第92話 アンデッド軍

 その日の夜は気温も低く、風も普段より強かった。


 真夜中、エビス邸の館に突如、風鈴の音が響いた。


「――――っ!?」


 俺はベッドから跳ね起きた。


 風が強いのだから風鈴が鳴ってもおかしくは無いのだろうが、そもそも夜間は窓を全て閉め切っていた。第一、この館内に設置してある風鈴は一つだけだ。


 始霊期――神々の時代の防犯器具とされている神器“寄居虫やどかりしらせ”が発動したのだ。


「敵襲!!」


 俺が声を上げる前に、既にエドガーやシェラミーは行動していた。


「侵入者は何処だ!?」

「こっちはいないよ!」


 風鈴の音で起きた俺たちだが、賊の気配を全く感じない。


 しばらくすると……


「一階よ!!」


 フェルの警告と共に、激しい戦闘音が聞こえ始めた。


 それと同時に複数の闘気使いの反応も感知する。賊は全員一階室内か、その外側にいるらしい。どうやらソーカとフェルがいち早く会敵して戦闘中なようだ。


「ケリー! お前はステア嬢ちゃんの傍にいろ!」

「私らで片付けてくるよ!」


「分かった!」


 一階の賊が囮の可能性も考えられる。ここはエドガーとシェラミーに任せよう。


 俺は二階にあるステアの寝室に急行した。


「ステア、無事か!?」

「問題ないですの!」


 ステアにクー、エータも健在であった。


 ネスケラとホムランは工房で寝泊まりしているので、ここにはいない。ニグ爺とカカンも仕事が忙しいので、今はサンハーレに居住を移していた。


(あとは……)


