第86話 大地の怒り
要塞に籠って待つこと三時間、真上の位置にあった太陽は既に傾き始めていた。
日差しも弱まわりつつある時間を迎えると、王政府軍の数が何倍にも膨れ上がっていた。どうやらルーマン伯爵が近隣にいた軍団に呼びかけ、かなりの人数を揃えたらしい。
王政府軍はステアのいるケルベロス要塞を本格的に攻略する構えのようだ。
「これは……五個大隊相当は集まっているぞ……!」
想定以上の軍勢にエータが息をのむ。
「凡そ二千の敵兵団か……!」
ちょっとステアの煽りが効き過ぎた。
いくら雑兵のみとは言え、これを俺一人で相手するのは些かハードである。
さっきまでとは一転して、ニヤケ面を晒しているルーマン伯爵が前に出てきた。
「これで貴様らも終わりだなー! その要塞に碌な兵がいないことは、既にお見通しだぞぉ!!」
ルーマン伯爵が大声を出すと、ステアは少し困った表情を浮かべていた。
「バレてしまいましたの。どうしてでしょう?」
「多分、敵神術士の仕業。私と同じ感知の神術使いがいる」
そういえばクーも神術を使って一定範囲の索敵が行えるんだったか。相手にもそれを行なえる神術士がいたようだ。これはうっかり。
でも、ノープロブレムだ!
『これが最後の警告ですの! ブタさん以外は生かしてあげますから、大人しく投降するか王都に引き返すですの!』
「戯けがー! もうそんな忠告なんか聞くものかー!!」
拡声器を使ったステアの呼びかけも徒労に終わってしまった。
『……仕方ありませんの。では、大地の怒りを思い知るといいですの!』
ステアがそう宣言すると、要塞の正門が開かれ始めた。
「なに!? 何故自ら門を開けるのか!」
「まさか、あちらにも対抗できるだけの戦力が……!?」
敵兵たちが慄きながら開きつつある門に注目していると、そこに現れたのは一人の少年であった。
「……は? あのガキ……一人だけ?」
「奴隷兵、か?」
「ホントだ。首輪を付けていやがる」
我らが“豊穣の聖者”、夏目五郎君のお出ましである。今回三人目の戦闘要員として彼にも参戦してもらったのだ。
先の伯爵による作戦で、サンハーレ勢力下にある農地も少なからず襲われ、収穫間近であった作物も盗まれてしまった。
五郎が丹精込めて育てた収穫物も強奪され、彼は珍しく怒っていたのだ。
俺は城壁上から飛び降りると、五郎に近寄った。
「五郎、準備はいいな?」
「……はい! お願いします!」
五郎が頷くのを確認してから、俺は彼の腕に付けている腕輪を取り外した。
これはニグ爺特製の魔力封じの腕輪であり、五郎の魔力を大幅に抑え込んでいたものだ。
本来は神術士を拘束する為の腕輪なのだが、副次的効果で隷属の首輪による誓約や呪いの効果も薄まる為、五郎の首輪に刻まれていると思われる“サンハーレ兵を倒せ!”という命令もある程度抑え込めていたのだ。
それが今解放され、五郎を縛るものは何もなくなった。
さて、五郎の首輪に掛けられていた誓約だが、その正確な内容を本人や俺たちも一切知らない。だが、一緒に暮らしていて幾つか判明した事実もある。
その内の一つが、イデールに派遣された勇者――夏目五郎の標的だ。彼の敵はなにもサンハーレ兵だけではなかったのだ。
「うああああああああああっ!!」
五郎は膨大な魔力を高めると、王政府軍の敵陣に向かって特大の神術をお見舞いした。上級の攻性神術【
「ひぃいいいいいいっ!?」
「Aランクの神術士だ!?」
「お、応戦しろー!!」
相手側にも何人かの神術士がいたようで、すかさず神術弾を撃ち返してきたが、五郎が手をかざすとノータイムで地面がせり上がり、石の壁が出来上がった。
上級防護神術【石壁】である。
「無詠唱であんな大きな壁を!?」
「駄目だ! 分厚過ぎる!?」
「闘気を使える弓士を出せ! 早くあの小僧を討ち取るんだぁ!!」
今度は別の方角から闘気が籠められた矢が飛んで来たが、五郎は避けようともせず新たな神術を展開した。
「――【
それはかつて、五郎が練習中だと言っていた最上級神術であった。【岩鎧】とは自身を頑丈な岩の鎧で覆い隠す最大防護神術であった。
本来であれば全身を岩鎧で覆い、更に動く事も可能な神術らしいのだが、五郎はまだそれを極めておらず、その場に留まることしかできなかった。
だが、その防御力は絶大で、生半可な闘気や神術による攻撃を一切通さなかった。
しかも、その状態を維持したまま、他の神術も発動できるので、今の五郎は強固な固定砲台と化していたのだ。
よくよく考えれば、イデール独立国が一番攻めたいのはサンハーレより、むしろティスペル王国なのだ。イデールに派遣された勇者五郎の標的も恐らくティスペル兵ならびにサンハーレ兵だと思われる。
「凄いな、五郎! その調子なら一人でも平気だな!」
「はい、ケリーさん! あっ!」
良い返事と共にこちらに【岩槍】が飛んで来た。
「ひぇええっ!?」
危ない!?
