第87話 王都侵攻作戦

 大陸歴1526年11月下旬


 もうすぐ12月に入ろうとしていたこの日は寒く、王都では珍しく雪がちらついていた。ティスペルは大陸でもやや南よりの温暖な地域なので、この季節に雪が降るのは十数年ぶりだそうだ。


 もしかしたら天もティスペル王朝の終わりを嘆いているのかもしれない。




「なあ、これ一体どうなってるんだ?」

「さぁ……許可なく外を出歩くなって言われたけど……」


 王都ティスペルでは国民たちに外出禁止令が出されていた。余程の事情が無い限り、家の外に出た者は兵士に連行されるという噂であった。


「なんか三日前から大きな声が聞こえてくるけど……」

「しっ! それについて詮索するなって言われただろうが!」


 外出禁止令が出されたのが三日前、それとほぼ同時期に外からサンハーレの領主を名乗る女の声が城下町まで響いてくるのだ。どうもその女の声は防壁の外側から発せられているようだ。魔道具でも使用しているのか、馬鹿デカい声なので、否応でも王都民の耳にも入ってしまう。


 それは王政府に敵対している勢力からの声明らしく、その女の声に惑わされないようにと、街を巡回している兵士たちには再三注意を促されていた。


「ハァ……。もしかして、また籠城すんのか?」

「帝国軍の次はサンハーレかよぉ。今度も王政府軍は勝てるのか?」


 一カ月以上前まで籠城戦を強いられていた王都の民たちは、ある程度の耐性がついていた。二週間前には十分な食糧も支給されているので、もしもの場合に備えて備蓄していた者も多く、多少の期間であれば飢えも凌げるだろう。


 しかし、今後も戦闘が激化するようだと、成人した男たちは再び戦場に駆り出される羽目になるかもしれない。そう思うと憂鬱で仕方なかった。



『わたくしはサンハーレ自治領の領主、アリステアですの! 王都にいる王家、貴族、民たち全員に告げますの! 本日の正午までに全兵士は武装解除し、防壁の門を開城するですの! さもなくば、実力行使に出ますの!』


 三日前から同じような主張を繰り返していたが、戦闘行為は一切行われていないのか平穏過ぎて、それが却って不気味でもあった。


 帝国軍が攻めてきた時は、それこそ昼夜問わず爆発音や怒声が響いていたのだ。


 領主アリステアなる人物は三日前から再三投降を呼びかけており、本日12時がそのタイムリミットとなっていた。


 彼女の呼びかけに対する王都の民たちの反応は様々であった。


「ま、どうせまた諦めて帰っていくだけさ」

「随分若そうな領主だなぁ。それに優しそうな声だ……」

「こんな人が王になってくれれば良いのに……」

「けっ! サンハーレの田舎領主風情が、何を偉そうに……!」

「来るなら来やがれ! この“ですの女”が!!」


 戦争に嫌気が差し、もう何でもいいから終わってくれと願う者と、どうせ何も変わらないと諦めている者、王都民の誇りに持ち抗う意思をみせる者など様々であった。



 運命の時刻まで、残り僅か……








 本日五度目となる呼びかけにも先方は無反応のままであった。


「……ふぅ、結局駄目でしたの」

「おつかれ、ステア」


 俺は熱々のココアをステアに差し出した。


「ありがとうですの! あつっ!?」


 ステアは涙目になりながらも、熱々のココアを美味しそうに飲んでいた。


「軍団長……このままですと兵士たちの士気が問題です。稀に見る天候の悪化に加え、王都からは全くの無反応……やることの無い兵士たちが寒さで動きを鈍らせてしまっております」


 オスカー大隊長の指摘通り、周囲の兵士たちは俯いたままじっと寒さに耐え忍んでいた。


「むっ! それは不味いな……ステア!」

「ズズ……ですの?」


 俺はステアにカップラーメンを用意してもらい、それを兵士全員に振る舞った。



「うお!? なんだ、このスープは……!」

「うまっ! あちっ!」

「こりゃあ温まる!」


 昔、日本で起こったとある山荘の立てこもり事件もこんな寒い季節であった。そんな中、周囲に待機していた機動隊員たちに振る舞われたのが某カップラーメンである。それがテレビに映り、大ヒット商品になったとも言われていた。


