第78話 傭兵団アンデッド
今日も嫌な書類仕事を頑張って終わらせ、気分良くエビス邸に帰宅すると、エントランスでエドガーやシェラミー一味と出くわした。
この五人は最近暇を持て余していたので、適当な護衛依頼を受けて出掛けていたのだが、どうやら無事に終えて戻って来たらしい。
「おかえり、エドガー」
「おう、ケリー。お前、もうギルドには行ったか?」
「ん? ギルド?」
何か用でもあったかな?
「ほれ見ろ。やっと銀級に昇級したぞ」
エドガーは首にかけていた銀の
「おお!? 何時の間に……!」
俺たち鉄級上位の傭兵団“
どうやらグィース平野会戦でランキングが1,000位以内に入ったらしく、”アンデッド”は既に銀級下位に昇級していたようだ。
「ギルドに行けばドッグタグ更新してもらえんぞ。金取られるけど……」
「そっかぁ! やっと鉄から銀色に変わるのか……金取られるけど……」
手数料を取るのなら、もっと凝ったデザインにして欲しいと思います!
翌日、俺はステアたちも誘ってサンハーレにある傭兵ギルドを訪れていた。
「お? あいつ……“双鬼”じゃねえか?」
「一緒にいるのは……りょ、領主様!?」
「なんで領主様がギルドなんかに……?」
俺も有名になったもんだが、それよりもステアがこの場所に居る方が傭兵たちにとっては奇妙に思えたようだ。
今回は認識票の更新に来ただけなので、そのままカウンターへと向かう。
「はい。ご用件を…………って、領主様ぁ!?」
ギルド職員の女性が驚きの声を上げていた。いつも塩対応の受付にしては珍しいリアクションだ。
「更新をお願いするですの!」
「え? りょ、領主様が……? なんで……?」
どうやらここのギルド職員、ステアが傭兵であることを知らなかったようだ。
当然、周囲にいた傭兵たちもそれは同じだったらしく、鉄級下位の認識票を差し出したステアを物珍しそうに見ていた。
「こ、これは……アリステア殿!? 一体、何用で……?」
すると、奥の部屋から見慣れない中年男性が現れた。
「誰だ、あの人?」
「ここの支部長だ」
隣にいるエータが教えてくれた。何度かステアと面会していたので顔を覚えていたらしい。
(初めて見た。やっぱ傭兵ギルドにも支部長っているんだなぁ……)
傭兵ギルドは愛想が悪いので有名だ。カウンターで職員に声を掛けても最低限の事務的内容しか返って来ず、ギルド内で傭兵たちが喧嘩を初めても、基本は知らぬ存ぜぬのスルーである。
支部長が存在していること自体、ちょっとした都市伝説扱いとなっているほど、傭兵ギルドは動かない、働かない、愛想がないの三拍子である。
「わたくしはただ、認識票の更新に来ただけですの」
「はて? アリステア殿が……更新?」
支部長すら、傭兵団“アンデッド”の構成員メンバーを把握していなかったようだ。
一応、サンハーレで一番の傭兵団だと自負してたんですけど……
(もう少し傭兵に興味持てよ!?)
この支部長にギルド職員、一体普段は何の仕事をしているんだ?
いい加減周囲の目も気になり始めたので、俺にエータ、クーも認識票を渡し、銀貨3枚ずつ徴収された。
「……手数料が三倍になってる件について」
「ハハハ。銀級になれば、銀貨三枚くらい余裕で稼げるだろ」
支部長が笑顔でそう返してきたが、だったら無料で更新してくれても良いんじゃないの? こちとら、稼ぎ頭なんですけどぉ?
あえて更新しないという手もあるが、何時までも鉄級のままだと格好がつかないし、相手に見下されるからな。
「はん! こんな女どもが銀級だぁ? 噂のサンハーレの傭兵も大したことねえなあ!」
言ったそばから絡まれてしまった。
何やらギルド支部の屋内に入ってきたばかりの大男たちが、偉そうにこちらへ悪態をついてきた。
酒場でそれを見ていた他の傭兵たちはギョッとする。中には酒を吹き出している奴や逃げ出す連中もいた。
「お……おい! お前ら、よせ!」
「早く謝れって! 殺されるぞ……!!」
「ああん? なにビビってんだぁ? 若僧に華奢な女どもだけの団だぞ?」
「俺たちは大公国でも有名な“竜骨団”だぜ!」
「ここには“アンデッド”って調子に乗ってる連中がいるそうじゃねえか!」
「だが……今日からは俺たち“竜骨団”の天下よ!」
出たー! 竜シリーズ!
