第90話 不平等条約

「スズキ様! スズキ様ー!!」


 兵士が誰かを呼んでいるようだが、街の人たちは誰一人反応しなかった。


(日本に鈴木さんが何人いると思ってるんだ……)


 名字だけでは誰だか分からないんじゃない? フルネームで呼ばなきゃ!


「スズキ様! ケルニクス・スズキ様!!」

「あ、俺か」


 よくよく考えたら、ここは日本ではなく異世界である。


 呼ばれているのが自分だと気が付いた俺は足を止めて振り返った。


「スズキ子爵様。女王陛下がお呼びです。至急、領主館までお越しください!」

「あいよー! 任務ごくろうさん」


 役目を終えた兵士は敬礼すると、自分の持ち場へと戻っていった。



 そう、今の俺はケルニクス・スズキさんなのだ。


 これはなにも、前世の俺の名前を思い出したからではない。話せば長くなるのだが、色々と複雑で込み入った事情があった故なのだ。



 パラデイン王国樹立の際、功労者である平民たちにも爵位が割り振られ、子爵となった俺は家名を持つ事を強いられたので、適当に『鈴木で』と返答したのであった。



(……あれ? 一文で説明できちゃった)


 とにかく、そういった複雑な事情で俺の家名はスズキとなった。


 余談だが、ウの国のスズキさんは、どうもかなり数が少ないらしい。


(マジかよ!? あれだけいた鈴木さん、絶滅危惧種レッドリストかよ!?)


 これはいち鈴木さんとして、繁栄に貢献せねばならんな!




 下らない事を考えながら領主館に向かうと、道端でばったりと兵士におんぶされている知り合いに出くわした。


「やぁ、佐藤さん」

「おやまあ鈴木さん」


 ネスケラである。


 相変わらず人を乗り物扱いにしている幼女の今の名は、ネスケラ・サトー男爵である。こいつも俺と同じで適当に家名を口にした同類だ。地球時代の彼女の本名は知らない。聞いても教えてくれないのだ。


 ちなみにセイシュウ曰く、佐藤の苗字を関する家は、ウの国では現在誰一人いないらしい。


(佐藤さん、全滅しちゃったの!?)


 あの、未来の日本では全員佐藤になっているとまで謳われた佐藤さんが、まさか絶滅するとは……


 伝説によると、ウの国を興した先祖は迷い人……つまり俺たちと同じ転生者、或いは転移者であるらしい。その時に日本の苗字や文化も伝わったものと思われる。ただし、そこに佐藤さんはいなかったか少なかったようだ。



