第80話 ティスペル王と愚かな貴族たち

 ステアはルーマン伯爵への返事を書き直して、それを使いのシノビに持たせて送った。


 書簡の内容は多少オブラートに包まれたもので、“冗談ですわよね? お断りですの!”と言った文章が綴られていた。



 そして、後日…………




「え!? 斬られそうになった!?」

「はい。書簡を読んだ伯爵が激怒し、殺されそうになりましたので逃げ帰りました」

「そ、それは……申し訳なかったですの」

「いえいえ」


 シノビに頼んで正解であった。普通の兵士なら殺されてしまっていたかもしれない。


 しかし、使者を斬ろうとするとは……


「まぁ、そんな気もしていましたが……これで決定的に、伯爵家と背後にいる王家とも対立しましたな」

「ドンと来いですの!」

「こっちも元々そのつもりだしな!」


 北部に建造中の要塞も、もう間もなく竣工予定だ。


「王政府軍の規模はイデール軍より強大ですが、帝国との戦いで相当消耗しているはず……。油断は禁物ですが、やれないことはないでしょう!」


 オスカー大隊長も領兵団長であった頃とは違い、幾度も大きな戦を経て自信を付けてきているようだ。これまでの戦いで生き残っている士官やサンハーレ兵たちも、どこか風格のようなものを感じるようになってきた。今では国の正規兵とも遜色ない実力を身に付けているはずだ。


 また、これまで勝ち続けてきたサンハーレ自治領に自分たちを売り込もうと、かなりの数の傭兵団が訪れていた。その中には金級傭兵団の姿もあったのだ。




「アンタが噂の“双鬼”だな? 俺は金級上位の傭兵団“ブレイズハート”のリーダー、ブレットだ。よろしく頼む!」

「私は金級中位“金盞花きんせんか”のリーダーをしているエーディットよ! よろしくね!」



 ブレットは30代半ばのナイスガイで、傭兵にしてはどこか品のある男であった。


 そのブレットはシェラミーに声を掛けていた。


「そしてアンタが“紅蓮”か。なるほど……強そうだ!」

「ブレットと言ったっけ? アンタ、私を知ってるのかい?」

「勿論だ。“紅蓮の狂戦士団”が解散してくれたお陰で、俺たち“ブレイズハート”が繰り上がりで金級の上位に入れたんだからな」


 ブレットはおどけてみせた。


(……という事は、“ブレイズハート”はランキング30位なのか)


 ランキング100位以内で金級下位、60位以内で中位、そして30位以内で上位となる。規格外の“石持ち”傭兵団を除けば、ブレットたちは世界でも上位30チームに入る傭兵団ということだ。



 一方、60位以内である金級中位の“金盞花”は少し珍しい傭兵団だ。


 シェラミーと同じく女性のエーディットがリーダーを務めているのだが、その団員メンバーも全員が女性で構成されていた。


 タイプは様々だが、メンバー全員が闘気や神術を扱うスペシャリストらしく、少数精鋭といった感じの女傭兵団なのだ。


 リーダーのエーディット自身もまだ30才手前と若く、陽気な性格をしていた。


「見ての通り、私らはこんな団だからね。女領主様が治めているサンハーレは居心地が良さそうだったんで、勝ち馬に乗らせてもらうことにしたんだよ!」

「なるほどな。うちの領地はどの女性も強くて頼りになるぞ」


 俺はチラリと隣にいるシェラミーやソーカの方を見た。


「ハハ! そりゃあ良いね!」


 場所にもよるが、この世界では男尊女卑の風習がある国家はまだまだ多い。ティスペル王国も現在は女性の爵位持ちが居ないようなので、女領主であるステアを疎ましく思っている貴族も多そうだ。



