第77話 バウンティハンター協会

 帝国軍への追撃を終えてキンスリーの街に戻ると、エドガーたちも小山から降りていた。やはり山の上にも曲者が潜んでいたらしい。


「魔獣を操る男ですか!?」

神業スキル持ちの御子かな?」

「しかも水砲獣すいほうじゅう黒影獣こくえいじゅうまで……それは本当にお疲れ様ね」


 エドガーたちから話を聞いたフェルが、魔獣の名前を言い当てていた。


 どうやら山の上には、水泡獣という水の神術を扱う象の魔獣と、影から影へと潜り込む黒豹の魔獣が現れたようだ。どちらも討伐難易度Aランクの強敵である。


(うへぇ。こっちの相手よりハードだなぁ……)


 それらの魔獣を退けたシェラミーだが、泥塗れになった上に大好きな白兵戦にも参戦し損ない仏頂面をしていた。まぁ、半分は自業自得である。


「で、こいつらが捕虜にしたS級冒険者か……」

「私もこっちの方と戦いたかったねぇ……!」


 泥塗れの女狂戦士にジロジロ見られ、盾使いの男――ニコラス青年は表情を引きつらせていた。


「あ、あのぉ……私たちの扱いはどうなるのでしょう……?」


 不安そうに尋ねてきたのは、水の神術を扱う女神術士――レアという名の女性だ。


 ニコラスとレアは二人組の冒険者パーティらしく、歳は俺より僅かに上だ。今は拘束されて大人しくしている。


「うーん。俺としては二人の身柄をサンハーレに移したいが、キンスリー伯爵がなんて言うかなぁ……」


 一応戦場のルールでは、捕虜を取った場合、捕まえた者に権利が与えられるのだ。ただし一般兵が捕虜をゲットしても、奴隷や人質にする伝手が無い為、報酬という形で国や領地から買い取られるのが通例だ。


 では、その捕虜がS級冒険者になると、一体どうなるのか。


 軍属ではない冒険者や傭兵は奴隷として領主に売りつけるのがセオリーだが、今回はS級という肩書が事態をややこしくしていた。領主に売らず、こちらで引き取ると言って素直に応じてくれるかどうか……



「おお! ケルニクス軍団長殿! お戻りでしたか!!」


 俺が二人の処遇について頭を巡らせていると、タイミング良くブライス団長が現れた。


「その二人が、例のS級冒険者ですな?」

「ああ。その事でブライス団長に相談があるのだが……」


 俺は、二人をサンハーレ領で引き取る意思を示した。


 すると、やはりというか、ブライス団長は渋い表情を見せていた。


「ううむ。これに関しては私の一存では決められませんな。伯爵様に直接お伺いして頂きたい」

「やっぱそうなるか……」


 こういった交渉ごとは苦手なのだが…………俺は領主邸を訪れて、伯爵様に謁見を申し入れた。




相分あいわかった。此度の一級戦功はどう見ても諸君らだと聞き及んでいる。その二人の身柄は貴公に任せよう。この度は我が領地を救って頂き誠に感謝する。アリステア殿にも宜しくお伝えくだされ」


 あっさり要求が通った。


 しかも、後日相応の対価まで支払ってくれる事も確約してくれた。


(やはりこの爺さん、貴族にしては話が分かるな!)


 俺はホクホク顔で退室した。



 今夜はキンスリー伯爵家の迎賓館で宿泊する事になり、俺たちは以前と同じように好待遇で迎え入れられた。ここは温泉もあるらしく、さっそく泥を落として身綺麗にしてきたシェラミーもすっかり機嫌を直していた。今は手下たちと酒盛りをしていた。


 俺も酒をちびちび頂きながら、同席していた伯爵様と語らっていた。



「まさか、ジーロが帝国軍の通過を黙認するとは……。連中め、完全に我が国を見限りおったか!」

「そのようですね。水路を封鎖しておいて正解でしたか」


 当時は嫌がらせの意味も込めて、ジーロ王国を経由している北ユルズ川に打った杭だった。あれで川を封鎖していなかったら、ユルズ川経由で帝国軍が攻めてくるケースも想定されたのだ。