 室内の壁から突如シュオウが飛び出てきたので、思わず攻撃しそうになった。


「うわわ!?」

「む、シュオウか」

「あ、あぶねー……!」


 間一髪、俺は剣を止めていた。


 どうやらシュオウは寝間着姿のまま、スキルを使ってここまで来たようだ。


「二階部分にはまだ侵入されていないようだぜ!」

「分かった。シュオウは各部屋を巡回して、サローネたちやメイドさんたちを見てやってくれ!」

「おうよ!」


 二階でやり取りをしている内に、一階の方が少し静かになった。音や気配から察するに、賊たちは襲撃を諦めたのか、全員館の外へと逃げ出したようだ。


 ソーカとシェラミーが追ったようだが、果たして……




 襲撃から数時間後、館内は安全だと判断した俺たちは、ステアが生み出した懐中電灯やLEDランタンを使い、館の外周部を確認した。


 そこで不幸な報せが入った。



「シノビが一人やられたか……」


 エビス邸は複数のシノビたちがローテーションを組んで護衛に当たっている。その内の一人が仲間に危機を伝える間もなく賊に殺されていたのだ。


「シノビ集を暗殺するとは……相当の手練れだな」

「ああ。俺も交戦したが、それなりに強かったぜ」

「二人取り逃がしちまったねぇ……」

「面目ありません」


 まさかソーカとシェラミー相手に逃げ切るとは……これは尋常な相手ではなさそうだ。


 賊は全部で八人もいたようで、うち四名を殺し、二人を捕らえ、二名に逃げられた。だが、捕らえた二人もすぐに死んでしまった。どうも口内に毒を仕掛けていたようだ。


「これは完全にプロの犯行だな」

「プロ……暗殺者か!」


 そういった存在がいるのは知っていたが、俺はあまり裏の業界には詳しくないのだ。


 そこで専門家にお越しいただいた。




「この度は主君の窮地にも駆けつけられず、誠に申し訳ない!」


 セイシュウが深々と頭を下げていた。


 クロガモを呼んだつもりだったのだが、一緒にセイシュウとイブキまで付いて来た。既にエビス邸の惨事も耳に入れていたようだ。


 セイシュウたちだけでなく、多くのシノビ集がエビス邸に集結していた。それほど今回の事件を重く見ているのだろう。


「そんな事はありませんの。こちらこそ、わたくしの為に犠牲を出してしまい、なんてお詫びすればいいのか……」

「それが我々の務め故……そのお言葉だけでも、逝った同胞も浮かばれる事でしょう」


 クロガモが頭を下げながらステアに告げた。


「反省会はそれくらいにして、建設的な話し合いをしようや。クロガモ、アンタこいつらが何者か分かるか?」


 エドガーに問われたクロガモは、骸となっている賊たちを睨みつけていた。


「…………確証はありませんが、恐らく“影”です」

「「「影!?」」」


 それを聞いた一部の者たちは驚いていたが、俺やステアなど知らない者たちは首を傾げていた。


「なあ、影ってなんだ?」

「闇組織の総称です。こいつらはその中の暗殺組織、“暗影あんえい”ではないかと」


 クロガモ曰く、影にも何種類かあるようで、その“暗影”という連中は暗殺のスペシャリスト集団なんだとか。


「その根拠は?」

「我々が不覚を取る相手など、“暗影”くらいでしょう」

「なるほど、実に分かりやすいな」


 影……暗影ね。


 俺はこんなふざけた真似をする連中の名前をしっかりゼッチューリストに刻み込んだ。








 翌日からはステアやエビス邸周辺の警備を更に厳しくした。


 普段は別邸で生活しているセイシュウとイブキにクロガモも、暫くの間はエビス邸で寝泊まりすることにしたのだ。ネスケラたちの工房にも多くのシノビを配置させた。


 更に地方に散っていたシノビ集をサンハーレ周辺に集めさせた。その分、一部の場所では情報収取が疎かになってしまうが、ステアの守りを固める為だ。致し方あるまい。


「あの連中、気配の消し方がかなり上手かったなぁ」

「フェルは寸前で気付いたようですけど、私は風鈴の音が無かったら気付けなかったと思います」


 いち早く会敵したソーカも、姿を見るまで相手の位置が分からなかったらしい。


寄居虫やどかりしらせ”は館内だけでなく、その敷地内だと判定される庭などにも効果が及ぶので、敵意のある者が侵入した瞬間に音を奏でてくれるのだ。


 そのお陰で完全な不意打ちだけは避けられたが、敵の位置までは分からない仕様だ。外で見張っていたシノビ集は、風鈴の音が鳴ったとほぼ同時に襲われてしまう位置にいたらしく、それで犠牲となってしまった。


 亡くなった者には本当に気の毒なことをした。


「うーん、科学的な防犯装置をもっと増やそうか」


 ネスケラがそう提案してきた。


「赤外線とかの警報装置か?」

「うん。あとは音とか超音波とか……静電気もあるよ!」

「色々とあるんだなぁ……」


 それだけバリエーションが豊富なら、いくら気配の断つ達人と言えども、科学技術を知らない者ならば必ずどれかに引っ掛かるだろう。


 ネスケラの案を採用し、すぐに重要施設の警報強化を行った。








「これで守りは固められたが、やはりそれでも限度はある。俺はさっさと元凶を討つべきだと考えている」


 領主館で行われている会合で、俺はそのように意見を述べた。


「この前の襲撃事件、帝国が関与していると?」

「時期的に考えて帝国だろう。次点でリューンってところじゃないか?」

「でしょうな」


 リューンは今のところ大人しい。


 明け渡した軍港の整備やトライセンへの人材・物資の搬入で今は忙しいのだろう。


 ただし、こちらが全く貿易に応じない件については、向こうも最近煩くなってきたようだ。このまま静観を決め込むようだと、さすがに何かしらの強硬手段に打って出てくるかもしれない。


 その前に、帝国のゴタゴタを解決したかった。


「しかし、そんな短期間で帝国を占領出来るのですか?」

「それは無理でしょう。せいぜい、致命的な一撃を与えて、当分黙らせるくらいが妥当ですね」


 役人の問いにロニー宰相が現実的な意見を述べた。


 なにも俺たちが帝国全土を制圧する必要など無いのだ。というか、俺たちが帝国にある程度侵攻した時点で、恐らく他の国々も動くと予測している。


 あそこの国は敵も多いのだ。周辺国がこの機に帝国の領土を奪おうと画策するのは当然であった。


「俺たちパラデイン軍は南ユルズ川沿いを中心に侵攻する!」

「運河を押さえて、交易路を確保するんですのね!」

「ああ!」


 前に俺たちが焼き討ちした、あの川である。


 ただし、運河を利用するには一つだけ問題があった。


「あの川は確か、トライセン領とも繋がっていなかったか?」

「エータの言うとおりだ。だから最初はまず、普通に陸路から西へ進軍する。その後、南ユルズ川付近まで南下して、徐々に川沿いを制圧していく」


 先に陸路で帝国領内の川辺を押さえる。トライセンの問題はその後だ。


 当面、川での行き来が出来ないのは不便だが、今はリューンを刺激したくないのだ。


「しかし、南ユルズ川は帝国にとっても南北を隔てる恐れのある重要な境界線です。前回の焼き討ち事件で相手も橋近くの守りを固めているはず。手間取るようなら、北部の帝国軍と中央の南部軍から集中砲火を受けませんか?」


