第105話 蒼の狼

「「「りょ、領主様あああぁっ!?」」」


「……あ」


 あまりにも典型的なクズ領主がのこのこ歩いてきたので、つい条件反射で粛清ゼッチューしてしまった。


 領主を持ち上げていた取り巻き共や横柄な態度を取っていた領兵たち、ここまで俺を運んでくれた御者のポーラや傭兵団“蒼のハウンド”の皆さん、それと馬車襲撃未遂の村人たちも、その全員が俺を注視していた。



「な……な……なにしてるんだ! 貴様アアァ!?」


 一人の兵士の怒声で、本来領主を守るべき領兵たちが今頃になって動き出した。


「なにって……ゼッチュー?」


「ぜ……? い、意味分からん事を抜かすなぁ!!」

「こ、この男を捕らえよ!!」

「領主様を暗殺した大罪人だ!!」

「絶対に逃がすなよぉ!!」


 剣や槍を持った兵士たちが俺の方へと殺到し始めた。


(うーん、気に喰わない連中もいるが、ここは……)


 領兵の中には嫌々命令に従っている者もいるかもしれないので、一先ず命までは取らないよう心掛ける事にした。



 領主の首を斬った俺は剣を鞘に納めると、真っ先に迫ってきた兵士相手に素手で挑んだ。


「随分と気合の入った兵士だな。来い!」

「ほざけ! この暗殺者め!」


 鋭い斬撃が襲い掛かるも、兵士の攻撃は威勢だけで、パワーもスピードも平凡並であった。


 俺はその攻撃をギリギリで躱し、お返しにと腹にパンチをお見舞いした。


「ぐぇ!?」


 俺のパンチで後方に吹き飛ばされた兵士が、背後に迫っていた二名の同僚を巻き込んでいった。


(ラッキー! これで三人脱落!)


 鎧に身を包んだ大の大人がすっ飛んで来たのだ。闘気でしっかりガードしていなければ骨折くらいの怪我は負ったことだろう。


「このっ!」

「下手人が!!」


 今度は左右同時に兵士二人が襲い掛かってきた。


 片方は俺の嫌いな長槍を使っていたので警戒していたが、その突きは欠伸が出るほどの速度だったので、穂先を避けて先端の柄の部分を右手で掴み取り、逆にこちら側へと引っ張る。


 それと同時に左側から攻めてきた兵士の剣を素手で弾く。あまりにも遅い斬撃だったので、剣身の平たい部分を左手で払いのけられた。


 俺は流れるような動作で身体を回転させ、右手に掴んだ槍を、逆サイドにいる剣士の左肩へとぶっ刺した。


「ぎゃああああっ!?」

「あ、すま……ぐぎゃっ!?」


 自身の槍で同僚を刺す形になった兵は謝ろうとしたのだろう。俺の左拳で間髪入れずに吹き飛ばされた。


 これで五人脱落



「くっ!? こいつ……強い!」

「応援を呼べ!! 闘気使いだ!」

「奴から離れろ! 神術弾を放つ!」


 む? 神術士もいるのか!?



 兵士たちが俺から一斉に離れると、領主邸の敷地外からローブを纏った男たち二名が神術弾を放ってきた。


 威力は……然程なさそうだな。


「これなら……ハァッ!!」


 俺は闘技二刀流無手技【覇掌はりて】を放ち、神術弾を相殺させる。


 それを見ていた兵士たちが驚いていた。


「なにぃ!?」

「こいつ……神術も扱うのか!?」


 不正解。今のはただ、掌底で放った風圧に闘気を籠めて飛ばしただけである。【風斬かざきり】ほどの威力は出せないが、相手を傷つけずに制圧するにはもってこいの技だ。


 闘気を飛ばしたのだと見抜けなかった者からすれば、無属性の神術弾だと勘違いしたのだろう。



 神術士を放っておくと後々面倒なので、俺はローブ男たちとの距離を一瞬で詰めると、グーパンで二人を殴り飛ばした。


「――っ!?」

「ほがっ!?」


 よし! これで七名!


