第94話 平民とは

 グィース領に集結したパラデイン王国の帝国侵攻軍はいよいよ行動を開始する時がきた。


 目的地は帝国の東端にあるラタニアだ。


 帝国領内では、北東のグレンピッツに次いで二番目に東端に位置する領地だ。パラデイン領との国境線沿いにあり、若干王国側に突き出るような領地となっている。南ユルズ川沿いには大きな街が存在し、軍事施設なども存在する。


 そこのラタニア基地が標的だ。


「ユルズ川を占領するには、帝国領の玄関口と称されるラタニアを押さえなくてはならない! 全軍はこのまま西へと進み、一気に帝国領内へ押し入る! 進軍開始!!」

「「「うおおおおおおお!!」」」


 俺の号令で女王直属アンデッド軍、第一軍団、第二軍団の連合軍がゆっくり進軍を開始した。


 俺は元帥としての務めを果たすと、オスカーとハーモン両軍団長の元へ挨拶に向かった。


「それじゃあ、後はよろしく!」


「ええ、お任せください!」

「そちらも……どうかご武運を!」


 先程は全軍でと言ったが、細かく上げるのなら九名ばかしは別行動となる。


 俺はオスカーたちに別れを告げると、一万近い軍勢が進軍している横で暇を持て余している仲間たちと合流した。


「おまたせ」

「やっとか。待ちくたびれたぜ!」


 溜息をつきながら愚痴を零している大柄の帽子を被った男はエドガーだ。


 彼のトレードマークであるスキンヘッドは帽子でほとんど隠れていた。今のエドガーは傭兵の武装ではなく、平民に近い恰好をして立っていた。


 エドガー以外の仲間たちも、平時とは違った恰好をしていた。


 お団子ヘアでスカートを履いているソーカ。


 普段は縛っている髪を解いているイブキ。


 逆に普段は髪を流しているシェラミーはツインテールにして、彼女の一味やセイシュウも武装解除し、商人や平民らしい装いをしていた。


 ここにいるのは全員、アンデッド軍の精鋭隊ドラウグのメンバーたちだ。今回そこに俺も加わり、合計九名だけは軍と別行動の予定である。


「おい、ケリー。お前もさっさと変装しろよ」

「そうだよ! あたしらに変な恰好させて……動きづらいったらないよ!」

「でも姉御、結構イケてますよ! 俺はそっちの髪型の方が好みで……ぐへっ!?」


 余計な口を叩いた手下Aがシェラミーにぶん殴られていた。


「分かったよ。ちょっと待っててくれ」


 俺は適当な岩陰に隠れて、予め用意していた平民らしい質素な服装に着替えた。今回は俺たち精鋭隊ドラウグだけで隠密行動し、奇襲を仕掛ける計画であった。その為の変装である。


 俺も平民が着るような衣装にチェンジし、腰から剣を外した。


 これでどう見ても一般人っぽいが……長い後ろ髪が目立っている。


「む、髪が邪魔だなぁ……えい!」


 この機に俺は最近伸びに伸びていた後ろ髪をバッサリ斬り落とした。


「うむ、すっきり!」


 これならバッチリだろう。


 着替え終わった俺が戻ると仲間たちは驚いていた。


「ケリー、髪はどうしたんだい?」

「切った。これである程度誤魔化せるだろう」

「なんともまぁ……思い切った真似ですね」

「ふん。短い方が似合うじゃないか」


 俺の短髪姿を初めて見るシェラミー一味やアマノ兄妹たちは困惑していたが、逆にエドガーやソーカは懐かしそうに見ていた。


「そういやぁ、出会った時はそんな感じの生意気そうな小僧だったな」

「エドガーは相変わらずハゲてるけどね」

「うっせー!!」

「なんだか懐かしいです!」


 ソーカは見た目こそ四年前からそこまで変化は無いが、性格の方はかなり変わっていた。出会った当初はクソガキで、しょっちゅう俺に決闘を申し込んでいたのだ。


(ん? よくよく考えると……それは今も同じか?)


 元帥で貴族でもある俺だが、何故か未だにソーカから決闘を挑まれていた。あらゆる手を使ってなんとか連勝を保ったままだが、そろそろ負けそうで、正直かなりしんどい。


(不敬罪とか言って勝ち逃げできないかな?)


