第79話 戦争の行方

 本日は領主館にて、サンハーレの主要人物を集め、報告及び相談会が開かれた。


 領主であるステアを筆頭に各役人や軍事の責任者、また町の有力者やネスケラ、ホムランといった技術顧問なども呼ばれている。



「――――では、賛成多数ということで、北部に新たな要塞都市を設けます」

「「「おお……!」」」


 まず議題に上がったのが、北に新たな要塞を築く計画案だ。



 サンハーレ自治領は現在、周辺の領地を次々に併合している。


 南の砦を擁する国境沿いのトライセン領


 トライセンの北に位置する小さな領地ソーホン領


 トライセンとソーホンに隣接し、農耕地帯が広がっているオレルド領


 サンハーレの西隣にあるゼレンス領


 ゼレンス領の更に西にあるグィース領


 以上である。



 五つの領地を吸収したサンハーレは、領土だけであれば結構な規模に膨れ上がっていた。


 ただ、問題は広い領地に対して兵力が不足しているのだ。


 南部はトライセン砦もある上にイデール軍も現在立て直し中なので、暫くの間は問題ないだろう。


 西部も一番の脅威であったメノーラ領が衰退し、グィース領の防備をしっかり固めていた。


 となると、今一番懸念されるのは北部の守りなのである。


 サンハーレの北にはトズワム男爵家の領地が存在する。規模はサンハーレより小さく、兵力も少ないので今までは放置していた。


 トズワム領もまた、サンハーレがイデールから攻められていた間、ずっと沈黙を保ち続けていた。


 一度トズワムに使者を送った事もあるのだが、トズワム男爵はティスペル王国の貴族として、サンハーレ自治領なる存在を認める訳にはいかないと、その面会を断ったのだ。


 ただ、トズワム男爵としても無用な戦闘は避けたいらしく、王都を支援するような動きを見せつつも、実際は己の領地防衛のみに心血を注いでいた。


 ハッキリ言うと、どっちつかずの日和見主義だと言えた。


 ここで仮に王都が帝国軍を退けて持ち直した場合、トズワム領はサンハーレに牙をむく可能性があるのだ。その為、サンハーレとしても北の守りを疎かにするべきではないという考えに至ったわけだ。



「グィースの防壁工事も終わったようですし、ドワーフ工兵隊の皆様には一度サンハーレに戻って頂きますの。希望する方には休暇を与え、残った人員で要塞の建築作業を始めてもらいますの!」


 ステアはそう言うが、多分ドワーフたちのほとんどが建築作業に参加すると思われる。


 ものづくり大好きな種族であるドワーフたちだが、今回工兵隊に参加しているドワーフには特別報酬として、ステアが生み出した地球産のワインを与えていた。それを知った他のドワーフたちも、こぞって志願してきたのである。


 あまりにも希望者が多く、その他の業務に支障をきたしかねなかったので、抽選まで行われたほどだ。


(ステアはまさしく、ドワーフキラーだな……)


 そして工兵隊と同じくドワーフ族に人気の職業が、ステアの親衛隊であった。


 現在の親衛隊は隊長エータを筆頭に、その他少数の女性兵のみで構成されていた。領地が拡大したことに伴い、小規模だった親衛隊の人員を増やそうと新たに希望者を募ったのだが、そこにも女性ドワーフたちが殺到していた。


 どうも貴重なお酒が飲めるかもしれないというデマ情報が拡がったようで、ドワーフたちが我も我もと志願してきたのだ。


 ただし、工兵隊とは違い、親衛隊には厳正な審査が必要となる。主を裏切るような者や暗殺者を招き入れるなど言語道断であった。まぁ、ドワーフたちの酒に対する忠誠心に関しては信用しても大丈夫だとは思うのだが……


 それとステアは女なので、親衛隊は今後も女性のみで構成される予定だ。だというのに、女装してまで志願してくるドワーフが多過ぎてエータが頭を抱えていた。



「陸は北に要塞建てればいいですが……海の方はどうすんですかい? 王国にはサンハーレ以外にも軍船を擁する港がありますぜ?」


 海軍からは代表者としてゾッカ大隊長と、その補佐役としてホセ・アランド班長が同席していた。元イデール艦隊提督という立場からも意見が聞きたかったのだ。


 そのホセが意見を述べた。


「率直に申し上げまして、イデール海軍は他国よりも規模は数段劣っております。前回の海戦のように上手く行く保証はございません。ティスペル王家の保有する軍船や、その他の国からの侵略に備え、海上戦力を上げておくべきでしょう!」