傭兵や冒険者の命名あるあるで、とにかく強そうに見せたいのか、結構な確率で団の名前に“竜”の文字が含まれているのだ。
だが大抵の連中は名前負けしている。
(せめて虎とか狼くらいにしておけ!)
「なんじゃ? 騒がしいのう……」
「お? 何だ? ケリー、喧嘩か?」
そこへ、ニグ爺とカカンもやって来た。
二人が傭兵ギルドに訪れるのは非常に珍しい。ニグ爺たちが傭兵の依頼に参加するのは稀で、最近はほとんどなかったからだ。
「これは、これは……! 冒険者ギルドの新支部長殿! 一体何用で?」
居合わせていた傭兵ギルドの支部長が二人に声を掛けた。
つい先日、ニグ爺は支部長に、カカンは副支部長に着任したばかりだ。傭兵ギルドの支部長はその挨拶だとでも思ったのかもしれない。
「いやいや、どうも儂らの団が昇級したと聞いてのぉ?」
「二人分、更新頼むぜ!」
「は? え? あなた方も……傭兵だったんですか……?」
(アンタは一体何なら知っているんですかねぇ!?)
案の定、傭兵ギルドの支部長はそれすらも知らなかったようだ。
ニグ爺もカカンも既に傭兵登録をしており、正式な団員メンバーなのだ。
すると今度はソーカにフェル、セイシュウとイブキまで現れた。
「あ! ケリーじゃない! アンタたちも更新に来たのね!」
「師匠、丁度良いところに! この二人も団員メンバーに入りたいそうです!」
「ケルニクス殿! どうか妹共々、宜しく頼む!」
「さっさと入れろ!」
「相変わらずの態度の差ぁ!」
(イブキめ……! 今度、奴のお気に入りの座布団をブーブークッションにすり替えてやる!)
ちなみに前回、奴の好物である抹茶アイスにワサビを入れたら手裏剣を投げつけられた。全く……酷い奴だ!
次々とアンデッドのメンバーが更新に訪れ、ギルドの職員連中と周囲の傭兵たちはそれを呆けて見ていた。
「な、なぁ? あいつら……一体何者なんだ?」
あまりにも異様な光景に、“竜骨団”の男が近くにいた傭兵に尋ねていた。
「あの爺さんは冒険者ギルドの新しい支部長だ! あの辺りにいる四人とも全員、Sランク冒険者だな!」
「なぁ!? Sランク冒険者が傭兵も兼任してんのかぁ!?」
「……ちなみに、お前が最初に喧嘩を売ったのは、ここの領主様や鬼強い軍団長だからな」
「「「ひぇええええ!?」」」
事実を知ってしまった傭兵たちが顔を蒼褪めていると、エドガーとシェラミー一味もやってきた。
「お? なんだ? 全員揃ってんのか?」
「何か面白い依頼でもあったのかい?」
いかにも歴戦の傭兵といった風貌のエドガーたちが現れて、さっきまでイキっていた”竜骨団”たちは更に縮こまっていた。
「な、なぁ……? もしかして……あいつらも?」
「ああ、アンデッドの団員だな。元金級中位のエドガーに、金級上位のシェラミーとその一味だ」
「シェラミー!? あの“紅蓮”なのか!?」
「そうだ! ちなみに連中、この前の戦で“
「「「あわわわわわわっ!」」」
もう止めてあげてー! “竜骨団”のメンタルライフはゼロよー!
