第81話 ルーマン伯爵とフォー男爵
「ルーマン伯爵様! これではお話が違います!!」
ミルモ・ラヴェインから泣き言を聞かされた私は思わず顔をしかめた。
「ええい、黙れ!! 元はお前の叔父がやらかした件が尾を引いているのだぞ! つべこべ言わず、さっさと傭兵団を集めぬか!!」
目の前にいる男、ミルモ・ラヴェインを子爵位に叙爵してもらうまでは良かったのだが、サンハーレがこちらの要求を受け入れず、私の計画はご破算となってしまった。
しかも、その責を取らされ、私の指揮で南部の領地から食糧を強奪しなければならなくなったのだ。
(私兵もだいぶ減らされた。このクズは役に立たぬし……ええい! エイナルめ……!)
それもこれも、分不相応に反乱を企てたエイナルとその領民たちサンハーレ勢力が悪いのだ。父が散々面倒を見ていたというのに……飼い犬に手を噛まれるとは正しくこの事だ。
私の命令でミルモは傭兵ギルドへと駆け込んだ。
今回、作戦の実行役に私兵を使うのは避けようと思っている。というのも、コルラン宰相が煩いのだ。
“いいですか? 今回の食糧強奪は絶対バレないようにしてください! 伯爵の私兵を公の場で使うのも、伯爵が傭兵を雇ったと悟られるのも駄目です。もしそれが明るみになれば……民は王政府へ不信感を抱くでしょう。それだけは絶対にあってはならないのです!”
宰相から再三注意されて辟易していたが、確かにあの男の言うことも一理ある。わざわざ民からの支持を下げる必要もあるまい。
(まぁ万が一露見したところで、所詮は下賤な民どもだ。武力で無理やり抑え込めば問題なかろう)
それから三日後、ミルモはようやく指定人数の傭兵をかき集めたと報告にやって来た。
「はぁ!? 銀級しか雇えなかったのか!? 金級傭兵団はいなかったのか!?」
ミルモには決して少なくない軍資金を持たせていたはずだが、それにしては集めた傭兵団がどれも貧弱であった。
「そ、それが……いるにはいたのですが……どこの団からも断られてしまい……」
話を聞くと、どうも連中は相手がサンハーレ勢力と聞いた途端、恐れをなして辞退してきたと言うのだ。
「何? サンハーレはそれほどの戦力なのか?」
「え? い、いえ……私には、どうもさっぱり……」
この男……本当に役に立たない。
サンハーレ領を取り戻したいと言うから取り立ててやったものの、その領地の情報さえ知らず、傭兵を満足に集めることすらできないとは……
「ええい、もうよいわ! どうせ今回の作戦ではサンハーレの町を避ける形になるのだ。たかが農地への襲撃なんぞ、銀級でも十分こなせるだろうよ!」
「そ、そうですよね! さすがは伯爵様!」
「……ふん」
私は総勢50名以上となる即席傭兵部隊に作戦を伝えた。
「いいな? 南部から食糧を強奪し、それをこの男爵領まで運び入れるのだ。ただし、決して後を付けられてはならぬぞ! それと、私が指示したというのも秘密だ。破れば……命は無い!」
「へい! 俺たちに任せてくれ!」
「そんな任務、お安い御用だぜ!!」
金級は雇えなかったが、数名ほど銀級上位の傭兵を確保できた。
宰相には王政府の指示だとバレないよう、まずは西側の領地に食糧を集約するよう助言されていた。
西側はつい先日まで帝国軍が支配していた領域なのと、メノーラ領からも近い。そこに一旦食糧を運び入れる事で、強奪の犯人を帝国軍残党やメノーラ勢力の仕業だと誤認させたいらしい。
ただ西側は現在、本当に帝国軍の残党がいるので治安があまりよろしくない。そこへ食糧を集めても守り切れるだけの兵力が足らず、私もそんな危ない場所には近づきたくもなかった。
そこで、少し中央寄りの男爵家の領地を利用することにした。
作戦を聞かされた男爵は食糧強奪には反対であったが、これが王命であると知ると散々ごねたものの、最後は渋々納得してくれた。ここなら多少の兵力もある上に、万が一作戦が露見されても男爵に責を負わせれば問題あるまい。
「よし! それでは強奪作戦開始だ!」
作戦開始から半月後、南部から強奪した食糧は順調に王都へと届けられるのであった。
「…………というのが、凡その背景なようです」
「なるほど、首謀者はルーマン伯爵か……」
シノビからの報告を聞いた俺は頭に血が上るのを必死に抑えていた。
(ルーマン伯爵……! ステアにあんなふざけた手紙を送りつけるだけでなく、食糧までも……許せん!)
