第101話 帝国北部の戦況

 ヨアバルグ要塞の司令官であり、帝国元帥でもあるメービンとの交渉は難航した。


 俺としては有能そうな爺ちゃんなので、是非ともこちらの陣営に迎え入れたかったのだが、帝国を裏切る真似は出来ないと、メービンはなかなか首を縦には振らなかった。


 結局、メービンを始めとした有能な精鋭兵たちは当分の間、捕虜として扱う事になったのだが……


「人手が全く足りん……」


 たった九人で要塞を落としたツケが意外な形で回ってきてしまった。


 メービンや特武隊、将校たちだけなら兎も角、一般兵を含んだ五千人全員を見張り続けるのは至難であった。


(しかも約一名、横になっているだけの足手まといもいるしね!)


 …………俺である。


 あの死闘は想像以上に俺を疲労させていた。


 そこで、今頃は南方で暴れているであろうパラデイン軍の本隊と連絡を取ることにした。


 その役目はイブキが引き受けた。



「一人で大丈夫か?」

「問題ない。私はシノビだぞ。単独行動は寧ろ得意だ。お前こそ、さっさとその様をなんとかしろ!」

「へーい……」


 怒られてしまった。


 このメンバーの中に治癒神術士はいない。治癒神術薬を飲んでみたが、流石に全身の骨折までは完治出来なかった。


 捕虜の中に何名か治癒神術士がいるので無理やり治療させる手段もあるのだが……周囲の同胞たちの目もある所為か、大人しく投降した彼らも治療行為までは拒んできたのだ。


(ま、いいか。しばらく安静にしていれば、その内に治るだろう!)


 俺はシェラミー一味やセイシュウたちと共に、野外に待機させている帝国兵たちの見張り役を買って出た。


 激しい戦闘は無理なので特武隊を見張るのは無理だが、一般兵を見るくらいのことはできると考えたからだ。




 武器の類を取り上げられ、しばらく野宿を強要されている帝国兵たちが、平たい岩の上で寝そべっている俺の方を奇異の目で見ていた。


「なぁ……あの包帯男が、例の敵将だって?」

「……らしいな。噂じゃあ、“石持ち”傭兵団のエースを討ち取ったとか」

「マジかよ!? 連中、神器持ちじゃなかったか?」

「でもよぉ。あんな様子じゃあ、しばらく戦闘は無理だろ?」

「……今の内にやっちまうか?」

「馬鹿! 止めろ! 殺されるぞ!?」

「ハン! あんな若造、俺様なら一捻りよ!」


 これだけ人数が居ると、やはり何人かの馬鹿が出てくるようだ。


 明らかに重傷な見た目の俺を侮ったのか、調理用のナイフやフォークなどを武器に襲い掛かってくる者が現れた。


「くたばれ! 死に損ないが――――」

「――――【風斬かざきり】!」


 殺意を向けてきた帝国兵たちの首を俺は瞬時に跳ね飛ばした。


 悪いが今は重傷な為、とても手加減出来る状況ではない。今夜俺がぐっすり眠る為にも、何人かには見せしめとして死んでもらった。


 間近でそれを見ていた脱走兵や遠巻きに見物していた帝国兵たちが唖然とする。


「ひっ!?」

「い、命だけはご勘弁を……!」


 一瞬で数人の首が飛んだのを見た脱走兵たちが腰を抜かして驚いていた。


「大人しくしていれば危害は加えん。死にたくなければ、しばらくそこでキャンプを楽しんでろ!」

「「「は……はいぃ!!」」」


 いてて……無理して腕を振るったから、折れている箇所がズキズキ響いてしまった。


 だが、これで当分は帝国兵共も大人しくなることだろう。


 要塞内にいた非戦闘員たちは何人かの兵士たちと一緒に近くの街まで帰るよう言いつけてある。したがって、ここに残っている者は全員捕虜となる身なので、脱走を図った場合は即死刑だと事前通達もちゃんとしてあった。