「ほら、さっさと馬車に乗り込め! パーティーに出遅れちまうぞ!」

「パーティーという恰好ではないような……」

「むしろ夜逃げでもしているような集団ですよね」


 偽装をより完璧なものとする為、武器や防具類も全て荷台の中に仕舞ってある。これで何処からどう見ても、俺たちは平民御一行様だ。


 俺とシェラミーの手下Aが御者席に座り、Aが手綱を握った。馬車はもう一台あり、そちらの席にはセイシュウと手下Bが座っている。


「行きますぜ!」


 俺たち九人は侵攻軍のルートから外れ、メノーラ領を迂回する形で帝国領北部を目指した。








「遂に動き出したか!」

「はい、メービン元帥」


 部下から報告がきた。いよいよパラデイン王国軍が動き出したようだ。


「それで……“双鬼”とその一味も来ているのだな?」

「はい。進軍の号令合図をしたのは間違いなく“双鬼”ケルニクスだそうです。奴の指揮下にある女王直属軍も第一軍団、第二軍団と合わせて進軍しているとの報告です」

「ふむ……」


 だとすれば、今回は纏めてこちらへやって来るのだろうか?


 いや、油断は禁物だ。


 連中は僅か少数だけで帝国領内を流れるユルズ川を強硬突破したという実例もある。あのレベルの闘気使いが揃うと、例え一小隊クラスの少人数でも甚大な被害を与えかねない。


「分かった。そのまま“アンデッド”の監視を続けさせろ。それと現時点での向こう側の目的地は分かるか?」

「まだ不確かですが、経路から推測して恐らくラタニア基地ではないかと」

「ラタニアか……。あそこの防衛力だと落とされるだろうな」


 帝国領の国境には壁が設けられており、一定間隔で防衛施設も展開されている。


 しかし、旧ティスペル王国沿いにある防壁はどこも低くて脆い。軍事施設も一部を除いて小規模なものばかりなので、一国の正規軍が攻めてくると、せいぜい足止めくらいにしかならないのだ。


(ティスペルの連中は我が国に牙を向く度量など無かったからな……)


 帝国は広い。その国境ともなるとかなりの長距離で、全方位に強固な守りを敷く予算など無かったのだ。


 帝都が置かれザラム公国やジオランド農業国が隣接する南部側に防衛予算が割かれるのは至極当然なのである。


「だが、北部にはここヨアバルグ要塞がある!」


 帝国北部最大の要塞は難攻不落である。


 尤も、ここまで攻めてきた国が一度も無いので実績こそないが、設備に物資、駐留人数などは国内でもトップクラスで、要塞背後には天然の防壁であるヨアバルグ山脈が広がっている。


 一軍を率いてここを落とせと命令されれば、私なら最低でも五万以上の兵を寄こせと要求するだろう。


 帝国北部の防衛や敵国への侵攻作戦は、全てこの要塞が起点となっているのだ。


「何時でも出陣できるよう準備しておけよ。パラデイン軍の侵入経路が判明し次第、すぐに防衛軍を派遣する」

「ハッ!」


 副官が去っていく後ろ姿を眺めながら、私は次の事を考えていた。


(あとは“アンデッド”に対抗できる駒だが、果たして間に合うか……)


 伝手のある腕の良い傭兵団に声を掛けてみたのだが、どうやら今は遠方にいるらしく、すぐには来られない状況らしい。ラタニアの援軍には間に合わないだろうが、あそこはそもそも防衛には不向きな場所だ。


 そんなにラタニアが欲しいのなら一度くれてやって、その後ゆっくり取り返せばよい。


 そもそも南ユルズ川は帝国領のほぼ中央を横断する川なのだ。その周辺を取られたところで、我が北部の軍勢と中央の軍で挟撃が可能だ。故にそこまで警備にも力を入れていない。


(パラデイン軍……ただ勢いだけの烏合の衆か。それとも何か秘策が……?)


 私は地図を睨みながら相手の出方を想像し続けた。








 今回の目標地点はユルズ川の玄関口ラタニアだが、そこは問題なく取れるだろうというのが作戦指令部レヴァナントの予想だ。


 ただ、問題はその後である。


 ラタニア占領後、帝国北部の軍勢と帝都方面から来る中央軍に挟撃される不安がどうしても拭えなかったのだ。


 敵国の土地を占領し、そこの民を押さえつけながらでの慣れない土地で挟み撃ちの防衛戦? そんなの面倒過ぎて御免である。


 そこで俺の当初の案は議論を重ねた上に修正され、最終的にはその目的地まで変わったのだ。


 真の目的はヨアバルグ要塞の奪取である。


 ラタニアはあくまで陽動で、こちらが本命だ。


 当然、俺たち九人だけで要塞を落としても、そこを占拠して維持し続けるのは無理な話だ。だから最初は狙わない。


 まずはラタニア侵攻で要塞内に駐屯している帝国軍を南部に釣り出して、俺たち精鋭隊ドラウグが背後から出てきた敵軍勢に襲い掛かる。ラタニアを攻めたオスカー率いる軍勢も同時に北部へ移動する。