 相手の国へ攻め入るのなら、わざわざ挟まれるような位置を取るのは悪手だ。


 だが、その辺もしっかりと考えている。


「問題ない。帝国領北部にも戦力を向かわせる。少数精鋭で暴れてもらうつもりだ」

「陽動作戦ですか。しかも少数精鋭……」

「ということは……」

「ああ、北には不滅の勇士団アンデッドを派遣する」



 俺の提案に様々な反対意見や修正案も出たが、大筋はその方向で動くことが決まった。


 あとは侵攻に必要な戦力と備蓄を準備するだけである。



「――と、口では言ったものの……」


 準備をするだけと言っても、やることはかなり多い。再び地獄の書類仕事が戻ってきた。


 俺だけ働いているのも悔しいので、この機会に暇そうな団員メンバーに適当な役職を与え、彼らにも働いてもらった。



 まず、軍務大臣にセイシュウを就任させた。


 現在大臣職はまだまだ空席が多く、これでは国としての体面にも関わる。


 かといって、素人の人間を軍務大臣に就任させても色々と不都合が生じる。そこで戦のプロで尚且つ元帥である俺の意見も通し易そうなセイシュウを指名したのだ。


 ステアの一声であっという間に就任が決まった。ビバ、権力!




 次に俺の指揮下にある軍団の改革を行なった。


 現在のパラデイン王国には、大きく分けて五つの軍団が存在する。



 まずはオスカー率いる第一軍団。


 兵数は王国でも最大規模で、普段はケルベロス要塞に待機している大軍団だ。



 次に第二軍団、これはグィース領付近の元領兵団を中心とした、王国西部を守護する戦闘団だ。場所もグィース領付近に建設中の砦付近に駐屯させている。


 未だ敵対しているメノーラ領や、西へと追いやった元ティスペル上級貴族の不穏分子どもを監視する役目も担っていた。連中は今のところ随分と大人しいので後回しだ。



 第三軍団、コルラン家の元私兵を中心に構成された北部の軍団である。


 これも西の第二軍団と同じで、北の敵勢力を監視している戦力だ。最近はその監視対象にリプール港に駐屯するリューン海軍も加わったので、今はこの軍団を動かせない。



 第四軍団、一番新設で旧王都ティスペル付近の治安維持を務める軍団だ。今はアミントン大隊長が軍団長代理として兵団を動かしている。規模は一番小さいが、王都近郊を治めるだけの戦力を残している。



 そして最後に俺の軍団である。


 正式にはアリステア女王直轄軍となる為、他の軍団のようにナンバリングはされていないが、最近では”アンデッド軍”と呼称され始めていた。


 実際の指揮官は俺で、他の軍団とも共闘する場合には、元帥である俺が総司令官となる。



 今回帝国へ出陣する前に、そのアンデッド軍の人事や部隊編成を見直したのだ。




 まずは軍部の作戦指令部――――通称“レヴァナント”


 レヴァナントとは、俺のうろ覚えでの知識上では確か、西欧の幽霊を意味する名だ。


 指令部の責任者は当然俺である。


 その他に作戦立案の出来る士官数名やネスケラと、そして何故かトニアまでもその末席に加わっていた。


 最近テムたちラソーナ一家もサンハーレ内で大人しくしており、以前は共に行動していたトニアもやることがなくなり、軍に志願してきたのだ。


(戦闘は苦手だって言ってたのに……よくやるなぁ)


 しかも、俺の近くでの配属を希望したらしく、大いなる力ステアの強権が働いたようで、今回の人事となってしまった。


 元帥の俺でも、女王様には勝てなかったよ……




 同じく軍部の精鋭隊“ドラウグ”


 こちらもアンデッドらしい名前を付けた。


 精鋭隊ドラウグの最高責任者はエドガーで、そのメンバーはソーカ、シェラミー一味、セイシュウ、イブキで構成されている。


 正真正銘の精鋭部隊だ。


 そこにニコラスとレアを加えるか迷ったが、二人には別のポジションを用意してあるので止めた。




 騎馬隊“デュラハン”


 主にアマノ家を中心とした騎乗できる兵士で構成された機動部隊だ。


 責任者は老兵のゴンゾウである。


 ゴンゾウはアマノ家の筆頭家臣という立場なので、彼も叙爵して貴族となっていた。今はゴンゾウ・サカモト男爵を名乗っている。馬上戦も得意な歴戦の戦士なので、彼に一任したのだ。