 サンハーレ勢力は着実に拡大し続けていた。








 新たな伯爵家当主の座を引き継いだ私は、王城へ馳せ参じていた。サンハーレとのやり取りの一件で国王陛下から呼び出しを受けたのだ。



「ルーマン伯爵よ。サンハーレの一件はどうだ?」

「ハッ! それが…………」


 私は一瞬言葉に詰まるも、上手い言い訳も思いつかず、仕方なく正直に全部を話した。



「…………つまり、私がわざわざ裏切り者の末裔を子爵に取り上げてやったにも関わらず、貴様の策は失敗に終わったと……そういうことか?」

「は、はい……。おっしゃる通りでございます……」



 帝国軍侵攻の折り、ティスペル王家や王都に逃げ延びた貴族たちは、それはもう死に物狂いで籠城戦に耐えていた。そしてつい先日、なんとかこの窮地を退けられたのだ。


 そんな地獄のような戦況の中、真っ先に王国を裏切った領主や独立を表明した領地が存在した。サンハーレ自治領もその一つである。


 いや、自治領などと口にしようものなら、私の首は間違いなく飛ぶだろう。それほどまでに、国王はサンハーレ叛徒集団に対して怒っていたのだ。


 だが、今の王政府軍にサンハーレに構っている余裕は無い。特に兵力の減少と食糧不足は深刻な状況であり、サンハーレに征伐軍を送る戦力などなかったのだ。


 そこで私はサンハーレに、こちら側に投降するよう促す提案をしたのだ。


 最初は心底嫌そうにしていた陛下であったが、背に腹は代えられず、拘留中であったサンハーレ子爵の甥にあたるミルモ・ラヴェインを新たな子爵家当主とした。そのミルモにサンハーレを統治させる計画であったのだ。


 その代わり、今回の反逆行為に関しては不問にするという条件も王は飲み込んだ。


 だが、その策も潰えてしまった。



(くぅ! 新領主を名乗る小娘がぁ……! 偶々勝ち戦に恵まれたからと、調子に乗りおってぇ……!)


 イデールなど所詮、本をただせば辺境伯領の末裔に過ぎず、サンハーレが撃退したイデール軍も地方領兵団と大して変わるまい。メノーラ軍も裏切りの兆候があったので、事前にかなりの兵数制限が課せられていた弱小領兵団だ。


 そう、どちらも大した軍勢ではなかったのだろう。


 対してこちらは、つい先日まで帝国軍の主力と戦ってきたのだ。


 かなり消耗させられたとはいえ、仮にも一国の軍隊だ。王に反乱など企てても勝ち目はないというのに……小娘はそんな計算もできないのか!


 聞けば、新たなサンハーレの領主となったアリステアという女は、元はシドー王国の王女であるらしい。だがシドー王国なぞ所詮は他国の奸計に陥り、自国の領土をいいように荒らされ、今にも消えて無くなりそうな弱小国家に過ぎない。


 例え王家の血を引いていようと、シドーから離れたこの地では大した意味を持たない女なのだ。



「それで? 伯爵はこの一件、どう始末をつけるつもりなのだ?」

「――っ!? そ、それは…………!」


 いかん! 余計な考え事をしている場合ではなかった!


 王に提案したサンハーレの移譲作戦は失敗に終わってしまった。このままだと私の立場は悪くなり、用の無くなったミルモは爵位を取り上げられ、再び拘留の身になるだろう。


 ミルモ自体はどうでもいいのだが、奴を紹介し、更にはエイナルの元寄親でもあった私の責任問題にもなりかねないのだ。


「こ、こうなれば止むを得ません! 南に軍団を派遣して、サンハーレに降伏を迫るのです!」

「その戦力が足らぬから、策を講じると言ったのは伯爵、貴様自身ではないか!!」

「わ、私の考えが浅はかでありました……! ご、ご容赦ください……!」


 アリステアという小娘の所為で、私は王に頭を下げる羽目になったのだ。


(ゆ、許さんぞぉ! アリステアめ……!)