 それを思い出した俺がカップラーメンを提供するようステアにお願いしてみたら、思いのほか兵士たちの士気が高まった。この世界では前世以上に、美味しい食べ物は人を魅了する力があるのだろう。


 娯楽や食事の種類も少ないので、それも当然なのかもしれない。



「そろそろ定刻ですね」


 オスカー大隊長の副官として帯同していたアミントン中隊長が声を掛けた。


「よし! これから王都を制圧する! 第一目標は王城で、次に反抗する王政府軍とその関連施設を占拠! 武器を持たない一般市民への攻撃は禁止だ! 大人しく投降する者にも危害を加えるなよ!」

「「「おおっ!!」」」


 兵士たちに注意事項を通達し終えた俺は、仲間の団員たちの元へと合流した。


「俺たち”不滅の勇士団アンデッド”は三つの班に分かれる。A班がステアたち三人と俺。B班がエドガーとシェラミー一味、それとハラキチ、C班がフェル、ソーカ、シュオウ、クロガモ……以上だ!」

「おうよ!」

「任せて!」


 それぞれ班のリーダーであるエドガーとフェルが頷いた。


 今回は傭兵団アンデッドを連れて来たが、同じ所属メンバーでもニグ爺とカカン、それとアマノ兄妹はサンハーレのお留守番であった。


 万が一を考えて、信用できるメンバーをサンハーレに置いておきたかったのだ。


 代わりにアマノ家からはクロガモとハラキチを借りていた。


「ブレットたち“ブレイズハート”はオスカー大隊を援護してくれ。エース級の闘気使いや神術士の排除を優先してお願いしたい」

「任せてもらおう!」


 前回活躍の機会が無かったブレットたちは燃えていた。金級上位の傭兵団、ブレイズハートは約50人ほどの規模を誇る傭兵団である。


 さすがに千人規模の尖晶石スピネルよりかは遥かに劣るが、通常の傭兵団の中では十分大きい部類に入る。同じ金級でも女性のみで構成されている“金盞花”はたったの16名なのだ。彼女らも今回は留守番組である。


“ブレイズハート“はどの団員の質も高く、古株メンバーは元冒険者という一面も持っているので、森の戦闘にも長けているそうだ。しかも驚いたことに、貴重な治癒神術士もメンバー内にいるらしく、攻守共にバランスの良い傭兵団であった。



「時間です」


 アミントンの声を聞いたステアは頷いた。


『これより王都を制圧するですの! 武装している者は全員攻撃対象になりますの!』


 ステアの最終通告に、防壁上で見張りを行なっていた敵兵たちがざわつき始めた。


『では……進軍ですの!!』

「「「うおおおおおおおおっ!!」」」


 ステアの合図と共に、兵士たちが一斉に雄叫びを上げながら正門に向かって突撃を開始した。


 さすがに今回は静観していられなかったのか、防壁上から敵兵の矢や神術弾が放たれてきた。しかし、そんな攻撃で怯むほど俺たちサンハーレ軍は柔ではない。


「闘気使いは正門に向かって突撃ぃ! 砲撃隊は防壁上の敵を黙らせろぉ!!」


 普段は物静かなオスカーの怒鳴り声が響き渡る。彼も最終局面を迎えて普段以上に気合が入っているのだろう。


「やらせるか! サンハーレ兵め!」

「王都の守りを舐めるなよ!!」


 あちらも帝国軍との長い籠城戦に耐え抜いた兵士なだけあって、そこらの雑兵とはレベルが違った。ただ残念、今回は相手が悪かったな。


「ぐぅ……っ!!」

「腕がぁ!?」



 フェルは厄介な神術士たちを弓で次々と狙撃していた。腕を狙う辺りが彼女の優しさだろう。



 今回不滅の勇士団アンデッドのメンバーだけには、ちょっとした課題を与えていた。なるべく兵士たちを死なせず無力化するように伝えておいたのだ。


 何故なら彼らはただの兵士であり、王や上官の命令に従って戦っているに過ぎないのだ。まぁ、それでも彼らに全く責任が無いとは言わない。それが仕事であり、報酬も受け取っているのだから、戦で死んでも文句は言えまい?


