第113話 飛竜違いです
結局、おじさん本人の口からは、破壊して欲しいと願っている神器について、それ以上の情報を教えてくれなかった。
帰り道、俺はシノビであるナタに尋ねた。
「なあ、一番危険な神器ってなんだと思う?」
「そうですね……
ナタは俺の腰に装備されている剣を見てそう答えた。
俺が所持している魔剣――”魂魄剣”、エアルド聖教国の勇者が所持していると噂の聖剣“精霊剣”、そして現在は行方不明とされている最強の神剣“元始の剣”。
これらを総称して“三神剣”と呼ばれている。やはり武具としてメジャーなのはそれらの神器らしい。
横で話を聞いていた他のシノビたちも色々と候補を上げた。
「あとは“不失の神弓”や“
「防御面でしたら“天使の
“不失の神弓”は山の頂上から麓を走り回る野兎を射ったという伝説の弓で、“召雷王杖”は雷を呼び一軍を退けたとされる神器の杖だそうだ。
どちらも血盟期の大戦時に活躍し、多くの逸話を残しているが、現在は行方知らずとなっている。
一方、“天使の揺籃”は俺も聞いた事がある。確かドハ帝国の王家が所有する伝説の神器だ。
姿形こそ非公開とされているが、その神器が一度効果を発揮すれば、ドハの帝都全域を覆う防御結界が展開されるらしい。それを突破する事は何人にも不可能とされており、ドハ帝国の王城は難攻不落だと噂されていた。
“ミランの鏡”も話だけは聞いた事がある。
今はイヴニス共和国の英雄的存在である騎士が所有しており、あらゆる神術を弾き返す鏡の盾だそうだ。そちらも破格の性能だろうが……
「うーん……どれもあのおじさんが危険視する程の神器じゃないなぁ」
「あの者は自分を神器の研究者だと言っておりました。恐らく我々の知らない神器がまだまだあるのでしょう」
神器の性能はピンキリだが、殺傷能力の高い武具の殆どは、凡そ500年前の血盟期に起きた種族間戦争で使用されていた。
その際、多くの英雄の命と共に神器の行方も所在不明となってしまった。
歴史家たちの中には、行方不明とされている神器は在りもしない空想上の武具ではないかと主張している者もいるが、その疑いを晴らすかの如く、稀に飛んでもない掘り出し物が出てくる場合もある。
なんでも500年前は大陸のあちこちが戦場だったらしく、かなり広範囲に神器が散って埋もれたままなのではないかと推測されている。
中には植物のような見た目の神器もあるらしいので、もしかしたらそこらに転がっている木の枝や石ころなんかも伝説の神器かもしれない。
偶々神器を手に入れて一攫千金を得た者の逸話もあるくらいだ。
神器の件はひとまず置いておく事にした。
おじさんは時期がくれば話すと言っているのだ。今、無理に聞き出す必要もあるまい。
いつか彼の口から話を聞き、その時になって改めておじさんの願いを受け入れるかどうか……それは将来の俺が決める事だ。今の俺が働く必要はない。
改めて街の方に戻ると、入り口近くに四人の人影が見えた。
ソーカとフェルの“疾風の渡り鳥”女性陣と、元帝国Sランク冒険者“青き盾”のニコラスとレアのコンビが立っていた。
どうやら四人で何処かに出かけていたようで、全員かなり疲労しているようだ。
「よお! 随分お疲れっぽいな」
「あ! 師匠!? そちらも戻っていたんですね!」
俺の姿を発見したソーカが笑顔を見せて駆けつけて来る。
「四人でどうしたんだ? この面子だと冒険者の仕事か?」
今はソーカたちもSランクに昇格しているので、ここにいる四人は全員トップクラスの冒険者だ。そんな四人組が疲労する程の仕事とは一体……
「どうしたもこうしたも……アンタが出した依頼を受けてきたんでしょ!?」
「え? 俺が出した……依頼……?」
フェルの言葉に「なんのことだ?」と俺は首を傾げた。
全く身に覚えが無いのだが……俺、何かギルドに頼み事でもしてたっけ?
「飛竜の件よ! 飛竜の生態が知りたいから、出来れば生け捕りか、綺麗な状態の遺体が欲しいって、アンタの名前でそう依頼が出てたのよ!」
「あ! ああ~……」
思い出した。
今後は飛竜騎士団が敵になる事を想定し、少しでも相手の情報を得ようと思い、ギルドに飛竜の捕獲依頼を出していたのだ。
(……あれ?)
