第83話 新たなる同胞

 カムーヤ領の領民たちとフォー家を引き連れた俺たち一行は、ゆっくり南下し続けていた。


 サンハーレに先触れとしてシノビを送っているので、何日かすれば町の方か竣工間近の要塞辺りから応援の兵士が駆けつけることだろう。そうなれば俺も護衛の任務を彼らに引き継げるので、後は自由に行動できる。


 それまではカムーヤの領民たちと行動を共にする事にした。


 馬車には足の不自由な老人や体力の無い子供などを優先して乗せており、それ以外は全員歩いている。当然馬車の速度もそれに合わせているので非常にゆっくりとした進みだ。



「このペースだと五日後にはサンハーレ領かな?」

「もう少し掛かるんじゃないか?」

「一週間以内には着きそうですけど……」

「もぐもぐ……そうか……」


 ニコラスたちと雑談しながら、小腹が空いた俺は非常食を口にしていた。ステアに生み出して貰った日本製のカロリーブロックである。


 チョコ味で水分が欲しくなるが、日持ちするロングタイプなので三年間も保続できるそうだ。味も美味しい上に栄養もバッチリなので、サンハーレ軍の携帯食の一つとして試験採用されていた。


「もぐもぐ……ん?」


 カロリーブロックを頬張っていると、何時の間にか隣を歩いていたラルフが俺の方を凝視していた。いや、正確には俺が食べているカロリーブロックに釘付けとなっていたのだ。


(ラルフは確か……ジーロ王国からスカウトしてきた料理人だっけか?)


 テム曰く彼は凄腕料理人らしいが、そんなラルフはこの世界では異質なカロリーブロックが気になる様子だ。


「まだあるけど……食べてみる?」

「い、いいのか?」

「うむ」


 俺は携帯していたカロリーブロックを包装紙ごと彼に手渡すと、ラルフはそれをまじまじと見つめていた。よくよく考えれば、この世界の人にとってプラの包装紙は意味不明であったか。


「あー、それは包装紙で、トゲトゲの部分から……」

「……大丈夫だ。知っている」

「へ?」


 ラルフは先程の言葉通り、まるで開け方を知っていたかのように包装紙を綺麗に裂いて、中のブロックを頬張った。


 その手慣れた行動にも驚かされたが、彼の次の言葉に俺は自分の耳を疑った。


「――っ!? ほ、本物だ! 本物の……カロリーブロックだ!!」


 え? 俺、まだ商品名を言ってないよね?


 ってことは……


「まさか……ラルフ、お前も日本人か!?」

「え!? アンタ、日本人なのか!?」


 これは驚きだ。


 テムたちが拾ってきた凄腕料理人ラルフは、どうやら転生者ないしは転移者だったようだ。






「へぇ、ラルフは元々アメリカ人だったのか……」

「ああ。ドイツの血も混じっていたがな。だが、死ぬ前は日本で生活していたぞ」


 ラルフの前世は、日本に住んでいた外国人だったようだ。


 前世の彼はプロの料理人で、特に日本食にのめり込んでからは永住ビザまで獲得し、ホテルの料理人として毎日腕を振るっていたそうだ。


 そんな彼も30代という若さで事故に遭い、気が付いたらこの世界の青年として生まれ変わっていたそうだ。


 つまり転生した後の彼は、俺と似た途中覚醒パターンである。


「ケルニクスも気付いたら転生していた系か!?」

「そうそう、そういう系」


 〇〇系ラーメンって店舗によって味が違うのかしら?


(しかし、またしても日本か……)


 彼はアメリカ人だが死んだ場所は日本らしい。恐らく俺も、そしてネスケラと五郎も亡くなったのは全員日本だ。


 ……人種ではなく、場所に何か関係あるのだろうか?