 だが、ステアがこの国を征服した暁には、今後彼らはこちらの兵士ともなるのだ。


 国盗りは大事だが、そこが俺たちのゴールではない。このあと帝国軍やイデール軍、グゥの国との再戦だってあり得るのだ。内戦で兵を消耗し過ぎてしまっては、最終的に苦しくなるのは俺たちである。


 ならば、今回の苦労にも意味があるのだろう。


(コルラン宰相もそれを懸念していたようだしな)


 コルラン家の軍勢は現在、東からゆっくり西の王都へ進軍中だそうだ。彼らも無用な被害を避ける方針なのか、極力戦闘行為を行わず、他の領地へ投降を呼びかけているらしい。


 先の侵攻作戦が失敗に終わったという情報は南部や東部から徐々に広まりつつある。王都には戒厳令が敷かれているようだが、今回の戦で王政府軍が敗北すれば、王都の民にもおのずと状況が理解できるだろう。


 今、国内で一番力を持っているのは、俺たちサンハーレ軍だという事実に……



「行くぜぇ、雑草禿げぇ!!」

「足引っ張るなよぉ、つるっぱげぇ!!」


 力自慢のツートップ、エドガーとハラキチが正門前に到達すると、そのまま闘気を籠めて扉に体当たりをかました。


 扉は……ビクともしなかった。


「いてぇええ!?」

「かってぇえ!?」

「何やってんだい、アンタたち……」


 転げ回っている二人をシェラミーは呆れながら見ていた。


「マジかぁ……あの門、かなり頑丈だな……」

「ですの」


 俺はステアの傍で後方待機だったので無様な姿を晒さずに助かった。もし俺も最前線にいたら、エドガーたちと一緒に体当たりを敢行していただろう。


 どうやらあの門、以前ぶち壊したアーヴェンの街のそれとは強度が違うようだ。


「馬鹿め! サンハーレの脳筋どもが!!」

「その門は最上級魔法の衝撃にも耐えられる強度なんだぞ!」

「誰にも破壊などできぬわ! …………え?」


 その誰にも破壊できない門とやらが、音を立てながらゆっくり開かれようとしていた。


「だ、誰だ!? 許可なく門を開けようとしている奴は!」

「侵入者だ! 何時の間に開閉室に侵入されているぞ!!」


 門には当然開ける為の装置がある。その辺りの情報は既にシノビたちが調査済みであった。


 恐らく先程から姿が見えないソーカとシュオウ、それにクロガモが真っ先に城壁を登って侵入したのだろう。


 城壁はかなりの高さだが、ソーカとクロガモは物理的に、シュオウはスキルで容易く突破可能であった。


 シュオウはともかく、あの二人も付いているのだ。もうあの門はこのまま開くと見て間違いあるまい。


 オスカーも俺と同じ判断を下したようだ。


「全軍、突撃ぃ!! これより市街戦へと移行する!!」

「「「うぉおおおおおお!!」」」


「ま、まずい!? 突破されるぞ!?」

「増援を呼べ! 奴らを王城に近づけさせるな!!」


 長い間、帝国軍からの攻撃を守り続けていた門は、戦闘開始からわずか10分足らずで開かれた。


「よし、俺たちも動くぞ!」


 俺の言葉にステアたちが頷いた。


「エスコート、よろしくですの!」

「お? おう……任せろぃ!」


 エスコート……エスコートって何すればいいの? 襲ってくる兵士たちを殴り飛ばせばいいのかしら。


 きっとパワーが全てを解決してくれる。ただし、開門以外に限る。


 俺はエドガーやハラキチと同じ轍は踏まないぞ!