ルーマン伯爵は現在、王国中央部に位置する男爵領に居座っているらしい。そこにはエイナル・サンハーレ元子爵の甥であるミルモ・ラヴェイン子爵も一緒との報告が挙げられていた。
これは害虫二匹を同時に駆除できるチャンスである。
「よし! そこには俺が直接行こう。ニコラス、レア、お前らも一緒に来い!」
「おう!」
「分かりました!」
指名したのは元Sランク冒険者“青き盾”の二人だ。今はサンハーレの奴隷兵と成り下がっているニコラスとレアである。
今回の農地強奪事件には、“
戦力としてはやや過剰だが、どいつも暇そうにしていたので、実力を見る意味でも試しに誘ってみたのだ。
幸いにも彼ら彼女らの全員が良識的な感性を持っているようで、民から食糧を強奪する輩に対して強い憤りを感じていた。農地の巡回や防衛にも二つ返事で頷いてくれたのだ。
「そっちは三人だけで平気か? 仮にも今回の首謀者の懐に飛び込むんだろう?」
「兵力不足なのか、そこまで厳重ではないようだし問題ないな。それより、防衛の方に数を回したい」
首謀者を捕らえるのも大事だが、それよりも実行役である傭兵団を倒さなければ意味がない。例え同業者だろうが、サンハーレに不利益となる依頼を受けた時点で彼らの命運は決まってしまった。
(全員……ゼッチューだ!)
俺はニコラスとレアを引き連れて、件の男爵領へと赴いた。
カムーヤ領
元は王領であったこの地だが、数代前のフォー男爵家当主が手柄を立て、この小さな領地を治める権利を得たそうだ。
それ故、フォー男爵家は王家への忠誠心が高いものの、今代の当主は領民思いでも知られ、王政府との板挟み状態に苦心しているとの情報を入手した。
現ティスペル王政は戦争勃発前から民を軽視しており、最近ではそれにますます拍車がかかっていた。
そこにきて今回の食糧強奪作戦だ。
食糧運搬の中継地点にカムーヤ領が選ばれてしまい、フォー男爵は頭を抱えているらしい。
(ふむふむ、フォー男爵は許してやるか……)
俺はシノビから得た情報を頭で整理しながら、カムーヤにある町の外から様子を伺っていた。
「あの倉庫が食糧運搬の中継地点でしょうか?」
水の神術士であるレアからの問いに俺は頷いた。
「ああ、どうもそうらしいな。大慌てで作った倉庫らしいから、破壊するのは簡単そうだな」
「倉庫を壊したら食糧も傷むと思うぞ?」
「……そうだった」
ニコラスにそう指摘され、脳筋プレイをかまそうとしていた俺は思いとどまった。
今回の一件、どうやって解決しようか俺は頭を悩ませた。
まずは伯爵と子爵を倒すなり捕まえる。これは必須だろう。
だが、その後は? あんな大量の食糧、俺たち三人だけで持ち帰るのは不可能だ。
(しまったなぁ。もっと数を用意するんだった……)
今からでもブレット団長にでも頼んで“ブレイズハート”に応援に来てもらうか?
“金盞花”は少数精鋭だが、“ブレイズハート”の方は団員の数が多いのだ。
どう動くべきか長考していると、町の外側から何者かが歩いて来た。カムーヤ領の農民たちのようだ。畑仕事の帰りだろうか?
「ハァ……。これから本格的に冬になるってのに……」
「いくら麦を育てても結局、大半は王都に持っていかれるだけだからなぁ」
「王都の連中め! テメエらも畑仕事してみろってんだ!!」
「あー、怒ったら余計に腹減ったぁ……」
お腹を空かせながら農民たちが王都への愚痴を零していた。彼らの言動や身なりから察するに、十分な食糧が行き渡っている状況とはとても思えない。
それに、先ほどの会話……
(……もしかして、ここの領民たちも倉庫の中の食料を知らないのか?)
思えばそれも当然か。
シノビ集の報告では、この強奪事件が世間に明るみになると、民たちの反感を招くという理由から、傭兵たちだけでなく、関わっている兵士や使用人にも戒厳令が敷かれているそうだ。
しかも、強奪した食糧はこっそり王都に運び込まれた後、この領地には届けられていないようだ。
それを民が知ったら、一体どうなるか…………
(……これ、使えるなぁ!)
