第93話 ゴルドア帝国侵攻作戦

 懸賞金が増えて以降、俺は何度か賞金稼ぎの襲撃を受けたが、全て返り討ちにした。


 中にはそいつ自身が賞金首の奴もいたので、兵士に突き出して賞金稼ぎバウンティハンター協会に連絡を取るようお願いしておいた。


(ラッキー♪ 小遣いが増えたな)


 今や俺も貴族なので、お給料のようなものも出るらしい。パラデイン王国の貴族は年俸制となっている。それとは別に、領地を持つ貴族には様々な支援金も送られるらしいが、王宮務め扱いである俺には関係がない。


 また、俺は元帥でもあるので、軍からもお給料が出ている。こちらは月給制だ。


 お金には一切困っていないのだが、それでも貰えるものがあるのは嬉しい。


 パラデイン王国が安定したら、将来は何処か長閑な場所に豪邸でも立てて余生を暮らすのだ。傭兵稼業も悪くは無いが、俺は自分の命を懸け続けてまで働きたくはない。


 そんな夢みたいな生活をこの世界で送るには、様々な難関が待ち受けている。


 とりわけ大きな問題は、ゴルドア帝国とリューン王国である。


(平穏な人生を送る条件が大国二つを倒すって……ハード過ぎやしませんかね?)


 俺一人ならどうとでも暮らせるが、ステアを始めとした多くの人間と深い関わりを持ってしまった。ここで放り出す訳にはいかない。



「あら、これは元帥様」

「ん? ヤスミンか」


 妙なところで彼女と出会った。


 俺たちが今いるのはサンハーレにある軍事施設内だ。今のヤスミンは軍属なので、彼女がここに居ても別におかしくはないのだが、武装した兵士たちの中にパンクなシスター服姿が混じっているので、どうにも違和感を覚えてしまう。


「仕事中だったか?」

「もう終わりました。戦闘訓練で傷ついた兵士たちを癒していたのです!」



 最近知ったのだが、このヤスミンは変人だ。


 彼女は治癒神術中毒者ヒールジャンキーなのだ。


 とにかく少しでも傷があるとそこへ急行し、次々と負傷者を癒していく。


 それは立派な行為なのだが、彼女の行動理念は苦しんでいる人を助けたいだとか、世の中に貢献したいといった高尚な理由ではない。どうも彼女は、純粋に治癒神術を使って何かを癒したいという欲求から行動し続けているようなのだ。


 既にサンハーレの教会に通っていた重症患者のほとんどを治したそうだが、それでもヤスミンは満足しなかったらしい。そこで最近何かと負傷者の多い軍人の傍で働きたいと志願してきた経緯があった。



「ヤスミン、アンタの希望は最前線での衛生隊員だったな」

「ええ、そうです! 特に激しい戦地を希望します!」

「なら、やはり俺の軍団所属だと都合がいいと思うぞ」

「ええ、ええ。期待しております!」


 ニコニコと答えるヤスミンに俺はげんなりとしていた。


(なんで俺の周りには頭のおかしい女が多いんだ?)


