第120話 タイマン四本勝負

「これは…………どういうことだ!?」


 グゥの新族長である私は目の前の光景に困惑していた。



 万全の兵力を揃え、更に二重の罠まで用意してパラデイン軍に戦いを仕掛けた。最初の方は見事に上手くいっていたのだ。


 過去のグゥの族長どもは、どいつもこいつも脳筋ばかりだ。馬鹿の一つ覚えのように、ただ突撃しては周辺国に撃退され続けてきた。


 だから今回もそうだと相手は思い込み、こちらを侮ったのだろう。


(だが、私は違う! 私は力だけでなく、知略にも優れた存在だ!)


 我がグゥの国力が周辺国に劣るのは、相手から奪い続けるだけで自国の生産性が皆無だからだ。


 私が族長の座に就いてからは、もっと農業や工業、神術に取り組むよう民に働きかけてみたのだが…………それに従う者はほんの一部だけであった。族長だけでなく、民の大半が古臭い考えに凝り固まった連中ばかりであった。


 まさに蛮族の国である。


 そんな環境を一刻も打破したい私であったが……一から民に教育させるとなると、結果が出るのに途方もない時間を要する。とても私が生きている間に国が発展する姿を拝むのは無理そうだ。


 そこで、どうせ蛮族の国ならば、いっそ蛮族らしく手っ取り早い手段を取ることにした。


(他国の労働者……技術者たちを攫い、奴隷として働かせる!)


 そのような考えにシフトし始めた頃、強国であるリューン王国からパラデイン侵略共同作戦の話を持ち掛けられたのだ。


 これは好機だと私は話に乗り、我が部族たちだけでなく、傭兵崩れの野盗どもにも声を掛け、パラデイン侵略戦争に加担したのだ。


 全てが順調だった……筈なのだが……



「一体なんなのだ!? あの者たちは……!」


 たった数名の敵兵の助力により戦況がひっくり返された。我がグゥの部族が誇る騎兵隊と万が一の保険で用意していた野盗たちまでもが壊滅寸前だ。


「族長……どうしやす?」

「くっ! 止むを得ん……あいつらを呼べ!」

「へい!」


 切り札はもう一つある。


 対パラデイン主力部隊用に集めた即席精鋭部隊だ。


 推定A級闘気使いの中でも選りすぐりだけを集めた精鋭たちだ。


 過去に“石持ち”や金級上位の団に所属していた傭兵、元A級冒険者、有名な流派の師範代、騎士団将校の経歴を持つ男などなど……


 どいつもこいつも実力は確かなのだが、素行に問題の多い輩たち…………そんな者たちだからこその使い道はある。ここで連中に働いてもらうべきだ。


 アウトローの精鋭集団を代表して、元騎士団将校のゴリアスが声を掛けてきた。


「もう俺たちが出るのか? 俺たちの出番はパラデインの王都近く……敵主力に当てる予定じゃなかったのか?」

「……問題発生だ。やたら強い闘気使いたちが現れた。私も出る。貴様らも契約通り、存分に働いてもらうぞ?」

「へいへい。ま、俺たちは報酬さえいただければ、どんな奴でもぶっ殺してやるけどな」

「当然だ! 前金だけでかなりの額を支払ったのだ! やってもらわねば!」

「ふん! ま、見てろって」


 生意気な連中だが、実力だけはある。


 力が全てであるグゥの部族の長であるこの私と目の前の男ゴリアスはほぼ互角の実力だ。そんな実力者が何人もいる部隊だ。即席とは言え、この精鋭部隊が負ける筈が無い。


「まずはあの野盗を襲っている二刀流使いを確実に仕留めるぞ。単騎で行動している分、一番やり易そうだからな」


 あの黒髪の二刀流剣士も相当強そうだが……まぁ、このメンバーで囲めばどんな相手でも問題ないだろう。


「おいおい……あんな小僧一人に俺たち全員で掛かる気か!?」

「つべこべ言うな! 奴も相当な実力者だ。舐めてかからず全力でいけ!」

「だりぃな…………」


 相手が一人だと聞いてゴリアスは見るからにやる気を失っていたが、一応は動いてくれた。


(まぁ……倒してくれさえすればなんでもいいさ)



