第75話 キンスリー領防衛戦
一隻の帆船が近づいて来るのを見た先頭の船から声が上がった。
「どうやら軍船のようです! 乗員は武装しております!」
俺たち一同に緊張が走るも、向こうもこちらの姿を確認すると、何やら慌てている様子だ。
その船は錨を降ろして船団の傍で停まった。
「あ、貴方たちはもしや……サンハーレから来たのか!? だったら……我々にそちらと戦う意思はない!」
多勢に無勢だと思ったのか、先方の船はすかさず停戦の意思を見せていた。白旗を振っているのがこちらの船からも確認取れた。
「あの兵士は……。ホセ班長補佐、このボートをあの小船に近づけさせてくれ!」
「了解です、軍団長殿!」
ホセは巧みな舵捌きで所属不明船に横付けした。
船に乗っている兵士らしき男は俺の顔を見て声を上げた。
「あ! 君は確か……」
「やっぱり……キンスリー領の兵士か!」
見覚えのある鎧であった。彼の方も俺の顔を朧気ながら覚えていたようだ。
「あー、俺はサンハーレ軍の軍団長ケルニクスだ。アンタたちはキンスリー領の兵士で合ってるよな?」
「えっ!? き、君が軍団長ぉ!? し、失礼しましたっ!!」
どうやら俺の顔は覚えていても、役職までは知らなかったらしい。
「俺たちは気になる情報を得てキンスリー領に向かっている際中なんだが……至急、伯爵に取り次いでもらえないだろうか?」
「も、勿論です! こちらも丁度、サンハーレに向かうところでしたので……正直助かりました!!」
「……差し障りが無ければ、その理由を聞いてもいいか?」
「実は…………」
俺はキンスリー領の兵士から事情を伺った。
どうやら俺たちの懸念は的中していたらしく、キンスリー領付近の町が突如、帝国軍らしき部隊に襲撃されたらしい。
既に二つの領地が堕ちており、その部隊はキンスリー領の近くまで迫っているとのことだ。
キンスリー領とほぼ同戦力だと想定されている領地もあっさり堕ちたらしく、既存戦力だけでの防衛は不可能だとキンスリー伯爵は判断した。すぐに近隣領地やサンハーレに応援を要請しようと、駄目元で急使を送ったのだ。
彼もその急使の一人で、運良く俺たちと遭遇出来たのだ。
「分かった。元々そのつもりだったので、すぐに向かうとしよう」
「ご助力、真に感謝致します!」
彼らの帆船で川を上ると時間が掛かるので、キンスリー領の使者を一人だけボートに乗せて先を急いだ。
それから三十分後、以前に訪れたキンスリー領の桟橋に到着した。
「よし! まだ街は無事なようだな!」
「ボートをロープで繋いでおけ! 海兵隊はそのまま船の護衛だ!」
貴重な船なので、鹵獲されないよう見張りを立てる必要があった。海兵隊員も同じく得難い人材なので、わざわざ陸で戦わせて戦死させるのは下策だ。ゾッカたちには船の見張りに専念するよう命じておいた。
使者の案内の元、俺たちは久しぶりの伯爵邸に訪れた。
「おお!? 君は確か……そう、ケルニクス君だったか!」
「ご無沙汰しております。キンスリー伯爵」
想像以上に早い来援の到着に、伯爵は嬉しさ半分、困惑も半分といった表情で出迎えてくれた。
「一体、何故こんなに早く……」
「それは……」
伯爵にも、メノーラ領で発見した命令書について説明をしておいた。
「そんな事が……。ふふ、帝国の連中め! 裏をかいて来よったが……とんだ墓穴を掘ったものよ!」
どうやらあの命令書、マジで本物だったみたいだ。
(こりゃあツイてたな!)
