第99話 グリーンフォース

 仕方なくチェーテの相手をすることになった私だが、何だか周囲が騒がしくなってきた。


「あんまりモタモタしていい状況じゃあなさそうだねぇ」

「その余裕な態度、相変わらずむかつくわ! シェラミー!!」


 右側面から凄まじいスピードで鞭が迫ってくるも、それを瞬時に見抜いた私は危なげなく剣で弾き飛ばした。


「ハッ! アンタ如きの攻撃は、この私には通用しないよ! 命が惜しければ、そのままここを立ち去りなぁ!」

「ぐぅ……っ!」


 チェーテの鞭は以前より速度・威力・精度の全てが増していた。最初は目が慣れるまで手古摺ったが、それでも私には届かない。


 鞭の先端部分は音速を超える速度を叩き出すが、果たしてその根元部分はどうだろうか?


 チェーテの手元を注視しておけば、その動きから鞭のおおよその軌道を先読むことが可能だ。攻撃のタイミングと向かってくる方向さえ把握しておけば、いくら一瞬音速を超える速さといっても対処できない程ではない。


 それはチェーテ自身も痛感しているのだろう。


「ならば……これでどう!」


 チェーテは腰に装備していた予備武器である二本目の鞭を手に取った。


「……二刀流?」

「フフ……石持ち傭兵となった今の私を、以前のままだと見くびらないことね!」


 チェーテは両方の鞭に闘気を流し込むと、器用に鞭二本を同時に操り、私へと襲い掛かった。


「ハンッ! アンタこそ私を見くびり過ぎだね、チェーテ!」


 二本増えたからどうだというのだ。その程度の攻撃で慌てる私ではない。


 チェーテもそれなりに鍛錬したのだろう。二本の長い鞭がお互い絡まぬよう、上手い具合に私の方へと襲い掛かる。


 故にその軌道も読みやすい。二本の長い鞭は互いに接触しないよう、必ず別々の位置から攻撃が飛んでくるのだ。


 相手の手元に鞭の先端部分と見る場所が倍増して少しだけ目は疲れるが……だが、それだけだ。


 私は長剣を素早く切り返し、二本の鞭を凌いでいく。二方向同時攻めで防げないと判断したなら身体ごと移動して回避するか、位置を変えて片方の攻撃タイミングだけをズラしておけばいい。


「生憎だったね! 最近の私はアンタ以上の二刀流と戦ってきたんでねぇ……安全圏から、ただただ武器を振り回しているだけじゃあ、怖さが全く無いねぇ!」


 うちの団長様”双鬼”や”血濡れのブラッディーギュラン”を相手にしてきたのだ。チェーテのにわか仕込みの二刀流を防ぐくらい、どうということはない。


「くぅ! 減らず口を……これなら!」


 左手に持ったチェーテの鞭が突如、私の方ではなく周辺の地面を叩き出した。


「ちぃ! 砂ぼこりで目潰しを……!」

「これで私の手元は見えない筈だよ!」


 それが目的か。


 しかし……


「浅知恵を……どうやら鞭の腕は上げても、その分知能が低下したようだねぇ」


 砂埃が舞えば確かに視界は奪われる。だがそれでは、鞭が迫った時に生じる風圧で攻撃の位置やタイミングなどが大雑把に分かってしまう。それに目で細かい動きを追えなくても鞭には闘気が籠められている。この程度、一流の闘気使いならば目を塞いでいようと感じ取れるだろう。


「そこだろぉ!」

「なっ!?」


 私は迫ってきた鞭を弾き、続いて迫ってきた二本目の先端を斬り飛ばした。


「二本も使い始めたことで随分と闘気の量が減ってきているよ? その程度じゃあ、私の闘気でも簡単に切断できちまうねぇ!」

「くぅぅ!」


 鞭が一本増えたことで闘気の消費量も単純に倍となったのだ。あちらの方が闘気の量は上でも、長い鞭二本分に闘気を流し続けていたのでは持つ筈がない。


 持ってあと数分でチェーテの闘気は尽きるだろう。



「おい! シェラミー! さっさとそっち終わらせて、お前もこっちを手伝え! これ、かなりしんどい!!」

「「「姉御ぉ!?」」」


 後ろを見れば、何時の間にか槍使いロイドを倒したらしいエドガーが必死の形相で戦っていた。相手は確か……“特武隊”と言ったか。


 帝国の精鋭部隊は人数が多く、エドガーと手下どもだけでは流石に手に余るようだ。イブキも雑兵を押さえるのに必死な様子だ。


(ちぃ! 時間が無いのはこちらも同じか…………ん?)


