第82話 思わぬ遭遇

 うむ、作戦は概ね大成功である。


 強奪した食糧を隠している倉庫、その食糧を密かに王都に運び入れている伯爵たちと、嫌々ながらも従っている男爵に飢えた領民たち。


 その状況を踏まえた上で俺が思いついた作戦とは、伯爵と男爵を引き離す事であった。



 まずはニコラスとレアの二人で倉庫を襲撃させる。元S級冒険者の二人だ。倉庫は容易に占拠できた。


 そのまま二人には倉庫の前を固めてもらい、騒ぎを大きくした。貴族や領民たちの注目を集める為である。


 隷属の首輪を身に付けている二人はフォー男爵の奴隷兵という設定で、町民たちの前で食糧を死守する演技をして貰った。


 幸運なことに、件のルーマン伯爵とフォー男爵が兵を引き連れて現場にやって来た。その二人の前で更に茶番を演じることになる。


 最初はニコラスの言葉を信じていなかった伯爵も、徐々に男爵が裏切っているのではないかと疑り始めた。


 更にトドメとして俺が乱入して一芝居し、男爵を庇った。


 それが決定打となったようで、男爵の方も王へ離反することを決意したようで、二人の仲を裂くことに成功したのだ。


 ここで伯爵に天誅を下そうかとも思ったのだが、そのまま逃がした方が得策ではないかと考えを改めた。この話が王都に伝われば、フォー男爵はもう王政府勢力には戻れなくなる。これでフォー男爵は否が応でも王政府と敵対せざるを得ないような状況に持ち込んだのだ。


 男爵やここの領民には気の毒だが、少なくとも男爵自身は食糧強奪を黙認していた罪がある。これくらいの不利益は被ってもらおう。


 王都にこの件を伝える為に、伯爵には逃げきってもらわなければ困る。俺は伯爵を追っていた兵士たちに闘技二刀流無手技【覇掌はりて】をぶちかました。【覇掌】は殺傷力が低く、不可視の衝撃波を放つだけなので、背後から受けた兵士たちは訳も分からないまま派手に転んだ。


 これでミッションクリアである。




「……で、結局君たちは何者なのかな?」


 改めてフォー男爵と対面した俺たちは自己紹介をした。


「俺はサンハーレ軍の者だ。今は一応、傭兵団として動いている」

「やはりサンハーレの手の者だったか……」


 フォー男爵本人は当然、俺たちが彼の手勢であるという嘘を瞬時に見抜けたわけで、こちらの素性にもいち早く勘付いていたのだろう。


「そうか……私を討ちに来たのか?」

「それも一瞬だけ頭に過ったが、アンタは嫌々従わせられていたとも聞いている。だから見逃すことにした」

「だが、私は助かっても領民たちを巻き込んでしまったな……」

「それは領主であるアンタの判断が招いた結果だ。だが、救いの手が無いわけでもない」


 俺が取って付けたような言い方をすると男爵は眉をひそめた。


「その倉庫内にある食糧はくれてやる。その代価として、領民たちと共にサンハーレに来い。こっちは人手が足りないんだ。農民は勿論、アンタみたいに政治が出来る人材は貴重だ」

「それは……! 確かに私が説得すれば、領民たちの大半は頷くかもしれないが……しかし、本当に我々はサンハーレに受け入れられるのか? 第一、君にそんな権限があるのかい?」