 自陣の野盗たちが次々と狩られていく戦場に我々は急行した。








「ん? 増援か?」


 見るからに雑兵とはレベルの違う新手の集団がやって来た。


 俺は両手それぞれの剣を振るってこびり付いた血を払い、その集団と相対する。



「よぉ! 雑魚ども相手に随分とはしゃいでいるようじゃねえか!」

「そう見えたか? 降りかかる火の粉を払ってるだけなんだがなぁ」


 敵兵とは言え、こうも多くの兵士の腕や足を斬り落としていく作業はかなり気が滅入る。向こうもさっさと逃げてくれればいいものの、こいつら馬鹿なのか大人数で囲めば問題無いとでも思っているようなのだ。


 俺の返答がお気に召したのか、ガラの悪そうな男の一人が口笛を吹いた。


「ヒュー! カッコイイねぇ! じゃ、今度は俺らが相手をしてやるか!」

「おいおい。こんな小僧、俺一人で十分だぜ! この元“ローグライフ”傭兵団幹部である俺様一人でな!」

「ローグライフ……?」


 確か……琥珀アンバーの称号を持つユーラニア共和国専属の”石持ち”傭兵団ローグライフ……だったか?


 大陸に数ある石持ち傭兵団の中でもトップクラスの実力と実績を持つ団の名だ。


「へぇ……面白い!」


 俺はニヤリと口角を吊り上げて二振りの剣を構える。


「ん? こいつ……もしかして“双鬼”じゃねえのか?」


 ガラの悪そうな男の一人が俺の顔を見てそう指摘した。


 どうやら俺が何者か知らずに挑んできたらしい。


「そうだが? 俺はケルニクス。パラデイン王国元帥だ!」


 俺が名乗りを上げると男たちはギョッとした。


「こいつが……あの双鬼!?」

「おいおい……元帥が単騎で、しかも最前線で戦っていやがるのか!?」


 別に好きで単独行動している訳では無いのだが……


 ソーカはともかく、俺はそこまで戦いに喜びを求めていない。味方の人数が足りてさえいれば、皆でボコって楽に勝ちたいものだ。


(まぁ、最近は自分なりのプライドもあるにはあるが……)


 俺個人の“双鬼”としての名声は兎も角、“パラデイン王国元帥”と“不滅の勇士団アンデッド団長”として、無様な真似を晒したくはない。それくらいのちっぽけなプライドくらいなら持ち合わせている。


「おもしれぇ……! 双鬼はこの俺がやる!」

「いいや、俺様だ! テメエはすっこんでろ!!」

「ざけんな!! こいつの賞金は俺のモノだ!!」


 なんだか仲間内で言い争いが始まってしまった。


(そういえば俺の首に金貨200枚の賞金が懸けられてるんだったか)


 額が額なので、取り合になるのも仕方あるまい。まぁ、それもこれも俺を倒せれば、の話だが…………



 醜い言い争いに苦言を呈したのは、長身で鋭い目をした細身の男だ。


「おい、貴様ら! この期に及んでなにを勝手な……! 相手はあの双鬼なのだぞ! 油断せず、全員で掛かれ!!」

「うっせえなぁ、族長さんよぉ……。確か、やり方は俺らに任せるって契約だったよなぁ? 大丈夫だ、俺たちもアイツの首を逃すつもりはねぇ。確実に仕留めてやるさ!」

「くっ! 愚か者どもが……今の言葉、二言は無いな?」

「おうよ!」


 どうやらあの長身男がグゥの族長のようだ。


 自分の事を棚に上げるようだが、まさか国のトップが最前線に出てくるとは……


 お陰で敵将を探す手間が省けた。


「こいつはいいな! 勝負の方法はアンタらに任せてやる。互いの賞品は俺かそこの族長……どうだ?」

「な!?」

「くっくっく……いいぜ! 話の分かる小僧だ!」


 勝手に景品にされた族長は絶句していたが、ガラの悪そうな男たちは相当腕に自信があるのか、俺が持ちかけた勝負に乗って来た。



「よっしゃあ! まずは俺様からだ! 元ヤールーン帝国第二軍団師団長、ロータス様が相手になるぜ!」

「ヤ―ルーン帝国!?」


 随分と懐かしい名前が出てきた。


(奴隷兵時代に身を置いていたヤ―ルーン帝国……その元師団長が相手とは……!)


 ヤ―ルーン帝国での師団長は確か、階級が准将以上でないと任せられない要職だった筈だ。


 俺が所属していた軍団はクレイン将軍旗下の第七軍団なので、第二軍団の内情はよく分からない。しかし、元帝国軍師団長ともなると……そこらの元傭兵や冒険者とは経歴の重みがまるで違う。


 国土や兵力だけを見ても、ヤ―ルーン帝国はリューン王国とは段違いの大国……紛れもない列強国の一つなのだ。



「双鬼……確か貴様も元ヤ―ルーン帝国の出身らしいな」

「まぁ、一応は…………」

「そうか、そうか。それで? 貴様の元の階級は? んんぅ?」


(こいつ……知ってて質問してやがるな?)