いや……よく考えたら、その依頼出したのって俺じゃなくて、ネスケラじゃなかったか!?
俺は思わずネスケラの方へと振り返ろうと、背中におんぶしている幼女の方へ首を回そうとするも、ネスケラは身体を横にそらして、こちらに目を合わそうとしなかった。
(こいつ……勝手に俺の名を使って依頼を出したな!)
こうなったら、今度は逆回りで頭を回そうとするも、ネスケラはその小さな両手で俺の頭をがっちりとホールドしてしまった。
「うーん……っ!」
「ぐぐっ!? この幼女……強い!?」
流石は俺と同じ天然の転生者だ。純粋なパワーだけなら大人以上にある。
天然モノは召喚された勇者とは違って魔力がない分、どうやら素の身体能力が高いらしい。
それについて以前、おじさんに尋ねてみたのだが、彼も詳しい原因までは分からないらしい。転生者は全員そういう生態なのだと、むしろそう割り切っている風でもあった。
「何を遊んでいるのよ……」
俺とネスケラのじゃれ合いを見ていたフェルは呆れていた。
「ま、とにかくそんな依頼、他の冒険者たちには相当厳しくてね。私たち以外全く引き受けそうな気配もなくて、ニグ爺直々に頼まれちゃったのよ」
今のニグ爺は冒険者ギルドの支部長である。元パーティ仲間としてフェルは依頼を断れなかったのだろう。
「それじゃあ飛竜を捕まえてきたってのか?」
「なんとか一匹ね。苦労したけれど生きて捕まえてきたわ!」
「これで飛竜騎士の対策もバッチリですよ! 師匠!」
「あー…………」
疲れ果てながらも胸を張って自慢する二人に俺はなんて声を掛けていいか分からなかった。
そこへ、クーが二人に容赦のない現実を突きつけた。
「ケリー、もう飛竜騎士団と交戦してる。飛竜も三匹捕獲したって」
「あ、こら! 馬鹿!」
慌ててクーの口を塞ごうとするも遅かった。
「ちょっと!? 苦労して飛竜を探したってのに……ケリー!! どういう事よ!?」
「師匠!? 私を差し置いて交戦したんですか!? 抜け駆けですか!? ズルいです!!」
「ええい! 二人とも落ち着けって……!」
おのれ、クーめ……!
俺は詰め寄るフェルとソーカを宥めながら、レイシス王国での出来事について説明した。
フェルはともかく、戦闘狂のソーカは俺がヤマネコ山賊団や飛竜騎士団と一戦交えた事に対して不満がある様子だ。参戦したかったとグチグチ文句を言っていた。
「しかしまぁ……よく空を飛ぶ騎士団相手に勝てたわね……一体どうやったのよ?」
「力押しでどうにかなったぞ」
「師匠! パワーはそこまで万能じゃないですよ!?」
そうかな? 案外、パワーでどうにかなってたぞ。
ただし、空を飛ぶまでは良かったのだが、着地の件だけは失念していた。
そこは俺の新技【
(今度、ソーカに決闘を挑まれたら……【不落】で驚かせてやるぜ!)
これで今度の勝負も頂きだな。師の威厳は保たれた!
所々で説明を端折り、先ほどのおじさんと女エルフ――フィオーネの話題に移ると、冒険者たちである四人は驚いていた。
「“氷剣”!? あの伝説の女エルフ!?」
「凄い! 会ってみたいです!!」
やはり有名人だったようだ。
特にニコラスとレアの二人が妙に食いついてきた。
「マジで“氷剣”と会ったのか!?」
「私……ファンなんです!!」
そういえばレアも氷の神術士であったか。
パートナーであるニコラスは小盾使いの剣士だ。天剣白雲流の皆伝者で防御に定評がある。
そんな二人の二つ名は“氷壁”であり、何十年も前からトップ冒険者である“氷剣”の名にあやかって名付けられたモノらしい。
その縁もあってか“氷剣”フィオーネは二人にとって尊敬すべき大先輩なのだ。
ニコラスとレアは早速フィオーネの所へ会いに行ってしまった。先ほどまでクタクタだったのに……現金な奴らだ。
俺たちはそのままギルドへと向かった。
「飛竜は何処に居るんだ?」
「ギルド近くの空き家に詰め込んだわ」
「今は怪我しているから飛べない筈ですけど、偶に暴れるから気を付けてください」
その空き家に訪れると、周囲に冒険者たちの姿が見えた。どうやら彼らが飛竜の見張り役のようだ。
見張りの冒険者たちに許可を貰い、空き家の中に入ると、そこには鉄の鎖で拘束された飛竜が横になっていた。
グルゥウウ……
俺たちが姿を見せると静かに唸り声を上げたが、弱っているようで起き上がっては来なかった。
