事は…………」
この男は…………
やはり、こやつに団長は任せられないな。
「ならば余からハッキリ言ってやろうか? これは明らかにパラデインの仕業だ! 伝令役である飛竜騎士をどうやったかは知らぬが無力化し、サンハーレにいる上陸部隊と海上の何処かに居るであろう味方艦隊の情報を遮断し続けているのだ!」
「そ。それは……っ!?」
余の言葉にマイセルは言葉を詰まらせた。
「そんな考え、及びもつかなかったか? いいや、違うな。貴様もそれくらい、すぐに思い浮かんだ筈だ。だが、飛竜騎士団の失点に繋がるからと隠したな?」
「っ!? そ、そんな事はございません! 決して! 決して……!」
マイセルは慌てて否定したが、恐らく図星であろう。
(こいつを今すぐにでも処分してやりたいが……飛竜騎士の数が減った以上、こんな男でも使い道くらいはあるか……)
そんな打算がギリギリ余の理性を保っていた。
「……これがランドナー団長であれば、早急に原因を究明し、貴重な情報を余の元まで届けていた事であろう」
「――――っ!? そ、それは些か買いかぶり過ぎです! あの男は……ランドナーは我が飛竜騎士団の精鋭を率いたにも拘らず、大敗北を喫して戦力ダウンさせた不届き者ですぞ!」
「……なんだと? 余に意見する気か?」
ジロリと睨みつけるとマイセルはすぐに口を閉じた。
「…………確かにランドナーは失敗した。それでも奴が残した部下が双鬼の戦闘能力と危険性を余に伝え残してくれた。それにランドナーは捕虜の身となったが、団長の職を解いた訳では無い。副団長である貴様は未だ敬意を払うべき相手であろう?」
「し、失礼致しました……」
どうもマイセルはランドナーに対して対抗心を燃やしているようだが、ハッキリ言って団長とコイツとでは役者が違う。唯一勝っているのは実家の家柄だけであった。それが余計にこいつを拗らせた性格にしているのかもしれぬ。
「話が逸れたな。良いだろう。貴様が己で判断できぬというのならば、余が直々に任務をくれてやろうではないか!」
そう伝えると余は指を一本立てた。
「まずはサンハーレの状況確認。直ちに飛竜を派遣して再度街を調べさせろ。余の予想では貴様の報告にある”街が蛻の殻状態”というのがそもそもの罠だ! 今頃は自軍にとって拙い状況に陥っている可能性が高い!」
「うっ!?」
マイセルの言葉を待たずに私は二本目の指を立てた。
「次は我が艦隊の状況とついでにネーレス海賊団も探せ! こちらは三日の猶予をやろう。言うまでもないが、優先すべきは我が艦隊の方の捜索だぞ?」
「は、はい!」
マイセルは首を何度も立てに振っていた。
「いいか? 結果の如何に関わらず、必ず三日後までには報告するのだぞ? 分かっていると思うが、捜索の際にパラデイン側から何かしらの妨害をされるだろう。単騎で行動させるな! 絶対に複数で任務に当たれ! そして必ず一人は情報を持ち帰って来させるのだ! 貴様に任せるのはたったこれだけである。いいな? やれるよな?」
「は、はいぃいい! か、必ず王命を果たしますぅ……!」
マイセルは深々と頭を下げると逃げるように退室していった。
余と大臣は揃ってため息をついた。
「はぁ……」
「陛下……あの者、もう切った方が良いのでは?」
「そうしたいのは山々だが……新たな飛竜を育てるのには大金が要る。奴自身にはこれっぽっちも価値はないのだが……奴の実家は貴重な金蔓だからな」
パラデイン占領後、莫大な富でも回収できれば良いのだが……戦争は戦時中でも戦後でも金が掛かる。
(まぁ、それを始めたのは余なのだがな……)
リューン王国は軍事国家だ。過去にも外敵を幾度も排除し、取り込んで成長を遂げてきた国である。国内の資源が枯渇しかけている今、我々には戦争の道しか残されていなかった。
その為にも、我が国の切り札である飛竜の育成はまだまだ必要な行為なのだ。
「だが、今回の一件で流石に見切りをつけた。奴は終戦後、降格処分だな」
「それが宜しいかと……」
そうとは知らず、余の命令を必死に守る為に飛び回るとは……マイセルの道化ぶりには少しばかりの同情を禁じ得ないな。
しかし、余はマイセルという男を過小評価していたようだ。
それも悪い意味で…………
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