 嫌味な奴だ……


「…………三等兵」


 俺はロータス様とやらを睨みつけながら呟いた。


 案の定、ロータスはわざとらしくオーバーリアクションで驚いてみせた。


「さ、三等兵だってー!? つまり、貴様は元奴隷兵というわけだ!」

「…………何が言いたい?」

「つまりは……元師団長であるこのロータス様の敵ではないという事だぁあああ!!」


 ロータスは巨大な斧を振りかぶりながらこちらへと向かってきた。大きな得物を持っている癖に凄まじいスピードだ。


(成程……デカい態度と得物なだけあって身体能力もなかなかだ!)


「死ねぃ!!」


 ロータスが斧を振り下ろし、俺もクラッド鋼製の左手の剣で応戦する。


 重い斧の一撃を片方の剣だけでしっかり受け止めるとロータスは目を見開いていた。


「なにぃ!? 俺様の一撃を……ショートソード一本で受けただとぉ!?」

「そい!」


 二刀流なので、当然俺のもう片方の剣はフリーだ。魂魄剣で斧の柄の部分から切断して見せるとロータスは更に驚愕した。


「ま、待て! 武器が――――」

「待たん!」


 俺は容赦なく武器を失ったロータスの右腕を斬り飛ばした。


「ぐぎゃああああっ!?」

「やかましいぞ! 師団長さんよぉ!!」


 俺はトドメにロータスを蹴り飛ばして黙らせた。


(まぁ、これくらいなら死なんだろう……)


 俺は一人倒すとガラの悪い集団の方へと視線を向けた。


「それで? 次は誰が相手する?」

「「「――――っ!?」」」


 ようやく俺の実力を理解したのか、男たちは固唾を呑んでいた。


「まさか……あれ程とは……!」

「な、なぁに……大したことねえぜ!」

「ああ……あいつは油断が過ぎただけだ……」


 ふむ……前言撤回。まだ分かっていないようだ。



「今度は俺がやるぜ!」


 臆せず名乗りを上げたのは、先ほど元“ローグライフ”傭兵団幹部だと言っていた粗野な男だ。男の得物は槍のようだ。


「またタイマンとはいい度胸だ。相手になろう」


 俺は二本の剣を抜いて戦闘態勢を取ると、槍使いの男はそれを手で制した。


「まぁ、待てよ。その剣……見たところ、どちらも業物だろう? しかも片方はかなり高位な神器とみた」

「そうだが……まさか卑怯だとは言わないよな?」


 傭兵は基本的に何でもアリだ。こうやってサシで戦うこと自体、傭兵らしくない振る舞いだろう。


 俺が言葉で先に釘を刺すも男はヘラヘラと笑って応えた。


「いやいや! 俺も元傭兵だ。そこら辺は勿論弁えているさ。ただ……なぁ? あの“双鬼”ともあろうお方が、まさか傭兵崩れの俺如きに本気で相手するのは……へへっ!」

「つまり……この武器を使うなと?」

「そこまでは言ってねえけどよぉ! 例えば……そこに落ちている槍なんかどうだい? 俺と同じ得物で勝負! これなら互いに後腐れも無いんじゃねえのかなぁ?」


 俺はチラリと地面に落ちている槍へと視線を落とした。先ほど野盗を散々狩ったが、その誰かが持っていた武器だろう。


 俺は両手の剣を鞘に納めると、地面に落ちている槍をつま先で蹴り上げて、それをキャッチした。


 槍をクルクル回して感触を試す。


「…………まぁ、問題ないか」

「お? それじゃあ……?」

「お前の口車に乗ってやると言った。この槍で勝負しよう!」

「へへっ! そうこなくっちゃな!」


 男は笑いを堪え切れないのか、ニヤつきながら槍を構えた。


 俺も男に合わせて槍を構えてピタリと静止する。


「ほぉ? 全くの素人かと思ったが……それなりに様になってるじゃねえか!」


 俺の構えに感心したのか槍使いが軽口を叩いてきた。


「剣闘士時代に一通りの武器は試しているからな。それなりには扱える」

「へぇ……それなり・・・・に、ねぇ?」


 男は全身に闘気をたぎらせると、全速力で突進してきた。


「馬鹿め! この俺は黒獅子流の元師範代だぞ!! それなりで敵うものかよ!!」


 想像以上に速い!?