 あっという間に七人を戦闘不能にした俺の存在に領兵たちは狼狽え始めた。



「お、おい! 貴様ら! さっさとあの男を捕らえんか!!」


 先程まで俺たちとやり取りをしていた横柄な領兵は、近くに居た傭兵団“蒼のハウンド”の団長であるイヴレフに命じた。


「…………」


 状況を見守っていたイヴレフは顔をしかめながら沈黙したままだ。


「おい! 何をしている!? 貴様らは領主様に雇われた傭兵団だろうが! だったら、契約通りに悪党を捕縛せぬかぁ!!」

「…………そうだな。悪党は捕まえなければな」

「――――っ!?」


 イヴレフはそう告げると、何故か目の前にいる領兵を取り押さえた。


 その他の団員メンバーも次々と領兵たちを拘束していく。


「なっ!? 貴様ら、血迷ったかぁ!?」


 驚いた領兵が怒鳴りつける。


「我々は正気だ。言われた通り、お前たち悪党どもを掴まえてるだろう?」

「くぅ!? 雇い主に逆らうとは……それでも金級の傭兵か!!」


 領兵が喚き散らすとイヴレフはニヤリと不敵に笑った。


「ふふ、お前は傭兵というものを勘違いしているようだな? 我々傭兵は勝てない敵には決して挑まない。相手があの“双鬼”なら尚更、な」

「なにぃ!?」


 あらま。犬さんたちには俺の素性がバレていたようだ。


 一方、俺の二つ名を聞いた事のある兵士たちは動揺していた。


「あ、あいつが……あの“双鬼”!?」

「ガキの頃から闘技場で無敗、白獅子をもぶっ倒したっていう、あの……!」


 おや? こちらでは白獅子討伐の一件は不意打ちや暗殺とは噂されていないのだろうか?


 もしかしたら、俺も徐々に名を上げる事により、過去の戦果も紛れではなく、実力によるものだと認知されるようになり始めたのかもしれないな。



 俺は協力してくれたイヴレフに声を掛けた。


「俺の正体、初めから知っていたのか?」

「最初は気付かなかったさ。“双鬼”は長髪の黒髪だと聞いていたからな。だが、先ほどの立ち回りで確信した」


 うむ。にじみ出る強者オーラで身バレしてしまったか。いや、参ったねぇ。


 俺の正体を知った領兵が目を見開いた。


「そ、“双鬼”ケルニクスだとぉ!? くぅ……領主様暗殺も、パラデイン王国の作戦行動だったという訳か!?」

「え? うん、まぁ……そう、かな?」


 すまん、むしゃくしゃしてやっただけである。今も反省はしていない。



「くぅ、兵士共はなにをやっているかぁ!」

「無能の給料ドロボーめ……!」


 遠巻きで悪態を付いているのは、先ほどまで領主に付きまとっていた非戦闘員の連中だ。如何にも金持ちや有力者といった風貌で、情けない兵士の姿に文句だけを述べていた。


 それを見た俺は脱力すると、ここまで連れて来た馬車襲撃未遂犯の元村人たちに声を掛けた。


「……はぁ。元村人君、あれは襲ってもいいよ」

「「「「…………え?」」」


 突然俺に話を振られ、彼らは困惑していた。


「君たちも善良な民の馬車を襲うのではなく、ああいう弱っちい悪徳金持ちどもを積極的に襲いなさい」


「いや、でも……」

「あいつらには強い護衛が……って、あれ?」


 お気付きだろうか。彼らを守っていた護衛も、今は“蒼のハウンド”の皆さんが全員取り押さえている。今なら盗賊業をし放題状態なのだ。


「お……俺はやるぞ! 元々あいつらが私腹を肥やしてんのは、俺たちから奪った金だ!」


 なんと、最初に行動に移ったのは、今まで全く無関係の遠巻きにこちらの様子を伺っていた野次馬の男であった。


 領主邸でのひと騒動で、何時の間にか周囲に人が集まっていたのだ。


「あの領主、やっとくたばったぜ!」

「おい! あそこにいる髭面! 領主の腰巾着だった商会長だぜ!」

「あの野郎! 権力を笠に着て、うちの娘に手を出しやがった……!」

「私の夫もあいつらに殺されたのよ!」

「許せねえ!!」


「え? ええ?」


 この状況には元村人君だけでなく、俺も絶賛困惑中だ。


 どうやらあの領主とその一味、相当やらかしていたようで、野次馬どもはあっという間に暴徒へと化した。


「き、貴様ら!? 平民の分際で反逆する――――がはっ!?」


 拘束されたままの領兵は乱入してきた男に頭を蹴り飛ばされた。


「うるせえ! 縛られてんのに偉そうにすんじゃねえ!!」

「この兵士も散々悪さしてきたんだ! 構うもんか! みんな、やっちまえ!!」

「「「おおおおおおっ!!」」」


「ま……待って! ゆ、許し……っ!」


 領兵の言葉は誰も聞き入れず、暴徒に囲まれた兵士たちはリンチに遭っていた。


(あーあ、こりゃあ自業自得だなぁ……)