「伯爵様! 郊外に帝国部隊の姿を捉えました! どうやら、隣の領地も堕とされた模様!」
「くっ、そちらも想定より早いな! 敵はそれほどの大群なのか!?」
「いえ、数は5個中隊規模のようですが……どうも傭兵か冒険者らしき少数部隊の姿も確認されております!」
「……ふむ」
思った以上に数は少なめであったが、それだけ屈強な精鋭を揃えたとうことか。
「キンスリー伯爵。現在の戦力はどの程度あるのですか?」
「我が領兵団だけで600人ほどいる。加えて、冒険者や傭兵団などで100名ほどだ」
この世界での中隊は凡そ40の兵数であり、帝国軍側が5個中隊ということは、単純計算で相手は凡そ200人超の戦力となる。
本来なら数の差で圧勝なのだろうが……
「確か……ここと同戦力の領地が堕ちたんですよね?」
「うむ、その通りだ。西にあった子爵の領地も国境付近にある為、我が領地とほぼ同数……いや、それ以上の戦力が駐屯していた筈なのだが……」
やはり、数字だけを見て侮るのは危険な相手のようだ。
「我々も前に出ましょう!」
「到着早々申し訳ないが……ご助力お願いする!」
さて、今回の相手は前情報がほとんど無い。
(また“石持ち”傭兵団とか言わないよなぁ……)
少し不安を覚えながらも、俺たちは街を出て敵部隊を待ち構えた。
案内の兵士に連れられて、俺たちは外で布陣していたキンスリー領兵団と合流した。
「私は今回の総指揮を任されております領兵団団長ブライスと申します」
「サンハーレからの援軍を指揮するケルニクスだ。宜しく、ブライス団長」
ブライスと軽く打ち合わせをした。俺たちは人数も少ないので、遊撃部隊として前列よりやや後ろの位置に置かれた。
「なんだい、ケリー団長。私たちは最前列じゃあないのかい?」
「一応俺たちは援軍だからな。あちらも気を遣ったんだろう。ただ、遊撃部隊って話だから、まずは様子を見て前に出ようと思う」
まぁ、シェラミーはどうあっても突撃しそうな気配だが……
「おっと! 来やがったぜ!」
エドガーの言葉に俺たちは雑談を止め、前方に目を凝らした。
「……確かに、人数は少なそうだが……」
「あいつら、つえーな……」
「げぇ!? 俺も桟橋で留守番してれば良かったかなぁ……」
エドガーの感想にシュオウはげんなりしていた。
(帝国兵も軒並み強そうだが……特に軽装の連中がヤバそうだな)
あれは多分冒険者だ。しかも、かなり高ランクの……
傭兵よりも身軽そうな装いで、それでいて装備は全て一級品っぽい。それにどことなく“疾風の渡り鳥”を彷彿とさせるようなオーラを感じ取った。
「フェル、連中をどう見る?」
「間違いなく同業者ね。でも、あいつら冒険者証を隠してるのか……ランクが分からない。見た事ない連中だわ!」
「多分、帝国のA級以上の冒険者じゃないのかな?」
つまり、ランク上ではフェルたちと同等かそれ以上、そんな連中が全部で七人もいるようだ。
「やっぱイージーな戦争って、無いもんなんだなぁ……」
「む、突撃命令が出ましたよ」
セイシュウの言葉通り、ブライス団長から全軍に前進の命令が下された。
人数差ではこちらが圧倒的に勝っているので、奇策を持ち入らず、正面から攻撃するみたいだが……
「――っ!? 右から何か来る!」
突如、フェルが警告を発し、俺たちは一斉に右側を振り向いた。確かそちらの方角は、ちょっとした小山になっていた筈……
……その小山の方角へ振り向いた者たちは全員絶句していた。
「なぁっ!?」
「……嘘、だろ!?」
「山津波だっ!?」
「やべ!? 逃げろー!!」
まさか、こんな陸地で津波が押し寄せて来るとは想像すらしていなかった。
俺たちの叫び声に味方の兵士たちも反応し、右の小山から押し寄せて来る大量の土砂と水を見て顔色を真っ青にした。どうやら進軍の足音で気付くのが一歩遅れたようだ。
「た、退避ぃ!!」
「さっさと後ろに下がれって!!」
「馬鹿、押すなっ!」
そこに統率された動きは全く見られず、兵士たちは全員一目散に逃げ出した。
そしていよいよ、山津波が最前列にいた兵士たちへと襲い掛かった。
「――っ!? セーフ……!」
俺たちはフェルが咄嗟に気付いてくれたお陰で真っ先に逃げ出せた。最前線に居なかったのも幸運だった。
お陰で団員たちは山津波に巻き込まれることはなかったが……
「ああっ!? シェラミーの姉御が……見当たらねえ!?」
……いや、一人足りなかった。
「あいつ……そういえばさっき、前進の合図と共に突っ込んで行ったぞ!?」