 かなりの使い手なのか、足捌きに淀みがない。


 だが……


「そこはもう既に……俺の距離だ!」


 俺は互いの槍の間合いに入る前に、突きと同時に【空戟くうげき】を放った。


風斬かざきり】の刺突版である【空戟】。俺は突きによる風圧を闘気の槍に変え、両者の間合いに入る間に相手の右肩をぶち抜いた。


「ぐはっ!? ば、馬鹿な……っ!」


 あり得ない距離から謎の攻撃で深手を負い、男は思わず槍を落としてしまった。


「寝てろ!」


 俺は槍の柄の部分で男の腹部を叩きつけた。


「ぶふっ!?」


 男はそのまま吹き飛ばされて気絶した。


(黒獅子流の元師範代……ねぇ?)


 確かあの白獅子ヴァン・モルゲンも黒獅子流の元師範代だったか?


 それにしては手応えがなさすぎた。同門の師範代と言っても実力はピンキリのようだな。



「二勝目。次は?」

「「「…………っ!?」」」


 男たちの顔色がみるみる青褪めていく。流石に実力差を思い知っただろうか。


「余興は終わりか? なら、お前たち全員、それなりの怪我を負ってもらうが……」

「ま、待て! 俺だ! 今度は俺が相手しよう!!」


 今度はかなりの大男が前に出た。凝りもせずタイマン勝負を挑んできた。


「よし! 良い覚悟だ!」


 俺は手に持っていた槍をポイっと捨て、今度こそ剣で戦おうとしたが、再び待ったがかかった。


「待ってくれ!! 俺からも提案だ! さっきの奴と同じ条件で戦おう!」

「さっきの条件? 同じ武器でって事か? だが、お前は…………」


 見たところ、男は無手であった。


(いや……拳鍔を身に着けているな)


 ナックルダスターとも呼ばれる武具を両腕に装着していた。どうやら彼は自らの拳で戦う武闘家らしい。


「生身で戦おうじゃないか。なんなら、予備の拳鍔を貸すが?」

「不要だ。分かった。それでいこう」


 俺は剣を抜くのを止めて素手のまま構えた。


 あっさり要求を受け入れた俺に巨漢の武闘家は驚いていた。


「まさか本当に受けるとはな……。言っておくが、俺は火竜踏心流の皆伝でタオカオ闘技大会では入賞した経験もあるのだぞ? 戦うからには手加減しねえが……」


 タオカオ闘技大会? んなもん知らん!


「勿論だ。俺も手加減はしない!」

「舐めやがって…………後悔すんなよ!!」


 男もやはり相当な闘気使いなようで、凄まじい瞬発力でもって迫って来た。


 闘技二刀流無手技の【徒手一閃としゅいっせん】で先制攻撃してもいいのだが……ここは真っ向勝負といこう。


「くたばれ!!」

「おらぁ!!」


 両者、右ストレートを互いの拳に炸裂させた。


 結果は――――


「うぎゃああああっ!?」

「おー、いててぇ……」


 巨漢の武闘家は泣き叫びながら地面を転がり、俺は軽く痛めた手をさすりながらぼやいただけだ。


 男の手はぐちゃぐちゃになっており、出血もしていた。自身の骨で皮や肉でも裂いたのだろう。これは聖女クラスの治癒神術でもなければ完治は難しいだろう。


 だが、男にはまだ片手が残っていた。痛みで喚いている男には大変気の毒だが、この状況でこいつを野放しにはしておけない。


「今度、性格はアレだが腕の良い治癒術士を紹介してやる。だから今は寝てろ!」

「ま、待ってぇ! て、手加減を――――」

「ふっとべ!」


 俺は先刻の言葉通り、手加減無しのパンチを男に喰らわせた。当然、武闘家も今のでリタイアだ。



「さぁ、次!」

「「「…………」」」


 ついに男たちは黙り始めてしまった。


 目線だけで「次は誰が?」「お前が行けよ」と語り合っているようですらあった。


「つ、次は俺が相手しよう!」


 今度は弓を持った冒険者風の男が出て来た。


「分かった。勝負の方法は?」

「ゆ、弓で対決だぁ!!」

「は、はぁ?」


 ついには向こうも形振り構わなくなってきたようだ。


(さすがに俺、弓は触ったことも無いのだが……)