 不滅隊“グール”


 アンデッド軍でも最大の兵数で、主力の歩兵部隊となる。


 隊長は傭兵で指揮能力を培ってきたブレットを指名した。


 ブレットは本来傭兵だが、契約期間中は王国の幹部待遇で迎え入れていた。本人もかなり乗り気だった。将来的にはこのまま王国軍に鞍替えしようと考えているらしい。


 不滅隊グールには当然、金級傭兵団ブレイズハートの団員たちもおり、その他にアマノ家の兵士やハラキチもいる強力な歩兵隊だ。




 近衛隊“マミー”


 エータが隊長の女王を守護する近衛隊で、通常は遠征に出る事は無いのだが、形式上は俺のアンデッド軍隷下となっていた。


 墓所を守るアンデッドに因んでマミーと命名した。


 副隊長のエーディットや金盞花きんせんかのメンバーたちも、ブレイズハートの連中と同じく、契約期間中は王国の幹部や士官待遇となっていた。




 砲兵隊“ワイト”


 魔法の得意なアンデッドの名を冠するとおり、この部隊は神術士や弓士で構成されている砲撃部隊だ。


 隊長はフェルで副隊長はニコラスとなる。


 奇しくも神術を使えない両者が隊長職となってしまったが、フェルはニグ爺からの教えもあり神術にも詳しく、指揮能力も高い上に狙撃技術もずば抜けていた。隊長は彼女しかあるまい。


 また、近接戦闘に弱い砲撃部隊の護衛役として、若干名の近接戦闘部隊も帯同させている。その纏め役がニコラスだ。彼の剣“天剣白雲流”は守る事に特化した剣技である。相棒のレアも砲兵隊ワイトの配属なので、こういった人事となった。




 海兵隊“ケートス”


 サンハーレ海軍の総称で、ゾッカ提督の艦隊も俺の軍団隷下となった。


 ケートス……確か神話などに登場する海の怪物だったかと記憶しているが……アンデッドではない気がする。


 もうアンデッド縛りはネタ切れだったのだ……すまぬ。


 海兵隊ケートスにはゾッカ提督の補佐として副提督のホセ、白兵隊長のハガネに副隊長のシュオウを就任させた。


 辞令を受け取ったシュオウは心底嫌そうにしていたが、マリンスポーツの道具一式はステアが提供している為、正面切ってNOとは言えなかったのだ。




 後方支援隊“ヴァンパイア”


 名前からでは想像しにくいだろうが、ドワーフ工兵隊と治癒神術を扱える希少な衛生隊の混成部隊である。


 不死身のヴァンパイアにあやかって衛生隊に命名したのだが、同じ後方となる工兵部隊と混ぜたので少しややこしくなっている。


 隊長は、ドワーフの里の元警備隊長であるウーゴ氏を抜擢した。


 ウーゴは戦闘も出来る上に手先も器用なので、ドワーフ族の中でもトップクラスの技術力を持っていた。ちなみにホムランとも顔馴染みらしい。


 また、副隊長には衛生隊からヤスミンを指名した。以前にテムたちが連れて来たフリーの治癒神術士である。


 ヤスミンは少し前までサンハーレの教会に勤めていたのだが…………その話は後でさせてもらおう。



 主に最前線で戦う部隊はこれで以上だが、軍部以外の特殊部隊もいくつか俺の軍団に組み込まれていた。




 情報部諜報隊“レイス”


 言わずと知れたシノビ集の隠密部隊で、メンバーの中には他の隊とも兼任している者もいる。シュオウやイブキ、ハガネなどがそうだ。


 隊長はクロガモが務めている。




 技術部科学技研“スケルトン”


 こちらの所長はネスケラだ。副所長にはホムランが就いている。


 ちなみにネスケラは俺の指揮する司令部とも兼任している。戦場の危険度合と本人の気分次第で戦に帯同するかしないかを決めている。


 この幼女、巷では賢者扱いされており、かなり自由な権限を持っているのだ。




 経理部輜重隊“リッチ”


 はい、ただの駄洒落です。本当に申し訳ありません!