 彼らはそれを破ったから処刑したまでだ。



 イブキが南にいるオスカーたちと合流し、この捕虜たちの対応を任せられるようになるには……最低でも十日間近くは必要か……


 少し食糧が心配だが、ヨアバルグ要塞は非常時に備え、それなりに備蓄があるらしい。


 それまで俺たちは帝国兵共と一緒に野外キャンプだな。








 帝国領北部、ジーロ王国側国境付近の砦



「ヨアバルグ要塞との定時連絡が途絶えて、もう四日か。一体なにが……」

「それだけパラデイン軍との戦闘が激しいということでしょうか?」

「……まぁ、あの要塞はそう簡単には落ちんよ」


 部下が心配そうに尋ねてきたので、私は心配するなと答えた。


 丁度そんな折、要塞に向かわせていた伝令兵が帰還した。


「た、大変です! ヨアバルグ要塞が陥落しております!!」

「「「な、なんだってー!?」」」



 混乱はこの砦だけでは無かった。




 帝国領北部、南ユルズ川沿いの街



「まだか!? まだ応援は来ないのか!?」

「はい、子爵様。ヨアバルグ要塞に伝令を出しましたが、未だ戻ってきておりません」


 先程から子爵と同じやり取りをもう何度も繰り返している。


 私は三十分前と全く同じ返答をすると、子爵は頭を抱えてしまった。


「もうパラデイン軍は目の前まで来ているのだぞ!? ああ、もう駄目だぁ……あんな数、到底守りきれる訳がない……!」

「…………」


 それはその通りだ。


 相手は七千弱の軍勢で、一国を攻める軍勢としては規模が小さい。


 だからといって子爵の私兵団如きで太刀打ちできる数ではなく、更にパラデイン軍の兵士は屈強だとも聞いている。実戦経験の乏しい我々私兵団では全く歯が立たないだろう。


 ここは大人しく投降するしか手立てがない。いや、戦うだけ無駄だ。


(仮に子爵が徹底抗戦をするつもりなら……パラデイン兵の前に私がコイツを斬る!)


 それくらいの苦境である。


 もう、ゴルドア帝国も終わりだな……








 帝国領中央部、王都



「おのれぇっ! メービンも“グリーンフォース”も……どいつもこいつも役立たずの能無し共がぁっ!!」



 ヨアバルグ要塞、陥落する


 あれだけ私が後方支援でお膳立てしたというのに、最悪の報せが届けられた。


 私が怒りをぶちまけていると、その報せを持ってきた男は、なんと笑っているではないか。


「何がおかしい!! それもこれも、貴様ら“影”が不甲斐ない所為だぞ!?」

「くっくっく……いや、失敬。確かにブラッツ侯爵様の言うとおり、我々にも落ち度がありましたなぁ。まさか“無刃むじん”殿が返り討ちに遭うとは……」


 無刃むじん


 闇組織“影”の中の暗殺特化部門“暗影あんえい”、その中でもとびきり腕の立つ気配断ちの神業スキルを持つ暗殺者がいる。


 その者こそが“無刃むじん”だ。“暗影”の中でも選りすぐりの暗殺者だと聞いていた。


 だからこそ高い金を支払って“双鬼”ケルニクスの暗殺を依頼したというのに、同じく“影”の諜報機関“草影くさかげ”からの報告によると、なんと“無刃”は暗殺に失敗したというではないか!


 それどころか別口で雇った“石持ち”傭兵団グリーンフォースは壊滅し、ヨアバルグ要塞もたった九人の戦力で落とされたという。これは完全に想定外だ。



「ええい! このままでは流石の私も責任を追及されかねん!」


 いや、間違いなく責任を取らされるだろう。


 現場責任者であるメービン元帥は現在パラデイン軍によって身柄を拘束されている。となると、次に責められるのは軍務副大臣であり、此度の防衛の後方責任者でもある私しかいなかった。


「なんとしてでもケルニクスとその一味を早急に始末するんだ! 今すぐ新たな暗殺者を動員させろ! 金は幾らでも払う! 連中さえいなくなれば、後は……!」

「……いや。申し訳ないが今回の一件、我々は手を引きます」

「…………な、に?」


 今、目の前の男はなんと言ったのだろうか?


 この男は“影”の窓口のような存在で、これまで私は何度もこの男を通して裏仕事を依頼してきた。


 金払いの良い私は上客であり、どんな依頼でも彼らは引き受けてきたのだ。


 それが、何故今になって……


「これ以上は我々の人的被害も馬鹿にはならないのです。ケルニクスとその一味……正直、侮っておりました。女王の暗殺も無理なようですし……いやはや、完敗です」

「い、今更……そんな言い訳が通るものかぁ!?」


 私が叫ぶも男は笑みを浮かべたままだ。


「我々“影”にも一応の目的がある。その為の資金稼ぎとしてお付き合いしてきましたが、貴方は十分に貢献してくれました。だが、これ以上の戦力ダウンは流石に見過ごせないと上層部から“待った”がかかりましてねぇ。私自身としては大変心苦しいのですが……ブラッツ侯爵、貴方とはここまでです」