俺はニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
フォー男爵には悪いが、計画を黙認している時点で彼にも多少の罪はある。男爵やここの領民たちも巻き込んでしまおう。
この騒動で領民にも少なからずの死傷者が出るかもしれないが……俺がまず優先するべきはサンハーレの民なのだ。
「作戦を決めた! ニコラス、レア、奴隷兵から解放されたければ、ここでしっかり働けよ!」
「OKだ。ご主人様!」
「は、はい!」
俺は二人に作戦内容を伝えた後、早速行動を開始した。
「よーし、いいぞ! 強奪作戦は成功だ! 国王陛下もご満足されているそうだ!」
「そ、そうですか……」
私の策が見事にはまり、王都の食糧事情も回復傾向にある。
だというのに、フォー男爵の表情は暗いままだ。
「ルーマン伯爵。王都の備蓄にも余裕が出たのでしたら、せめてここの領民にも食べ物を配給したいのですが……」
「うーむ……まだ時期早々ではないかな?」
「そ、そんなぁ!? それではお話が違います!!」
男爵はそう言うが、王都の備蓄量はまだまだ完全には程遠く、公爵家や侯爵家、それに私の領地など、上級貴族が治める領地へ食糧を運搬するのも先決であった。
更には北から戦力を確保した暁には、軍の備蓄も用意せねばならぬのだ。
こんな木っ端貴族の治める領地に食糧を分け与える余裕など、今はまだ無いのだ。
「何も嘘は申しておらん。王都並びに周辺地域の目処が立てば、勿論男爵の領地にも食料が分配される。もう少しだけ辛抱するのだ!」
「もう一刻の猶予もありません! 腹を空かせた民を押さえつけるのは限界なのです! そんな状況で、もし仮にあの倉庫に食糧があるなどと知られれば……!」
「……そうなれば、対処するしかあるまい? 王へ献上する食糧に手を付けるのだ。それは死罪に値する行為である。違うかな、男爵?」
「な……なんて事を……!」
全く……フォー男爵と言い、コルラン宰相と言い、どいつもこいつも民の機嫌を伺い過ぎなのだ。貴族としての振る舞いに欠ける行為である。民など掃いて捨てるほどいるのだ。それよりも貴族や兵士を活かすべきだと、何故それが分からないのか……
大局の見えていない男爵に私が呆れていると――――
「――――た、大変です! 倉庫が何者かに襲撃されました!」
「な、なにぃ!?」
私の私兵が慌てた様子で報告にやって来た。
「どこのどいつだ!? まさか……ここの領民がやったのか!?」
「そ、そんな……!」
男爵が顔色を真っ青にしながら狼狽えていた。
「いえ、まだ何者かがハッキリしないのですが……。ただ、目撃者の証言によりますと、賊の中には水の神術を使う奴隷らしき女と、同じく奴隷の剣士がいるらしく……」
「おのれぇ……! そいつらをさっさと始末しろ! それと、この件は町の人間には知られるなよ! 万が一、食糧の件を知った領民がいれば……あとは分かるな?」
「え……ハッ! こ、心得ました!!」
私の意図を察した兵士はすぐに現場へと戻っていった。
「フォー男爵! そなたの兵も借り受けたい! この一件、公になればどうなるか、当然男爵も分かっているな?」
「わ、分かりました! ですが、どうかくれぐれも、短慮だけは起こさぬように、何卒……!」
「…………私も現場に行くぞ! 男爵も付いて参れ!」
男爵の無礼な物言いが気に喰わぬが、今はそれよりも騒ぎを治める事の方が先決だ。
私と男爵は新たに大勢の領兵たちを引き連れて倉庫に訪れた。
すると、先行して出していた私兵たちのほとんどが倒されていた。
「な、なんだ、この醜態は!!」
私が一喝すると、生存している兵たちが状況を説明した。
「あ、あの男と女です! あの謎の奴隷二人が倉庫を襲撃した下手人です!」
「あの二人、倉庫を見張っていた兵たちを襲うと、そのまま入り口に立ち塞がって動かないのです!」
「なんとか排除しようと試みましたが、かなりの腕で我々にはどうすることも……!」
兵士たちの報告どおり、食糧を隠していた倉庫の前には、隷属の首輪を身に付けた男女二人組が立ちふさがっていた。男は剣と盾を装備し、女は神術士特有のローブと杖を装備していた。
「貴様らぁ! 一体何奴かぁ! この倉庫の中身を一体誰の物だと思っている!」
「当然、この倉庫の食糧は民の物だ! 貴様ら貴族の物ではない!!」
私が怒鳴りつけると、男の剣士も生意気に怒鳴り返してきた。
「ふざけるな! それは、王の――――」
「伯爵! ここでは拙いです!!」
「――――あっ!?」
男爵の言葉に私は我に返った。
今、この現場には我々と兵士、それと件の賊の他に、遠巻きに見物している町民の姿も見えたのだ。
(……ちぃ! こいつらの前で王の物と公言する訳にはいかぬ! 食糧についてもだ!)