「陛下。ルーマン伯爵の策は失敗で終わりましたが、私も早急に南へ進軍する必要はあるものと思います」

「む? 宰相よ。それは何故なにゆえか?」


 コルラン宰相が口を挟んできたお陰で、私への追及も一先ず止んだ。


 ロニー・コルラン宰相――まだ30代でありながら、若くして侯爵家当主の家督を弟に譲り、王国宰相に抜擢された生意気な若僧だ。


 ティスペル王国の王政府は基本的に、爵位や年功序列を重んじる風潮にあるが、そんな中でも実力で宰相の座をもぎ取ったコルランは、国王でも一目置くほどの人物だ。


 そのコルランが口を開けば、その場にいる誰しもが彼に耳を傾けるのだ。


「帝国の卑劣な策略によって、我が国はかつてない食糧難に苦しめられております。食糧調達は何よりの急務! そして、それが可能なのは被害の少なかった王国南部から調達するか、或いはジーロ王国から支援を受けるのみでございます」

「むぅ、確かにそうだが……ジーロの連中は様子見を続けているのだろう? あの腹立たしい日和見主義者どもめ……!」


 対ゴルドア帝国との同盟関係にあったジーロ王国は未だ動きを見せていない。これは明らかな盟約違反であるのだが、今のティスペル王国はジーロと揉めている場合ではないのだ。


「はい。ですので、私は南部に攻め入るしか道は無いと申し上げております。ただし、ジーロ王国にも駄目元で、食糧の支援要請を続けておきましょう。例え要請を拒まれたとしても、後々それを理由にジーロ側へ強く出られる交渉材料にもなりますから」

「なるほどな。しかし、やはり問題は兵力だ。南部に出兵して隙を見せれば、帝国軍が再び攻め入って来るやもしれないのだぞ?」


 口では言わないが、国王はそれを一番恐れているに違いない。


 王都での籠城戦は本当に生きた心地がしなかった。帝国軍が撤退を始めたという報せを聞いた時、王や貴族たちは恥も外聞も捨てて涙を流しながら喜んでいたのだから。


 もう、あの悪夢はこりごりであった。



「その点についても考えがございます。南より先に北へ向かうことを具申いたします」

「北……? 裏切り者のコスカス領か!」

「左様です。あそこは今なおグゥの国と争っている際中ですが、新たな領主を名乗る元辺境伯の長男は、どうも父君より求心力に欠けている様子。恐らく北の兵士や臣下たちも、グゥの国が攻めてきたことで仕方なく彼に従って戦っているだけでしょう」


 前のコスカス辺境伯当主は、裏切りとは無縁の忠臣であった。文武に秀でた人材であったが、何よりもその人柄に惹かれ、彼に付き従う部下が多かったのだ。


「読めたぞ! コスカスに我が軍の増援を送り、北の争いに終止符を打つ! その後、長男を始末し、そのままコスカスの兵力を回収する算段か!」

「ご推察の通りでございます」


 確かに、その方法なら僅かな期間で兵力の補充も出来る上、北の警戒に兵を割かなくても済むようになる。兵が増員出来れば王都の守りを維持しながらでもサンハーレ領を奪還する事が出来るのだ。


 北と南の敵がいなくなり、食糧難さえ解決できれば、帝国軍相手でもまだまだ戦える。


 もうこの手しか無いと誰もが思った。


「問題はサンハーレ軍の戦力です。あそこの領地が自前の戦力であそこまで勝ち続けられるのは明らかに異常です! 本来であれば、もっと情報を集めてから慎重に行動するべきでしょうが……今はとにかく時間がありません!」

「むぅ……そうだな。先に北を平定してからとなると、食糧が持つかが心配だ」

「へ、陛下! それなら私にも一つ提案がございます!」


 ここが汚名返上のチャンスだと思った私は勢いよく言葉を放った。


「…………ルーマン伯爵か。一応、貴様の意見も聞いておこう」


 国王は明らかに期待していなさそうな表情をしていたが、ここで何か妙案でも出さなければ、私の立場はかなり苦しいものになるだろう。


「よ……傭兵を雇うのです! 宰相殿の作戦と並行して、我が軍が北上している間に、雇った傭兵たちに南部の食糧を調達させるのでございます!」

「…………」


 咄嗟の思い付きで出た案だが、我ながら妙案だと思っている。


 果たして…………


「…………ありだな。うむ! それは良いかもしれぬな!!」

「~~~~っ!!」


 なんとか首の皮一枚繋がったー!!