「サンハーレは港町なんだろ? 海鮮料理は得意だぜ! ホテルじゃ寿司も握ってたからな!」

「マジで!? ラルフ、あんたサイコーだよ!!」


 ステアのスキルで寿司を生み出す事は可能なのだが、通販品と新鮮な握り立ての寿司では、やはり微妙に味が違うのだ。


 エビス商会でも、地球産の料理を扱ったお店を経営しているのだが、どこか一歩再現度が足りないというか……まだまだ改善の余地があるのだ。


 ラルフは生前、観光地にある大きなホテルのコックを務めていたようで、それなりの腕前はあると自負していた。



 テムたちはどうやら、とんでもない逸材たちを連れてきたようだ。








 サンハーレから援軍が来たので、領民たちの護衛と案内は彼らに引き継いだ。


 俺やテムたちの馬車二台は先にサンハーレへと急がせて貰った。一応俺も軍団長という立場なので、何時までも油を売っている訳にはいかないのだ。



 サンハーレに到着すると、まずはラルフをエビス商会の本店に連れて行った。彼の希望はレストランの経営であったので、商会長代理であるサローネに紹介しようと考えたのだ。


 丁度サローネとルーシア姉妹は店の方に顔を出していた。


「あ、ケリーさん!」

「おかえり、ケリー君!」


「やあ、サローネ、ルーシア。実はこちらの彼なんだけど……」



 俺はラルフの素性を明かし、新たなレストラン経営を任せられないかと尋ねてみた。



「構いませんよ。あとで腕の方だけは確認させていただきますが、丁度こちらも料理人を探していたところなんです」

「おお!?」

「本当か!?」


 こんなにあっさり話が通るとは思わず、俺とラルフは二人して驚いていた。



 なんでも今のサンハーレ領はあちこち建築ラッシュで、飲食店の数も激増し始めているらしい。


 ただ、専門職になると何処も人手不足で人材の取り合いになっているらしく、相応の腕前さえあれば、レストランの一つや二つを任せたいとサローネは言ってきた。



「とりあえず一店舗だけにしてくれ。俺は料理人なんで、いきなり複数店舗の経営までするのは、ちょっと……」

「分かりました。ルーシア、ラルフさんに新しい家と必要な生活用品や料理道具などを揃えてあげて」

「任せてー!」


 妹のルーシアにラルフを預け、俺はテムたちと新たな神術士ヤスミンを連れて、今度は教会へと赴いた。



「ケルニクス様。こんにちは」

「こんにちは、シスターリンナ」


 教会内部は本日も忙しそうだ。


 治癒神術士の数が少ないのに、町の人口は増えるばかりなのでそれも仕方がない。


(……やっぱ、専門職の人手が不足してんのかぁ)


 その点で言うと、今回テムたちの行動は超ファインプレーであった。


「あら? こちらのお方は……?」

「紹介するよ。フリーの神術士、ヤスミンさんだ」

「ヤスミンよ。よろしくね、シスターリンナ」


 ヤスミンのパンクなシスター服を見てリンナは最初驚いていたが、新たな神術士がやってきたと聞いて、彼女はとても嬉しそうにしていた。


 フリーの神術士ということは、神官ほどの能力は見込めないのだろうが、それでもヤスミンは貴重な戦力であった。


「まあ! それはそれは……! 宜しくお願いいたします。ヤスミンさん」

「ふふ、さっそく治療をさせてもらえないかしら? ここの教会は患者が多そうで、とても楽しそうね!」

「え? ええ……忙しいのは確かなのですが……」


 ん? どうもヤスミンの態度がおかしい。


 道中一緒だった時は、見た目の割に随分と大人しい女性だと思っていたのだが、今は大量の患者を目の前にして怪しい笑みを浮かべていた。


 まるで獲物を前に舌なめずりしているような……


(……うん、気のせいだな)


 俺は何も見なかった、気付かなかったことにして、怪しげな女神術士をシスターリンナに押し付けてさっさと退散した。何時までも忙しい教会に居座っても邪魔だろうしね!