俺もしっかり標的の一人にされているので、五郎から距離を取った。ステアたちにも要塞の中に避難しているように指示してある。でないと、五郎の攻撃対象になりかねないからだ。
「す、すみません! どうしても衝動が……!」
五郎を全開放した今、彼の恐ろしい攻撃はこちらにも牙を向くのだ。
「だ、だ、だ大丈夫だ! それくらい平気だ!」
強がって見せたが、あれを直撃したらマジで洒落にならない。
(五郎の奴、ほとんど魔力を封じられてたのに、【豊穣】の神術を連発してたもんなぁ)
以前俺と軽く戦った時も五郎は自らを抑え込もうとしていた。つまり、あの時も本気ではなかったのだ。
勇者五郎の真の実力は俺にも未知数であるのだ。
「よし! 俺も突撃してくる!」
「お気をつけて!」
五郎の激励に俺は苦笑いを浮かべた。
(一番気をつけなけりゃならないのはお前の攻撃だ!!)
とは正面から言えず、俺は五郎から逃げるようにして敵陣へ特攻を仕掛けた。
「馬鹿め! 一人で向かって来やがったな!」
俺の目の前に一際闘気の高そうな戦士が現れた。
「ほぉ、強そうだな……行くぜ! って、やば!?」
俺は咄嗟に右へ避け、背後から飛んで来た鋭い岩の槍が、さっきまで俺がいた場所を通過していく。
「あひょっ!?」
哀れ、俺の正面にいた強そうな闘気使いは避けられず、串刺しにされてしまった。
「……よし、一騎撃破!」
これぞ俺と五郎の絶妙な連携攻撃!
決して偶然なんかじゃあない! ないったらない!
五郎は更に乗ってきたのか、俺や敵兵たちがいる地面を次々と隆起させていった。前にエビス邸横で戦った時に見せた神術【土操】だろう。
【土操】は本来、土木工事などの際に土を動かす補助神術らしいのだが、一流の神術士が扱うとまるで大災害並の破壊力となる。
作物を奪い取られた豊穣の聖者様を怒らせると恐ろしいのだ。
「ひぇええ!?」
「大地が蠢いているぅ!?」
「これでは騎馬隊が出せないではないか!」
「誰か、降ろしてぇ!?」
あちこちの地面が突き出ており、兵士たちの陣形は最早意味を成さなかった。
だが、この【土操】が恐ろしいのはここからだ。
突き出た土の塊がまるで生き物の様に動き、近くにいる敵を押しつぶそうと襲い掛かってくるのだ。
「ぎゃあああっ!?」
「押しつぶされるぅ!?」
「うわ、俺の方にもきたー!?」
俺も敵兵と一緒に叫びながら逃げ回っていた。
そんな俺だが、敵陣の奥に一人だけ逃げ出そうとしている人物の姿を捉えた。
(ルーマン伯爵!? 逃がさん!)
俺は天変地異が引き起こされている戦場を駆け抜け、更には敵兵の防衛網も掻い潜り、背を向けて逃げるルーマン伯爵へと迫った。
「ひぃ!? お助け――」
「――ゼッチュゥ!」
敵指揮官を討ち取った俺は戦場を見渡した。
「うひゃぁ、もう既に半壊してんなぁ……」
勇者、恐るべし……
あまりの惨状に敵兵も恐れをなしたのか、投降する者が現れた。
(む? 降伏した敵兵は攻撃対象から外れるのか?)
全員ではないようだが、五郎は相手が降伏したと判断した場合、それ以上の追撃は行わないみたいだ。よくよく考えれば、いくら戦争の為に派遣された勇者でもジェノサイドは拙いのだろう。白旗を上げた敵兵への対応も誓約内容に盛り込まれているのかもしれない。
また一つ、五郎の奴隷契約内容が判明した。
(しかし、これ……敵が全面降伏したらどうなるんだ?)