 あの様子を見る限り、兵士は普段から民の恨みを買っていたのだろう。中には真面目な兵士もいたのかもしれないが、悪徳領主から給料を頂いている時点で街の者からしたら敵認定なのだろう。ご愁傷様……


「おい、“双鬼”よ。どうするのだ?」

「うーん……逃げよう!」


 このどさくさに俺とイヴレフは逃げる事にした。


 ポーラを回収し、ついでに領主の敷地内にあった豪華な馬車を拝借して、俺はイヴレフたちと共に街を脱出した。








「アンタ、本当にあの“双鬼”なの!?」


 手綱を握りながらポーラが俺に尋ねてきた。


 隣の席で周囲の警戒をしていた俺は返答した。


「ああ、そう呼ばれているな。ポーラも俺の事、知ってんの?」

「え、ええ……。兵士や傭兵を何人も運んでいるから、”双鬼”の噂は私もよく耳にしていたわ。でも…………随分噂と違うわねぇ」


 なんでも、ポーラが聞いていた“双鬼”像とは、身長2メートル半の大男で、成人男性と同じくらい大きな剣を二本同時に振り回す、まさに悪鬼のような戦士なのだとか。


(どんな怪物だよ!?)


 尾ひれがつき過ぎである。


 これには馬車の横で並走しながら話を聞いていたイヴレフも苦笑いを浮かべていた。


「まぁ、噂話なんて大体そんなもんだ」

「その割にイヴレフたちは直ぐに俺の正体を察したようだが?」

「これでも我々は金級11位の傭兵団なんでね。そこらの兵士よりかはキチンと情報収集を行っている」


 強いと思っていたが11位か!?


 ランクはあくまで指標だが、あのシェラミーが率いていた“紅蓮の狂戦士団”よりも格上である。


「まさか金級上位の傭兵団がこんな地方で巡回をさせられているとは……」

「まぁ……我々にも色々と事情があるのだよ。それより、君はこれからどうするのだ?」

「俺はレイシス王国に用があってな。今はその道中だ」


 正直に答えると、ポーラが首を傾げていた。


「あれ? さっきは王国の作戦行動中だとか言われて頷いてなかった?」

「…………気のせいだ」


 しかし、予期せぬ形で領地を一つ混沌へと叩き落してしまった。


 悪徳領主の殺害、横柄な領兵たちの無力化、その機に反逆を開始した暴徒たち……



 ……俺、しーらね!




 この日を境に、帝国南部の各所で民による反乱が巻き起こるのであった。








 俺を乗せた馬車はザラム公国の国境付近に近づいていた。何故かイヴレフたち騎馬隊も一緒に同行を続けていた。道中まで護衛してくれるらしい。


 この辺りは戦場に近く、何時何処で巡回している兵士に捕捉されるか分からない危険地帯であった。



「こんな場所まで人や荷物を運んで、ポーラは平気なのか?」

「当然、危険よ! でも、その分お金になるしね」

「度胸あんなぁ……」


 捕まったら荷を没収されるだけでは済まなそうだが……本人が覚悟しているのなら、俺がとやかく言う筋合いはないのだろう。


「でも、流石に馬車で行けるのはこの辺りまでよ? ここから先は抜け道も無いから、馬で進めば絶対に何処かでザラム兵に見つかっちゃう!」

「ふむ……」


 ここからは徒歩で隠れながら進むか、それとも……


「なぁ、ポーラ。俺に……というか、パラデイン王国に雇われないか?」

「え? どういう事?」


 戸惑うポーラに俺は説明した。


「ここから先も移動の為の足が欲しいんだ。ポーラの馬車を扱う技術は見事だし度胸もある。俺がちゃんと護衛に付くから、この先も一緒に来てくれないか?」

「うーん、アンタが強いのは分かってるんだけど……ちなみに護衛の経験は?」

「某国の王女様を王家と公爵家の刺客と金級傭兵団から守り通した程度の腕前だな」

「よし、乗った!」


 俺の言葉にポーラは即断した。


「ついでにイヴレフたちもパラデインに雇われないか? 今の王国は勝ち馬だぜ?」


 金級上位であり人格も好ましい傭兵団であれば喉から手が出るほど欲しい人材だ。


 俺が勧誘するもイヴレフは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「誘ってくれるのは嬉しいが……今はこの辺りで活動をしていたいんだ」