 ホセ曰く、イデール海軍の扱いは軍部内でも低かったようで、前回襲来してきた艦隊がほぼ総戦力だったらしい。そのイデール艦隊も先の海戦でほとんどの船が沈んでしまった。まともな戦力は残っていないらしい。


 当面、イデールからの海の侵攻は無視して構わないらしいが、それで安心してはならないとホセは警告をするのだ。


「とりわけ危険なのは、南に位置するリューン王国でしょうな。あそこは空軍も有名ですが、海上戦力も突出しております」

「え!? そのリューンって国は空軍も存在するの!?」


 それを聞いたネスケラが驚いていた。


 最早サンハーレ首脳部内では、ネスケラの智謀は有名であるのだが、新参者のホセはそれを知らず、幼女の存在に困惑していた。


「は、はぁ……。リューン王国には飛竜騎士団という空飛ぶ魔獣を飼いならして騎乗する空の騎士団が存在するのです」

「うわぁ……! 想像よりずっとファンタジーだった……」


 きっとネスケラが想像していたのは飛行機とかの航空戦力なのだろう。


「海軍は一朝一夕で拡大できるようなモノでは無いだろう? 元イデール海兵の捕虜を採用して増やすくらいしか具体案は浮かばないが……果たしてどれ程の人数を集められるか……」