 周りから言わせると、俺の方が“あたおか”らしいのだが……ここまでひどくはないと思う。


「言い辛かったら答えなくてもいいが、ヤスミン……アンタは聖女か?」

「元、聖女ですね。今はただの神術士ですわ」


 あっさりとヤスミンは白状した。


 俺は周囲に人目が無いのを確認してから、更に突っ込んだ質問をした。


「元聖女……聖教国がよく手放したな。教会を出る時、揉めたんじゃないのか?」

「勿論揉めましたよ。でも、最終的には教皇様が仲介に入ってくださり、私の自由を許してくれたのです」

「教皇自らが!?」


 それは意外な情報だ。


 教皇と言えば、神を除いて聖教国では実質トップの存在だ。


 聖教国には一応王様も居るらしいのだが、そちらは飾りに近い存在のようだ。実際の権力はエアルド聖教の教皇や枢機卿たちが握っているらしい。


「ただ、完全に自由という訳ではありません。私にも縛りは存在します」

「……というと?」

「正確にはお教えできませんが、聖教国は絶対に裏切れません。私に神術を教えてくれた大恩ある国だからです」

「なるほどな。つまり、治癒神術の技術提供もやっぱりアウトか?」

「アウトです」


 ふむふむ、そこは普通の教会に所属する神官たちと同じ訳か。


「じゃあ、軍属になるのも拙いんじゃないのか?」

「……私は問題ないと判断しております。ただし、パラデイン王国が道を踏み外すようなら、私はここを去ります」

「道を踏み外す……具体的には?」

「民衆への過激な圧政や大量殺戮、又はそれに準ずる行為などです」

「さすがにそんなことは俺もしないし、させないさ」


 なんだ。思ったより緩い縛りじゃない。


「よし、それを聞いて安心した。ヤスミン、後方支援隊ヴァンパイアの副隊長として、今後もよろしくな!」

「ええ、こちらこそ!」


 こう話していると、思ったより普通の女性だ。


(てっきり自傷行為したり、誰かを傷つけたりしてまで癒すとかしているんじゃないかと思ってた……)


 恰好は変わっているが、ただの超優秀な治癒神術士みたいだ。


「大変だ! 訓練で一名負傷したぞ!」

「誰か来てくれ!」


 遠くで兵士たちが騒いでいると、ヤスミンが満面の笑みを浮かべながら去っていった。


 その去り際に「うひひ! 新たな獲物はどこぉ!?」と叫んでいたが…………聞かなかったことにしよう。








 俺は領主館で新たな情報部所属の隊――諜報隊レイスの長であるクロガモから報告を受けていた。


「そうか。まだ“暗影あんえい”の全容は掴めないか……」

「何人か泳がせているのですが、迫れても末端の拠点くらいですね」


 あれから二度、ステアへの襲撃が行われたが、何れも未然に防いでいた。犠牲者もゼロで、負傷者もほとんど出ていない。それもこれも、シノビ集を呼び寄せた結果だ。


 ただし、外に回せる人員が減った為、“暗影”の本拠地や他の問題ある土地などの偵察任務に支障をきたしていたのだ。


「でも、いくつかの拠点の場所は突き止めたんだよな?」

「はい。そこから更に奥深くへ探れないかと、今は監視に留めておりますが……ご命令であれば、何時でも制圧は可能です」

「よし! やってしまおう!」


 相手も一筋縄ではいかないようだし、何時までも受け身なのは俺の性に合わない。


 それに、連中を黙らせる良い手があるのだ。


(暗殺者の居場所が分からないんなら、雇い主を始末すればいいじゃない!)


 この場合は十中八九、帝国だろう。懸賞金のやり口と言い、タイミング的にも帝国の、それも中央に居る貴族か将校だと、既に当たりを付けていた。



 今回の侵攻作戦における最大の目的は、帝国北部の領地を一部占領し、コーデッカ王国との交易路を確立させる事である。


 今はステアのスキル【等価交換】の力もあり、貿易不要の状態となっているが、それだと国としては成長も見込めないし、他の商人たちも困ってしまう。


 代わりにステアの生み出した商品を独占しているエビス商会だけが発展していき、それでは周囲から嫉妬の対象となってしまう。この流れはあまりよくない。


 かといって、リューン王国との間に設けたアホみたいな関税を受け入れて交易するなどあり得ない。ならば、違う国との交易路を確保すれば問題は一気に解決するのだ。



 ただし、作戦上の支配領域はユルズ川周辺から北部なので、中央……つまり帝都近郊への侵攻はまだ計画にはない。そこまでとなると相手もかなりの抵抗をすると予測されているからだ。


 ただ、その点は問題無いと思っている。パラデインが動き、こちらが優勢だと見れば、その段階で恐らく他の周辺国も動くだろう。


 これがパラデインを承認してくれたコーデッカ王国、レイシス王国、ザラム公国なら良いのだが、レイシスは帝国領と隣接していない為、行動しても軍事支援止まりだろうし、そもそもあちらの国も今は他の国との戦争中で忙しいのだ。


 それとリューン王国の属国、ジオランド農業国も帝国と隣接している為、動く可能性が濃厚だ。その際、ジオランドの背後にあるリューンがどういった行動に出るかが未知数となる。


 最悪、寝首を掻くかのようにパラデインを狙ってくる可能性もあるので、ある程度の兵力を残す必要があった。


(ステアの守りを考えると、侵攻作戦にシノビ集はあまり使えないな)


 今まで散々アドバンテージを得ていた情報戦が、現地では使えなくなる。その点が最大の懸念材料だが、なるべく早く帝国領深くまで進攻し、周辺国に帝国の脆弱さを周知させる。


 それによってゴルドア帝国をこの世から無くす!