「マジかよ!?」
さすがは我らの特攻隊長、シェラミーの姉御だ。期待を裏切らず、突撃していたようだ。
(これは完全に山津波に巻き込まれたな……)
「姉御ぉーっ!!」
「何処ですかーい!」
シェラミーの手下どもが叫んでいると、突如土の中から誰かが這いあがってきた。
「プハーッ!くそぉ! なんだってんだい、これは……っ!!」
「「「姉御ぉ!!」」」
そこには泥に塗れたシェラミーの姿があった。
「先ほどの山津波……僅かに魔力を感じました」
「ええ! 恐らくこれは……敵の攻性神術よ!」
「この山津波が神術だってのか!?」
ソーカとフェルの言葉を聞いた俺は小山を睨んだ。
(かなり大規模な山津波ではあったが、地形を利用すれば水の神術でも引き起こせないこともない、か……)
おそらく、敵は小山の上にも潜んでいるのだ。
「やってくれたねぇ……! 何処のどいつか知らないが……ブチ殺す!」
泥塗れにされたシェラミーはキレていた。
彼女は臆することなく、小山の山頂を目指して駆けだした。どうやらシェラミーも俺と同じ考えに至ったようだ。
さっきまで土砂に埋まっていたというのに……元気なようで逆に安心した。
「ちぃ! アイツ一人放っておくのも危険だ。俺も付いて行く!」
「「「待ってくれ! 姉御ぉー!」」」
エドガーと手下三人衆がシェラミーに付いて行った。
あれほどの規模の神術を放つ相手は危険だが、まぁあの二人がいるなら大丈夫か。
「おい! 敵さんが動き出したぞ!」
やはりこの山津波は計画的なものだったらしく、帝国部隊は連動するかのように前進をしていた。
対するキンスリー領兵団は前方にいた兵士たちのほとんどが土砂に埋まってしまい、一気に兵の1/5を失ってしまった。
それでもまだ人数ではこちらが上だ。
「全軍、突撃だー!」
「「「おおおおおおっ!!」」」
突然の出来事にブライス将軍は一旦判断を迷ったものの、こちらも突撃する事を選択した。
これが仮に帝国軍の仕業であるのなら、相手が前に出てくる以上、味方を巻き込んでまで、再度の山津波を起こさないだろうと結論付けての選択だ。
故に今は、相手に近づいて近接戦闘を仕掛けるのが最良なのだ。
俺たち遊撃部隊も突撃を開始する。
「吹き飛べええっ!!」
「ぐおっ!?」
俺は何時も通り、闘気を籠めてまずは敵兵を体当たりで吹き飛ばした。
相手は槍を差し向けていたが、どんくさかったので楽々に懐へと飛び込めた。
(よし! 確かにどの兵も手強そうだが、このくらいなら問題ないな!)
今までの一兵卒の雑兵とはレベルが違い、帝国兵は全員少なからず闘気を纏っていたのだ。
ただしその程度は知れているので、推定ランクCにも満たない者が全体の半分以上を占めていた。
中にはB級と思われる闘気使いも混じっているようだが、その程度で後れを取るような奴は、俺たち団員の中には一人も存在しないのだ!
「ひゃああー!? ケリー、助けてぇ!!」
「あ! 一人いたか。むん!」
「ぐへぇ!?」
「ぐはっ!!」
俺は二人の敵兵から狙われていたシュオウの応援に入った。
「シュオウ! お前は一旦下がってろ! こいつら……ちょっとだけやるぞ!」
「お、おう……!」
最前列に居た雑魚共ならシュオウでも何とか対応できる。ただ――――
「ちょっとだと? それは聞き捨てならんなぁ!」
――――こいつのような、ちょっとやる奴だと、開けた場所では厳しいだろう。
(室内戦なら、フェル相手でも取っ組み合える実力なのに……)
シュオウも何かと惜しい奴である。
俺は大剣使いの力自慢っぽい兵士と相対した。
「死ねぇい!!」
「ほいっと!」
俺は気合を込めて振り下ろしてきた帝国兵の大剣を片腕で止めた。
「な!? 俺の一撃を片手……だと!?」
「それっと!」
「ぐふぅ!?」
その隙に心臓部を刺して敵兵を討ち取った。
可哀想に……パワーと剣が一本足りなかったな。
「……こいつ、闘気の量だけならAランク相当だな」
「こっちもです。相手もなかなかやりますよ!」
ソーカも歯応えのある敵兵に笑みを浮かべながら、それでも次々と一級品の闘気使いたちを斬り倒した。この弟子のスピードも大概なので、ギュラン並みの速力でもないと対応しきれないだろう。
「ケリー! 奥から例の冒険者集団が動き出したわよ!」
例のやたら強そうな七人が遂に動き出したようだ。
目の前の敵兵を討ち取った俺は前方を確認した。その七人は二組の冒険者パーティなのか、五人と二人の二手に分かれていた。
(……あの二人組の方が強そうか?)