「うむ、アリステア殿の先見の明……見事であるな」

「いやぁ……多分まぐれですよ」


 本当に偶然の産物なのだが、どうやら伯爵は勘違いしているようだ。


「すぐに水路の警備も強化しておこう。今回で帝国軍も相応のダメージを負ったのだ。これで当面は大人しくするだろうが……」

「……そうですね」


 メノーラ領の侵攻から始まり、ゴルドア帝国サイドの作戦を俺たちは悉く打ち砕いてきた。帝国にかなりの打撃を与えられたのだと思いたかった。


 今回キンスリー領は無事だったものの、幾つかの領地は壊滅的被害を被っていた。その為、周辺領地への復興支援などで忙しくなると伯爵がぼやいていた。






 翌朝、俺たちはボートで川を下り、サンハーレ自治領に凱旋した。


 二人の捕虜はフェルたちに任せ、俺は先に領主館へ出向いてキンスリー領の一件を報告した。



「左様ですか。交易相手であるキンスリー領が無事なのは一安心ですな。軍団長殿、お疲れ様でした」


 ヴァイセル執事長が俺を労ってくれた。


 しかし、ヴァイセルや他の役人たちの表情は暗いままだ。


「ですが……やはりジーロ王国の動きが気に掛かります。あまり考えたくはないのですが、この状況下でジーロまで攻め込んで来たとしたら……」


 一人の役人がそうぼやくと、続けてヴァイセルも意見を述べた。


「ううむ。絶対無いとは言い切れないでしょうが……その可能性はかなり低いと思いますぞ」

「……と、言うと?」

「ジーロ王国の周辺にも野心的な国家は多いのです。東のグゥ、北のラズメイ……その上、南のゴルドア帝国まで完全に敵に回したくはなかったのでしょうな。ティスペル王国との同盟関係もあくまで、自分たちの保身の為に結んだものでしょうからな」


 それが国家というもので、自分たちに利があるから同盟を結ぶのだ。故に、害が及べば同盟を破棄することもあり得る訳だが……それをされた方は堪ったものではないし、何よりそんな行為を繰り返せば国としての信用を失う。


「呆れたものですわ。いざという時に裏切るような国……私は信用したくないですの!」


 ジーロ王国の日和見主義にはステアも頭にきているようだ。今回の一件で、ジーロ王国と同盟を結ぼうと考える国は、当分の間は存在しないだろう。




 俺は領主館を出ると、町の郊外に建設された特別収容所へと向かった。


 その収容所は、主に敵の士官や重要人物を捕らえている特別な施設であった。そこにある一室では現在、新たな捕虜であるS級冒険者の二名が尋問を受けていた。


 尋問と言っても手荒な真似は一切していない。ニコラスたちにあてがった部屋も捕虜にしては随分立派な造りであった。


「邪魔するぞー!」

「あ、ケリー!」


 尋問の場に同席していたフェルが声を掛けてきた。ソーカやシノビ集も一緒である。


 取り調べを受けている際中であったニコラスが顔を上げた。


「アンタは……確か軍団長殿だったか?」


 ニコラス青年は年下である軍団長の俺に若干困惑しているようだ。


「ああ、そうだ。改めまして、軍団長のケルニクスだ」

「あーっ!! 私、知ってるよ! この子……確か懸賞金を懸けられている“双鬼”って傭兵だよ!!」

「……そうなのか?」


 レアという女性の言葉にニコラスは更に眉をひそめていた。


「まぁ、昔ちょっとな。言っておくが俺は悪くないぞ! 世間が悪いんだ!」

「は、はぁ……? それで……ケルニクス軍団長。俺たちは今後、どういった立場に立たされるんだ?」

「ふむ。当面の間、二人は奴隷兵扱いにしようかと考えている」


 俺の言葉にニコラスとレアはあからさまに嫌そうな顔をした。


「奴隷にしなくたって、ある条件さえ果たしてくれれば、俺たち二人はアンタらに力を貸す。それじゃあ駄目なのか?」

「駄目だな。現時点では二人を信用できない。だが……一応その条件とやらを聞かせてくれないか?」


 この二人は俺たちサンハーレ軍の誰一人も殺めていないが、それはただの結果論だ。一歩間違えればこの二人はソーカたちを殺していたかもしれないし、キンスリー領は制圧されていたかもしれない。


 それでいざ戦って負けて捕まって奴隷は嫌だと……? それは随分と虫が良過ぎる話だ。


「俺たち二人は帝国のS級冒険者パーティ“青き盾”というものだ」


 そこは俺も既に聞いていた。


 サンハーレに戻ってシノビから話しを聞いてみたのだが、どうやらこの二人は“氷壁”という異名を持つ、帝国でも一、二を争うトップ冒険者だそうだ。帝国在住の要注意人物として、シノビ集の間でも名前だけは共有されていたそうだが……今回の動きに関しては事前に把握できていなかった。