「ああ、言い忘れていた。俺はこう見えて、軍団長という役職に就いている。多少の我儘は通るんだ」


 ステアなら多分OKしてくれるよね。


「いや、軍団長でも普通は無理なような……」


 後ろからニコラスがぼやいていたが俺は聞き流した。執事長辺りは煩そうだが、最終的には俺の我儘を押し通す。


 一方、俺みたいな若造が軍団長であると知ると、フォー男爵は驚いていた。


「そうか! 君が噂の“双鬼”だな!? どおりで随分と肝が据わっている訳だ」


 フォー男爵は俺の事を知っているようだ。日頃から南部の動向を確認しているのかもしれないな。


「そういうこと。それより善は急げだ。さっそく領民たちを集めて話し合いをするといい。あ! その前に、倉庫を開けて食事でも振る舞った方がいいかな?」

「そ、それは…………いや、かたじけない」


 こちらの勢力から強奪した食糧を提供すると聞いた男爵は、心底申し訳なさそうな表情を見せるも、飢えた領民たちを放ってはおけず、こちらの提案を快く受け入れた。




「うめー! 久しぶりの豪勢な食事だ!」

「お母ちゃん! このスープ、美味しいよ!」

「ほら、領主様に感謝して食べるんだよ」

「やっぱりフォー男爵は俺たちの味方だべ!」


 久方ぶりの十分な食事の量に、領民たちからは笑顔が零れていた。


 このあと男爵から領民たちへ、今彼らが立たされている窮地について説明があるのだが、その前の束の間の平穏な時間となった。


「ケルニクス殿」

「ん? シノビ集か!」


 ここの領地を担当しているシノビが接触してきた。


「例の子爵が手勢を引き連れてここに向かって来ているようです」

「……なに? ラヴェイン子爵が?」

「はい」


 そういえば、この町に滞在している筈のミルモ・ラヴェインの姿が見えなかった。


 その理由をシノビが教えてくれた。


「ラヴェイン子爵は僅かな私兵と傭兵団を自ら率いて、ちょくちょく盗賊紛いの活動を行っているようです。今日も一仕事して帰って来たのでしょう」


 なんでも子爵は南部の領地だけでは飽き足らず、伯爵の目を盗んでは王政府勢力の領地でも略奪行為をしていたようだ。


 ただし子爵の手駒は少なく、せいぜい小さな農村か運悪く街道を通行している商人なんかを狙い撃ちにしているらしい。


「呆れた奴だなぁ……」

「如何致します?」

「うん。ゼッチュー決定」


 そいつまで生かしておく必要はないだろう。


 伯爵にはもう少し踊ってもらうが、子爵……テメエはここで退場だ。




 件の馬車が町に入る直前で俺たちは立ち塞がった。


「な、なんだ、貴様は!?」


 馬車は全部で六台もあり、先頭の御者をしていた傭兵らしき男が尋ねてきた。


「正義の味方だ! 大人しく投降して金品をよこせ!」

「それ、完全に山賊の台詞ですよ……」


 レアがツッコんできたが俺はスルーした。


「テメエ、俺たちを誰だと……へっ?」


 それが男の最期の言葉となり、御者の頭は地面へと転げ落ちた。


「なんだ!?」

「敵襲か!?」


 慌てて馬車の中からゴロツキ傭兵や兵士らしき男たちが次々に降りてきた。


(ふむ、15名ほどか……思ったより少ないな)


 中央三台の馬車からは誰一人出てこなかった。略奪行為をしているという話なので、その馬車の中に戦利品や主犯であるラヴェイン子爵が居るのかもしれない。


「死ねぇ、クソ餓鬼!」

「お前が死ね! クソ野郎が!」


 襲い掛かって来た傭兵風の男を俺はあっさりと返り討ちにした。


「こいつ……やるぞ!」

「一斉に掛かれ!」


 こちらの方に傭兵たちが殺到するも、俺の背後から氷の槍が横を掠め通った。


「ぐぇ!?」

「いてぇ!?」

「畜生……! 神術士か!?」


 レアの水属性の上級攻性神術【氷槍】である。


(そうだ! いい事を思いついた!)


「レア! もしかして霧とかって発生できる?」

「あ、はい。可能ですよ!」

「じゃあ、早速やってくれ!」

「はい! 【霧隠きりがくれ】!」


 レアは俺の言われた通り、霧を発生させる神術を使用した。


 辺りは一面、霧に包まれていくが、視界が塞がれるほどではない。


「よーし! これなら打ち放題だな……【水刃すいじん】!」


 俺は中々出番の無かった闘技二刀流遠距離斬撃【水刃】を久しぶりに使った。


「ぎゃああっ!!」

「なんだ、この攻撃は!?」

神業スキルか!? グハッ!」


【水刃】は風ではなく、水分を飛ばして刃にする技である。風よりも威力は高いが、剣を水に浸すか、水場でないと利用できない限定技だ。


 だが、レアの神術で霧を発生できるのであれば、どんな場所でもこの技が利用可能となるのだ。


(こいつは良い掘り出し物かもしれないな!)