「随分と小さいな……」
「え? そう?」
「飛竜の成体は確かこんなモノですよ?」
どうやらフェルとソーカの感覚では目の前で横になっている飛竜は普通のサイズらしい。だが、リューン王国が飼い慣らしていた飛竜はコイツより二回りほど大きかった。
「うーん……どういう事でしょう?」
「種族が微妙に違うのか、それとも飼育された飛竜は大きいのかしら?」
「人が飼っていると魔獣も大きくなるってか?」
「個体や飼い主の対応にもよるけれどね。野生の魔獣でも飛竜クラスになれば餌には困らないだろうけれど、もしかしたらリューンは飛竜に上等な餌を与えて肥えさせているのかも……」
そういえば、飛竜の餌については失念していたな。
捕まえたリューンの飛竜は今頃お腹を空かせているのかもしれないな。
俺たちが飛竜を観察していると、誰かが大きな音を立てて突然室内へと飛び込んだ。
「患者はここかしら!?」
「うおっ!? や、ヤスミンか!?」
外から入ってきたのはパンクな修道着を纏ったヤスミンである。
彼女は元聖女という立場であり、
ヤスミンは俺たちに見向きもせず、怪我を負っている飛竜へと近づいた。
「飛竜を癒すだなんて……流石の私も、は……初めての経験よ……! はぁ、はぁ……!」
――っ!? グルウウウウッ!?
野生の勘で何か身の危険を感じたのか、飛竜はヤスミンへと威嚇した。
だというのに、ヤスミンは無警戒にそのまま飛竜へと近づいていく。
「まぁ! 翼を怪我しているのね! 可哀想に……! 今、癒してあげるわ!」
「お、おい! ちょっと待て――――」
俺が静止しようとするも一歩遅く、ヤスミンは神聖属性の神術“治癒術”を使って飛竜を癒し始めた。
そんな間抜けなヤスミンへ飛竜は口を大きく開けて襲い掛かった。
「きゃああああっ!?」
ヤスミンが噛まれ、ステアが悲鳴を上げた。
「――――っ!?」
右肩を噛みつかれたヤスミンは少しだけ顔を顰めたが、そのまま治癒を続行している。しかも、飛竜と自分、二人並行して治療していた。
「ああ! 飛竜と自分を同時に癒すだなんて……滅多にできない経験!!」
「そりゃあ、そうだろうがよ!?」
こんな変態、この世でアンタだけだよ!?
俺とソーカは慌てて飛竜からヤスミンを引っぺがした。
「おい! 一体何を考えてやがるんだ!?」
俺はヤスミンを説教する。
確かヤスミンは帝国侵攻軍の
まだ一部の侵攻軍は旧帝国領土の制圧、警護任務で遠征に出ていたままである。ヤスミンが帰還するようなら軍責任者の俺も把握している筈なのだが……長期間留守にしていたので詳細は分からない。
「何って……怪我した飛竜がいるから治して欲しいって言われて、急いでここに駆けつけてきたのよ。ちゃんと
「それって……多分、飛竜違いだよ……」
「え!? まだ怪我した飛竜がいるの!? うひひひひぃっ!!」
不気味な笑みを浮かべるとヤスミンはあっという間に去ってしまった。
空き家の中には、すっかり元気になって暴れている飛竜だけが残されてしまった。
冒険者たちが悲鳴を上げながら拘束具の補強作業に移行していた。
「す、すごい人ですの……」
「あれでも……元は聖女様なんだぜ?」
エアルド聖教が彼女を手放すのを納得した瞬間であった。
リューン王国、王城内軍議室――――
「――――以上です」
「「「………………」」」
参謀将校が報告を終えると、軍議室内はしばらく沈黙が続いた。
そんな重苦しい空気の中、最初に発言したのは陸軍大将の男である。
「とんだ失態ですな。大陸に名を轟かせる我が国の切り札、飛竜騎士団がまさか、おめおめと逃げ帰って来るとは……」
「くっ……!」
陸軍将校の嫌味に対して歯ぎしりしていたのは飛竜騎士団副団長のマイセルだ。彼は“双鬼”暗殺任務では団長に留守番を命じられており、王都の警備に務めていたのだ。
そんなマイセルからすれば、今回の結果には彼も不満を感じており、それを陸軍の将校如きに指摘されて悔しそうにしていた。
「わ、私にお任せ頂ければ、“双鬼”など即座に仕留めて参ります!」
「ほう? 貴公がか? ランドナー団長でも果たせなかった任務、貴公に出来るとは到底思えんが……」
更に口を挟んできたのは海軍将校である。
飛竜騎士団はリューン王国の切り札的存在であり、軍を代表する花形の精鋭部隊でもあった。