 俺と兵士(多分伝令に来たおっちゃん)におんぶされたネスケラが領主館に入ると、そこには長谷川さんもいた。


「おや、長谷川さん」

「これはこれは、長谷川さん」

「……まだ、その呼び方には慣れないのですが」


 オスカー・ハセガワ子爵である。


 彼も先の戦争で戦果を挙げ、平民から子爵に、大隊長から軍団長にまで昇進していた。


 そんなオスカーだが、家名を決めるのに相当悩んでいたらしく、数々の命名をしてきた俺の元へ相談しにきたのだ。


 そこで適当に日本人の苗字をいくつか教えたところ、その中から彼は長谷川を選択したのだ。



 スズキ、サトー、ハセガワの三人が普段会議の行われている大部屋に入ると、そこには既に主要メンバーが集結していた。



 まずは我らのアリステア女王陛下。


 普通は王ともなると一番後に入室するものだが、ステアの性分なのか、こういった身内同士の会合には、爵位や順番を気にせず先に座って待っていたりする。


 そのステアの護衛役としてエータ近衛隊隊長とエーディット副隊長が両脇に控えていた。


 女傭兵団“金盞花きんせんか”の団長であるエーディットは平民のままだが、近衛の副隊長という役職を与えられているので、重要な会議の場でも同席を許されていた。


 そのステアの背後には従者であるメイド長クーが控えて……いや、半分寝ているな。そのクーの隣で青筋を立てながら彼女を睨みつけているのが家令のヴァイセルだ。


 この二人、何かと相性が悪そうだ。


 他にもロニー宰相、ゾッカ提督、ホセ副提督、自治領時代から尽力してくれた役人たちも集まっていた。



「これで大体揃ったか?」

「いえ、まだお声を掛けた方が……あ! 来ましたの!」


 駆けこむようにしてやってきたのは、エドガーとセイシュウである。


「わりぃ! ちょっと話し込んでて遅くなっちまった!」

「申し訳ありません、女王陛下」


 セイシュウは当然として意外にエドガーもキッチリ時間を守るタイプである。遅刻寸前とは珍しい。


「構いませんの。急に呼び出したのはわたくしなので、気にしないでいいですの」


 遅れた二人も着席した。


「どうやらこれで全員揃ったようですな。それでは会議を始めたいと思います」


 ヴァイセルの宣言で、急に招集された謎の会合が開始された。


 こういった話し合いだと、大抵はヴァイセル政務官かロニー宰相のどちらかが司会進行役を務めるのだ。


「急なお呼び出し申し訳ございません。さっそく、皆さんを呼んだ理由をご説明いたしましょう」


 それは意想外な話であった。


 なんと、今この街にリューン王国からの使者が来ているそうだ。



 リューン王国


 オラシス大陸の最南東部に位置する半島の奥にある軍事国家だ。


 リューン王国自体の領土はそれほど広大なわけではないが、その西隣に位置するジオランド農業国は実質的にリューンの属国扱いとなっており、その領地も含めるとゴルドア帝国以上の面積となる。


 また、軍事国家と謳われるだけあり、陸・海・空軍の戦力もかなり充実しており、中でも制空権を支配する飛竜騎士団は世界レベルでも有名な戦闘集団だ。


 そのリューン王国の使者が昼前、サンハーレに来訪したらしい。



「その使者からリューン王国国王の書簡を預かっておりますの。その手紙の返事を書くまで、使者の方も迎賓館で待っておりますの」

「なるほど。その使者への返答に関して相談があるという訳ですか」


 急に呼び出された面々が納得いった表情を浮かべた。


「で? その書簡とやらには、一体なんて書かれていたんだ?」

「それは…………」


 ステアは表情を曇らせながらもヴァイセルに目配せをし、促された彼はA4用紙を出席者全員に配布した。


 行政の効率を上げる為、サンハーレの領主館にはパソコンやプリンターが備わっているのである。パソコンの言語設定もネスケラや役人たちが協力して、この大陸の言語仕様となっており、徐々にパソコンに慣れてきている者も増えていた。



 俺はその役人たちが用意した資料に目を通した。


 どうやら例の書簡とやらの内容をコピーした文章らしいのだが……


(うーん、回りくどい文面でよく分からんが、これは……)


 パラデイン王国内にリューンの軍港や駐屯地を設けるだの、関税自主権を取り上げるだの……到底受け入れがたい要求が記載されているということだけは、俺の小さな脳みそでもなんとなく理解できた。


「こ、これを飲めと言うのか!?」

「リューンめ……! 完全に我々を舐めているな!」

「女王陛下! こんな要求、突っぱねていただきたい!!」


 ことさら古株の官僚たちやオスカーを始めとした軍人たちが激怒していたが、ロニー宰相は何やら難しい顔のまま文章を眺めていた。


 声を荒げ始めた官僚たちを見て、ステアが宥めた。


「落ち着いてくださいな。リューンからの要求、わたくしは端から断るつもりですの」

「そ、そうでしたか……。つまりこの度の会合は、どういう風に要求を断るか、という話し合いの場であると?」


 少しだけ冷静さを取り戻せたオスカーが尋ねるとステアは頷いた。


「はいですの。向こうの要求を拒否する前提で、返答内容や今後について相談したいですの」

「かしこまりました、女王陛下」


 ふむ、話は分かったが……これ、相談し合う程の案件なのか?


「『馬鹿め!』と送り返すんじゃ駄目なの?」

「元帥殿……この状況下でリューン王国とも真正面からやり合うおつもりですか?」


 ヴァイセルに駄目出しされてしまった。


「じゃあ、『しばらく考えさせて』って時間を稼ぐとか?」

「使者まで遣わせた相手に対して無回答に等しい返答は、それだけで批難されるべき行いですし、逆に付け入れられかねませんぞ」


 外交上はアウトらしい。


 それにハッキリしない返答をすると、相手の良いように解釈されることもあるそうだ。


 今回の例だと、「おたく、この前『前向きに考える』って言ってましたよね?」とかイチャモン付けて、要求を受け入れたと見做して相手側はすぐに行動へ移るのだとか……こわっ!?


「じゃあ、じゃあ、リューンにも同じ要求を叩きつけるとか……」

「冗談は止してください! 即開戦になりますぞ!?」


 ……執事長、嫌い!