 オスカー大隊長の言葉にホセが反応した。


「そこは私に任せていただきたい! これでも元提督という立場なので、何名かは私の説得に応じてもらえるでしょう!」


 愛国心のあるイデールの捕虜からは“裏切り者“と罵られているホセだが、それでも彼は積極的にサンハーレ側に味方してくれていた。


 近々、彼の働きぶりに応えるべく、ホセの階級を上げる予定だ。元将校であるホセを粗雑に扱えば、イデールから鞍替えをした兵士たちも不満を募らせるだろう。



「ほむ。既存の軍船には全て魔導エンジンを付けておいた。新造艦の方も、もう間もなく完成予定だ。ただそいつは試験艦なので、実戦にはまだ投入できないが……」

「新しい船は木造船なんかより、もっともっと丈夫になるよ!」

「おお!? それは素晴らしいですな!!」


 ホムランとネスケラの報告を聞いたホセは感動していた。



 今ネスケラたちが着手しているのは、主に鋼鉄などの素材を使用した鉄の船である。


 鉄の船自体は既にボートが存在しているが、ネスケラたちが開発しているのは小型船ではなく、ステアのスキルでも購入できないような中型や大型の船であった。


 将来的にはその技術で大きなタンカーを造り、コーデッカの油田からサンハーレまで運ぶ計画だ。


 ガソリンが供給されるようになれば、自動車を普及したいと考えているようだ。当面先の話なので、今は奴隷や捕虜を使って街道を走りやすく整備している段階である。



「次は教会からですな。シスターリンナ」

「はい。治癒神術薬の備蓄量ですが、まだまだ目標数には届いておりません。治癒神術士の数も足りておらず、診察待ちの状況が続いております」


 リンナの報告にこの場に居る全員が暗い表情を見せた。


「確かトライセンにも教会はあった筈ですが……それでも足りませんか?」

「はい。あちらの神父様とも相談しながら人員調整を行っておりますが……。今は神聖属性を扱えるフリーの神術士を雇い、それでなんとか回している状況です」


 治癒神術を扱えるのは、なにも教会の神官たちだけではない。


 教会に属していない野良の治癒神術士も存在する。しかし、教会が秘匿している技術を持たない治癒術士の腕は、正直言って微妙であった。


 在野の治癒術士にも、稀に腕が立つ者も現れたりするが、すぐに王家や貴族に囲われてしまうか、教会がスカウトしてしまう。


 そこらの神聖属性を使えるだけの神術士と神官とでは、看護資格を持つ素人と医者くらいの力量差がある。治癒術士はどこも取り合いになってしまうのだ。



「それと先日、聖教国からサンハーレ教会宛てに手紙が届いたのですが……」

「聖教国からですか!? 一体どんな……?」


 ヴァイセルが尋ねるとリンナはすぐに答えた。


「治癒術士の人員が不足しているようなら、何時でも神官を派遣する準備があるといった内容でしたわ」

「なんと!? 神官を派遣してくれるというのですか!?」


 これにはほとんどの者が驚いていたが、中にはそう来るだろうと予想していた者もいた。


 ちなみに俺は驚いた方だ。


「しかし……こっちの裁量で神父たちを処刑したり奴隷にしちゃったりしたけれど……聖教国はそれでも神官を送ってくれるもんなのか?」


 俺が質問を投げかけるとヴァイセルが顎に手を当てた。


「まぁ、あり得なくはないでしょうな。あそこはそういう分からない行動を度々する国ですからな……」

「一応、罪を働いた神父たちの一件も聖教国にキチンと説明しておこうと手紙を送っていたのですが…………それについても『問題ない』との返答が届いておりますわ」


 聖教国は基本的に、どんな国でも神官や勇者の派遣サービスを行なっているそうだ。ただし、その恩恵を受けるには、教会の設立やエアルド教の布教活動を認める必要がある。


 あとは多少の献金だが、それに関しては各教会責任者に委ねられているそうだ。


 故に、前任の悪徳神父のような欲深い輩も稀に出てしまうわけだが……正義の側であろうとしている教会は、そういった行いに対して割と厳しい。その点に関しては好感が持てる。


 ただ、人を癒す神官たちの派遣は理解できるのだが、勇者の派遣だけは全く賛同できない。それではまるで、傭兵ギルドと同じ……いや、それ以上に質が悪いではないか。勇者の戦力は傭兵の比ではないのだ。


 戦争の火種となり得る勇者の派遣と、神官たちによる人道支援……やはり聖教国の行動理念は分からない。


(一歩間違えれば、五郎が敵として立ちはだかっていた訳だし……そう考えると、教会はどうにも信用ならないな)


 五郎の存在を知っている者は俺と同じ感情を抱いたようで、教会に対しての不信感を募らせていた。


「うーん、神官の派遣は魅力的ですが……今回はご遠慮するですの」

「かしこまりました」


 領主であるステアの判断で、神官の受け入れは見送る形になった。




「最後はシノビ集からですな。クロガモ殿」

「はい。我々からの報告は二点あります。まず北の情勢ですが、コスカス領兵団とグゥの国は依然、五分の戦況となっております」

「“北の盾”コスカス領……噂に聞いていたが、凄まじいな……!」


 一領主が動かせる戦力だけでグゥという一国家の軍勢を抑え込んでいるのだ。普通ならばあり得ない戦力だが、それほど前当主であるコスカス辺境伯は王家に信頼されており、大軍を所有することを特別に許可されていたのだろう。


 恐らくその背景には、過去にイデール元辺境伯が不遇な扱いを受け、王国から離脱した歴史がある故かもしれない。王家はコスカス領が第二のイデール独立国になる事を恐れていたのだ。だからこそ、コスカスには特別な計らいをしていたに違いあるまい。


 結果的にはその信頼も見事に裏切られ、コスカスは帝国側に付いてしまった。


 どうも文武に長けた忠臣であるコスカス辺境伯が嫡男に暗殺され、急な代替わりが起こったようだ。恐らくその嫡男もサンハーレ卿同様、帝国に唆されたのであろう。


 父を暗殺して代替わりなんてやり方、部下たちが付いて来るとは思えないのだが、シノビ集からの情報によると、やはりというか臣下たちは新たな当主を快く思っていないらしい。


 ただ、間髪入れずにグゥの国が攻めて来た事情もあり、今は身内同士で争っている状況ではないという判断らしく、現当主に渋々従って防衛任務に当たっているようだ。


 ティスペル王家にしても、コスカス新領主にしても、グゥの侵攻で首の皮一枚繋がっているという状況が、なんとも皮肉であった。



「なあ。これ、グゥの国に一旦引いてもらった方が、俺たちもグゥの連中もお得なんじゃねえのか?」


 俺と同じ考えに至ったエドガーがそう提案すると、その質問にはクロガモが答えた。


「それは私も現場のシノビたちも同じ考えを抱いておりました。そこで勝手ながら、グゥの国の上層部に一時停戦のメリットが伝わるよう、それとなく情報を流してみたのですが……全く効果がありませんでした」