そんな彼らに陸軍と海軍の将校や士官たちが嫉妬に近い感情を抱いていたとしても不思議ではない。
「なんだと!? 私を愚弄する気か!?」
マイセルが顔を真っ赤にして立ち上がる。
彼自身の飛竜騎士としての能力は平均か、やや上くらいの実力で然程高くはない。ただ彼の実家が侯爵家であり、マイセルはそこの三男坊だ。
他にも親の七光りだけで飛竜騎士になった者も少なからずおり、そんな連中の手綱を握らせる為に、ランドナー団長は実力以外の点を買って彼を副団長に指名していた。
マイセル自体の能力は決して低くは無いのだが、妙にプライドがある点だけはランドナーも不安視していた。
今、この場の軍議にランドナーはいない。彼もパラデイン王国の捕虜となってしまったからだ。
レイシス王国に忍ばせていた間者からの報告によれば、どうもケルニクスの来訪目的はあの“ヤマネコ山賊団”を討つ為だったと推察される。
そのヤマネコ山賊団との戦闘時に運悪く飛竜騎士団が介入してしまい、三つ巴の展開になったのが真相のようだ。
交戦の際、山賊団の首領だと思われるドルニャンの手によって数名の飛竜騎士が被害に遭っている。
(それがなければランドナーもしくじらなかっただろうに……)
リューン国王は失ったものの大きさに深いため息をついた。
そのランドナーの代わりに意気込んで軍議に出席したと思われるマイセル。だが、彼を待ち受けていたのは、自身の所為ではない騎士団の失態による他の将校からの誹謗中傷であった。
不服そうに将校の嫌味を聞かされていたマイセルであったが、そんな彼を見定めていたリューン国王はマイセルへの評価を一段階下げた。
(愚か者めが! 自分は無関係などと……そんな態度を見せて良いのは一兵卒までだ。他の者の責任取らずして……なんの為の責任者か!)
団長ないし副団長は、部下のミスを指摘しカバーする為に存在するのだ。それを怠り、失態した者をただ切り落とし続けていれば、下が全く育たなくなる。自分は無関係だと喚くだけの士官や将校など我が軍には要らぬ!
親の地位でギリギリ入隊を許されたマイセルをここまで育て上げたのは、ランドナー団長の地道な努力の結果だ。その過程でランドナーは部下の失態に対して責任を果たし続けてきたことを、王だけは知っていた。
「……もうよい! この度の最大の責は余にある。余が迂闊であったのだ。そもそも飛竜騎士団は地上への対軍殲滅に特化した部隊だ。たった一人の男の暗殺を任せるには不向きであったのだ。許せ!」
武器は使いようだ。強大なハンマーは破壊力抜群だが、蚊を払うには向かない。今回は余が選択を誤ったのだ。
「終わった事より、今後どうするべきかを議論せよ! その為の軍議だという事を各々忘れるな!」
「「「ハッ!!」」」
将校たちは頭を下げ、マイセルも慌てて着席する。
そこからは一度冷静になって話し合いが行われたが、これといった妙案は中々出てこなかった。
「パラデインをこのまま付け上がらせるのは危険だ!! 即刻、大軍を率いて攻め入るべきなのだ!」
「何を馬鹿な……! 今は機を失っている! ゴルドア帝国も落ち目でパラデインの脅威とはなり得ない。連中は着々と兵士を国内に戻し、防備を高めているのだぞ?」
「だからこそ、厄介な相手になる前に、早急に叩き潰すべきだと言っている!!」
「いやいや……ここは情勢を見据え、チャンスを待つべきで――――」
先ほどから過激派と慎重派で同じ答弁を繰り返していた。
一度は冷静さを取り戻した将校たちも再び熱を上げ始めていた。
「今ならばパラデインは確実に討てる! それが貴殿らには分からないのか!?」
「分かっておられないのは将軍の方だ!! それは勝つでしょうな! それだけの大軍を我々は保有している! ですが……侵略戦争は勝ったら終わりではないのですぞ!?」
そうだ。今回一番の問題点は、勝った後の事だ。
この軍議の場に参加している誰しもが、リューン王国がパラデイン王国に負けるとは微塵も考えていない。それは国王である余も同意見だ。
(パラデイン……確かに驚異的な存在だ)
最高戦力である“双鬼”を始め、S級冒険者や金級上位の傭兵団など……一人一人の兵の質ならば、あちらが数段も上であるのは認めよう。
だが、戦争は結局、数が多い方が勝つ!