 そこがとりあえずのゴールだと思っている。帝国が無くなれば、俺たちの懸賞金も取り消され、暗殺者も襲う理由が消滅する筈だ。


「ふふ、完璧な作戦だ!」

「ですの!」



 作戦は間近と迫っていた。








 ゴルドア帝国北部、ヨアバルグ要塞



 私は帝都の中央政府から来た伝令の言葉を聞いて失望していた。


「――――以上です」

「あれだけ自信満々にしておいて、結局これか…………」


 過日、パラデイン王国を始めとする周辺国への対応について話し合った際、ブラッツ軍務副大臣が何やら自信ありげな態度を見せていたが、その秘策とやらは現在も空振りのままらしい。


 まぁ、それも予測の範囲内だ。


 先程は失望したと表現したが、正確には初めから期待などしていなかったので、こちらはこちらで準備を進めていた。


 ここからは北部総司令官として自由に動かせてもらう。


「分かった。もう中央には何も期待すまい。そちらはそちらで『使命を全うされよ』とだけ伝えてくれ」

「ハッ! し、失礼します!!」


 私が睨みつけながら吐き捨てると、中央からの伝令兵は逃げるようにして去っていった。


「はぁ……。さて、話を戻そうか。パラデイン勢力はメノーラ領を避け、南側を目指しているのだな?」


 気持ちを切り替え、私は副官に尋ねた。


「ハ! その通りでございます、メービン元帥!」



 我がゴルドア帝国の東側にパラデイン王国は存在するが、彼の国の領土と接している箇所は、巨大な領地を持つ帝国側からすれば北部の東国境線のみである。


 よって南ユルズ川以北の地域にある軍団は、全て北部総司令官である私の管轄内となっていた。


 国境警備隊や各町の警邏隊、輜重隊など私の隷下ではない隊も少なからず存在するが、ほぼ全ての兵は私の命令で動くことになる。


 これは責任重大だ。特に今回はその北部が真っ先に戦場となるのだ。我々北部軍が無様な姿を見せると、ザラムの裏切り者やリューンの犬であるジオランドなどが動く可能性が高い。


(絶対に負けられん!)


「パラデイン侵攻軍の動向を常に監視するのだ! それと同時に、敵の司令官である“双鬼”ケルニクスとその傭兵団たちの位置を捕捉し続けろ!」

「司令官はともかく、傭兵団もですか?」


 副官が首を傾げながら問い返してきた。


「連中がカギだ! あの突出した傭兵団の戦力さえ封じ込めれば、残りはティスペル以下の軍勢だ。どうとでもなる!」

「ハッ! ただちに諜報員に伝えておきます!」

「いいな! 逐一居場所を報告させるんだぞ!」

「ハッ!!」


 私は副官に念押しし、退出させた。


(これでどうにかなるか……? いや、少し手が足りないか?)


