第115話 宣戦布告

 やっと戻って来たイートンには気の毒だが、軍事同盟交渉の為、彼は再びコーデッカ王国にトンボ返りとなった。


「イートンさん。お願いしますの」

「お任せください。女王陛下」


 イートンは女王の代理として、コーデッカ王国と同盟を結ぶ為、再び彼の地に赴くことになった。


 コーデッカ王国内でのエビス商会の価値は俺たちの想像以上に高いらしい。


 ステアの神業スキルで生み出された地球産の品々はコーデッカ王国民や貴族たちの心を鷲掴みにした。また、フィリップ・ブルレック伯爵の後押しもあって、現在のエビス商会は貴族や王家にも顔が利く存在となっていたのだ。


 そんなエビス商会会長のイートンが正式にパラデイン王国の特使として派遣されるのだ。あちら側も無碍には出来まい。



 その他の同盟候補国であるザラム公国、レイシス王国にも、それぞれ特使を派遣した。








 一週間後、各地に派遣した特使が戻って来た。


 まずは無事にバネツェ王国から戻って来たセイシュウとヴァイセルに話を伺った。



「ヴァイセル殿の誠実な謝罪が功を奏し、サンハーレで起きた痛ましい惨事についてはパラデイン王国側に落ち度が無いと、しっかり言質を頂けました」

「それは良かったですの!」


 まずは吉報が届けられ、それを聞いた文官たちはホッと胸を撫で下ろしていた。


 だが、同盟となると、そう簡単な話にはならなかった。



「軍事同盟を結ぶ条件として、あちらから二つの事を要求されました」

「なんですの?」

「パラデイン王国の所有するボートを5隻提供すること、エビス商会の支店をバネツェに置くこと、以上です」

「まぁ!」


 どちらもパラデイン王国にしかない物だ。



 島国であるバネツェ王国がプレジャーボートを欲するのは理解できる。この世界にとっては未知の造船技術を用いられているからだ。


 また、彼の国は船を使った商業国家という一面もあるので、物珍しい品々を扱うエビス商会の事を密かに調査し、ずっと気に掛けていたようだ。バネツェ王国はエビス商会が保有する物珍しい商品を欲しているのだ。



 ボートの件はステアの一存で決められるが、エビス商会の支店設立に関しては商会長代理兼経理部”輜重隊リッチ”の責任者であるサローネに委ねられた。


「サローネ。どうですの?」

「問題ありません。我が商会は人員を増やし続けており、支店を任せられる優秀な人材も育成しております。バネツェ王国に支店を置けるのは、こちら側にも利があります。是非、お任せください」



 サローネの許可を得たので、バネツェ王国には再びセイシュウたちを送ることになった。開戦まで時間が無いので、約束のボート5隻を伴って至急、使節団を向かわせた。




 バネツェ王国の件が片付くと、今度は再びパラデイン王国に戻って来たイートンに話を聞いてみた。


「慌ただしくて申し訳ありませんの。イートンさん、コーデッカ王国はなんと?」

「はい。コーデッカ王国も同盟に賛同して頂けましたが、やはり条件を付けてきましたな」


 コーデッカ王国の条件とは、軍事同盟の仮想敵国の対象をリューン王国やゴルドア帝国だけに留まらず、ウの国やナニャーニャ連邦まで広める事である。


 それとドワーフ族による技術支援と不滅の勇士団アンデッドの協力要請も条件に加えられていた。



「ドワーフとアンデッドへの強力……具体的にはどういった内容ですの?」

「はい。ドワーフ族には、西部にある幾つかの砦や要塞を改築して欲しいそうです」



 その発端となったのは、どうやらここケルベロス城をブルレック伯爵が見て感動し、それがコーデッカで噂になった事に起因するらしい。


 僅かな工期で立派な要塞――――城を立てたドワーフの高い技術力にコーデッカ側は興味を示し、それならば古い砦や要塞の改築をドワーフに依頼出来ないか、という話になったそうだ。