 王も私の案がお気に召したようで、さっきまで不機嫌であった表情を和らげていた。


 だが、どうやらコルラン宰相はその案が気に入らないらしく、表情をしかめていた。


「陛下。恐れながら……傭兵に任せるには些かリスキーでございます」

「む。宰相、それはどういう意味か? 分かりやすく説明せい!」


 今の案に何か問題点でもあっただろうか?


「ハッ! 偏に食糧調達と申しましても、それが一国の軍からによる計画的な徴収と、そこらの傭兵団による強奪とでは、その意味合いが大きく異なって参ります! やり方を誤ると、民をも敵に回しかねません!!」


 ふーむ、宰相の言いたい事は何となく分からないでもないが、今はそんな些事を気に掛ける余裕は無い。


 それは陛下も同じ考えだったらしく、宰相の意見に対して珍しく表情を曇らせていた。


「まぁ……しかし、それは仕方なかろう。今は国難なのだぞ? 国が立ち行かねば、民も生きてはいけまい?」

「え? あ……いえ、それは、そうですが……」


 コルラン宰相にしては歯切りの悪い返答であった。恐らく宰相としては反対したかったのだろうが、国王には真っ向から逆らえないのだろう。


 そこはまだ彼も若かった。


「この下らぬ戦争が終われば、あとで南部への支援もするし税も引き下げる! 今は何より戦に勝たねば話にならぬ!!」

「陛下のおっしゃる通りでございます!」


 提案した身である私は国王を持ち上げておいた。


(ふふふ、宰相と言ってもまだまだ若僧だな! これぞ貴族の処世術というものよ!)


 とにかくこれで私の立場も守られた。


「よし! では、傭兵の件と南部の食糧調達はルーマン伯爵とラヴェイン子爵が責任を持って果たせ! もし、これもしくじったなら……分かるな?」

「は……はいぃ!!」


 どうやら私はまだ崖っぷちに立たされたままだったようだ。








「なに? 盗賊団に農地が荒らされているだって?」

「はい。主に南西部のオレルド領と西の農村地区が被害に遭っております」


 ここ最近、王国中央部や北部は食糧難で暴動が頻発し、食い扶持に困った民が盗賊化していたりするそうだが、それでも南部は比較的平穏であった。


 一応北部からの警戒も兼ねて、兵士たちには定期的に巡回させているのだが、四六時中全ての箇所を見張っているわけでは無い。


「被害はどの程度ですの?」

「村が四つ焼かれ、二つの町の備蓄庫も襲撃されました。それと、巡回で偶々居合わせた小隊も二つ壊滅させられております」

「村が四つも!?」

「小隊が全滅!? ただの野盗崩れじゃないのか!?」


 想像以上の被害に俺たちは驚いていた。


「はい。まだ確証はありませんが……恐らく野盗の正体は傭兵団です。依頼主は王都勢力の貴族辺りでしょう」

「傭兵団を使って食糧を強奪しに来たってのか!?」


 まさか、王や貴族が民から強引に食糧を奪うとは……


(うーむ、これはいかん。すぐにゼッチューしなければ!)


 悪徳貴族やその手先は絶対に一人残らず天誅を下すのだ!


「シノビ集の人員を農地の警戒に回してくれ。その分、他の箇所が薄くなっても構わん! まずは敵の正体を見破る!」

「食べ物の恨みは怖いですの! 領主命令で最優先事項ですの!」

「御意!」


 俺とステアの命令に頷いたシノビは直ぐに行動を開始した。


「食料泥棒とはケチな傭兵団だが……そっちがその気なら、こっちも傭兵団を動かすまでだ!」

「ギルドには“不滅の勇士団アンデッド”に依頼を出しておきますの!」

「頼む!」


 ステアも一応団員メンバーな為、完全に自作自演ではあるのだが、領主からの依頼という形で、俺たちアンデッドは西の農耕地帯へ急行するのであった。

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