 その後、領主館に帰還報告をすると、そこにはエドガーの姿もあった。


「おう! ケリーも戻ったか!」

「いやぁ、一足先に帰らせて貰ったんだ」

「……軍団長殿。貴方は遠征する度に大勢の者を連れて帰りますね」

「ハハ、いやー執事長殿。これも人徳ってやつですね!」

「…………」


 俺はヴァイセルの皮肉に対して笑って誤魔化した。


「……おほん。まぁ、今回の件は仕方ありませんな。カムーヤ領を放置して、飢えた領民たちが盗賊にでもなったら面倒ですからな」

「本当はカムーヤ領ごと占領できれば良かったんだけどな」

「あそこの周囲は王政府側の勢力だらけです。現状では飛び地になるので、支配しても維持ができないでしょうな」


 ヴァイセルの言葉は尤もだ。だから俺もフォー男爵も領地を捨ててサンハーレまで来るという選択をしたのだ。


「エドガー、例の実行犯どもはどうなった?」

「粗方潰しておいたぜ。何人かは証人として捕らえてある」


 捕虜の傭兵が証人としてどの程度有効なのかは分からないが、手札は多く用意しておきたい。


「今回の一件で、王政府側が食糧の強奪を行なっていることが確定しました。これを利用しない手はないでしょうな」

「既にシノビ集に伝達し、各地にその話を広めさせております」


 シノビ集副頭目のクロガモがそう告げた。さすがは仕事が早い。


 これで王政府は南部だけでなく、飢えで苦しんでいる他の領地の民からも反感を買うだろう。








「ルーマン伯爵! あれほど注意するよう申したのに、貴方は……っ!」


 私が問い詰めると、伯爵は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「まぁ、待て。コルラン宰相」

「陛下……」


 伯爵への追及を止めたのは、意外にも王であった。



 カムーヤ領の反乱ありとの報せに、宰相の私や他の貴族たちは至急城に呼び出されていた。


 実は王城に来る前にも、私は不穏な噂を耳にしていたのだ。


”王政府が民から食糧を強奪している”


 それは事実なのだが、何故南部だけでなく王都にまでその噂が広まっているのか……


 反乱の報せを持ち帰ったルーマン伯爵に、私は詳しく事情を伺った。


 すると驚きの事実を聞かされる。なんと伯爵は私の忠告を一切無視して、足が付きやすい中央付近の領地を食糧運搬の中継地に選んで、しかも堂々と傭兵を募集して強奪作戦を行っていたらしいのだ。


 一応、伯爵なりには隠そうと、傭兵に口止めしたり領民たちには知られないよう人目を避けて行動していたらしいが、それなら何故町の者に見つかり易そうな町中に倉庫を設けるのか……


 それでバレてしまったら意味はなく、むしろ全くの逆効果であった。



「陛下。恐れながら申し上げます。事態はより深刻になりましたぞ。伯爵の愚行によって食糧強奪の件は世間へ明るみになり、王政府は民からの信用を失いつつあります。挙句の果てに、フォー男爵まで寝返る始末……このままでは非常に危険です!!」


 私が一気にまくしたてると、責められたルーマン伯爵は顔をしかめたが、一方の国王陛下は涼しい表情のままだ。


「ふむ、確かに伯爵の行動は早計であったが……しかし、肝心の食糧はある程度奪えたのであろう?」

「は、はい! その通りです! 陛下……!」


 ルーマン伯爵はなんとか今回の責任から逃れようと、自分の功績を王へ必死にアピールしていた。


「先日、北部からも連絡があった。どうやらグゥの軍勢も力尽きたようで、一旦本国へ兵を引かせたそうだ。そこへ丁度派遣した我が軍が到着し、コスカス領の馬鹿倅もすぐに拘束できた。コスカス軍も王家への恭順を示したそうだ」

「ま、誠でしたか……!」


 王都を離れていたルーマン伯爵には知り得なかった情報だろう。


 運よくタイミングも重なって、北部の反乱は想定以上のスピード解決となったのだ。


 グゥの再侵攻は警戒し続けなければならないが、これで北部に最低限の兵力を残したまま、その他の余剰戦力を王都へと回せる。王政府は大規模な兵数を補充できたのだ。


 あとは食糧問題だけなのだが……そちらも伯爵の強引な作戦によって、十分な量だけは得られたのだ。確かにこれなら一度だけ、南部へ大侵攻を仕掛けるのも可能だろう。


 だが……


「うむ。フォー男爵の謀反は気に入らぬ結果だが……奴は私の政策に異を唱え、しかも王家を罵ったそうではないか! これ以上の裏切り行為は絶対に許してはならん!」

「へ、陛下……!」


 不味い。そもそも今回の強奪作戦は陛下も初めから乗り気であったので、伯爵の肩を持っているのだろう。しかも、今の王は臣下の裏切り行為に対して過敏になり過ぎてしまっている。