「成程。ネスケラ、どうですの?」


 ステアは技術部”科学技研スケルトン”の所長であるネスケラに尋ねた。


 戦場においてのドワーフ実働部隊の責任者は”後方支援隊ヴァンパイア”の長であるヤスミンの管轄だが、外国への技術支援や派遣となるとネスケラ所長の領分となる。


「うーん。ホムラン副所長とも相談するけれど……物で釣れば……ごほん! 褒賞を提示すれば、ドワーフの皆はきっと協力してくれると思うよ!」


 ドワーフ族はものづくりが大好きな種族なので、放っておいてもどんどん建物や新アイテムを作ってしまう。


 ただし、それはあくまで興味がある事や楽しい物限定であり、気が乗らない仕事に関してはなかなか首を縦には振らないのだ。


 そんな時はネスケラがステアにお願いして、地球産の物珍しいアイテム(主に新作ゲームやお酒など)を餌にしてドワーフたちを働かせているのだ。


 とんでもない幼女である。


「……分かりましたの。餌……ごほん! 褒賞を用意しておきますの」

「お願いしまーす!」


「「「…………」」」


 一同はその件について深入りしなかった。




 気を取り直して、イートンが報告を続けた。


「えー、傭兵団アンデッドへの要請の件ですが……どうも最近、ウの国で大きな動きがあったようです。その影響か、コーデッカ王国はウの国による大規模侵略をかなり警戒しているようですな」

「成程……クロガモ、何か事情を知っておりますの?」


 ステアが尋ねると情報部”諜報隊レイス”のクロガモ隊長が口を開いた。


「ウの国に動きがあるのは存じております。どうやら政変が起こったようですが……詳細までは未だ分かっておりません。都にはアマノ家以外のシノビたちが厳重な警備をしております。我ら程の力量は無いですが、数が多い故…………」


 ウの国は優秀なシノビ一族を保有するアマノ家を追いやった事により、情報面で痛い目を見た過去がある。


 その事を省みてなのか、新たなシノビ衆による組織を立ち上げたらしく、拙いながらも人数でカバーしていた。


 特に抜け忍扱いであるアマノ家のシノビ衆に対しては最大級の警戒をしている為、都方面には迂闊に近づけない状態だそうだ。


「政変……大将軍が討たれたのでしょうか?」

「分かりかねますが、その可能性はございます」


 ウの国のトップは大将軍であり、独自の階級制度を設けている。


 大将軍の下に武のトップである将軍階級と、文のトップにロウチュウ階級、その次に武のサムライ階級と文のブギョー階級、武のブシ階級と文のダイカン階級、武のアシガル階級と文のメツケ階級といった順に、文武公平な立場での階級制度が存在する。


 アマノ家は元々サムライ階級の名門武家であり、他国の貴族で例えるのなら伯爵相当の家柄であったが、先代と先々代の失策によって1ランク下のブシ階級に落とされてしまったそうだ。


 ちなみに以前相対した帰心流の中伝さんが仕えていたクガ家はブギョー階級で、こちらも同じく伯爵級の文官貴族であるらしい。サムライ階級とブギョー階級は文武の違いはあれど、位の方は同格なのだ。



 そのクガ家は都に近い領地を治めている家で、文のトップであるロウチュウ階級のオオトリ家派閥に与しているらしい。そのオオトリ家と武のトップである将軍階級のサルワタリ家派閥は大変仲が悪いそうで、度々衝突しては大将軍を困らせているのだとか。


 今回の政変は恐らく、その両者のどちらか……或いはその両方が動いた結果だろうとクロガモは指摘した。



「概ね理解しましたの。でも、他国とのいざこざにまで、こちらは手が回せないですの」


 軍事同盟を結ぶ以上、コーデッカ王国の窮地には駆けつけるが、侵略戦争に加担するつもりはない。


 軍事同盟はあくまで防衛のみ相互協力する方針でコーデッカ王国への返答を纏めた書簡をイートンに持たせた。


 何度も申し訳ないが、イートンにはまたまたコーデッカに出向いてもらうことになった。




「ザラム公国とレイシス王国はどうですの?」


 ステアの問いに特使の任を終えて戻って来た文官たちが返答する。


「返事は保留となっております」

「やはりリューン王国を恐れているようで、同盟までには至れませんでしたが、我々に敵対する意思もないと先方は告げております」

「まぁ……仕方がないですの」


 あの二国はリューンの属国であるジオランド農業国ともろに隣接している為、陸路だとパラデイン王国よりも近い。両国とも戦争の巻き添えを懸念していた。


 その上、飛竜騎士団という何時襲ってくるか分からない迎撃不可能な航空戦力もいるとなれば、臆するのも仕方が無いだろう。



 一方、コーデッカ王国は領土的には大国であり、兵数だけならばリューン相手でも、そこまで大きく引けを取らなかった。


 また、バネツェ王国の方も、リューンの軍門に下ったネーレスの海賊とは犬猿の仲であり、自然と彼らを放任しているネーレス首長国とも不仲であった。ネーレスがリューンに付くのなら、バネツェはパラデインに……という考えのようだ