「おい! 俺を仲間外れにすんなよな!」
一人遅れてシュオウもやって来た。あいつもまだ更新を済ませていなかったようだ。
「じゃ、じゃあ……あいつも有名人なのか!?」
恐る恐る傭兵が尋ねると……
「……あいつは!? …………俺も知らねぇ」
「「「…………ホッ」」」
怪盗バルムントの悪名は、この町ではまだ知られていなかった。
俺は今日の分の仕事を終えたが、ステアたちはまだ併合する予定の領地の件で忙しいらしく、先に帰っているよう言われた。お言葉に甘えさせてもらい、一人で町を出ようとした。
少し暗くなってきた町中を歩いていると、教会の前で五郎とシスターが何かを話しているのを目撃した。
「やぁ、五郎。教会になんか用か?」
「あ! ケリーさん!」
「ケルニクス様。こんばんは」
シスターは丁寧なお辞儀で返してくれた。
なお、五郎からは石礫を投げつけられた。”豊穣の聖者”流の挨拶に俺のメンタルライフが1ポイント下がった。
「実は……僕の奴隷契約について、リンナさんに尋ねていたんです」
リンナはサンハーレの教会にお勤めしているシスターで、今はここの教会の代表を務めていた。
元々ここの教会を管理していた神父や補佐していた信者たちも、先のサンハーレ子爵一派の粛清で、ほとんど処刑されるか奴隷落ちとなってしまったのだ。
その時、残った中で一番古株だったのが、まだうら若いシスターリンナであったのだ。
リンナは治癒神術が扱え、俺がマッチョ鬼で骨折した際にも治療してくれた腕の良い治癒術士でもある。
しかも治癒神術薬の精製技術も会得しているらしく、実はこの町でもかなりの重要人物であったのだ。
「そういえば、五郎は聖教国の神官たちに召喚されて、この世界に来たんだったな?」
「はい。ただ……未だに奴隷契約の条件が分からず終いでして……」
「そこでゴロー様は私に相談しに来られたのですわ」
聖エアルド教会は、聖エアルド教国――通称、聖教国が総本山だ。
聖教国が勇者を召喚して派遣するのは有識者の間では有名らしく、その末端構成員であるシスターなら、何か情報を知っているのではないかと考えて尋ねたようだ。
「残念ながら……勇者様召喚の技術や契約内容については、私如きでは知りようもございません。恐らく聖教国の大教区長クラスでないと、知り得ない機密情報かと……」
まぁ、例え知っていても、敬虔な信者は教会の秘密を外部に漏らさないだろう。
教会独自の治癒神術や神術薬製造技術は、公に広めることを禁止されている。そこに明確な基準や規則は無いのだが、神が絡むと真面目な信者ほど口が堅く、シスターリンナも右に同じだ。
ただし、リンナはサンハーレ側に協力的だし、神や教会の教えに著しく違反しなければ、こうやって相談にも乗ってくれる。
シスターリンナは治癒術を扱える為、シスターとは別に“神官”と呼ばれる階級を持つらしい。
神官の上には、大神官、大神官長があり、その更に上、治癒神術を扱える頂点に立つ存在が”聖女”または”聖者”となるのだ。
ちなみに五郎は”豊穣の聖者”呼びされているが、治癒神術は扱えない。あれは農夫たちが勝手に広めているだけの称号だ。
治癒術が使えない信者にも別の階級が存在し、普通の信者からスタートして、シスター(女性のみ)、神父、助祭、司祭、司教、大教区長、枢機卿、教皇、そして……頂点に神が存在する。
大昔の時代、全ての神は地上から去ってしまったとされているが、聖教国の経典曰く、教会の限られた者は今でも神と対話が可能だとされていた。
その対話が可能な神の代理とされる存在、それが現在の教皇、または聖女だと噂されているのだが……真偽の程は定かではない。
「ただ、これは憶測なのですが……。ゴロー様は派遣勇者として、イデール独立国に遣わされたのでしたよね?」
「は、はい……」
派遣勇者……なんてパワーワードなんだ。
「でしたら、ゴロー様の契約も恐らく、短期で結び直されている可能性がございますわ!」
「そ、それはどういう事ですか!?」
シスターリンナ曰く、聖教国は教会を受け入れてくれる国々に対して、勇者派遣サービスを行なっているらしい。その対価によって契約内容も様々だそうだが、戦争に参加するとなると、大体一年……長くても二年という期間を設け、奴隷契約を結び直しているケースが多いそうだ。
「あくまで噂ですが……もしかしたらゴロー様も期限付きの契約で、一定期間を過ぎれば奴隷契約も自然消滅して解放されるのではないでしょうか?」
「な、なるほど……! 確かに!」
それは可能性として大いにあり得る。
奴隷契約を結ぶ際、必ず解放条件も組み込まなければならないルールだ。そしてその解放条件の大半が刑期――つまり、時間の経過となっている場合が多い。
「やったな、五郎!」
「は、はい!!」
ずっと奴隷のままではないかと不安であった五郎の瞳に希望の光が差し込んだ。
(しかし、聖教国も色々と謎の多い国だよなぁ。本人に知られず、どうやって奴隷契約を交わしたんだ?)