「先々週、帝国政府から直々の依頼があったんだ。まぁ、今回の襲撃作戦の依頼だな。俺たちは人を殺すのも殺されるのも嫌だったので最初は断ったんだが……強引な手を使われて、受けざるを得なかったんだ!」



 ニコラスの話だと、彼らの故郷である村の家族たちが人質にされているそうだ。ゴルドア帝国はそうやって強権を発動させる手法を取るらしい。


 二人は家族の身の安全と待遇を保証する代わりに、この話しに乗って参戦したそうだ。


「だから見逃して欲しいってか?」

「図々しいお願いだとは俺も思うが、どうか家族をこの町に亡命させてくれないか? それさえ叶うのなら、俺はアンタたちに一生従う!」

「私も! 母と弟を助けてくれるのなら、なんだってします! あ、でもでも……エッチな事はそのぉ……私はニコ君と将来を誓い合った仲だから……」

「誰がするかぁ!?」


 ソーカとフェルの前でこいつ、何てことを言うんだ!


 レア嬢の発言にはニコラス青年も顔を赤くしていた。


「あー……まぁ、それが俺からの条件だ。アンタらも、俺たちが奴隷兵として嫌々働くより、そっちの方がお得だろう?」

「損か得かの話ならそうだろうが……やはり二人には奴隷兵から成り上がってもらおう」

「マジかぁ……」

「ええ!? 私、無理やり慰み者に……!」

「しないわぁ!!」


 この女……ちょっと苦手だ。


 マジで娼館送りにしてやろうか?


「聞け! 確かに俺は二人の腕を買っている。だが……その根性は気に喰わない! お前ら侵略戦争で負けて捕まってるんだぞ! そのまま処刑されたって文句を言えない立場だということを忘れるな!」

「「――っ!?」」


 二人はようやく自分の立場を理解したようで顔を引きつらせていた。


(俺が二人の身柄を伯爵様から強引に引き取ったものだから、ちょっと勘違いさせてしまったかな?)


 気持ちは分からんでもない。本来二人の実力とSランクという肩書を考慮すれば、客品待遇で迎え入れる勢力は多いだろうしね。


(だがしかし! そんなイージーモード、俺が許さないよ?)


 一緒にハードプレイを堪能しようじゃないか!


「俺も昔は奴隷兵だった。だからお前らもそこから成り上がって見せろ! お前らの価値をしっかり俺に示した時、そこで改めてその条件とやらを飲んでやろう」

「…………分かった」

「はい……娼館送りは嫌なので頑張ります!」

「ソンナコトハシナイヨ……」


 どうしてこの女は一言余計なのだ!?



 俺はS級冒険者の奴隷兵二名をGETした!








「ニコラスとレアの家族、すぐに調査してくれ。本人たちの意思を確認次第、可能ならすぐに亡命させてくれ。ただし、くれぐれも慎重にだぞ? 戦力が足らなければ俺も出る!」

「御意!」


 特別収容所を出た俺はすぐにシノビへ依頼した。


「ふふ、師匠は厳しいようで甘いですね」

「……うっさい!」


 当然あの二人を奴隷兵のまま使い潰す気は毛頭ない。ないのだが……あまりにも性格に難があるようなら、その限りではない。


 当分は様子を見るとしよう。




 俺たちはそのまま郊外にある屋敷に戻ると、丁度道先でカカンと孤児たちの集団に遭遇した。


「おう、お前ら! もう戻ってたのか!」

「カカンたちは……稽古の帰りかしら?」


 最近、カカンとニグ爺はフェルたちと共に行動する機会が減っていた。


 年齢というのもあるが、カカンは孤児たちに剣を教え、ニグ爺は神術を教えていたからだ。それだけでなく、二人には近々重要な役目が与えられる予定で、今はその準備などで忙しかったのだ。


 実は近々、ニグ爺は冒険者ギルドの支部長に、カカンは副支部長に就任する事が決定しているのだ。


 例の小鬼騒動以降、ギルドの内情はガタガタで、冒険者たちは領民からの信用を一気に失っていた。ただ、行政府としてもギルドを取り潰す気はなかったので、どうにか再建しようと策を講じたのだ。