 味方の兵士たちがあちこちで戦闘を繰り広げている最中、俺はステアとエータ、クーらと共に王都のメイン通りをゆっくり進んでいた。


 今回班を三つに分けたのは、それぞれ役割があったからだ。


 まずA班の俺たち一行はステアを守護しながら王城を目指す。駆けて突撃するのではなく、堂々と優雅に、王都民たちにステアの存在を見せつけながら、ゆっくり王城へと歩き続けるのだ。


 B班のエドガーたちは周囲の邪魔者を撃退する役目だ。闘気使いや神術士の接近を感知し次第、現場に急行してもらっている。


 C班のフェルたちは先行部隊である。俺たちより前に出て偵察をしてもらい、予め脅威となりうる敵の排除を行なっている。



「お、おい! あれ……!」

「まさか、あれがアリステアという領主様か!?」


 建物の窓から王都の民たちがこちらの方へ視線を向けていた。


 この三日間、ステアは街の外から投降を呼び続けていたのだ。姿こそ見せるのは初めてであったが、王都民のほとんどがステアの存在を認知していた。


 俺たち一行を盗み見ていた者の中には、元王女であるステアの風格を感じ取った者もいたようで、彼女こそが今回攻めてきたサンハーレの領主である事をすぐに見抜いていた。


「あんな小娘が……!」

「まだ子供じゃないか!?」

「けど見ろよ! あの随分と余裕そうな態度……!」

「ああ……あれは只者じゃねえ!」


 今のステアの年齢は16才、俺は19才となっていた。


 この国基準でも、まだ成人して間もない少女が、戦場と化している街中を堂々と笑みを浮かべたまま歩いているのだ。元々王族であるステアの容姿や振る舞いは、市井の人々とのそれとは一線を画し、王都民たちの心を惹きつけていた。


「なんて余裕の表情なのかしら……」

「お付きの女騎士も美しい……!」

「でも、男の方は目付き悪そうだぞ。それに馬鹿っぽい」


(うるせえ! エスコートすんぞ!?)


 俺は拳を掌に打ち当てながら周囲にガンを飛ばした。


「ケリー、そんなだとステア様の心証が悪くなる。もっと普通にして」

「な!? まさかクーにそんな常識的なことを言われるとは……」


 しかし、ここはステアの為にも仕方なく、俺は無理やり笑顔を浮かべた。


 ニチャァ……


「ひぃ!? ママぁ、怖いよぉ!」

「しっ! 見ちゃいけません!!」


 何故か全力でカーテンを閉められた。


「ふっ」


 それを見たクーガほくそ笑んだのを俺は見逃さなかった。


「あー! お前、今鼻で笑ったなぁ!?」

「ケリー。怒らずに笑う。ほらピース、ピース」

「ええい! 二人とも、ステア様の晴れ舞台なのだぞ!? ふざけるんじゃない!」

「「……げせぬ」」


 二人揃ってエータに怒られた。




 そんな感じで中央通りを歩いていると、王都の中にある城壁の前までやって来た。


 ここから先は本来、許可された者だけが通れる城下町エリアになるようだが、衛兵たちが倒れており、城壁の門も既に開かれていた。


 ……いや、一人だけ立っている者がいた。


「ステア様。この先の王城内に、王族や一部の上級貴族たちが立て籠もっております」

「ご報告ありがとうですわ、クロガモ」


 ここの城には秘密の抜け道といった代物は用意されていないらしく、王や貴族たちは城内に控えていた親衛隊や騎士たちと共に、最後の悪あがきを試みているそうだ。


 もうここまで来たらどうしようもないと思うのだが……あちらも自分らの命が懸かっているので必死なのだろう。


「クロガモ、王族や貴族たちは殺さないよう注意してくれ。親衛隊も可能なら生かしておいて欲しい。ただし、手強かったり抵抗したりするようなら無理しなくてもいいぞ」

「はっ! お任せを!」


 伝達を終えたクロガモは再びフェルたちと合流しに戻っていった。


「さぁ、いよいよ大詰めだ! ステアにこの王城をプレゼントしなきゃだな!」

「うーん。中古の城は、ちょっと……」


 どうやらステア的にはここの王城はお気に召さなかったようだ。ティスペル城はやや趣があり過ぎるようで、歴史を知らない俺たちからしたら古臭く思えるのだ。


 新品の城……通販で買えないかなぁ。

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