 更にバネツェ王国は以前からリューンの標的にされているのを知っているので、今回の件を機に徹底抗戦するつもりのようだ。



 近々、大陸南東部は大荒れになりそうだ。








 数日後、なんとかコーデッカとバネツェ両国との軍事同盟まで漕ぎ着けた。


 また、ザラム公国とレイシス王国からも一定期間の不可侵条約を結び、政治による最低限の戦争準備を終えた。



 その更に数日後、ついにリューン王国が宣戦布告を行った。


 しかも、リューン王国、ジオランド農業国、グゥの国、イデール独立国、ネーレス首長国の五ヵ国連盟での宣戦布告であった。


 そこに関しては想像の範囲内であったが、リューン側の大義名分を聞いた時には驚かされた。



「『パラデイン王国は、あの悪名高い“ヤマネコ山賊団”と結託していた。手始めにレイシス王国の領土を荒らし、行く行くは大陸東部を陥れ、覇権を握る為の破壊工作活動を行っていた』か…………」


 俺は読み上げた報告書をくしゃくしゃに丸めてポイっと捨てた。


(むしゃくしゃしてやった。後悔はしてない!)


「元帥殿。それ……まだ私は目を通していないのですが?」

「あ……すんません……はい……」


 まだ報告書を読んでいないヴァイセルに怒られてしまった。


(おのれ……リューン王国めぇ……!)