一刻も早く、賊共の口を封じる必要があった。
「奴らを始末しろ! さっさと行かぬか!!」
「「「ハッ!」」」
私の命令で真っ先に動いたのはルーマン家の私兵だけだ。男爵の領兵たちはまだ動いていなかったが、この人数差であれば問題あるまい。
そう思っていたのだが、男の剣士は守りが硬く、誰一人近づけぬまま斬られるか、女神術士の神術弾であっさり倒されてしまった。
すぐに私の手駒が減らされてしまった。
「くそぉ! どいつも役に立たぬ! フォー男爵! 貴様の兵もとっとと突撃させぬかぁ!」
「し、しかし……敵は尋常ではない相手で、とても敵うとは……」
「あの賊を仕留めなければ我々は終わりだぞ! やれー!」
「くっ……!」
男爵が迷っている間に、倉庫の入り口を塞いでいた剣士が再び声を上げた。
「聞けぃ、町の者たちよ! 私は
奴隷剣士から予想外の言葉が放たれた。
「――っ!? だ、男爵! これは一体どういう事だ!?」
「し、知りません! 私はあんな奴隷……全く持って知りません!」
あの男の虚言か、はたまた男爵が裏切ったのか定かでは無いが、剣士はそのまま周囲に口上を述べ続けた。
「その食糧は全て、王都やその周辺領地に運ばれているが……この町には小麦一本たりとも分け与えられていない! 必死に農地を耕し、王都に食糧を献上し続けている我々が、だ!」
「「「…………」」」
男の演説を遠くから見守っていた町民たちは真剣な表情で耳を傾けていた。
「いかん! 早くあの男を黙らせろ! それと町民たちも直ちに追い払え!」
「は、はい!」
残った私の兵士たちが再び突撃を試みたが、剣士の守りは硬く、一向に倒せそうにない。
演説を聞いていた町民たちを散らす為に向かった兵士たちも、突然現れた黒髪の青年によって殴り飛ばされた。村の者だろうか?
「ざけんな! それじゃあ全部、王都の連中が悪いんじゃねーか!」
その黒髪の青年は奴隷剣士の言葉に乗せられたのか、王政府を罵倒しながら私兵たちを次々に拳だけで倒していった。
(くぅ!? まさか、あんな奴が下賤な民に紛れ混んでいるとは……!)
もしやあの黒髪の青年も奴隷たちの仲間だろうか? 村人にしてはやけに強すぎる。
「ええい、フォー男爵! 早く貴様の兵も動かせ! これ以上躊躇うようなら、貴様も連中の仲間と見做すぞ!!」
「…………」
何時までも動こうとしない男爵に私はしびれを切らし、腰の鞘から剣を抜いた。
「……そうか。貴様、裏切ったな……死ねぃ!!」
「っ!?」
私はすぐさま男爵へ剣を振るったが……
「…………は?」
「け、剣が……!?」
気が付いたら、私の剣は根元から切断されていた。しかも、何時の間にか黒髪の青年がすぐ傍にいたのだ。
(まさかこいつ、素手で剣を断ったのか!?)
「ふぅ、なんとか危機一髪。フォー男爵。
青年は男爵の方へ振り返り、にこりとほほ笑んでいた。
「ぐっ! やはり、そうか……! フォー! 裏切ったなぁ!!」
私が罵ると、フォー男爵は青年の方を見た。
「…………何者かは…………だろう。 …………話に乗ってやる!」
フォー男爵は何かを青年に呟いていたようだが、小声でよく聞き取れなかった。
「ああ、そうだルーマン伯爵! 民から食糧を強奪した挙句、その食糧すら独占するとは……王家共々、浅ましいにも程がある!! 我が男爵家はその行いを到底見過ごすことなどできん!!」
「貴様ぁ……! 王に逆らうとは……ここの領地も滅びる羽目になるのだぞぉ!!」
「……飢えて死ぬよりはマシだ! 兵士たちよ! この男を捕らえよ!」
「「「ハッ!」」」
先程まで動かなかったフォーの兵たちが一斉に剣を抜いた。
「くそぉ! フォー! 覚えているよぉ!!!」
さすがにこの場は不利だ。
私は近くにいた護衛を引き連れてその場から離脱した。
背後から男爵の兵たちが追って来ていたが……何故か全員、盛大にこけていた。
「ハッハー! 間抜けどもめー!!」
よく分からないがラッキーだ。
この隙に私は馬を調達し、王都方面へと撤退した。
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