「そうか……それじゃあ仕方がないな。ちなみに、なんでまた帝国領に拘る?」


 興味本位で俺が尋ねると、イヴレフは思案するように少し間を置いてから口を開いた。


「賊を探している。最近、この辺りで活動しているという噂なんだが……君も聞いた事があるんじゃないか? ヤマネコ山賊団という名を……」

「え!? イヴレフたちもヤマネコ山賊団を探してんのか!? 奇遇だな! 俺もそうだよ!!」


 まさかの同じ目的に俺とイヴレフは二人揃って驚いていた。


「なに!? それじゃあ、ヤマネコ山賊団は今、レイシスに居るって言うのか!?」


 俺も連中を探してレイシス王国に向かっている事を知ると、イヴレフやその仲間たちは態度を豹変させていた。


「えっと……俺が聞いた情報だとそうらしいな。詳しい場所までは俺も知らないが……」

「そ、そうか……。ちなみに、君は連中に何用だ?」


 今までの少し友好的な雰囲気とは違い、イヴレフはこちらを試すかのように鋭い視線を向けていた。


(……こりゃあ選択を誤ると戦闘もあるかもな)


 こんな場所で金級上位の傭兵団と戦うのは御免である。あっという間に帝国兵やザラム兵が駆けつけてくるだろう。


 だが……偽るのは無しだ。


 その場しのぎの嘘をつくと後で痛い目に遭う。俺は五年前の旅でそう学んだのだ。


「ヤマネコ山賊団の頭目、ドルニャンに用がある。正確には奴が持っている剣にな。なんでも相当に危険な代物らしいので、回収するつもりだ」

「…………そうか」


 こちらの目をしっかり見ながら俺の返答を聞いたイヴレフは肩の力を抜いた。どうやら正解を導いたらしい。今回はハードルートに入らずに済んだかな?


「答えてくれた礼だ。こちらも事情を説明しよう。ヤマネコ山賊団は……俺たち団長・・の仇なんだ!」


 イヴレフ団長・・の発言に俺は一瞬だけ困惑するも、どうやら団長とは前任者の事を指しているようだ。


「俺たちは元々、ナニャーニャ連邦周辺で活動していた天河石アマゾナイト級傭兵団“蒼狼の牙”の団員メンバーなんだ」

天河石アマゾナイト級!?」


 まさか“石持ち”傭兵団の一員だったとは……強いワケだ。


「昔、ヤマネコ山賊団が猛威を振るっていた頃、俺たち“蒼狼の牙”や金級傭兵団に討伐依頼が出たんだ」

「あ、それ最近聞いたぞ! 確か、石持ち傭兵団を返り討ちにしたけれど、ヤマネコ山賊団も強い頭目を失ったって……」


 まさか、その石持ち傭兵団がイヴレフたちの事だったとは……世間は狭いなぁ。


 だが、俺の言葉が気に喰わなかったのか、イヴレフは顔をしかめた。


「確かに連中は強かった! 特に当時の頭であった大盗賊ライオス……奴の力は飛びぬけていたが……ベルク団長も決して負けてはいなかったんだ!」


 ふむ、当時のヤマネコ山賊団のボスはライオスという名で、“蒼狼の牙”の団長はベルクというのか。


「当時、副団長であった俺は他の山賊幹部たちを相手にしながら、二人の戦闘を遠くから見守るしか出来なかった。それ程、二人の戦いはレベルが高く拮抗していたからだ。だが……!」


 イヴレフは歯ぎしりをすると、怒気を籠めながら続きを語った。


「山賊団の幹部であったドルニャンが突然、二人の決闘に水を差したのだ! あろうことか、仲間であるライオスごとベルク団長を斬ったんだ!」

「うわぁ……えげつないなぁ……」


 山賊業をしているくらいだから、正々堂々なんて言葉はそいつの辞書にはなかったのだろう。まぁ、それは傭兵側も同じ事なのだが……当時のイヴレフたちは真っすぐ過ぎたのだろう。何処かで二人の決着に手出しは無用なのだと決めつけてしまったのだ。