 言葉の内容の割に、男の表情は申し訳なさの欠片もなく、依然笑顔のままであった。


 それがとても腹立たしい。


「ば、馬鹿な……! こんな真似、許されると……ひぃ!?」


 男はいつの間にかナイフを取り出していた。


 それを見るなりさっきまでの怒りはすっかり消え失せてしまった。


 この部屋には“影”との関係を知られないようにと人払いしてある。今は私とこの男のみしかいない。


 その危険な事実に遅まきながら今気付かされた。


「だ、誰かー!! 曲者だ!! 助け――――」

「――――さようなら、ブラッツ侯爵」


 それが、私が最期に聞いた言葉であった。








 帝国兵たちとの奇妙なキャンプ生活を始めて一週間後、予想よりもかなり早く援軍がやってきた。


 大勢の援軍を引き連れてやってきたのは作戦指令部レヴァナント所属のトニア参謀だ。


「随分早かったな!」

「ケルニクス様ぁ!! ああ、御無事で何よりです! いえ、御無事なのは信じておりましたが……それでもこのトニア、心配で心配で……」

「あ、はい……」


 相変わらずの崇拝ぶりに俺は気圧されてしまった。


 一方、興奮しているのはトニアだけではなかった。


 頬を赤らめながら元聖女であるヤスミンが駆け寄ってきた。


「大怪我をしたって聞いたわ! うふふ……あちこち骨折のミイラ男って話らしいじゃない! 最高よ!! とっても治し甲斐が……あ……る?」


 今の俺は全身の骨折もほぼ治りかけており、包帯も既に取り外していた。見た目上ならば全くの健康体だ。


 至って元気そうな俺の姿を見たヤスミンは固まっていた。


「あー、傷なら自然に治っちゃった!」

「……貴方、つまらない男だわ」


 さっきの興奮から一転、ヤスミンはスンとした表情で毒を吐いてきた。


「ええ!? これ、俺が悪いのか!?」


「折角、面白い患者を治せると思っていたのに……」

「もう完治されたのですね! 流石はケルニクス様です!! このトニア、感激で――――」


 俺の周りにはヤバい女しか居ないらしい。






 ユルズ川沿いの拠点や街を攻め続けていたパラデイン軍であったが、イブキからの報告を受け取ったオスカーは軍を二つに分ける判断を下した。


 本隊は五千ほどの兵をオスカー軍団長が率いて、そのまま侵攻を継続中。


 残り二千をトニアが率いてヨアバルグ要塞への支援に来たらしい。



 ここまで来るのにかなりの強行軍を強いられたそうだが、驚く事に脱落者はゼロである。というか、バテてしまった兵や馬などをヤスミンが片っ端から治して来たそうだ。


「無茶するなぁ……」


 俺が正直な感想を述べるとヤスミンは半眼で言い返してきた。


「たった九人で要塞を落とす貴方には言われたくないわね」

「はい、そうですねー」


 この女……治療行為の際中は変態だが、それ以外では常識人であった。


「ケルニクス様。この要塞と捕虜はどうされます?」


 トニアに問われた俺は両腕を組んで考えた。


「うーん、オスカー軍団長はなんと?」

「『元帥殿にお任せする』とおっしゃっていましたわ!」


 トニアに続いてイブキが補足した。


「私がありのまま報告したら、軍団長はしばらく頭を押さえた後、確かにそう言っていたな」


(……ぶん投げやがったな!)


 流石のオスカーも、九人で要塞を落とした上、大量の捕虜を得たのは完全に想定外であったらしい。


「……よし! 一度捕虜を連れてパラデイン王国に帰るか!」

「要塞はどうされますので?」

「放棄! 要らん!」


 欲しければまた取ればいい。


「ふふ、流石はケルニクス様です! 承知致しましたわ!」


 俺たち精鋭隊ドラウグは兵二千と共に帝国兵の捕虜五千を連れて一度本国に戻ることにした。


 人数の上では圧倒的に捕虜の方が上というおかしな状況だが、帝国兵からは武器を取り上げている。その状態で俺たちを相手にするのは勿論、逃走するのも難しい筈だ。



 援軍に来たパラデイン兵たちも疲れていたので、今日明日は準備期間とし、二日後に俺たちはサンハーレを目指して移動を開始した。








「オスカー軍団長! ケルニクス元帥からの報告書が届いております!」

「――っ!? ああ、分かった」


 元帥の名を聞いた私は一瞬ドキリとする。


 どうやら今度はイブキ嬢が直接伝令に来たわけでは無く、伝令兵から手紙が届けられたらしい。


(次は……何をやらかしたのやら……)