 パラデインと当たるとなると、その他の横槍が心配だ。


 元ティスペル王国から寝返ったメノーラ領は静観を決め込んでいるが、一度祖国を裏切った連中だ。油断ならない。今度はこちらを裏切ってくる可能性もあるからだ。


 それに背後の西国境線側……コーデッカ王国も気になる。


 コーデッカの連中も何かと敵が多く、そこまで帝国方面に戦力を割けない状況だが、領地を奪えると知れば、動かない為政者などいないだろう。


 しかし、そこまで気を回す余裕は今の我々にはない。


「やはり手が足りない……仕方ない。外部から補充するか」


 私は一つ、心当たりのある傭兵団に声を掛けてみた。








 帝国侵攻作戦が開始され、参加する軍団はサンハーレを発った。


 アンデッド軍団はほぼ全戦力が投入された。


 女王の護衛が主任務である近衛隊マミーと情報部の諜報隊レイス、技術部科学技研スケルトン、経理部の輜重隊リッチはサンハーレに残したままだ。


 それと、今回は海戦がないので海兵隊ケートスが留守番役となり、不滅隊グールの半数もサンハーレに待機状態である。


 万が一リューン王国などが動いた場合、彼らが街を守護して足止めをするのだ。




 アンデッド軍団の総数は凡そ1,000人と少数だ。軍団を名乗るには烏滸がましい数だが、その代わり我が軍は精鋭が揃っている。


 それに頭数なら他の軍団で補える予定だ。



「オスカー軍団長率いる第一軍団が合流しました!」


 伝令から俺に報告が上がってきた。


 普段はケルベロス要塞に待機している第一軍団が加わったのだ。


 ケルベロス要塞は現時点ではそこまでの要所ではない。肝心の女王様が未だサンハーレに住んでおり、王都もそこにあるからだ。


 いずれケルベロスの街に遷都した暁には、ここがこの国の中心地となる。港町からも近く、東西南北への街道も整備されている内陸の中心街だ。


 将来的にはここまで川を引いて水路も設ける計画だが、まだまだ時間は掛かりそうである。それにドワーフの皆さんが力作の城を建築中なので、かなりの出来が期待できるが、その分時間も要するのだ。


 よって、今はケルベロス要塞に兵も必要なく、第一軍団は今回の侵攻作戦における主力部隊として参戦する予定だ。



「オスカー軍団長、時間通りだな!」

「いよいよ帝国へ攻めるという時に、遅れる訳にはいきません」


 思えば俺とオスカーが出会ってから、もう一年近くにもなる。


 当時の俺はまだ鉄級の傭兵で、片やオスカーの方は領兵団団長様だ。


 それから二人の立場は逆転し、俺は元帥、オスカーは軍団長として、揃って帝国に進軍中だ。


 こんな未来、一年前の俺には想像も付かないし、奴隷時代の俺も一年前の自分を信じられないと思うことだろう。


(未来は何が起こるか分からない。来年の俺はこのまま元帥なのか、王様にでも成っているのか、はたまたくたばって来世でよろしくやっているのか……)


 仮に来世があるのなら、もう奴隷スタートは止めてください、マジで……



 オスカー率いる第一軍団の兵数は凡そ5,000人、国内では最大規模の軍団となっている。その軍団と共に西進し、三日後にはグィース領に建設中のグィース砦付近に到着した。


 ここで更にグィースに駐屯している第二軍団とも合流した。第二軍団の数は凡そ2,500人と、こちらは規模が小さい軍団となる。



「スズキ元帥殿! ハセガワ軍団長殿! お久しぶりでございます!」


 声を掛けてきたのは、第二軍団を預かっているハーモン軍団長だ。


 ハーモンは元グィース領兵団団長で、共に尖晶石スピネル級傭兵団”貧者の血盟団”とメノーラ軍を相手に戦った仲でもある。


「久しぶり、ハーモン軍団長。あと、俺のことは家名ではなく、名前の方で呼んでくれ」

「私の方もまだその呼ばれ方に不慣れなので、オスカーと呼んでくれて構わない」

「了解であります! ケルニクス元帥、オスカー軍団長」


 軍属なので呼称に気を遣うのは当然だが、俺に関しては自由に呼んでくれて構わないし、ハーモンもオスカーと同じ軍団長という立場なので、名前呼びの方でお願いしておいた。パラデイン王国の軍規はゆるゆるなのである。


「メノーラ方面の様子はどうかな?」

「相変わらず大人しいままです。残った戦力では、まともな軍事行動など行えないでしょうな」


 メノーラ領もこのまま帝国側に付くのか、それとも元ティスペル王国であるパラデイン側に降るかで揺らいでいるらしい。


 ただし、メノーラ周辺の領地には元ティスペル王政府の重鎮、それも問題児たちを選んで送りつけておいた。彼らは元上級貴族どもで、能無しの癖にプライドと態度だけは一人前以上の厄介者だ。


 そんな連中が落ちぶれた原因の一つが、裏切り者のメノーラ領である。今更寄り添ったところで結果は火を見るより明らかであり、そもそもこちらもすぐ裏切るような家臣は要らない。


 名付けて、臭い物には臭い物で蓋をする作戦だ。それでも更に異臭を放つようなら、汚物は一つ残らず消毒である。


 なんか偉い人がそう言っていたと、前世の俺の記憶が囁くのだ。


 世はまさに世紀末である!

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