果たして五郎の攻撃は止まるのだろうか? それともまさか……俺一人で五郎を止めなければならないの?
(孔明、教えて!?)
結局、俺が「降伏する!」といくら宣言しても五郎の衝動は収まらず、死ぬ思いをしながらなんとか腕輪を再び装着させることに成功した。
司令官の私は部下から次々と送られてくる報告内容に困惑し続けていた。
今回の侵攻作戦において、王政府軍の作戦本部はカムーヤ領に置かれていた。
ここの領地は裏切り者のフォー男爵が治めていた場所だ。そのフォー男爵は領民たちを引き連れてサンハーレに逃亡し、現在は町の中もぬけの殻である。丁度良さそうだったので、ここを王政府軍の仮拠点と定めていたのだ。
そこから王政府軍は各地に散り、それぞれ定められたルートで侵攻中であったが、経過報告に来る伝令兵は、どいつもこいつも同じような言葉を口にするのだ。
「グィース方面侵攻軍、全滅です!」
「サンハーレ森林侵攻部隊も被害甚大!!」
「東からの伝令です。我が海軍は敗北! コルラン家が裏切った模様!」
「そのコルラン家が兵を率いて、現在西方に侵攻中! 王都から至急、防衛に回す為の戦力を戻せとの命令です!!」
「~~~~っ!?」
次々と送られてくる凶報に、司令官である私は一体どこから着手していいのか頭を抱えた。
「そ、そうだ! 要塞攻略隊はどうしたのだ!? あそこには兵を終結させ、大群で攻めているのではなかったのか!?」
何時の間にか建てられていたサンハーレの要塞に、賊軍の首魁アリステアが立て籠もっているとの情報を得たのだ。しかも、その要塞には現在、碌な戦力もいないとの追加報告まで上がっていた。
(頭さえ潰せば、まだ逆転の目はある!)
だが、少ししてから伝令が最悪な報せを持ち帰ってきた。
「要塞攻略隊、ほぼ全滅です! たった二人の戦力に二千の兵士が敗れました!」
「ば……馬鹿なぁ!? き、貴様ァ! 報告の虚言は重罪だぞ!!」
「ほ、本当です! 敵側に恐ろしい神術士が現れまして……ルーマン伯爵も例の闘気使い“双鬼”に討たれました!」
「あの愚か者がぁ!! 最後の最後まで、本当に役に立たぬわぁ!!」
王の意向もあったので、さして重要でもない最前線に送り込んだつもりだったが、奴がアリステアの存在を確認した為、要塞攻略は最重要な戦場へと切り替わったのだ。
故に大量の兵を送りつけて任せたというのに……結果は最低最悪な惨敗である。
今回の作戦開始前の王政府軍とサンハーレ軍の予想戦力比は、凡そ12:1とされていた。当然サンハーレ軍の方が1で、我が軍はその12倍の戦力だ。
本来であれば圧倒している筈なのに、今のところどの方面からも勝利の報告は未だ届けられていなかった。
(ここは敗残兵を集め、王都に籠るのが最上策! だが……このまま逃げ帰ったら……私は責任を負わされて殺されてしまう!?)