 突如、一石二鳥の案を閃き、思わず私は笑みを浮かべた。


「チェーテ! アンタとの戦いは飽きた! もう私の前から消えな!」

「な、なんですってぇ……!?」


 私はチェーテを煽るとそのままエドガーたちの元へと駆けだした。チェーテから完全に背を向ける形で走る私にエドガーは驚いていた。


「ば、馬鹿野郎! そんな真似したら……!」


 当然、それで大人しく去るようなチェーテではなかった。


「な……め……る……なぁああああっ!!」


 背後から怒気と殺意がビンビンと感じられた。


 それに構わず私はエドガーたちをも抜き去り“特武隊”の方へと突っ込んだ。


「ほら、アンタたち気を付けな! ヒステリック女の攻撃がやってくるよぉ!」

「くそっ! そういうことか!!」

「え? え?」

「姉御ぉ!?」


 エドガーは察したようだが、手下どもは頭の回転が鈍いようだ。仕方ないので援護してやるか。


 チェーテは私の方に目掛けて二本の鞭を振るった。そう、私の周囲にいる“特武隊”にも構わず、ただ怒りに身を任せて手あたり次第に攻撃を仕掛けたのだ。


 私はそれを弾かず、極力躱すように心掛けた。鞭は屈んだ私の真上ギリギリを通過して、目の前にいる“特武隊”の一人に直撃する。


「ぐわあっ!?」

「な、なんだぁ!?」


 精鋭の兵士といえども、その実力はチェーテより劣るらしい。兵士たちは鞭の軌道を見切れず、哀れにも本来味方であるチェーテの攻撃で次々と吹き飛ばされていく。


「くそがぁ!! 逃げるなぁああ!!」

「くっくっく! こりゃあ楽だねぇ!」


 チェーテの攻撃を躱すだけで敵兵たちが勝手に倒されていくではないか。


 稀にエドガーや手下どもの方に攻撃が飛ぶも、連中もなんとか防いでいるようだ。難しそうな場合は私がフォローに入る。


「あぶねっ!?」

「うわっと!?」

「あ、姉御ぉ!?」


「アンタら! 後ろのチェーテばかりじゃなく前も見な! ほら、鞭に対応している奴もいるよぉ!」


 精鋭というだけあって、数名ほど鞭の嵐に対応している奴もいた。


 特にあの老兵は手強そうだ。


 闘気の量は然程でも無さそうだが、歴戦の兵士といった気迫を感じる。


 その老兵がチェーテに文句を言っていた。


「くっ! チェーテ! 味方を攻撃する奴があるかぁ!!」

「煩いよ!! 巻き込まれるのが嫌なら離れていな!」

「あの馬鹿者が……っ!」


 特武隊には闘気使いが多い故か、その殆どが剣や槍を得物としており、弓や神術を扱う者はごく僅かなようだ。


 特務兵が戦うにはこちらに近づくしかないのだが、そうするとチェーテの攻撃に巻き込まれる状況だ。


(チェーテがスタミナ切れになるまで敵の数を減らす!)


 私にしては回りくどいやり方だが、傭兵として仕事を放棄する訳にはいかない。あの強そうな老兵や熊族の戦士と戦うのは、しっかり役目を果たした後でいい。






 それから数分後、私たちの周囲には特武隊の兵士たちが地面に転がっていた。


 チェーテは既に闘気が尽きたのか地面に座り込んでおり、特武隊の残党も老兵込みで五人しか残されていなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ…………」

「無様だね、チェーテ……」


 ここで見逃すほど私は甘くない。剣先を突き付けると、チェーテは悔しそうな表情でこちらを睨みつけてきた。


「な……何故だい! 私は……“石持ち”傭兵になったんだ! お前を超えた筈なのに……っ!?」

「本当に馬鹿だねぇ。ランクを抜いたからって、別にアンタが私より強くなった訳じゃあないってのに……」


 いや、実際チェーテは強くなっていた。ただ、それ以上に私が腕を上げただけなのだ。


 思えば帝国に雇われていた頃は面白みのない仕事ばかりであった。だが、最近は強敵たちとの戦闘に恵まれ、私自身でも自覚が無いくらい強くなっていたのだ。


 徒党を組んで“石持ち”傭兵になったと喜んでいるグリーンフォースの連中には負ける気がしなかった。


「武器を捨てて投降しな。暫くは生かしておいてやる」

「…………分かったわ」


 チェーテは項垂れながら鞭を手放した。それを見届けた私は老兵の方へと向かった。


「次はアンタの番だよ!」

「“紅蓮”か……! 噂通りの猛々しい女よ!」


 老兵は剣を構えるとその刀身に雷を宿した。


(これは……雷の神術かい!?)