(じゃあ、どうしろって言うねん!?)


「……一部だけ、受け入れるのは駄目でしょうか?」


 ロニー宰相が苦しげな表情でそう告げると、すぐにセイシュウが異議を申し立てた。


「このふざけた要求を、一部とはいえ受け入れるおつもりなんですか!?」

「私とて……こんな屈辱的な要求、決して容認したくはない! しかし、今の情勢下でリューンまでも相手に出来るほどの余力、我が国にはありませんよ!」

「そ、それは……」


 ロニーの言葉にセイシュウだけでなく、他の者たちも口を閉ざした。


「……なあ、リューンってそんなにヤバい相手なのか?」


 俺としては相手が無茶な要求を突きつけるようなら全面戦争も辞さない考えなのだが……


「むぅ、そうですね……」


 ロニーはチラリと俺の方を見て言い淀むも、リューン王国について説明してくれた。


「単純な兵数だけで申し上げるのなら、全盛期のティスペル王国の凡そ10倍規模でしょうね。更に、属国であるジオランドの兵力まで動員されるとなると……どの程度の戦力差になるか、正直想像もできません」

「じゅ、10倍以上かぁ……」


 予想以上に兵力差があって驚いた。


 しかも現在のパラデイン王国は、早期終結したとはいえ内戦で兵を潰し合ったばかりなのだ。その上、周辺三ヵ国の脅威は依然残ったままである。単純な兵数で計算すると、全盛期のティスペル軍よりかなり見劣りしていた。


「数々の不利な戦場を勝利してきた元帥殿を前に口にするのもなんですが、さすがに真正面からでは勝ち目がありません」

「せめて周辺国の情勢さえ片付けば、少しは対抗できるかもしれませんが……」


 ロニーに続いてオスカーも、今はまだリューン王国と事を構えたくない考えらしい。


 だが、それはそれとして、腹立たしい要求なのは間違いない。



 散々議論を交わした結果、ステアはこの屈辱的要求の一部だけを受け入れる方針へと切り替えた。


 詳しい内容としては、こちらが指定した港を軍港として貸し出し、駐屯地もこちらが用意した物を利用してもらうつもりだ。


 それと関税については別途相談した上で、リューン王国の希望になるべく沿う形を目指すことにした。


 これ以上はさすがに譲歩できない。


「ぐぬぬぬぬ! リューン王国、今すぐゼッチューしてやりたい……!」

「抑えて! 抑えて!」

「ケリー、ここは“待て”ですの!」

「俺は狂犬か!?」


 いくら腸が煮えくり返ろうとも、今回は折れるしかない。パラデイン王国は国としてはまだまだ弱小で、大国相手に堂々と喧嘩を売るほどの力が無いのだ。


 弱肉強食……それは分かっているのだが、この場に居る全員が闘志を燃やしていた。


「今回の要求以上は、今後一切受け付けませんの! それと当然、わたくしもこのまま大人しくするつもりはありませんの!」

「……と、申しますと?」

「イデール、帝国、グゥ、この三ヵ国との因縁にさっさとケリをつけますの! そうすれば、心置きなくリューン王国ともやり合えますの!」

「「「――――っ!?」」」


 ステアもだいぶ好戦的になったものだ。


 今は大人しくリューンに従っておくが、いずれ牙を向く事をステアは皆の前で宣言したのだ。女王の力強い言葉に、俺を筆頭とした反対派は少しだけ溜飲が下がった気分だ。



 結局、リューンからの使者には一部だけ要求を受け入れる旨を記した書簡を手渡した。








 リューン王国、王都フレイム城



「……ふむ、さすがに全面的には受け入れなかったか」

「はい、陛下。しかし我々に臆したのか、軍の駐屯はすんなり受け入れたようです」


 余の呟きに、使者に遣わした文官が答えた。


「その駐屯場所だが……軍港はリプール、陸軍の駐屯地は……何!? トライセン砦……だと!?」

「は、はい。あの女王を名乗る小娘、生意気にも場所を指定してきております」


 それも予測の範疇だ。


 仮に逆の立場なら、余の領地に異国の軍事基地を設けるなど決して容認できぬし、どうしてもと迫られれば、せめて場所くらいは選択するだろう。


 しかし、まさかトライセンとは…………


「トライセンはイデール独立国との国境線沿いにある領地だったな。確かにあそこなら大きな砦もあるし、駐屯基地にはもってこいだが……サンハーレからもかなり距離が近いぞ?」