 今度、我が門下生たちに【水刃】の特訓をさせてみるか。偶には師範ムーブしないとね!


 滅多に出せない【水刃】が楽しくて大暴れした結果、敵はあっという間に全滅一歩手前であった。


「ひぃい!? 化物が……!」


 一人の御者が慌てて馬車を急発進させるも、俺はそいつの首を撥ね飛ばした。


 驚いた馬がそのまま暴走してしまったので、俺は【水刃】で馬と車体を切り離した。


「レア、もう霧はしまってくれ」

「はーい」


 霧が濃すぎると、逆に【風斬り】は使用しづらくなる。敢えて言うならそこがデメリットだ。


 馬に置き去りにされた馬車に近づくと、その中から一人の男が慌てて出てきた。


「き、貴様ぁ!! 私を一体誰だと心得る!!」


 なんか小太りの男が出てきて騒ぎ始めた。


「……誰?」

「よーし、聞いて驚くなよ! 我が名はミルモ・ラヴェイン子爵様だ! サンハーレの正統なる――――」

「ゼッチュー!!」


 俺は目的の人物の首を跳ね飛ばした。


「よし、ミッションクリア!」

「憐れ、子爵様…………」

「全く良いところ無かったね、子爵様…………」


 俺は悪・即・ゼッチューの教えを守っただけである。


 ただし、気分次第で泳がせる事もある。伯爵もゼッチューリストにしっかり載っているので安心して欲しい。


「一応、他の馬車の中も確認するか」


 馬にも闘気があるので察知しづらいが、どうやら先程から馬車の中に籠っている者が、あと七名ほども居るようだ。


 その内の一台に近づいて扉を開けてみると……


「ンモー! ンモヴモモアアー!!」


 手足と口を塞がれていた女性が号泣しながら何かを叫んでいた。


 パタン


 俺は咄嗟に扉を閉めた。


「お、おい! 今、女性が囚われていなかったか!?」

「いくら何でも、その仕打ちはあんまりなような……」


 後ろから見ていたニコラスたちは俺を非難してきた。


「いや、違うんだ! これはそのぉ……」


 確かに縛られて泣きながら助けを乞う女性を見て見ぬふりするのは最低の行為だろう。だが、あれは違う……違うんだ!


 あれは泣いているのではなく…………きっと喜んでいたのだ!


「うーん、気が引けるなぁ……」


 諦めた俺はもう一度扉をそっと開いた。


アーああンモヴモモアアーケルニクス様ぁ!!」


 縛られていた女性は俺のファンクラブ会員の副会長……いや、会長だったか? のトニアであった。久しぶりに会えた俺に感動しているのか、涙を流しながら喜んでいた。


「トニアが居るってことは、もしかして……」


 彼女の奥にいる人物たちにも視線を向けると、テムの奥さんと娘さん、それと見知らぬ女性が一人、同じように縛られて口を布で塞がれていた。


 恐らくラヴェイン子爵一味に襲われて捕まっていたのだろう。


(なんて運の悪い……いや、逆に運が良いのか?)