 確か【雷纏らいてん】という雷を身に纏う上級の補助術があった筈だ。雷の神術を扱う帝国の闘気使い……まさか!


「おやおや、こいつは驚いた。アンタが“猛将”メービンだね? 面白い!」

「古い二つ名だ。それに……その名は好かん!」


 どうやらメービンは二つ名にコンプレックスを抱いているようだ。


(雷使い、か……)


 その理由は何となく察せられるが……



 そんな考え事をしていた時、私は背後から僅かな異音を感じ取った。


「――――っ!?」


 直感を信じ、私は身体を捻らせて左へと回避する。その直後、私が立っていた場所に鞭が襲い掛かってきた。


「くそっ!!」

「チェーテ!?」


 アイツ……やりやがった!


 傭兵らしいと言えばそれまでだが、投降すると見せかけて背後から襲ってきたのだ。


 しかもご丁寧に、寸前までは闘気を纏わず、直撃の瞬間にだけ僅かに回復した闘気を籠めて攻撃したのだろう。お陰で気付くのが遅くなった。


 これにはメービンも意表を突かれたらしく、一瞬遅れてから私の方に向かってきた。


「――勝機!」

「――させるかよ!」


 急いでエドガーもカバーに入る。


 その隙に私はチェーテの方に視線を向けた。


「堕ちたねぇ……チェーテ……っ!」

「アハハァッ! 騙される方が悪いんだよぉおお!!」


 チェーテはニヤリと笑うと身を翻した。このまま逃走するつもりなのだろう。


(させるかい!)


 私は長剣に闘気を籠め、極限まで集中力を高めてから剣を振り下ろした。


「――――【風斬かざきり】!」

「うあああッ!?」


 私が放った闘気による遠距離斬撃は、油断していたチェーテを背後からバッサリ両断した。縦に真っ二つにされたチェーテは即死だ。


 その様子を見ていたエドガーは目を見開き、メービンは警戒したのか距離を取る。


「な!? シェラミー、その技……使えるようになったのか!?」

「ああ……何とか、ね」


 習得するのにだいぶ苦労した。


 かなりの集中力が要る為、瞬時には放てないが、油断している相手に遠くから有効打を放てるくらいには使えるようになった。


「い、今の攻撃は一体……!?」


 間近で【風斬かざきり】を初めて見たらしいメービンは動揺していた。


「さぁ、今度はアンタの番だよ!」

「くっ! 帝国を舐めるなよ! 傭兵どもがぁ!!」



 老将メービンとの激闘が始まろうとしていた。








「ちぃ! 小娘が! ちょこまかと……!」


 風の神術士ラシャードによって操作されている短剣を私は二振りの剣で凌いでいた。


 宙を舞う短剣は徐々にその数を増やし、合計十三本にまで増えた刃が四方八方から私へと襲い掛かる。それら全てを躱し、弾き、防御してやり過ごしていた。


「その本数を自由自在に操るのは実に見事ですが……でも、怖さが無いですね」

「な……なんだとぉ……っ!?」


 確かに十三本もの短剣は厄介だが、実際に私が気を付けているのは、その内の半数以下に過ぎない。



 武器に籠められた闘気は、闘気使いの手元から離れると維持が難しくなる。



 この法則からはラシャードという名の短剣使いも逃れられなかったようだ。故に、ラシャードは短剣をこちらに飛ばす前、必ず何処かで自身と接触して闘気を流し込む。その後は闘気が維持できる限界時間内までに私の方へと飛ばしてくるのだ。


 その仕組みさえ理解していれば、注意すべき短剣とそうでない物の区別がつく。


 ラシャードの元に戻らず、ただ飛び回っているだけの短剣などは恐るるに足らず。全ての刃には毒が塗られているようだが、闘気無しで飛んでくる短剣など、こちらが少し闘気を纏って防御すれば、かすり傷一つ負う心配は無かった。


(ま、そもそも本気で動き回れば、当たりすらしませんけどね)