「大方、イデールからの侵攻を恐れての選択なのでしょうが……こちらとしては両国に睨みを利かせられる上に、何時でも侵攻できる位置なので、むしろ願ったりの場所ですな」


 横で話を聞いていた宰相が笑みを浮かべていた。



 イデール独立国は属国ジオランドを挟んで隣接している土地なので、リューン王国も隙あらば狙っている領地の一つだ。


 ただし、イデールはゴルドア帝国とも近いし為、今までは迂闊に手が出せなかったのだ。



「しかし、トライセンの砦まではどうやって物資を運ぶのだ? 国境沿いには川があるそうだが、小船だけでは兵や物資の移動にも骨が折れるぞ」


 リューンの軍港から一気に船で運搬したいが、あそこの川は大型船では通行が難しかった筈だ。


「それに関してはご心配なく。サンハーレの港を使って良いとの言質を頂いております!」

「なんだと!?」


 得意げに説明する使者に、余は今度こそ耳を疑った。


「仮にも王都に定めた街の港に、他国の軍船を入港させるというのか!?」

「はい、女盟主自らがそう明言しておりました」

「信じられん……」


 報告書に目を通すと、さすがに街の出入りなどの制限は設けられているようだが、自分の城近くに異国の軍隊を通行させるなど、これも余からしたら到底理解できない選択であった。


(これは……何かの罠か?)


 もしそうだとしても、それはそれで戦争を仕掛ける口実にできるかもしれない。


 或いは……女王やその周辺にいる者たちは、政治をろくに知らない馬鹿の集まりなのだろうか?


 噂によると、女王の右腕と称される男は奴隷上がりの傭兵らしい。今ではその男は元帥を名乗っているそうだが……元奴隷をそこまで重用するなど前代未聞であった。


 他にも軍幹部に傭兵団や冒険者を起用しているらしく、まともな人材と言えば元王国宰相くらいだと聞いていた。


 先の内戦でパラデインは政治が出来る人材が不足していた。その結果がこれなのだろうか?



「……まぁよい。それで、軍港に指定されたリプールとは何処だったか?」

「は! リプールはパラデインの最も北に位置する港でございます、陛下」

「北……コスカスの辺りか」

「その通りでございます」


 これは納得の選択だ。


 王都サンハーレから最も遠く、それでいて北の侵略者グゥの国からも近い港。余も同じ選択をするだろうな。


 それだけに、サンハーレの港を駐屯基地への運搬に利用しても良いという話には首を傾げるばかりであった。



「……で、最後に関税についてだが、これは後日詳細を詰めるという話だったな?」

「左様でございます。ティスペル王国は元々、良質な材木や鉄の採れる領地がございます。バネツェ王国のがめつい商人どもに買い叩かれ、ティスペルの連中はそれに気付いていなかったようですが……」

「クク……そうだな。連中はどうやら、戦争続きで食糧が不足しているらしい。逆にそちらを高く売りつけてやるとするか」


 リューン王国は現在、新型魔導船の増産に向けて、特に海水に強い木材を大量に欲していた。


 我が国は残念ながら、林業があまり盛んではない。というか、森自体が少ないのでどうしようもないのだ。


 それに鉄を始めとした鉱石類の採掘量にも不安が出始めた。


 自国の目ぼしい場所は既に開拓済みで、鉱山からの採掘量も先細りする一方だ。その上、食糧は属国であるジオランドにも頼っている為、国内の自給率は緩やかに低下し続けていた。