 既にシノビたちも情報操作を行っていたようだが、グゥの国の指揮官が猪頭らしく、突撃ばかりで引く事を知らない厄介者らしいのだ。


「あの様子では戦略的理由で引くより先に、兵力か物資が先に尽きて止む無く撤退する未来しかありません」

「なんてこった! 万が一、帝国軍が王都方面から撤退するようなら、タイミングによっては王都の軍とコスカス軍、両方を相手にする羽目になりかねんぞ!」


(グゥの国め! 中途半端に手を出すくらいなら攻めて来んなよ!)


 北の情勢はグゥの国次第ということだ。



「その帝国軍についての報告が二点目です。王都侵攻軍を支えている後方部隊の備蓄量が、既に危険域へと達しています。近々、帝国軍も何かしらの動きを見せるでしょう」

「それは本当ですか!?」

「今ここで帝国軍が敗れるのは……」

「ちなみにクロガモ殿のお考えは? 帝国軍はどのような手段を講じるでしょうか?」


 役人や士官から尋ねられたクロガモは自らの予想を口にした。


「そう遠くない内……恐らく一カ月以内に王国領から撤退するかと。ただ、侵攻軍も手ぶらでは帰れないでしょうから、近隣の主要街を焼き討ちしながらの撤退ではないかと……」


 所謂、焦土作戦ってやつか。


(結局、この戦争には何の意味があったんだ?)


 サンハーレのように飛躍した領地もあるが、それ以外の領地や国は失う物ばかりで、なんの益も見出せそうになかった。


 敢えて述べるのなら、今回参戦しなかったジーロ王国やその他周辺国が一番得しているようにも思える。


(とんだ喜劇だな……)



 報告会から五日後、予想よりだいぶ早く帝国軍が撤退を始めた。






「もう帝国軍が撤退したって!?」


 シノビからの報告を聞いた俺は驚いた。予想よりもだいぶ早い撤退であったからだ。


「はい。しかも周辺の農耕地から収穫物を強奪しつつ、帝国方面へ後退しております」

「そう来たかぁ……」


 焦土作戦ではなかったが、面倒な真似をしてくれたものだ。



 戦争によってティスペル王国内はかつてないほどの食糧難に陥っていた。


 そんな中、やっと収穫期を迎えた矢先での蛮行に、王国内では一気に治安が悪化した。飢えた領民たちがその日の糧を求め、盗賊に身を落としたり反乱を起こしたりするようになったのだ。



「グィース領付近にも帝国軍の斥候らしき部隊が現れたそうですが、新たに造られた防壁を見て襲撃を断念したようです」

「建てておいて良かったよ!」


 サンハーレ自治領支配下の地域では、帝国による略奪行為などは一切起こらなかった。戦力が足らないと判断したのか、帝国軍は南部まで攻めなかったのだろう。


 元勇者にして”豊穣の聖者”の異名を持つ五郎の活躍により、サンハーレ近郊の農地は何処も豊作だ。戦争が原因で引き起こしていた食糧高騰も他の地域ほど起こらず、今のところは平穏であった。


 ただ、他の領地との格差が激しい故に、移民の数が更に増加した。移民の中には盗賊行為をするような愚か者まで増え始めていた。


「サンハーレからも兵を巡回させて治安維持に努めさせますの」

「食うに困ってる人には、新たな農地でも作らせてみるか」

「もう少し村の数を増やしてみても良いかもしれませんな。今の森なら開拓も容易いでしょうから」


 ヴァイセルはサンハーレ北部にある森を切り開いて村を作ることを提案してきた。


 冒険者ギルドからの報告では、サンハーレ近郊の森にいる魔獣の姿がほとんど見られなくなったそうだ。小鬼騒動のお陰と言うべきか、魔獣はかなり捕食されたか逃げたらしく、その数が激減しているようなのだ。


 比較的安全となったこの機に、森の中に新たな街道を設け、更に中継地点となる宿場町を作りたいとヴァイセルは考えているらしい。人が増えれば居住区も必要な訳で、そうなると木材もかなりの数が必要となる。そういう時、森の開拓事業は一石二鳥なのだ。