 俺はいそいそと、丸めた紙を広げて伸ばしながら、自分の軽率さを呪った。


「こんな無茶な大義名分、実際に通るものなのですか?」

「ううむ……戦争に勝ちさえすれば、こんな戯言も押し通せるのでしょうなぁ」


 オスカーの問いにヴァイセルが曖昧に返答した。


「そうですね。しかも、さりげなくレイシス王国にも大義名分を与え、あちら側の陣営に加えようとしております。流石にリューンの国王は抜け目がないですね」


 コルラン宰相は妙な点で感心していた。


「先に不可侵条約を結んでおいて正解でしたね。あれが無かったら、レイシスも今頃どうなっていた事か……」

「ジーロ王国が不参加なのは意外でしたな」

「そうでしょうか? 連中、またしても情勢を見てから、有利な方に付くつもりですよ」

「相変わらずの風見鶏国家か……蝙蝠め!」


 ステアの大嫌いなジーロ王国は静観したままであった。


 油断は禁物だが、ジーロが不参加でコーデッカ王国を味方につけた事により、西部方面から攻められる心配はかなり低くなった。



 最大の問題は、やはり南部と東の沿岸部だ。



「シノビ衆の情報によると、もうイデール領内にまでジオランドとリューンの歩兵団が到着しているらしい」

「イデールめ! 懲りない連中だ!」

「仕方あるまい。リューンに睨まれては、あの弱小国家では拒めまい。最早、リューンの傀儡だな」


 イデール独立国とは、俺たちがクーデターを起こした時からの因縁があり、徹底的に返り討ちにして以降は、暫くずっと大人しかった。


 イデールは元々、パラデイン王国の前身であるティスペル王国から離反して興された国家である。故に、ティスペル王家とその忠臣貴族たちには深い恨みがあったのだ。


 だが、その王家と中枢の貴族たちは、俺たちがパラデイン王国を立ち上げた際、ほぼ一掃されている。イデール独立国は怨敵を失ってしまったのだ。


 それが今回、リューン王国の軍事力に脅されてなのかは知らないが、再び俺たちに牙を剥こうとしている。


 今更イデール軍など、取るに足らない相手なのだが…………



「グゥの国はトップがすげ替わり、野心的な男が新たな族長に選ばれたようです」


 グゥの国は武を尊ぶグゥ一族の国家で、そのトップは王ではなく族長と呼ばれていた。


 前任者も野心的な男であったそうだが、それは酷い脳筋タイプであったらしい。


 当時のティスペル王国随一の戦力とされていた”北の盾”コスカス領にひたすら突撃を繰り返し、遂には攻めきれずに力尽きて軍を撤退させたという黒歴史がある。


一方、新たに就任した族長は理知的だそうで、色々と策を練るタイプのようだ。


 勇猛果敢なグゥ一族には珍しい性格で、通常なら小賢しい男は嫌われる傾向にあるようだが、その新族長は頭だけでなく、腕の方も達者らしい。今のところ、統率が取れているようで厄介だ。



「ネーレス首長国は後方支援のみだと公言しているが…………恐らく海賊どもが動くだろうな」


 ネーレス首長国はバネツェ王国と同じく、大陸の東……バネツェ内海の先にある島国だ。


 海洋国家なので当然、海軍もそれなりの規模がある。


 だが、なんと言ってもネーレス最大の武器はネーレスの海賊船団である。


 表向きは、海賊たちは首長国と一切関係ない非合法武装組織とされているが、裏では政府とズブズブの関係なのは明白であり、海賊船団も立派な敵戦力として俺たちは計算に入れている。


 奴らは正規の軍人ではない為、不意打ち、略奪行為もお手の物。正直、一番目が離せない存在だ。



「うーん……あちこち敵だらけで、防衛に手が回らないですの」


 西の心配は無くなったが、南部は間違いなく激戦で多くの兵が要る。それに合わせて東の沿岸部からリューン王国の艦隊が攻めてくるのを警戒せねばならない。


 更にそこに加え、北のグゥの脅威に神出鬼没の飛竜騎士団と海賊船…………確かに人手がいくらあっても足りない状況だ。


「コーデッカやバネツェから兵を借りて各地に配備するしかないのでは?」

「アンデッドの精鋭たちもまた、各地に上手い具合に配置せねばならぬでしょうな」


 オスカーとヴァイセルが戦力をどう分散するか頭を悩ませていると、コルラン宰相が反対意見を述べた。


「……いえ。ここは敢えて、主力を一ヵ所に集めましょう!」

「……っ!? 宰相……それは、いくらなんでも……!」

「無茶だ! それで南部は勝てたとしても、他が落ちて突破されたら意味がない!」


 そこはコルランも織り込み済みのようで、彼は頷きながらも説明を続けた。


「ええ。ですので、主力部隊には南部ではなく、中央に待機してもらいます」

「中央!?」

「どういう事ですか!?」

「西部を除く、ほぼ全周を一般兵の部隊で固めます。彼らには防衛に専念し、遅滞戦術をしていただく。兵士たちが時間稼ぎをしている間に、こちらの主力部隊が敵主力部隊を逐次殲滅して回る作戦です」


 コルランの作戦内容に一同は驚いた。


「精鋭を遊撃部隊にし、各戦場を回ってもらう訳か!」

「そ、それは……確かに良い案ですな!」

「しかし……遅滞戦術が失敗すれば、そこから敵軍が抜け出てしまう……少々危険ではないですか?」

「そこは成功する事を前提に考えても、兵の負担が大きいですの。もっと被害を抑えられる策はないですの?」


 ステアが尋ねるもコルランは首を横に振るった。


「私の頭ではこれが限界でございます。兵士たちには負担を強いますが……これは戦争なんです。兵への被害はどうあっても避けられません。でしたら……被害を考慮した上で、最も効率よく敵を討つべきです!」


「「「…………」」」


 誰もが理解していた。


 今回ばかりは相応の被害が出ることを……


(戦争……だもんなぁ…………)


 どう上手く立ち回っても、少なからず死人は出るし血も流れる。


 誰かの家族を死なせる事にだろうし、誰かの親や子供を俺は殺す事になるだろう。


 王国元帥として、俺のすべき事は…………


「俺は宰相の案に賛同する」

「ケリー……」

「元帥殿……」


 軍の最高責任者である俺が頷くと、コルラン宰相の作戦案は可決され、それを基として、より細かな話し合いが進められた。

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