 それは本人も自覚しているようだ。


「我々が甘かったのだ! 連中は所詮、山賊。戦うのが仕事ではなく、人から物や命を奪うのが仕事の下種な連中だ。何故、ドルニャンをフリーにさせてしまったのかと……俺は長年悔やみ続けていた!」


 それ程までにイヴレフはそのベルク団長を慕っていたのだろう。犬族の血統故なのかは知らないが、仲間意識は強そうだ。


 反面、山賊団の団長ライオスは仲間である筈のドルニャンに背後から斬られた訳か……。さぞ、無念であろう。


「そのドルニャンが山賊団の残党を率いて、最近活動を再開したと聞いた。居ても経っても居られず、連中が出没したというこの辺りで仕事をしながら網を張っていたのだが……まさか奴らが既にレイシス方面に移動していたとは……!」

「その情報も正確じゃないかもしれないけれどね」


 だが、これでイヴレフたちの背景は知れた。


「先ほどの言葉は撤回する! この一件を終えたら俺たちを雇ってはくれいなか? その代わり、ドルニャン討伐の協力をお願いしたい!」

「それはこっちも願ったりな条件だな! 宜しく、イヴレフ!!」


 剣を求めに旅へと出たら、まさか副賞に元“石持ち”傭兵団のメンバーまでついてくるとは思わなかった!


 ドルニャン! 俺の為にも、お前は絶対に逃がさないぜ!








 レイシス王国北東部



「お頭ぁ! 今日はどちらに狩りに行かれるんで?」

「んにゃ? そうだにゃぁ……今日はここに行くにゃ!」


 手下に尋ねられた俺は爪先で地図のある一カ所を指した。


 それを見た手下どもが目を丸くした。


「お、お頭……! そこは村じゃなくて砦じゃねーか!?」

「そんな場所行っても、兵士だらけで面倒だぜ!」

「ここの村を襲いましょうよ! ほら、街からもだいぶ外れているし、楽勝だぜ?」


「…………はぁ」


 手下たちの情けなさに俺はため息をついた。


「そんな、あからさまに貧乏にゃ村襲って、美味しいのかにゃ?」

「え? いやぁ、それは……」

「多少の食い物に女子供はいるんじゃねえですかい?」


「…………はぁ」


 俺は二度目のため息をついた。


 これはどうやら長く潜伏し過ぎてしまったようだ。


 以前のギラギラした野心を持っていたヤマネコ山賊団の見る影はなく、すっかり平凡な山賊団へと堕落してしまったらしい。


「おい、お前。ちょっとこっち来るにゃ」

「へ? へい!」


 のこのこ近づいてきた手下に俺は自慢の愛剣を抜いて、その切っ先で軽く突いた。


「……あ」


 僅か数ミリ程度の切り傷を受けた手下は間抜けな一言を発して倒れ、そのまま二度と起き上がる事は無かった。


「ひっ!?」

「し、死んでる……!」

「あれが……伝説の三神剣の一つ……“魂魄剣”!?」


 そこに仲間が殺されたという悲しみや憎悪の感情は一切なく、ただ頭目とその魔剣に対する恐怖だけが場を支配していた。


「ただでさえ強いオレ様が無敵のこの剣を手に入れたってのに、何処に不安要素があるのかにゃ?」

「「「あ、ありまえん!」」」

「うむ」


 手下どもの従順な反応に俺は満足しながら頷いていた。


「いちいち実入りの少ない寒村にゃんか狙っていられるか! それより軍事施設の方が沢山金目の物がある筈にゃ!」

「へ、へい!」

「ごもっともです!」


 長い間、懸賞金目当てで襲ってくる賞金稼ぎを避けて大人しくしていた。そんな苦難の日々もようやく終えようと思っていた矢先、チャンスが到来した。


 先月、“影”の一味であるマフィア組織“影者えいじゃ”傘下の商人が、俺の下に一本の剣を売りつけに来たのだ。


 それこそが“魂魄剣”であった。


(“影”の連中……どんにゃ意図があるが知らにゃいが……勇者だろうが英雄だろうが、この剣さえあればどんな奴でも秒殺だにゃ!)


 その内、山賊業を止めて王様ににゃるのも悪くにゃいにゃ!

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