 良識があり過ぎて王政府のやり方に異を唱えた男爵と、愚策とは言え王の命令を忠実に全うしようとした伯爵……今の王の心証はルーマン伯爵の方に大きく天秤が傾いているのだろう。


「これで兵力も備蓄も揃ったのだ! 今度は堂々と南部へ攻め入って、今後の食糧も確保すれば良い。食糧難に陥っている領地には、そのあと王命で分配すれば民の支持も上がる! なあ、宰相?」

「……お言葉ですが、それでは遅すぎます。仮に今の戦力でサンハーレを攻めたとしても、決着するのはかなりの時間を要するでしょう。その間に領民たちや地方貴族が反旗を翻したら、第二、第三のサンハーレ勢力やメノーラ勢力が誕生するだけでございます!」


 ここは忠臣として、私が王を諫めなければならない。例え王から不興を買おうとも、私は臣下としての務めを果たそうとした。


 案の定、私の言葉は受け入れ難いのか、王は不機嫌な表情へと変わった。


「宰相……お主は色々と心配し過ぎだ。それに、この状況で地方領地が反旗を翻したところで、一体何ができよう? もう何処の領地も食糧難に兵力不足で、碌な戦力もあるまい? だからこそ我々は、あれこれ策を弄して兵や糧を掻き集めたのではなかったか?」

「……陛下の仰る通りでございますが、例え小さい火種だろうとも、今は不用意に抱えるべきではありません。火は燃え移り拡がるものなのです」

「ならばお前は、たかが蝋燭の火に怯え、目の前の大火事を見過ごせとでも言うのか! サンハーレは未だ、私に楯突いたままであるのだぞ!!」


 やはり王は地方の弱小貴族や民たちを軽視し過ぎている。それでは例え今回は上手くいっても、その先がないのだ。


 激高しはじめた王を前に、私は意を決して自分の意見を述べた。


「……恐れながら、ここらでサンハーレと和解することは叶いませんか? 今の状況であれば、こちらの兵力の方が上なのです。あちらもある程度の和解案を受け入らざるを得ないでしょう」

「な……に……? 今……なんと申した……?」

「……和解するのです。少なくとも、西の守りを固める間だけでも、サンハーレと停戦条約を――――」

「――――宰相! 血迷ったか! 私が賊どもに屈するとでも本気で思っているのか!? この戯け者が!!」

「――――っ!?」


 どうやら王の逆鱗に触れたようだ。サンハーレに対する悪感情は、私が想像していた以上に強かったらしい。


「こうなったのも、全てはあの呪われた地が原因なのだ! それをよくもまぁ、和平で済ませるなどと……!!」

「陛下! 此度の戦争の原因はサンハーレ卿にあり、彼らはその元凶を討ったまででございます! どうか、ご再考を……!」

「ならぬ!! ええい、少し知恵が回るからと思い、今まで貴様を重用してやったが……お前の宰相職を解く! 即刻、王城から出て行け!!」

「陛下…………」


 既にどうしようもない一線を越えてしまっていたようだ。


(もっと早くに諫めるべきであったか……)


 私自身、サンハーレ勢力を見くびっていた。


 だが、サンハーレは度々の劣勢を乗り越え、前評判を覆して勝利を重ね続けていた。


 それに今回の一件……間違いなく領民たちへ情報操作をしている存在がいる。いくら伯爵がへましたとは言え、食糧強奪の噂が広まるのが早過ぎるのだ。


 既に農村地区では小さい暴動も起こっていると耳にしていた。その情報を聞いていなければ私も南部遠征に賛成していたであろう。


 そう、我々は行動を起こすのが遅すぎたのだ。


(……いや! 一応、まだ手段は残されている)


 あるのだ。今ならサンハーレ勢力に大打撃を与えられる妙手が……!