ちょっとやそっとの強固な個では覆しようがない、圧倒的な数の暴力だ。
パラデインは難敵であり、兵にかなりの被害を出すと推測されているが、それでも最終的には我が軍が勝つと確信している。
だが……その後はどうする?
甚大な被害を出し、ようやく手に入れたパラデインの広い領土を一体どうやって防衛するというのか?
「我が国は強いが、その分敵も多いのです。バネツェ王国、グゥの国、それとゴルドア帝国……パラデイン領の制圧と支配体制を整えている間、連中が黙っていないでしょう」
「ふん! 帝国なぞ……もはや風前の灯火ではないか!」
「それだけではございません。我々が弱みを見せればレイシス王国やコーデッカ王国、或いはジオランドの反抗勢力も動き出すやもしれません」
「むぅ……!」
まぁ、余の考えではレイシスやコーデッカが早急に動くことは無いと踏んでいる。あそこは西側にも敵を抱えているので、東側の情勢まではそう簡単に踏み込めない筈だ。
侵攻してきても帝国止まりだろう。今はゴルドア帝国が良い盾役となってくれていた。
ただ、風見鶏であるジーロ王国の存在は油断ならない。
パラデイン王国や帝国と隣接している北のジーロは、隙あらば領土を広げようと画策してくる狡い連中だ。
ジーロ王国には旧ティスペル王国が周辺国から攻められた際、同盟関係であったにも拘わらず見捨てたという卑しき事実が付きまとっている。
そんな流れの中、新たにティスペルの地で誕生したのがパラデイン王国な訳だが、噂によるとあそこの女王はジーロを毛嫌いしているらしい。なんでも、まだ国を立ち上げる前の状況で、ジーロ側が女王一派を無碍に扱ったらしい。
連中らしいといえばそれまでだが、そんな訳でジーロ王国側も出来ればパラデイン王国には消えてもらいたいと考えている筈なのだ。故に、こちらが攻める段階では手を出してこないだろう。
だが、そんな老獪な連中が果たして、パラデイン制圧後に余力の無いリューン王国の統治をそのまま見過ごすだろうか?
恐らく連中は漁夫の利を狙っているに違いあるまい。
問題点はまだある。
現在、我が国の属国状態であるジオランド農業国だ。
あそこの王政府は我が国に隷属しているが、そこまで至るにはだいぶ苦労をさせられた。武力で従わせたのだから当然と言えば当然か。
だが、それに納得してない者たちも農業国内には存在する。所謂レジスタンスという連中だ。
彼らレジスタンスは我が国の支配体制から逃れようと、影でこそこそと活動を行っている。今はまだ大人しいが、我らの軍事力が落ちたとなると、一斉に牙を剥きかねない。
属国ジオグランドも小さいながら火種が燻っている状態なのだ。
そんな状況下での真正面からの侵攻作戦は……確かに避けたい。
だが、このまま手を拱いていても、パラデイン王国は衰退するどころか、今後も更に力を増すだろう。その点については、この場にいる者たちも意見が一致していた。
(放置は下の下策……もう、強硬手段しか無いのか…………ん?)
ふと、余の頭に閃きが過った。
「…………あった! 妙案……見つけたぞ!」
「おお!? 陛下、何か閃かれましたな?」
「ああ! すぐに各国へ使者を出せ! 帝国の二番煎じだが……単独で強行するよりは遥かにマシだ!」
簡単な話であった。
我が軍が苦労して奪い取った領土の、その後の心配をするくらいなら……いっそのこと、最初から他にくれてやれば良いだけなのだ!
(周辺国に打倒パラデインを打診する!)
必ず数ヵ国は話に乗ってくる筈だ。
その上で我々はパラデインの沿岸部を確実に支配していく。何よりも欲しいのはバネツェ内海だ。その他の領土は他国にくれてやれば良い。予め同盟を結んでおけば、大っぴらに他国の領地を掠め取るのはハードルが上がるだろう。
パラデインさえ堕とせれば、他国は後回しでも一向に構わない。少し時間をかけ、いずれ同盟を破棄してから侵略する。多少の文句も武力で跳ねのけられる。
これが一番リスクの低い立ち回り方だろう。
アリステア・パラデイン女王…………どう出る!
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