第116話 イデールの将校たち

 オスカー軍団長率いるパラデイン王国最大規模の第一軍団


 元グィース領兵団長であるハーモン軍団長が率いる第二軍団


 コルラン侯爵の領兵とキンスリー領の兵で構成された第三軍団


 旧ティスペル王都治安維持軍と元サンハーレ兵の混成軍である第四軍団


 そして、女王直属軍団――――通称”アンデッド軍団”



 各軍団は作戦指令部レヴァナントの指示通りに各地へ向かって動き始めた。




 ケルベロス城から主力である第一軍団と精鋭のアンデッド軍団が出立するのを俺は見送っていた。


 本来、アンデッド軍団を率いるのは俺の役目であったが、傭兵団“アンデッド”のメンバーは一部を除き、王都ケルベロスにて待機である。


 コルラン宰相の発案で、俺たち精鋭は遊撃隊となっていた。各地の戦況を見定めながら、苦戦している戦場や敵国の難敵が現れた現場に急行する切り札として動くことになったのだ。



 また、アンデッド軍団の中でも海上戦力である海兵隊ケートスと王都の守備に就いている近衛隊マミーも別行動だ。その他、後方支援が主な役目となる後方支援隊ヴァンパイア諜報隊レイス輜重隊リッチも王都に一時待機状態であった。


 アンデッド軍団は俺に代わって作戦指令部レヴァナント所属のトニア参謀長補佐が現地で指揮する事になった。


 トニアの役職は元々参謀であったが、帝国領の侵攻時における功績が評価され、参謀長補佐に昇進していた。元冒険者で一時は奴隷剣闘士となっていた身のトニアだが……大出世したものである。


 トニア自身の戦う能力は低いが、頭の回転が速く起点も効く。更になんと言っても彼女は強運なのだ。俺と出会ってからのトニアは兎に角ついているらしく、俺の事をますます信奉するようになった。



 ちなみに参謀長はネスケラだが、彼女もケルベロス城の指令室で待機となっていた。



 指揮官を任されたトニアは精鋭隊ドラウグ騎馬隊デュラハン不滅隊グール砲兵隊ワイトを率いて意気揚々と出陣していった。俺に勝利を捧げるだとか暑苦しく語っていたので、無理するなと言っておいたのだが…………大丈夫だろうか?



 俺が不安そうにアンデッド軍団の出陣を見送っていると、それと入れ替わるような形でケルベロスに避難してくる民の一団を目撃した。


 サンハーレに住んでいた者たちはだいぶ前に避難を済ませていたが、その近郊に住んでいる村民たちの中には、まだ避難していなかった者たちもいたようだ。


 そんな避難民の中に俺は見知った顔の者を見つけたので声を掛けてみた。


「おじさん! アンタらも避難してきたのか」

「おや? ケリー君。迎えに来てくれたのかな?」


 やたら親しげに返事をしてきたのは自称“神器研究者”のおじさんである。


 こちらはおじさんの名前すら知らないのだが、あちらは俺の事を何時の間にか愛称で呼ぶようになっていた。


 彼の横にはフィオーネの姿もあったが、フードを深くかぶっており、その美貌とエルフ特有の尖った耳は隠れたままだ。


「たまたまだ。軍の出陣を見送っていたんだ」

「ああ。戦争が始まるんだね…………」

「…………愚かな真似を」


 おじさんは眉をひそめながら嘆くと、その隣でフィオーネも小声で呟いた。


 フィオーネは古株のS級冒険者であり、その実力も当然折り紙付きだ。だが、彼女は基本的におじさんの従者のような存在であり、パラデインに手を貸すことは無いと明言していた。


「ケリー君。一つお願いがあるのだが……今回の戦争、極力人が死ぬのを減らしては貰えないだろうか?」

「ん? そりゃあ、言われなくなって味方の被害は最小限に止める努力をするつもりだが……」


 今回の戦争はかなりの規模であり、俺たちもある程度の被害を覚悟していた。そんな俺たちの心情を読んだのか、おじさんが語り掛けてきた。


 だが、俺の言葉におじさんは首を横に振るった。


「そうではないんだ。君たちにも当然死んでほしくはないが、相手側も可能な範囲で良い。命を救ってあげてほしいんだ」

「…………そりゃあ、無茶な注文だろう」


 おじさん自身もそう思っているらしく、バツが悪そうにしていた。


「戦争に参加しない私が随分勝手な事を言っているのは百も承知だが……お願いだ。例え手足を失ったとしても、生きてさえいれば問題にはならない。死者数は出来得る限り、最小限に止めてほしい!」