 そこで降って湧いたのが、パラデインという弱小国家の誕生である。


 あそこはまだ周辺国のほとんどが国として認知していない為、ハッキリ言って早い者勝ちで領地を切り取れる状態なのだ。資源不足の我が国としては是非とも占領したい。


 しかし、いくら未承認の国とはいえ、占領する前には大義名分が必要だ。


 まずは手始めに使者を送って無茶な要求を突きつける。それを拒めば強引に開戦の理由にこぎつけ、逆に受け入れるのならば、内からパラデイン領土を掠め取っていく算段だ。


「よし! ただちにもう一度使者を送れ! 早期にこちらに有利な関税を設けさせ、食糧と引き換えに資源を奪いつくすのだ!!」

「はっ!」








 リューン王国の行動は迅速で、一週間後にはもう次の使者が来訪してきた。


 後日決める予定だった二国間貿易の関税を取り決める為である。


 二国間と言ったが、正確にはリューン王国はパラデインをまだ国とは認めていなかった。先方はあくまでパラデイン自治領との交易という形で交渉を行なっているに過ぎない。



「……これで問題ないですな?」

「ええ、問題ないですの」


 リューン王国との交渉も無事に終え、ステアは笑顔で使者と握手を交わしていたが、その目だけは笑っていなかった。


 一方、使者の方はニヤケ面が抑えきれない様子で、終始こちらを小馬鹿にしたような態度であった。それを遠巻きに見ていた役人たちが悔しそうに睨みつけていた。


「それでは、近々リューンの軍船も来ますので、トライセン砦の明け渡し準備をお願いしますぞ」

「……ええ、ピッカピカにしておきますの」


 既にドワーフ工兵隊の皆様がリフォームしてくださっている。


 イデールとの侵攻で破壊されていた箇所も綺麗に修復済みだ。


 そして、至る所に隠しカメラや盗聴器を設置していた。


 これで防犯対策もバッチリ! 二十四時間、俺たちが監視してますよ!


(馬鹿め! せいぜい情報筒抜けの砦でほくそ笑んでいるといいさ!)


 この世界の者が小型カメラの存在に気付けるとは思えないし、万が一発見されても、それがなんなのか理解できまい。


 盗聴器などを仕掛けるなら他の砦でも良かったのだが、通信距離の関係上、近場でないとリアルタイムでの監視が難しいらしい。


 これがトライセンを選んだ理由である。


 それに、サンハーレ近郊には多くのシノビ集が潜んでいるので、人力による情報収集は勿論の事、逆に港に停泊している軍船に忍び込んで悪さもし放題なのだ。


 特にシュオウの【壁抜け】スキルは強力だ。


 海から船内に侵入し、船内動力部を傷つけて船の寿命を縮めるだとか、こっそり機密書類などを盗み見る事も可能なのだ。


 王都近くに敵国の軍隊が通行し駐留するのだけは気になるが、駐屯基地レベルの戦力なら不滅の勇士団アンデッドのメンバーだけで何時でも制圧可能だ。むしろ目の届く範囲で活動してくれる方が逆にありがたい。



「しかし、だいぶ無茶な関税をふっかけられましたね。木材や鉱石など、これでは持っていかれ放題ではないですか! それに食料の輸入に掛かる関税もかなり高い」


 リューンからの無茶な要求を一部受け入れるのに賛成であったロニー宰相も、さすがに今回の不平等条約には不満を漏らしていた。


 だがネスケラに入れ知恵されたステアは終始笑顔のまま全ての条件を飲んでいた。


 ロニーの愚痴にネスケラが答えた。


「だって、いくら向こうの関税を引き下げられようが、こっちが輸出しなければ意味ないじゃん! 食料だって一切輸入しないよ!」

「え!?」


 ネスケラの言葉にロニーは首を傾げた。


「サンハーレは今まで、100%の自給自足でやってこれたんだよ。貿易って……する意味あるのかな?」

「え? あー、なるほど……?」


 ロニーは半信半疑でネスケラの言葉に頷いた。彼はまだサンハーレに来たばかりで、ステアのスキルについては知らないのだ。



 ステアのスキルは今後最高機密扱いとなる為、折を見て信用できる者にだけ話そうと思っている。近い将来、ロニー宰相にも打ち明けるつもりだ。


 他国から見れば、今のパラデイン王国は周囲を敵国に囲まれている。その上、唯一敵性国家にまで至っていないジーロ王国や海の向こうにあるバネツェ王国からは完全に見放されていた。


 つまり、外国への交易路は完全に断たれてしまっている状態なのだ。


 そんな背景がある為、以前のティスペルの内情を知る者ほど、パラデイン王国が苦しい状況に立たされていると勘違いしがちなのである。


 だが、ステアのスキル【等価交換】は物資補充の点で言えば無敵に近い性能に進化していた。人目を憚らなければ、たった一人の力で国の物資を支える事も可能なのだ。


 故に、いくら相手が自分たちに有利な関税を設けようとも、貿易自体を全く必要としないパラデイン王国に対しては無意味な条約だったのだ。


 これでは絵に描いた餅である。



「これは酷い。でも……スカッとするな!」

「木材や鉄はこっちだって欲しいしね! あげないよーだ!」


 ネスケラが使者の去った方向に舌を出していた。



 リューン王国への対応は水面下で着々と進められていた。

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