 逆にこちらが相手を挟撃しようという作戦であった。


 その作戦が成功した後にゆっくり要塞を奪えばいい。ユルズ川の占領はその後だ。


 まずはヨアバルグ要塞の奪取、帝国北部軍の壊滅、その後にユルズ川の占領という手順だ。そうすれば、後は南側に注意を払えばいいだけだ。


(言うは易しだが……上手くいくかな?)


 最上なのはユルズ川の占拠だが、最悪それが果たせなくても、帝国軍に痛手を負わせて引いても構わないのだ。帝国軍が弱体化すれば、あちらは周辺に敵が多い分、その後が大変になるだろうが、逆にこちらはその分、リューン王国への対策に手が回せる状況になる。


 戦況次第ではすぐ撤退するようにとの王命も下されていた。ステア女王様の命令なら従う他あるまい。


 この作戦の要となる俺たち九人は馬車でメノーラ北部にある帝国国境付近へと急いだ。






 現在俺たちが馬車で通行している辺りはメノーラ領近くで、あまり治安がよろしくない。パラデイン王国はメノーラ領を王国領とは定めていないので、この地域は兵の巡回なども一切させていないからだ。


 更にメノーラ領付近には問題児の元上級貴族ばかりを押し込めているので、統治も上手くいっていないようだ。そんな場所の中間地なので、明確な国境線なども存在せず、メノーラ領周辺は一種の無法地帯と化していた。


 そのような場所の街道を、平民を装った俺たちが通行していると一体どうなるか……



 突如、馬車の目の前に謎の武装集団が現れた。木でも切り倒したのか道の前方が倒木で塞がれているので、止む無く馬車をその場に停止させた。


「ヒャッハー! 積み荷を置いていけー!」

「金目の物は全部出せ!」

「そこのハゲ! テメエの帽子もいただくぜ!」

「赤い髪の女ぁ! お前も商品だ。ま、先にちょっと味見しちゃうがなぁ、ぐへへ!」


「あん?」

「なんだい、アンタら?」


 突如現れた武装集団は山賊であった。総勢二十名ほどと中々の規模だ。


 どいつもこいつも悪そうな顔つきをしているが、人相だけならこちらも負けていなかった。


 ご指名されたエドガーとシェラミーは山賊たちに凄んでみせた。


 一方、武器をちらつかせているにも関わらず、全く臆さない俺たち御一行を見て、山賊さんたちは絶賛困惑中だ。


「て、テメエら! 状況が分かってんのか!?」

「大人しく言うことに従え!!」


「だってよ。どうする、ケリー?」


 エドガーは両腕を組んだまま、俺の方へ首だけを向けた。


 今の俺たちは平民を装っている為、武器は荷台の中に仕舞っており一切持っていなかった。隠密行動を取る為にも、ここは平民らしく振る舞わねばなるまい。


「平民は武器を持たない。素手で倒すぞ」


 これが平民らしい振る舞い方に違いあるまい。


「よっしゃあ! 団長……じゃない。リーダーの許可が出たぞ!」

「やっちまえ!!」


 エドガーを筆頭に、シェラミー一味たちが一斉に動き出した。シェラミーは雑魚に興味がないのか、参戦しないようだ。


「な、なんだ、こいつら?」

「素手で向かって来るぞ!?」

「ちぃ! 少し痛い目に合わせてやれ!」


 あちらも荒事が本業の山賊なので、すぐに気持ちを切り替えて応戦し始めたが、闘気を扱える者は僅かだったようで、素手でも全く相手にならなかった。


「ひいいいぃ!?」

「こいつら、強すぎ――ぐはっ!?」

「お、お頭ああぁっ!?」


 あっという間に山賊団は壊滅し、エドガーたちは気絶している山賊たちを林の方へぽいぽい投げ捨てていた。


「この辺りは魔獣も棲息しているし、武器を砕いておけば勝手にくたばるだろう」

「うむ、実に平民らしい行いだ」

「こんな平民、いないと思うのだが……」

「そうなのか?」


 イブキだけがツッコむも、その他の者は誰一人平民の実態を分かっていないようだ。


 俺も奴隷には詳しいが、平民という存在はよく分からない。


 よくよく考えれば、この場には一般的な暮らしをしてきた者は誰一人といなかった。


 唯一、情報収集などで平民に紛れ込むことの多いシノビのイブキだけが、ある程度の常識を持っているようだが、そんな彼女によると、どうやら平民は素手で山賊を倒したりしないようだ。