 おじさんは再び俺に要求してきて頭を下げた。


 おじさんに続いて、なんとフィオーネまでも頭を下げた。


「……私からも頼む。私が表舞台に立つ事は無いが……裏から支援して、死者の数を減らせるよう、こちらも手を回す」


 ここまでくると馬鹿な俺にもなんとなく事情が読めてきた。


「死者を減らす……その行為は、例の”お願い”と関係があるのか?」

「…………そうだよ」


 長い沈黙の後、おじさんは俺の予想を肯定した。



 どうやらこのおじさんは俺にとある神器を破壊してほしいらしいのだ。


 神器は基本的に破壊不可だが、それが同じ神器同士だと事情が異なってくる。より強く、位の高い神器の方が打ち勝つ仕組みだとか。過去の種族間戦争では神器同士の戦いで、多くの神器が失われたとされている。


 しかし、神器の影響をほとんど受けつけない俺たち転生者はその限りではないらしい。実際に俺は通常の武器で神器を破壊する事に成功していた。



「事情は分かった。ま、やれる範囲でやってみるさ。俺だって誰にも死んでほしくないし、むやみに殺したくはないからな」

「……ありがとう」


 おじさんは深々と俺に頭を下げた。








 作戦指令部レヴァナントを通して俺は、各軍団に味方の死者を極力出さないよう心掛ける旨と、捕らえた敵兵に人道的配慮をする事を通達しておいた。


(……さて、どうなる事やら)


 今まさに敵国に攻められている状況下に置いて、この通達が味方の士気を損なわないかが心配であったが、どうやら杞憂だったようだ。


 意外な事に俺の要求は各軍団にすんなりと受け入れられた。


 それというのも、パラデイン兵のほとんどが、元は異なる様々な勢力、元敵国の捕虜や傭兵、奴隷兵などで構成されていたからだ。


 戦争で敵兵を殺すのは基本的な事だし、元敵兵である奴隷兵を使い潰すのも当然の行いであった。だが、誰も好き好んで死にたくは無いし、大半の者は率先して相手を殺したいなどとは微塵も考えていない筈だ。


 結果、俺の人道的な宣言は味方の士気を若干上げられたようだ。


 時と場合によっては自分の命を賭してでも戦うのが兵士の務めだが、それを美学だと思い違いをしてほしくはないのだ。


 ここは傭兵流で、兵士には死んで花を咲かせるより、生き恥を晒してでも生存する事を最優先とさせた。




 宣戦布告がされてから数日後、まずは南部で戦端が開かれた。








 ――――イデール独立国最北部




(この私が……また再びこの地に足を踏み入れるとは…………)


 一軍の指揮を任された私は、再び戦場に出てきた感慨深さを僅かに感じながらも、それ以上にどこか冷めた目で、己が指揮する軍の隊列を傍観していた。


 そんな感傷に浸っていた私に横から声を掛ける者が現れた。


「おや? これは、これは、ベルモンド元帥。おっと、失礼! 今はベルモンド将軍でしたな」

「…………ドーガ元帥殿か」


 私の言葉にドーガ将軍はピクリと頬を強張らせた。


(こやつ……自分から煽っておいて……)