 しかし、困った。


「えい!」

「またそれか!?」


 私が放った風斬りをラシャードは慌てて回避した。


 そう、ラシャードは要塞侵入前に師匠が風斬りを使用するところを目敏く見ていたようなのだ。


 奴は相当警戒心が強いのか、自身は常に上空へと避難しており、こちらからの遠距離攻撃をかなり気にしていた。ちょっとした動作でもすぐに回避行動を取ろうとしてくるのだ。


「クハハ! 貴様の攻撃なんぞ当たらんぞ! 反面、そちらはどうかなぁ? そろそろスタミナが切れてきたのではないのかね?」

「…………確かに。ちょっと疲れてきましたので、そろそろ終わりにしましょう」


 私は二本の愛剣を鞘に納めると、襲い掛かってきた短剣を二本、素手で掴み取って強奪した。


「なっ!?」

「お返しします!」


 短剣にありったけの闘気を籠めると、まずは一投目をラシャードに投げつけた。


 私も風の神術士の端くれである。風による短剣の超スピード操作は難しいが、一定方向に射出するくらいなら可能だ。


 更に風の基本神術【送風】を応用して、短剣の周りをしっかり風で保護した。



“いいか、ソーカ。「神術は基本にして究極」じゃ! 風使いは基本技の【送風】を使いこなしてこそ、その真価を発揮するものなのじゃ!”



 私はニグ爺にそう教わってきた。


 私にはどうやら神術士として大成するほどの才は無いらしい。だが、風の基本神術【送風】を使いこなす剣士としてならば、最強を目指せるだろうとニグ爺やカカンが保証してくれていた。


(だから私はこんなところで負ける訳にはいかないんです!)



「ちぃ! 風で防御を……小賢しい! だが、風での遠隔操作までは無理なようだなぁ!」


 相手の神術のコントロールを奪うのは至難の業だ。


 風による物体の操作を得意とするラシャードだが、流石に私が放った短剣のコントロールまでは奪えないようで安心した。


 ラシャードは悪態をつきながらも、短剣の軌道から回避しようと試みる。


 だが、そんな事はこちらも計算済みだ。


(私なら……やれる!)


 間髪入れず私は二投目を利き腕の方で放った。


 先ほどの一投目は左腕で放っておいたのだ。今度は自分の得意な右腕の方で、しかも全力で投げ飛ばした。


 その速度は一投目にも迫る勢いであったが、ラシャードは既にそのコースから回避行動を取っていた。


「ハハ! 馬鹿めぇ! 同じコースに投げおって!」


 上空で嘲笑っているラシャードは、私が投げ損じたと思っているのだろう。


 だが――――


「――――いいえ、狙いはバッチリです!」


 二投目に放った短剣は一投目に追いつき、短剣の柄に掠った。それにより二投目の軌道がズレ、上手い具合にラシャードの胸元へと迫っていた。


「な、なんだとぉ!?」

「これぞ闘技二刀流投剣術【騙しやいば】!」


 師匠に教えてもらった技だ。



 最近軍務で忙しいのか、師匠と決闘する機会が減っていた。それに対して私が散々ごねていたら珍しく師匠が技を教えてくれたのだ。



 突如コースが変化した二投目の短剣を避けられず、ラシャードは右肩に被弾した。


「ぐぅ!? これしきでぇ!!」


 予め解毒剤でも飲んでいたのか、はたまた即効性の毒では無かったのか、毒の刃を受けたラシャードの闘志はまだ消えていなかった。


 けれど、既に私は次の行動に移っていた。


「げぇ!? こ、小娘ぇ!?」

「やっと近づけましたね」


 私はラシャードが短剣に気を取られている隙に、今度は自分自身を【送風】を用いて上空まで跳躍していたのだ。


 何時の間にか自分と同じくらいの高さにいる私を見てラシャードは驚愕していた。


「この距離なら躱すのは無理でしょう。【風斬り】!」

「グハッ!?」


 胴を両断され、ラシャードはそのまま頭から地面へと落下した。まず即死だろう。


 ラシャードの死体に続いて私も着地すると、安堵の溜息を吐いた。


「ふぅ……。なんとか成功しましたか」


 騙しやいば……私には少々難易度が高い技だ。


 師匠は両利きの上、投擲のコントロールに関してはフェルも舌を巻くほどの使い手であった。そんな師匠だからこそ、一投目の短剣に二投目を掠めさせて狙ったコースに変化させることが可能なのだ。最早戦闘技術ではなく、曲芸の領域である。


 私はそれを【送風】による微調整でカバーしているだけに過ぎない。


「実戦投入は初でしたが……上手くいきました! 今度、師匠との決闘で試してみますか!」


 今度こそ師匠に……勝つ!