 メッセナー闘技場に弓は置いていなかった。


 俺が表情をしかめると、こちらが弓の素人だと判断したのか男は笑みを浮かべた。


「ま、前の二人も同じ条件を出したのだから……お、俺の願いを聞いてくれたっていいじゃないかぁ!! お願いしやっす!!」


 男は最早、外聞もかなぐり捨てて涙目で懇願してきた。


 俺が困惑していると、突如背後から女の声が聞こえた。


「いいじゃない。受けてみれば?」

「フェル! 他の皆も、何時の間に…………」


 気が付いたら雑兵どもの相手を任せていたエドガーたちが合流していた。


 今やS級冒険者となった“疾風”のフェルに“氷壁”の二つ名で知られるニコラスとレアの” 青き盾”冒険者コンビも見物モードだ。


「こっちはもう終わったぜ。ソーカの嬢ちゃんやアマノ兄妹、シェラミーたちはまだ騎馬隊を追いかけまわしている。ありゃあ、少し時間が掛かるぞ……」


 遠方を見ると、騎馬隊が全速力で駆け回り、それを四人が猛スピードで追いかけていた。


 どうやらソーカたちにはどうあっても勝てないと判断したのか、騎馬隊は必死の形相で逃げ回っていた。


(あーあー。可哀想だが……そのうち馬がスタミナ切れてジ・エンドだな)


 というか、ソーカやイブキの走力だと馬よりも速く、騎馬隊は徐々に人数を減らしている。シェラミーやセイシュウは既にやる気をなくしている様子だ。


「ば、馬鹿な……!」


 その光景を見ていたグゥの族長らしき長身の男が唖然としていた。



「ほら、団長。相手との勝負、同じ条件で受けてあげなさいよ」


 フェルは満面の笑みで俺に話しかけた。


「お前……絶対楽しんでるだろう?」

「うん!」


 弓使いとしてフェルは俺がどう弓で戦うのか気になる様子だ。


(期待に添えなくて悪いが……俺、マジで弓なんか使ったことねえぞ!?)


「さぁ……ど、どうするんだ!」


 エドガーたちも駆けつけ、相手は逃げ場をなくしていた。絶対窮地である筈の弓使いであったが、そんな状況を打破しようと自分に有利な弓勝負を提案してきた。


「さっきと同じ条件……あくまで“弓を使って互いに戦う”で良いんだな?」

「そ、そうだ! 弓以外は使っちゃ駄目だぞ! いいな!! ぜ、絶対だからなぁ!!」

「…………分かった。受けて立とう!」


 俺も覚悟を決めて勝負を受けた。


 適当に落ちていた弓と矢を拝借する。



 互いに弓がギリギリ届く長距離まで移動し、そこで戦闘開始の合図が送られた。



「こ、こう見えて俺は元A級冒険者の狩人だ! 弓なら……負けん!!」


 男は矢に闘気を込めて一射目を放った。


 流石に本職とあってか、矢に込められた闘気の量は申し分ない。


 普通は距離や時間が空くほど込めた闘気の量も減っていき、威力やスピードが半減してしまう。だが、この男の弓の扱いはフェル並みで、俺の方まで十分な威力を残したまま矢が飛んで来た。


 それを…………俺は手で掴み取った。


「…………は?」

「そりゃあ……真正面からじゃあ、こうなるだろう……」


 自分の土俵である弓対決にばかり気を取られ、男は肝心な事を失念している。


 弓使いは闘気持ちの戦士相手には絶対的に不利なのだ。その理由がこれだ。姿を見せている弓兵の攻撃なんぞ、同格かそれ以上の闘気使いの身体能力なら余裕で避けるか迎撃が可能だ。


「あちゃぁ……やっぱ打つ手なしかぁ……」


 フェルも男を同情するように嘆いていた。


(もっと障害物が多い場所なら、俺も少しは苦労したかもなぁ……こんな開けた場所では打つ手なしだろうに……)


 あるいはフェルみたいに相手に近づいて、矢を連射して射貫くとか……そんな芸当はフットワークの軽いフェルにしかできない戦い方だ。確か七草流歩行術だっただろうか?


「さぁ、今度はこっちの番だ!」


 俺は弓と矢を両手に握ったまま猛ダッシュで相手へと迫った。


 それを見た男はギョッとして、慌てて矢で応戦するも、その全ての矢を掴んでは投げ捨てていく。


「ひ、ひぃ!? け、剣での攻撃は禁止だぞ!」

「分かっている。だから……こうだ!」


 俺は弓の端を握って手に持ち……そのまま弓柄で男をぶん殴った。


「ほぎゃああああああっ!?」

「よし! 弓勝負も俺の勝ち!」


(((それ、絶対弓勝負じゃない!)))


 そんなギャラリーの心の声が聞こえたような気もした。






 この後、グゥの族長は無条件降伏した。

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