 俺はまた一つ学びを得た。



 邪魔な倒木を素手で持ち上げ、林に放り投げるが、その点もイブキに指摘されてしまった。


「平民はそんなことしない」

「じゃあ、どうやって倒木をどかすんだ?」

「え? えっと……大勢で引っ張ったり……持ち上げたり?」


 ふむふむ、平民は一人で木を持ち上げない、と……




 以下の点に留意して先に進むと、再び別の山賊団が姿を現した。本当にこの辺りは無法地帯だな。


「イブキ先生! 山賊に対して平民たちはどう行動すればいいんだ!?」

「ええ!? に……逃げる、とか……?」

「えー!? 逃げるのぉ?」

「そんなの御免だよ!」


 ソーカとシェラミーからクレームがきた。


 回り道している時間的余裕は無いので、俺たちは戦う選択をした。


 今度はシェラミーも戦うつもりのようだ。相当暇だったのだろう。


「平民の戦い方を教えてくれ!」

「イブキ先生!」

「イブキ!」

「イブキちゃん!」


「ぐっ!? 農具とか、そこらの棒や石を拾って応戦でもするんじゃないのか? 私もそこまでは知らない!!」


 兄セイシュウにまで問い詰められ、イブキは悩みながらもアドバイスをしてくれた。


 先生の助言に従って、俺たちは平民らしく振る舞おうと各々武器になりそうな物を探して拾う。


「お、太い木の枝があったぞ!」

「この石、大きくて良さそうだ!」


 エドガーは自分の腕以上に太い枝を軽々と振り回して山賊たちを吹き飛ばしていった。


 俺やセイシュウも人の頭部くらいありそうな石を相手に投げつけて即死させる。


「待て! 平民はそんな大きな枝を振り回さない! 兄さま!? その石は流石に大き過ぎですよ! 平民では持てません! ソーカ姉さま!? 平民は【風斬かざきり】を放たないですっ!」


(平民は色々と大変だなぁ……)



 先程より早く山賊を殲滅した後、俺たちは助言通りに複数人で死体や倒木を除去していった。二人以上で放り投げると、ちょっと力が入り過ぎてかなり遠くまですっ飛んでしまったが……許容範囲内だろう。


「よし! これでどこからどう見ても俺たち平民だよな?」

「もう、私に聞かないでくれ……」


 どうやらイブキ的に俺たちは平民失格だったらしい。ううむ、普通に生きるのは難しい。



 色々なトラブルがありながらも、俺たち一行は順調に帝国方面へと移動していた。








「なに!? “双鬼”一行が別行動中だと!?」

「はい、メービン元帥。情報部から確かな情報だと報告書も届いております」


 副官から報告書を手渡された私は諜報員からもたらされた情報に目を通した。


 どうやら敵の大将である“双鬼”は進軍の命令を出したあと、まるで平民のような装いに変装し、そのままメノーラ領を迂回して帝国方面に進んでいる際中のようだ。


(ラタニア占領が目的だと思っていたが……そちらは陽動か?)


 変装してまで隠密行動をするとは、きっとそうなのだろう。


 しかし、報告書を読み進めると疑問が生じた。


 どうやら“双鬼”とその一味と思われる傭兵団一行は、隠密行動をしているどころか、各地で騒ぎを起こしながら進んでいるようだ。



 街の不良たちに絡まれ、大立ち回りでの大騒動


 違法奴隷商人を目撃した“双鬼”が突然の暴力行為


 その騒ぎを聞きつけたメノーラ領の警邏隊との乱闘騒ぎ、等々……



 目撃されている情報だけで多数のトラブルを引き起こしているのだ。


「なんだ、これは? これでは隠密行動では無いではないか!」

「はい。連中、どうやらわざと目立つようにして進行しているようです。恐らくこちらが陽動部隊なのかと……」

「ううむ……」


 敵の主力や指揮官を陽動にするなど、作戦の意図が全く読めないが、恐らくそういうことなのだろう。


 しかし……


「こいつら……結局何がしたいんだ?」

「……さぁ」

「「…………」」


 相手の奇行に私と副官は揃って首を捻っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る