「畜生……くたばれ! このっ! このぉ……っ!」

「ふむ……戦いの最中に声を発するのは貴殿の自由だが、もう少し剣に集中した方がいいのではないだろうか?」


 私が指摘するとアデルは顔を真っ赤にしていた。


「う、うるさい! 貴様如き無名の剣士、この俺が……!」



 妹たちと別れてからニ十分ほどが経過した。


 私は今回、グリーンフォースの団長と戦う名誉を授かった。


 あの熊の御仁相手では手に負えないという判断を下されたからでの配置ではあるのだが、実力不足なのは事実として受け止め、今はこの戦いに勝って汚名を少しでも返上しようと思っている。


 しかし、実際にアデルと剣を交えてみたのだが……想像以上に手応えがなく、私は首を捻っていた。


「貴殿は本当に“石持ち”傭兵団の団長なのだろうか? あの熊の御仁の方が……いや、失礼。私如きに実力は見せられないということだな?」

「う、煩い! 煩い! 煩いぃぃ!!」



 剣士アデルは確かに一流の闘気使いだ。


 このレベルの剣士となると、私が所属している傭兵団“アンデッド”を抜きにすれば、そうお目に掛かれるような代物ではない。


 だが、それはあくまで普通の傭兵団ならばでの話だ。


“石持ち”傭兵団とは、それこそ小国の軍隊にも匹敵するほどの戦力という噂だ。


 現に前回激突した尖晶石スピネル級傭兵団“貧者の血盟団”は、総勢千人以上の傭兵を引きつれ、ティスペル王国の砦を次々と堕としていた。


 更に団長である血濡れのブラッディーギュランは、次席師範代であるソーカ殿と妹イブキ、クロガモにシェラミー殿の四人掛かりでも取り逃がした強者だったらしい。


 最後はケリー殿が討ったそうだが、このアデルという男も相応の実力があるのだろうと意気込んでいたのだが……



「……いいだろう。そのまま手を抜くつもりなら、私は全力で貴殿の本気を出させるとしよう!」

「ぐっ!? お、お前ぇ……! 人をどこまでコケにすれば……!」


 何やらアデルが顔を真っ赤にして睨みつけているが、怒りたいのはこちらの方だ。真剣勝負に手を抜かれるとは、これ程の屈辱があるものか。


「行くぞ! 【風斬り】!」

「くぅ!? またその妙な技か!?」


 こちらは刀が二本で向こうはロングソード一本、間合いはほとんど同じだが、遠距離斬撃を有している分、私の方が戦術の幅が広かった。


 しかし、アデルは闘気の量に恵まれているのか、なかなかにガードが固い。真正面からの【風斬り】では突破は難しそうだ。


 それだけに、闘気の扱いと剣技においては微妙に感じるが…………きっと、ケリー殿との戦いに向けて体力温存を図る為、手を抜いているのだろう。


 しかし、手加減されているこちらとしては甚だ遺憾であった。


「よく防がれた! だが、これはどうかな? 【双撃そうげき】!」

「ぐぁ!?」


【風斬り】の二本同時技である。


 威力は単純に二倍となるが、先ほどの【風斬り】は少々出力を押さえたのだ。緩急をつける為である。今度は本気で撃ったので意表を突かれたのか、アデルはあろうことか剣を手放した。


「ま、待て! 参っ――――」

「――――せい!」


 何か言おうとしていたようだが、真剣勝負の世界に言葉は不要。あちらは手を抜こうが、私は全身全霊で応じるまでだ。


 私の刃は意外な事に、そのままアデルの首を跳ね飛ばした。


 呆気なく戦いが終わり、私は首が無くなり倒れたアデルの亡骸を見ながら首を傾げていた。


「はて……これはどういう……?」


 まさか相手が本気を出さないまま死んでしまうとは思いもしなかった。


「うわぁ……えげつないです……」

「ソーカ殿も終わったようですな」


 少し前からソーカ殿が私たちの戦いを見学していたのには気付いていた。


 私は刀にこびり付いた血を払い鞘に納めると、ソーカ殿に話し掛けた。


「いや、お恥ずかしい。私はとんだ未熟者のようです。まさか、最期まで敵に本気を出されないまま、侮られていたとは……」

「ええ……!? いや、多分その人……最初から本気でしたよ? まぁ、剣士としては微妙でしたけど……セイシュウさん、ちょっと天然通り越してサイコパス過ぎ…………」

「……?」


 ソーカ殿は何やら小声でブツブツ言いながらアデルの亡骸に憐れんだ視線を向けていた。


 私は……何かやらかしてしまったのだろうか?

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