俺の知る限りでは、奴隷契約はお互い了承の上で成立する契約術だった筈だ。当事者である五郎が契約内容を一切知らないなんてことがあり得るのだろうか?
季節はすっかり秋に入った。
サンハーレの乱が起こってから丁度五カ月、前回のメノーラ侵攻から一カ月半が経過していた。
「え? 王都、まだ籠城してんの?」
シノビからの報告を聞いた俺は思わず問い返した。
「……そのようです。存外にしぶといようでして……」
元ティスペル国民としては、王都ティスペルが未だ健在なのを喜ぶべきなのだろうが、俺たちサンハーレ自治領にとってはそうはいかないのだ。
(マジかぁ……。このまま王政府が息を吹き返すと、それはそれで困るんだよねぇ)
なにせ俺たちサンハーレはティスペル王国から離脱を表明して、勝手に領主を名乗り、勝手に自治領に変えてしまったのだ。
完全に越権行為……いや、反逆行為をしている。
それを聞いた王は間違いなく激おこだろう。
「王都の抵抗が激しく、帝国も手を焼いているようです。更に帝国内では何者かに重要な橋が壊され、一時的に補給路が断たれたようです。それにより、前線への備蓄不足が起こったようでして…………」
(あ、それ……もしかしなくても、俺が橋を焼いたから?)
ドワーフを連れて来る際、邪魔な橋や水門、施設などを焼き討ちにしたのだ。それも往路と復路で二回も……
「王都の包囲網を完全なものとするべく、帝国軍は王都周辺領地からの補給路を断とうと作戦決行するも、それも失敗し…………」
(あー、それも俺たちかぁ。敵の精鋭部隊、倒しちゃったもんねー)
しかも、メノーラ領と仲違いさせるように吹き込んで追い回したからなぁ……
「更に帝国前線司令部では、作戦の情報漏洩による騒ぎが原因で、派閥同士で争いも起こっているとか…………」
(はい! それも俺の仕業です!)
「先の会戦でメノーラ軍……特に帝国軍が大打撃を受け、王国西側の勢力が盛り返し始めました。それが王都近郊の戦況にも大きな影響を与えているようです」
(全部俺たちの所為じゃん!?)
シノビの定時報告を聞いた俺は思わず頭を抱えてしまった。
「しまったなぁ……。ちょっと頑張り過ぎちゃったかぁ……」
「し、仕方ないですの! さすがに戦に負ける訳にはいかなかったですの!」
まぁ、大体は不可抗力な部分もあるので、これはもうどうしようもない。まさか、帝国の肩を持つわけにもいかないしね。
(焼き討ちも……不可抗力だよね?)
「こうなってきますと、早く北の防備も固めなければなりませんなぁ」
「オスカー大隊長たちも、そろそろグィース領から戻ってくる頃合いだし、今度は北に要塞でも建てちゃう?」
オスカーと共に派遣したままのドワーフ工兵隊が妙に張り切っているらしく、グィース領には現在、それはそれは素晴らしい城塞都市が出来上がってしまったそうだ。
本来王国の内陸地であるグィース領には外敵が少なく、高い防壁など無用の長物であったが、先々月メノーラ軍が襲来した一件もあって、領主や領民たちの意識にも変化が生じたのだ。
グィース男爵がサンハーレ自治領に依頼し、頑丈な防壁を造る事になったのだが、まさかこんなにも早く立派な防壁が完成してしまうとは誰も思わなかったのだ。
恐るべきドワーフ……
「西はこれで大丈夫として、南はどうなんだ?」
「イデールは未だ大きな動きを見せておりませんね。二度の大敗に帝国軍の苦戦と、イデール貴族の中からは戦争に否定的な声も増え始めております」
捕虜の身から海軍班長に抜擢された、元イデール提督のホセ・アランド氏。彼の息子であるアランド男爵とはシノビ経由でコンタクトが取れ、先方の希望もあって一族まとめて亡命する事に成功していた。
シノビ中隊を動員させて、アランド班長自らもプレジャーボートを操縦し、一族全員をサンハーレに招き入れたのだ。
それを知ったイデール国王は激怒したらしく、それ以降イーデル貴族たちは互いに不信感を抱くようになったのだとか。
一体今度はどの家が裏切り、亡命するのか……疑心暗鬼に囚われているらしい。
「そうなると、やはり当面の問題は北か……」
帝国が攻めきれないようなら最悪、俺たちがティスペルの王政府軍と戦い、王都を堕とす羽目になりそうだ。
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