 アンデッドで有名な“リッチ”とお金持ちの“リッチ”を掛けたのだが、それを知らないこの世界の人たちには気に入られた。


 代表はサローネが務めている。その補佐に妹のルーシアと、何故かトニアに対抗してテムまで軍属志願してきたので、彼の方は輜重隊に加えてみたのだ。


 ちなみにテムの家族たちも全員一緒だ。


 サローネは一応軍属扱いになってはいるが、実際に戦地へ赴く事は無い。エビス商会は今では名実ともに女王陛下お抱えの大商会となっているので、その会長代理であるサローネにも何かしらの役職を与えたかった故の人事だ。


 だが、科学技研スケルトン輜重隊リッチが俺の軍団所属となった最大の理由は他にある。ステアのスキル【等価交換】や地球の技術を隠す為である。


 女王直轄軍ともなれば、外野も迂闊に手を出せない組織となるので、警備を厳重にしても不思議がられる心配もない。


 現在サンハーレとケルベロス要塞内には秘密の研究所が設けられており、ステアの力で生み出された品々や、地球の科学技術、魔力技術について、日夜研究や開発が行われているのだ。


 例の商品券やエビス商会の地球産商品も、サローネが監督する軍事施設内で量産中だ。


 サローネ本人としては、今の役職を早くイートンに引き継ぎたいらしいのだが、彼はコーデッカに出張したまま未だ戻って来られない状況だ。


 今回の帝国侵攻作戦が上手く行けば南ユルズ川も利用できるので、コーデッカとの往来もよりスムーズになり、イートンも何時でも帰還できることだろう。



 以上が俺の新たな軍団、アンデッド軍の最新情報である。




 俺は新たに編成した軍団の資料と睨めっこしながら、つい先日の出来事を思い浮かべていた。



 その日は珍しく、教会の代表であるシスターリンナから相談を受けていたのだ。


「あのぉ、ケルニクス様」

「やぁ、シスターリンナ。なにか用か?」

「実は……ヤスミンさんの事でご相談があるのです」

「ヤスミン……?」


 そういえば、数カ月前にテムが連れて来た治癒神術士がいた。やけにパンクな格好をしたシスター服の女性を今思い出したのだ。


 その彼女がヤスミンだ。


 シスターリンナ曰く、どうもそのヤスミンが軍の最前線に帯同したいと言い出したらしい。


「まぁ、本人の希望なら別に構わないけれど……教会の方はそれで平気なの?」

「はい。重傷患者のほとんどをヤスミンさん一人で治してしまったんです」

「え? そんなに凄いの、彼女?」

「はい。腕も桁違いなのですが、何より本人が寝る間も惜しんで尽力してくださるので……」


 それはかなり嬉しい報せだが、話の内容の割にリンナの表情は優れなかった。


「そのヤスミンって人は身体の方は大丈夫なの? 無茶してない?」

「本人は大丈夫だって言っておりますし、実際何日も今のスタイルを維持し続けております。疲労した際は、自分で自分を治癒しておりましたが……」

「うーん…………」


 かなりの社畜根性だが、話を聞く限りだと過労で倒れる心配も今のところはなさそうだ。


「じゃあ、シスターは何を心配しているんだ?」

「心配と言いますか……私はヤスミンさんの正体が気になるのです」

「正体……?」


 俺が首を傾げていると、シスターリンナは意を決して俺に告げた。


「彼女、恐らく聖女じゃないでしょうか?」

「聖女!?」


 それは確か、聖エアルド教国の教会に所属する、治癒神術を扱う者の中でも最高位に当たる人物だ。


(そんな人がフリーの治癒術士なんてことがあるぅ!?)


 これは後でテムたちにも事情を聞かなければならないな。


「ちなみに、ヤスミンが聖女だと思った根拠は?」

「詳細は話せませんが、教会に伝わる秘術を彼女は知り過ぎております。それにヤスミンさんの治癒力は本当に桁違いなんです!」

「ううむ、是が非でも手元に置いときたい人材だが……」


 エアルド聖教は、その独自の治癒技術が流布されることを嫌う傾向にあると聞く。多少ならお目こぼしされるそうだが、これが聖女レベルの技術となると、果たして……


 ここにきてようやくシスターリンナの懸念が理解できた。


 このままヤスミンを王国で囲う行為は、聖教国から快く思われないのではないかという不安があるのだ。


「……ま、あくまで今は予測だしね。それに、人助けをする行為は悪い事じゃない。問題になったら、その時改めて考えようじゃない」

「ふふ、さすがはケルニクス様ですね」


 俺の言葉でシスターの胸のつかえも取れたようだ。



 俺はヤスミン本人の希望通り、彼女を軍団の一員に迎え入れた。

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