 捕まったばかりのタイミングで救出できたのだ。これ以上ないくらいの強運だ。


 そうなってくると、もう一台の馬車に乗っている者たちも大体予想が付いた。


「うわ!? このおっさん、こわっ!?」


 ニコラスがもう一台の馬車を開けると、縛られた状態のテムが飛び出して転倒し、そのまま這って俺の方に向かってきた。


ンモヴモモアアーケルニクス様ぁ!!」」

「ああ、分かった! もう分かったから、動くなよ!」


 俺はテムたちの拘束を解いた。


 テムの乗っていた馬車には男性陣が閉じ込められているようで、テムの息子さんともう一人、謎の男が囚われていた。


 ラソーナ一家にトニアと見知らぬ男女が二人、合計七人が捕まっていたらしい。




 自由の身となったテムとトニアたち五人が一斉に跪いた。


「ケルニクス様、またしても貴方様に救われまして……」

「救世主、ケルニクス様。我々は一体、貴方に何を差し出せば恩を返せるのでしょう?」


「平穏、かなぁ……」


 俺の平穏を返して欲しい。そんなモノ、こっちの世界で味わったこと無いけどね。


「この人たち、ケルニクスの知り合いか?」

「うん。残念ながら。でも、こっちの二人は知らないな」


 俺はテムたちと一緒に捕まっていた女と男の方を見た。


 女の方は20代くらいのシスターなようだ。装いはシスターっぽいのだが、修道着がカスタマイズされているのだ。


 なんと表現すればいいのか……そう、パンクだ! 修道着とパンクが融合した、奇天烈な格好をした派手派手なシスターであった。


「ご紹介しますぞ! こちらの女性はヤスミン殿です。フリーの治癒神術士です!」

「ふふ、ヤスミンです。よろしくね」

「おお! 治癒神術士!? 教会のシスターじゃあないのか」


 テムたちには行商の旅に出させていたが、その際に有能な人材をスカウトするよう頼んでいた。その最大の候補が治癒神術士であったが、まさか本当に獲得できるとは思っても見なかった。


「そして、こちらの男性がラルフ殿です。彼はジーロ王国からスカウトした凄腕料理人です」

「ジーロ!? テムたちはジーロ王国に入れたのか!? 一体どうやって!?」

「「密入国です」」

「あー……」


 あっさり言うけど、そう簡単な道のりではなかったはずだ。どうやらかなり無茶な行商をしてきたようだ。



 テムたちの話によると、一行はジーロ王国内をこっそり通過し、まずはコーデッカ王国に訪れたそうだ。俺たちがイートンと別れたその数日後、すれ違いでテムたちもコーデッカ王都にあるエビス商会支店を訪れていたらしい。


 そこで既に俺たちがエビス商会に来ていた事実を知ると、テムたちは大きなショックを受けたそうだ。手紙を渡すという仕事すら満足に熟せず、悔しかった五人は更に無茶な行商旅を敢行したらしい。


 その結果、大量の金貨を得て、更にはヤスミンとラルフの二人にも出会った。


 満足の行く商売と人材を確保できたテムたちは意気揚々と帰国しようとしたのだが、ついさっきラヴェイン子爵の山賊集団に捕まってしまい、後は俺の知る流れとなった。



「まぁ、結果無事でいてくれて良かったよ」

「おお! なんとお優しいお言葉を……!」

「無茶をした甲斐がありますな!」


 一応無茶していた自覚はあるのだな。


 護衛としてDランク冒険者のトニアが付いているが、何しろ彼女は弱いのだ。こんなご時世でこの貧弱な護衛だけでお金や商品を持って旅をしていれば、そりゃあ何時かはそうなるだろう。




 意外な再会を果たした俺たちが町へ戻ると、フォー男爵がお供を連れて面会に来た。


「お待たせした。領民たちとの話し合いはついた。貴公の提案に乗るとしよう。さすがに今日中は無理なので、明日にでも女子供や老人を優先して先に馬車で移動させたい。だが……馬車の数が足りんのだ!」

「……なら、これ使う?」


 俺はテムたちが元々所持していた馬車とラヴェイン子爵から強奪した馬車を見せた。


「おお! これは助かる!! これなら、なんとかギリギリ乗せられそうだ!」

「こっちの馬車は壊れてますが……今日中には修理できそうです!」


 ごめんね。その馬車、俺が壊したの。



 しかし、これで今回の強奪事件は解決できた。


 主犯は敢えて逃がしたままだが、食糧は取り戻せたし、更にはフォー男爵とその領民たちという人材まで増やせたのだ。


 実行犯の傭兵団も今頃はエドガーたちが壊滅しているだろう。


 今回の強奪の依頼、ほとんどの傭兵団は俺たちに恐れをなして辞退したらしい。中には俺たちに恩を売りたかったのか、情報提供する傭兵団まで現れたので、金貨を握らせて帰らせたか、希望者はそのままサンハーレで雇うことにした。


 哀れ情報に疎く伯爵の悪行に手を貸してしまった馬鹿どもは、きっと今頃地獄を見ている頃だろう。まさか“石持ち”を打ち破った傭兵団と金級傭兵団が二つも待ち構えているとは想像の埒外だろうな。


 本当にご愁傷様です。



 俺たちはフォー男爵家にカムーヤの領民たち、それとテムたち一行も加えてサンハーレに帰還した。

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