 ただし、それを行なえばティスペル王国もただでは済まない。その作戦を実行すれば、恐らく王政府軍が勝利するだろうが、その後に待っているのは国家の衰退、或いは滅亡である。


 私はどうしてもその選択を行なえず、王を諫めるしかないと思ったのだ。


「…………もう、私にできる事はないのだろうか?」



 私は城を追い出され、王都にある自宅での謹慎処分となった。








 北部コスカス領の争乱が終わった事をシノビから聞いた俺は、ただちに領主館へと赴いた。


「グゥの国が撤退したって?」


 着いて早々、俺はオスカー大隊長に尋ねた。


「ええ、そのようです。しかも運悪く、王政府軍がコスカスと接触し、反乱の首謀者である現コスカス家当主が拘束されたそうです」


 それにより、“北の盾”と称される程の大戦力コスカス軍は王政府へと再び帰属することになった。グゥの国は結局、馬鹿みたいに突撃だけを繰り返し、軍の維持が出来なくなった段階で本国に引き上げてしまったらしい。


(猪じゃないんだから、全く……)


 出来ればもう少し北でやり合ってくれれば良かったのに、最悪なタイミングで王政府軍が戦力を拡大してしまった。


「まぁ、それでも守りきれるんだろう?」

「ええ、問題ありません」


 サンハーレの北にある要塞が遂に完成したのだ。


 現在はその要塞の南部に新たな町もでき始めていた。


 当面はその要塞が最前線となる為、今はさすがに民間人の数も少ないが、軍人たちの居住区に娯楽施設、商業区などが設けられており、目敏い商人たちはいち早く、その要塞町を訪れて店を立ち上げていた。



 本日の議題は新たな要塞の命名と、王政府軍とどう戦うかの相談であった。




「――――では、新たな要塞はケルベロスで決定ですの!」

「「「わー(パチパチパチ)」」」

「えー……」


 冗談で俺が口にしたケルベロス要塞が決定してしまった。



 地球でケルベロスは冥府の番犬として有名だが、こっちの世界の人には未知の存在だ。アンデッドと同じである。


 ただ番犬なら要塞の名前にもピッタリだと思って口に出したら、その場に居るみんなが「強そう!」「語感が良い!」など褒めてくれて、賛成多数で決まってしまったのだ。



「じゃあ、次の議題ですの!」


 王政府軍と、今後どう戦うかだが……


「こちらから打って出るのは?」


 やはり戦いは先手必勝である。


「折角要塞を建造しておいて、わざわざ相手の懐に攻めるのですかな?」

「うぐっ!? でも、向こうもわざわざ要塞に向かってくるとは限らないだろう?」


 俺が執事長に言い返すと、彼は顎に手を当てて考え込んでいた。


「……確かにその通りですな。あの要塞は本当に立派なものです。私が敵の指揮官であれば、あそこに挑みたいとは思わないでしょう」


 おや? 珍しくヴァイセルは俺の意見を否定しなかった。


「ふむ、出来ればあの要塞を盾にしてと思っていたのだが……」


 オスカー大隊長もその懸念があるのか、何かを考え始めていた。


「ですが、実際あそこの街道以外に王政府軍が侵攻してきますか? 西はこちら側の領地がありますし、グィースには防壁もあります。沿岸部は森で覆われていますし……他のルートですと、大群を率いるのはやはり無理なのでは?」


 アミントン中隊長は、相手は森脇にある広い街道を進むしか術がなく、その為には道中立ち塞がっている要塞を攻めてくるだろうと予想していた。


「いや、陸だけじゃねえぜ? 北部の脅威も減ったんだ。あっちには幾つかの港町もあるし、海からの警戒もしなきゃならねえ!」

「――っ!? そ、そうでした!!」


 ティスペル王国は腐っても沿岸部を所有する国家だ。軍船もそれなりの数を擁しており、その規模はイデール艦隊の数倍と予測されていた。


 こちらも急ピッチで改造魔導船やプレジャーボートを量産しており、元イデール海軍の捕虜も採用して増強を続けていた。サンハーレ海軍も以前とは比べ物にならない規模に成長を遂げているのだが、どうしても実戦不足は否めなかった。


「これじゃあ、どっから来るか分からねえなぁ……」

「そんな状況で、こちらから挑むのは拙いのでは?」

「うっ! むぅ……」


 エドガーとセイシュウに諫められ、俺は言葉を詰まらせた。



 結局、俺たちは相手の出方を伺いつつ、今回は守勢に回ることにした。

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