 相変わらずの迂闊な男に私はため息をついた。




 我々二人は元々、イデール軍の元帥であった。


 だが、先のサンハーレ侵攻作戦で両者とも無様な敗北を晒し、敗軍の将となった。


 命だけは免れ、本国に逃げ帰ったものの、降格処分の上、王都にて謹慎処分となっていた。私たちは敗戦の責任を問う査問待ちの状態であったのだ。


 だが、そんな我々の境遇を余所に、大陸南東部の情勢は目まぐるしく変化していく。


 まず、我々の侵略を阻止したサンハーレが独立宣言をし、なんと新たな国家まで立ててしまったのだ。


 新国家パラデイン王国の勢いが上昇するにつれ、我々と共謀していたゴルドア帝国が一気に衰退していく。当然、我々イデール独立国の勢いも萎んでいく。


 そして今は南東部で最大軍事力を誇るリューン王国がパラデイン領に介入してきたのだ。


 パラデイン王国――――いや、サンハーレ勢力に敗れ、立場が悪くなったイデール独立国は、野心的なリューン王国との間に、政治的にも物理的にも板挟み状態となってしまう。


 そんな状況を打開する為、王政府は聖教国に軍事支援を求めたものの、教会は派遣された勇者を即日失ったイデールに不信感を抱き、新たな勇者派遣を拒否した。


 結果、イデールがリューンの尖兵と成り下がるのは当然の成り行きであった。


 使い潰されるのが目に見えている軍の指揮を上層部は誰も執りたがらなかった。そこで貧乏くじを引かされたのが、先の戦争で大敗を期した我々二人だ。


 私――ベルモント将軍とドーガ将軍に一番槍が任されたのだ。




「経験豊富なベルモント将軍には、なにか策がおありで?」


 短い間とはいえ、30代で元帥号を得ていたエリート志向の強いドーガ将軍は、少しこちらに挑戦的な態度で尋ねてきた。


 それに対して、私は――――


「…………特にないな。強いて言うのならば、味方の被害を減らす事に尽力をするべきだ」


 私は淡々と語った。


 そんな私の返答をドーガ将軍は鼻で笑っていた。


「ハハ! なんですか、その消極的な作戦は……! いや、もう作戦とも呼べませんね。あの名将ドーガ元帥も地に落ちたものだ!」

「…………」


 今更なんと言われようが私の心には響かない。


 この戦場こそが私の死に場所だと既に達観していたからだ。


「だが……私は違う! 前回は不意を突かれて不覚を取りましたが……ここで功績を上げ、再び元帥へと返り咲いて見せる!」


 ドーガ将軍は鼻息を荒くしながら己の野心をぶちまけていたが、それを傍で聞いていた副官たちは辟易していた。


(この男……まるで状況が読めておらん……!)


 もう、功績がどうだとか、そういう次元の話では無いのだ。


 我々イデール軍と今のパラデイン軍とでは明らかに戦力が違い過ぎる。兵の質に装備、規模までも、何もかもが劣っているのだ。正直言ってお手上げだ。勝負にすらならない。これは敗北が確定された負け戦なのだ。


 私たちには情報が届けられていないが、恐らく王政府や軍上層部はリューン王国から時間稼ぎをするよう指示されているのだろう。


 陸路だとリューン王国やジオランド農業国から兵を出すのにどうしても時間が掛かってしまう。我々イデール軍は主力であるリューン軍本隊が到着するまでの前座に過ぎないのだ。


 故に、それに馬鹿正直に付き合うつもりは私にはない。部下には極力早く投降するよう密かに指示を出してある。出来ればドーガ将軍の指揮下にある兵士にも、それを伝えたいのだが……


 先ほど私が発言した作戦は、遠回しにそれを伝える為のものであったが、ドーガは全く気が付いていない。


 いや……


(……む。あやつの副官たちはどうやら状況を理解しているな?)