 その一環が、今回の騒動を治めるのに一役買った“疾風の渡り鳥”のメンバーをギルド幹部へ擁立することであった。


 なお、未知の小鬼種であったマッチョ鬼や禍鬼まがおにの亜種を発見し、更に討伐した功績も重なり、“疾風の渡り鳥”はSランクに昇格する事が内定したのだ。


 その関連もあって、今後はニグ爺とカカンも町に籠って大忙しの立場となったのだ。



「あ、そうだ! カカン! 私たち、今回の戦争で天剣白雲流の使い手と戦ったわよ!」

「あの人……やたら強かったね!」

「マジか!?」


 カカン自身も正式では無いものの、白雲流の使い手であった。


 興味を抱いたカカンはフェルに今回の戦闘とニコラスについて詳しく尋ねたのだが…………話の途中で、何故かカカンが膝から崩れ落ちた。


「か……完全に……俺の上位互換じゃねえか……!」


 ランクも実力も年齢も、何もかも上回っている高スペックの新星に、カカンはすっかり自信喪失していた。


「き、気を落としちゃだめよ! カカン!」

「そ、そうだよ! カカンにも良い所はいっぱいあるよ!」


「……例えば?」


「……顔は若干渋め……かも?」

「……お酒に強い……?」


「どうせ俺は老け顔で飲兵衛だ!! そのニコラスって野郎の方がイケメンなんだろー! 畜生がー!!」


 カカンは泣きながらエビス邸に去っていった。


 その後を子供たちが「ちくしょーがー!」「ちくしょーがー!」と真似しながら付いて行った。


 …………教育に悪いな。








 ある朝、エビス邸にサンハーレの役人が訪ねてきた。



「やっと賞金が出たのか!」

「はい。本日、協会の使者が訪れまして……軍団長殿に代わり、私が賞金を受け取っておきました」


 役人の背後には兵士たちが警備している金庫馬車が停車しており、その中に大金が納められているそうだ。賞金首、血濡れのブラッディーギュランを討ち取った報酬だ。



 今朝方、港に久しぶりの来訪船が訪れたらしく、街はちょっとした騒ぎだったらしい。一体何処の誰が来たのかと思ったら、なんと賞金稼ぎバウンティハンター協会の使いの船であったそうだ。


 バウンティハンター協会とは、冒険者、傭兵、商人の三大ギルドほどの規模ではないものの、大陸各地に支部が存在する国際組織である。


 協会は賞金首を登録して各地に公表したり、依頼主から懸賞金を預かって管理したりするのが仕事だ。


 そんな協会は、ならず者たちからすれば厄介な相手でもあり、度々標的にされたりもするのだが、彼らのバックにはスポンサーである複数の大国が付いている。迂闊な真似をすると余計に賞金を上げられ、更には大国からも目を付けられる始末……


 三大ギルドと同じく、敵に回したくない組織の一つであった。



「協会の連中、何か言ってなかったか?」

「ケルニクス殿の事をですか? いえ、特には……」

「そうか……」



 俺自身、不当な懸賞金を懸けられている立場であり、協会側からしたら俺は商品? 敵対? 関係に当たると思うのだ。


 今回ギュランを討ったのは俺だと世間にハッキリ公言していた。


 最初は副団長であるエドガーを替え玉にしようと思っていたのだが、彼が手柄を譲られるのを嫌ったのだ。


 他の団員メンバーたちも俺が討ったと公言するべきだという主張に後押しされ、その通りにしてみたのだが……



「俺、賞金首なのに……よく、懸賞金を貰えたなぁ」

「私も気になって調べたんですが、どうも賞金首が賞金稼ぎをしているなんて事例もあるそうですよ」

「へぇ。蛇の道は蛇ってやつなのかな?」


 賞金首も国によって立場が違うので、協会もそこは考慮してくれているようだ。


 そんな真似をして、懸賞金を懸けたのがスポンサーの国だったら問題にならないのかと思ったが、程度にもよるらしい。


 逆にそれで協会と敵対する方が国としてもデメリットが多いので、大抵は黙認しているのだとか。その辺りは傭兵ギルドと近しいものを感じた。


 まぁ、何はともあれ……


「よっしゃあ!! 大金が手に入ったぜぇ!!」

「ですのー!!」


 金貨300枚も手に入れてしまった。これだけあれば、あれもこれも買いたい放題だ! ヒャッホー!!


 俺とステアは喜びのダンスを披露していた。


「あのぉ……ステア様? そのお金、前に購入したバスとやらの資金に充てるのでは?」

「…………そうだった」

「ですのぉ…………」


 エータの言葉に俺たちは一気に現実へと引き戻されてしまった。

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