 更に、以前俺たちが遊びに行った沿岸部周辺地域のリゾート化計画も進められていた。そちらはステアとネスケラが主導で行っており、シュオウも少しだけ関わっている。折角海があるのだから、それを最大限利用すべしというステアの考えに役人たちも賛同してくれたのだ。


 ただし、今は戦時下でリゾート地建設は急務ではない。そちらはエビス商会の資産だけで、じっくりと計画を進めていた。


「人手はいくらいても問題ないですの!」


 食糧事情も改善傾向にあるので、サンハーレの人口は激増していた。


 ただ、良い事ばかりでもなかった。


 景気が良い分、他の領地から目を付けられ始めたのである。




「ステア様。ルーマン伯爵の使いを名乗る者から手紙を預かっております」


 その手紙を受け取り、読み終えたステアは眉をひそめた。


「なんて書いてあったんだ?」

「簡単に言いますと、その領地をラヴェイン子爵に明け渡せって書いてありましたの。今更ですわね」



 ルーマン伯爵とは、処刑されたサンハーレ子爵の寄親貴族であり、生前の子爵はルーマン家に色々援助してもらっている立場であった。


 しかし、そのルーマン伯爵は帝国侵攻の際に戦死。今は王都に逃げ延びた彼の長男が家督を引き継ぎ、新たなルーマン伯爵を名乗っていた。


 その新ルーマン伯爵からの書簡には、”この港町は王家がサンハーレ家に与えた領地であり、サンハーレ一族の末裔こそが正当な領主である”と書かれているのだ。


 諸悪の根源、エイナル・サンハーレを処刑した際、その妻や子などの家族全員を追放処分にしていた。そのサンハーレ元子爵一家は現在、ここより北にある領地で慎ましく生活しているらしい。定期的にシノビが確認しているが、今のところ何かを企てている兆候は見られないそうだ。


 今回、新ルーマン伯爵が言うところのサンハーレ一族の末裔とは、彼らとは全く別の者だ。


 その末裔とは、他の領地ラヴェイン家に嫁いでいったサンハーレ卿の実姉の長男、ミルモ・ラヴェインであった。


 今回サンハーレ領を引き継ぐにあたり、ルーマン伯爵がわざわざ王政府に言上し、なんとミルモを子爵位に就けさせたようだ。つまり、今回の手紙に書かれている要求は、王政府の意思でもあるのだ。



「そのサンハーレ卿の甥っ子であるラヴェイン子爵とやらが正統な領主だと言ってきているのですな?」

「ですの」

「はぁ……本当に今更ですな」


 ヴァイセルも呆れながらステアと同じ言葉を吐いた。



 ルーマン伯爵も王政府も帝国の侵攻でそれどころではなかったとは言え、サンハーレは俺たちの力だけで守り通してきた領地なのだ。イデールやメノーラが攻めてきても、彼らからはこれまで一切の援助もしてこなかった。


 それを今更、どの面下げて領地を寄こせと言ってきているのか……



「ちなみにその要求を受け入れた場合、ステアはどうなるんだ?」


 俺が尋ねるとステアは心底嫌そうな表情を見せた後、手紙の内容を読み始めた。


「”大人しく領地を差し出し、ラヴェイン子爵と婚姻を結べば、これまでの狼藉を無かったことにする”と書かれておりますの……」

「よし! ちょっとルーマン伯爵ん所に行ってゼッチューしてくる!」

「お、落ち着け! ケリー!!」


 慌ててエータが引き留めてきた。


「嫌だなぁ。冗談だって……」

「いいや! 君、ミルニス公爵家の時と同じ目付きをしていたぞ!!」


 聞けば、ラヴェイン子爵は30才目前のおっさんで、既に奥さんもいるのだとか。


(王女であるステアを第二夫人にだって? ぶち殺すぞ!?)


「当然、返事はNOとして、どのように致します?」

「…………これで」


 ステアはそこらに置いてある適当な書類の裏側に一言殴り書くと、それをヴァイセルに手渡した。それを受け取ったヴァイセルはため息をついた。


「……ステア様。せめて、もう少し言葉を選んでいただけると……」

「ふん! ですの!」


 その紙には「ぶち殺すですの!」と書かれていた。

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