 その副官の一人が私に視線を合わせ、ドーガ将軍の背後から意味深に頷いて見せた。


 それに応えるように私は口を開いた。


「ドーガ将軍。貴公が元帥に返り咲きたいのならば、まずは生き残る事こそが寛容。部下共々、決して無茶をするなよ?」

「はいはい。分かっておりますよ。ま、私は貴方とは違い、臆病風にふかれませんがね」

「「「…………」」」


 やはりドーガ将軍一人だけが分かっていなかった。



 やれやれ……どうやら私も死ぬ前に一つ、やる事が出来てしまったようだ。








 最初の開戦が行われて数日後――――




「報告! トライセン砦方面から侵攻してきたイデール軍を撃破! 多くの捕虜を捕らえた模様!」

「「「おおっ!」」」


 まずは幸先の良い報告に指令室は沸き立ったが、元々イデール軍に負けるとは誰一人思っていなかったので、あっさりした歓声であった。


「捕虜の中には敵将二名も捕えております」

「了解ですの。捕虜にはくれぐれも人道的な配慮をするですの」

「ハッ!」


 ステアの指示に伝令の兵士が敬礼で返した。



 伝令から報告書を受け取ったコルラン宰相が呟いた。


「この捕虜リストにあるベルモントという将校……もしや、モルセイ・ベルモント元帥では……?」

「宰相。その敵将を知っておりますの?」


 ステアの問いにコルラン宰相は頷いた。


「ええ。ティスペル政権時から、イデール軍人の中でも評価の高かった男で、私も立場上、気に留めていた人物です」

「このベルモントという男、どうやら最初にサンハーレを攻めて来た時に指揮していた者です。先の戦争で敗北を喫し、その責で一線を退いていたようです」


 宰相に続いてクロガモが補足説明をしてくれた。


「では、こちらのドーガという将校は?」

「……この男は二度目のサンハーレ侵攻時に指揮していた者です」

「「「あー…………」」」


 クロガモの返答に、その場にいる者たちは何とも言えない声を上げた。特に古株の者ほど、ドーガという男に強い嫌悪感を抱いていた。


 二度目のイデール軍侵攻時、連中の指揮官は無能にも、何度も無茶な突撃指示を出していたようで、敵味方に不要な被害をもたらしていたからだ。


「証言によりますと、今回の戦闘でも、この男の命令は酷かったそうです。最後まで突撃命令を出しており、最終的には仲間である副官に身柄を拘束され、共々降伏したようですが……」

「ゼッチューですの! その男をA級戦犯の容疑者として取り調べするですの。拘束中の対応も、最低限で構いませんの!」

「御意!」


 クロガモは早速部下に指示を出していた。




「それで……南部は如何致しましょう? 想定以上にイデール軍は脆く、今でしたら容易にトライセン砦を奪還できますが……」


 コルラン宰相の問いにステアは少し迷ってからネスケラに尋ねた。


「ネスケラ参謀長。どうですの?」

「予定通り、トライセン砦はそのままリューン軍に使ってもらおうよ! その方が情報戦に有利だしね!」



 現在トライセン領はリューン軍やイデール軍に抑えられている状況だが、奪還しようと思えば何時でも取れる場所だ。だが、敢えてそうしないのは、あの砦内には幾つもの隠しカメラや傍聴機器が設置されているからだ。


 自国の領土が侵されている事を抜きにすれば、あの砦を敵軍の本拠地として利用してもらった方がこちらには都合がいいのだ。



「サンハーレ方面は大丈夫なのか? 連中、飛竜騎士団と艦隊で攻めて来るんだろう?」

「トライセン砦から得た情報ですと、明後日にはサンハーレ侵攻作戦を決行するつもりのようです」



 イデール軍は前座で、その後方に迫っているジオランドとリューンの混成軍も陽動。敵の第一目標はどうやらサンハーレ港のようなのだ。本命はリューンの空軍と海軍の方だ。


「飛竜騎士団なら俺が相手しようか?」


 この中で連中と戦った経験があるのは俺だけだ。


 流石のパラデイン王国もまだ飛行機を開発できていない。空を飛ぶ乗り物といえば、熱気球かステアの神業スキルで購入したドローンくらいだ。


「大丈夫! 飛竜ならボクとポーラに任せて!」

「うーん……大丈夫かなぁ……」


 ネスケラは自信満々に飛竜を相手すると公言した。一方、俺がスカウトした新たな仲間、【操縦】スキル持ちのポーラは不安そうに呟いていた。


「ポーラが? もしかして、飛竜を操縦させて戦わせるつもりか?」


 俺が尋ねるとポーラはギョッとした。


「ちょっと! 私は戦いに関しては素人なのよ! 第一、飛竜は生き物だし、私の【操縦】スキルは使えないわ!」

「え?でも馬車は操れたじゃん?」

「馬車は平気でも馬は駄目なのよ……」

「そうだったのか」


 なんでも操縦出来る訳では無いらしい。馬などの生物に直接騎乗しても、【操縦】のスキルは効果を発揮しないそうだ。


 その辺りは【騎乗】という別のスキルが存在するらしく、どうやらそちらの領分らしい。


「大丈夫だって! ポーラと特訓したし、飛竜を追い返すくらいなら多分出来るよ。それより問題は海の方だね。海兵隊ケートスに連絡よろしく!」

「了解です!」



 パラデイン領を巡った争いは徐々に本格化してきた。

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