 元帥からの報告を見るにはそれなりの覚悟が必要だ。


 恐る恐る手紙を開いて読んだ後……私はホッとした。


「ふぅ……どうやら杞憂であったか……」


 私の様子を隣で見ていたハーモン軍団長が声を掛けてきた。


「オスカー軍団長殿。元帥は一体なんと?」

「帝国兵五千を引き連れて一度本国に戻るそうだ。あの人数を収容できるのは、サンハーレ近郊の収容所しか無いだろうしな」


 真っ当な報告書で安心した。


 しかし、あの収容所でも部屋の数が足りるかどうか……


 またドワーフ族には迷惑を掛けるだろうな。


「それではヨアバルグ要塞はどうするんです?」

「放棄するらしい。維持するのにも人数や物資が必要だからな。これには私も賛成だ」


 というか、それしか道は無いだろう。


 最初から要塞を足掛かりに帝国北部を侵攻していく手段もあったが、我々はユルズ川付近の街や拠点を既に支配下に置いている。もう今更なのだ。


 こんな状況で更に北部へ占領地を増やしていては、流石に手が回らなくなるだろう。


(此度の侵攻作戦は、あくまで帝国を黙らせるのが目的なのだ。深入りは禁物だな)


 パラデイン王国最大の脅威は帝国ではなく、リューン王国の方なのだ。


 今後はそちらに注力する為、今の内に帝国の戦力を削っておこうというのが今回の侵攻作戦最大の狙いなのだ。そこを履き違えてはいけない。


 それはハーモン軍団長も理解しているのだろう。


 だが……


「しかし、一度手に入れた物を捨てるのは勿体ないと、どうしても考えてしまいますなぁ」

「確かにそうだが、それが足枷になっては本末転倒だ。それに……要塞が必要になったら、また元帥殿たちにお願いすればいい」

「ハハッ! それは違いないですな!」


 事情を知らない者には冗談にしか聞こえない会話だろうが、あの元帥殿ならば間違いなく実行して達成するだろう。それまでヨアバルグ要塞は一時お預けだ。欲しい者が貰ってしまえばいい。今なら早い者勝ちだ。


 その第一候補はコーデッカ王国だろうか。帝国の要塞が空いていると聞いたら喜んで飛びつきそうだ。


 第二候補は場所が近い裏切り者のメノーラ領、あとは……旧王都や領地から追い出されて居場所の無い元ティスペル貴族の烏合の衆……この辺りが要塞を奪うだろう。


 第一候補のコーデッカは、どうも我々が侵攻したという情報をキャッチしたらしく、あちらも既に帝国本土内に侵攻を開始していた。


 彼の国も帝国には散々煮え湯を飲まされ続けていたからだ。


 また、コーデッカに同調する形で元帝国領であるザラム公国も動き出したらしい。


 これらは当初から予測されていた動きであった。



 西側に南側と攻められているゴルドア帝国は、最早北部に差し向ける兵力など残されていないのだろう。帝都中央を守ろうとそちらに兵を割くはずだ。


 お陰でこちらは楽に侵攻が出来る。



 ヨアバルグ要塞陥落というニュースは徐々に市民の間にも広がり始め、先日の街に侵攻した時には、もはや無血開城に近かった。


 それでも未だに僅かな戦闘は起こるが、どれも我々にとっては脅威となり得ない。


 愛国主義者が無謀に立ち向かってくるのが数回、自らの権益にしがみつこうとする帝国貴族が最後まで反抗したのがそこそこ……残りの大半は大人しくパラデイン王国の軍門に下っていた。



「この先の街ヤドーナを占領したら目的は達成だ! あとは南ユルズ川に防衛網を築き、川とその周辺を実効支配する!」


 帝国の戦力を削ぎ落すのが最大目標だが、副次目標として南ユルズ川の占有権確保があった。


 我々パラデインには川を素早く上る移動手段ボートがある。それらを使って川の先にあるコーデッカ王国などへの交易を目論んでいるのだ。


 ヤドーナより先にも帝国の拠点はまだあるが、そちらには既にコーデッカ軍が向かっているらしい。こちらが帝国領土を取り過ぎれば、コーデッカ軍と揉める可能性もあるので、この辺りが引き際だろう。


 あの国には女王陛下が贔屓にしていらっしゃるエビス商会の支部もあるらしい。なるべく友好関係を築いていきたいというのが陛下のお考えであった。



 その辺りのゴタゴタが片付けば、いよいよリューン王国への対応に集中できる。あの国を打倒できれば、パラデイン王国は安泰となるだろう。


(もうサンハーレの時のような屈辱は御免だ! パラデイン王国は絶対に私が死守する!)


 心から仕えるべき主君と出会えた幸運を手放さないよう、私はこれからも戦い続ける覚悟だ。

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