結局、自己保身に走った司令官は私兵を引き連れて自分の領地へ逃走した。
この時点で、ティスペル南北戦争の勝敗が決した。
シノビの報告によると、敵本陣は既に瓦解し、司令官は職務放棄して自分の領地に引き籠ろうとしているようだ。
それにより、最早纏まった敵兵団は南部に存在しないものの、逃げ遅れた敗残兵たちがあちこちに散らばっており、中には盗賊に身を落す者まで現れ始めた。
治安維持に必要な戦力を残し、各地に散っていた兵士や幹部たちは全員ケルベロス要塞に再集結していた。
「皆さん、お疲れ様ですの」
「こっちはたいして疲れてないですよ。今回ほとんど出番が無かったし……」
少し不貞腐れるかのようにボヤいたのはサンハーレの町で待機していた金級傭兵団“ブレイズハート”の団長ブレットだ。
今回彼ら以外のほとんどが戦果を挙げていたので、それだけに彼も不服そうであった。
「悪いな。今回はどうしても各地の戦力バランスが読み辛かったから、どうしても保険が必要だったんだ。森の方は結構余裕だったんだろう?」
「そうね。ソーカ一人が張り切ってほとんど倒しちゃったから……正直肩透かしを食らった気分ね」
フェルがおどけた調子で答えた。
ホイホイ作戦が機能し過ぎたようで、代わりに周辺地域の敵戦力が薄くなっていたようだ。
「全くだよ。今回、ケリーんところが一番の当たりだったらしいじゃないのさ! こっちは退屈過ぎたよ!」
「当たりって……。敵兵よりもむしろ、五郎の方が怖かったな……」
「す、すみません……!」
既に魔力封じの腕輪によって落ち着きを取り戻している五郎が謝りながら俺に石礫をぶつけてきた。なかなか斬新な謝罪の仕方である。
「んで? この後どうするんだ? これで終わりじゃないだろ?」
「エドガー殿の言うとおりです。なるべく早く王都へ進軍するべきです!」
セイシュウは王都侵攻作戦を提案してきた。
「んー、もう少し周囲の状況が落ち着いてからでは駄目なのか?」
各方面の侵攻軍は撃退しても、周囲に残党が散っている。そちらの対処も必要だと思うのだが……
だが、ほとんどの者は早急に動くべきという意見なようだ。
「軍団長殿、どうやらコルラン家も兵を率いて西進しているようです。万が一彼らに先を越されて王都を落とされますと、サンハーレとしても立場がなくなりますぞ?」
「うーん、そういうものなのか?」
どうやら進軍に賛成の者たちは、コルラン家や帝国などに先んじて王都を落としたい考えのようだ。
「執事長のお考えにも賛同できますが、私はそれより別の事が気掛かりです。このまま時間を置けば、王政府軍を見限る貴族が増えるのではないでしょうか?」
早期に進軍するべしと言っていたセイシュウが、一見真逆のような意見を述べていた。
「ん? だったら、逆に進軍を待った方がお得なんじゃないのか?」
「兵を消耗せずという考えでしたら、それで正解なんですが……。仮に王政府側の貴族が寝返って独立したり、打算塗れな貴族どもがこちらに擦り寄ってきたら面倒ではないでしょうか?」
「よし、さっさと進軍しよう! 俺も賛成!」
冗談ではない。今更寝返ってくる貴族など、どうせ碌な連中ではない。絶対にいらん!
「北部に出していたシノビからの報告ですが、キンスリー領は早々に白旗を上げております。キンスリー伯爵もようやく決断されたようです」
クロガモがシノビから届けられたばかりの報告を口にした。
キンスリー領は密かにサンハーレと交易を行なっていた間柄ではあるが、伯爵はあくまで王国貴族の立場を貫いていた。故に今回の侵攻作戦でも、少数ではあるものの兵を出していたのだ。
伯爵個人の考えとしてはサンハーレに味方したかったようだが、あそこの領地は王都からもそれなりに近い距離にある。領民たちの安全を考えると、表立って裏切る決断が出来なかったのだろう。
しかし、今回戦争の大勢が決した事で、伯爵はいち早くサンハーレに降伏宣言を行ったのだ。キンスリー領に対する今後の対応はまだ決まっていないが、伯爵自身は責任を取る形で当主の座を長男に引き継ぐ考えらしい。
(お? それならキンスリー伯爵はフリーになるのかな?)
だったら、サンハーレの適当なポストに就かせてみても面白いかもしれない。我がサンハーレ自治領はまだまだ人手不足なのだから。
最終的にはステアのGOサインが出され、サンハーレは一部の兵を動員して王都を目指し出陣した。
今回出動するのはオスカー大隊長率いる400人ほどの兵士たちと、
アマノ家には留守の指揮をお願いした。
それと領主であるステアも自ら出陣する事が決まった。
王都ティスペルを占領し、この機に国を丸ごと乗っ取るつもりだ。いよいよサンハーレ自治領から王国へと切り替わる瞬間である。その勝利宣言をティスペルの王都で行うつもりなのだ。
「いよいよですの……!」
「ああ、ようやくここまで辿り着いた!」
初めは俺もステアも、国家を立ち上げるなんて大それた野望など抱いてはいなかった。俺たちはただ、平穏に過ごしたかっただけなのだ。
しかし、周囲の状況がそれを許さなかった。故に立ち上がったまでだ。
このくそったれでハードな世界を過ごし易いイージーな世界へと生まれ変わらせる。それを実現させる為には、ティスペル王朝は最早邪魔な存在でしかない。腐敗した王や貴族、国はここで滅んでもらう。
俺たちは準備を整え次第、堂々と北上を開始した。
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