あくまで直感だが、俺はそう判断した。
「ソーカ! フェル! 二人は…………右の二人組を相手してくれ!」
ちょっと迷ったが、強そうな二人組はソーカたちに譲った。
「了解です!」
「ええ、任せて!」
その二人組は見た目から判断して、どうも神術士と剣士のペアらしい。
最初は俺が戦おうとしたのだが、あの組み合わせなら二人の方が適任だと思い直したのだ。ソーカのスピードで剣士を押さえつつ、フェルの狙撃で神術士を仕留めれば何も問題ない相手な筈だ。
「セイシュウ! ハラキチ! 俺たちは数の多い五人組の方をやるぜ!」
「承知!」
「了解したぜ、大将!」
人数的には不利だがどうにかなるだろう。もしかしたらソーカたちが、さっさと相手を片付けて援軍に来てくれるかもしれないしね。
(ま、隙あれば倒しちゃうけど!)
俺たちはそれぞれの班に分かれて強敵に立ち向かった。
小山の麓に広がっている平地では、いよいよ本格的な合戦が開始されたようだ。気合の籠もった怒声が木霊している。
そんな中、何故か俺はシェラミーを追って小山の坂を駆け上っていった。
「はぁ、はぁ、シェラミー! ちょっとは落ち着けー!」
「私は冷静だよ!! さっきのは恐らく神術だろう? あんな大規模な神術を放った相手……放置する訳にはいかないだろうさ!!」
「おまっ! それ……絶対建前だろう……!」
いつものシェラミーなら、神術士相手よりも闘気使いと戦う方を優先させる。
どうやらシェラミーは泥塗れにされた事に対してかなりご立腹なようだ。
「くそぉ! 土砂崩れの所為で……坂道歩きづれぇなぁ!」
「だったらさっさと戦場に戻りな、ハゲ! こっちは私一人でも十分なんだよぉ!」
「ハ……っ!? おまっ、だから俺はハゲじゃなくて……って、シェラミー!!」
俺が警告を発する直前に、既にシェラミーは横へ回避していた。
さっきまでシェラミーがいた場所を、凄まじい勢いの水が放出され、地面を深く抉っていた。
「ふん! いよいよお出ましのようだねぇ……! 逃げ出さなかったことだけは褒めてやるよ! そのくそったれな面、さっさと表に出しなぁ!!」
俺たちの目の前には森が広がっていた。そこから手前は土砂崩れが起こった場所らしく、木々ごとなぎ倒されて開けていた。
先程の水は森の奥から放たれた。一体、どんな神術士が潜んでいるのかと、俺たちが開けた場所で待ち構えていると……
パオーーーーン!!
「「…………は?」」
出てきたのは人ですらなく、やたら鼻? の部分が長い奇妙な魔獣であった。
その魔獣は鼻先? をこちらに向けると、その長い鼻が急激に膨らみ、直後――その先の穴から勢いよく水を噴き出した。
「テメエかよぉ!?」
神術士ではなく、まさかの魔獣が今回の下手人であった。
俺は慌てて水の砲撃を回避した。なんとか避けられたが、近くにあった大岩が水の勢いで割れていた。
(なんつー威力だ!? たかが水と侮ると……痛い目を見そうだな!!)
「テメエが私を泥塗れにしやがったのか! この畜生がー!!」
パオーーーーン!!
近付いてきたシェラミーをその長鼻の魔獣が迎撃せんと、逆に向こうから突進してきた。シェラミーはそれを難なく回避し、お返しに奴のデカい足を斬りつけた。
パオォン!?
「ちぃ! 随分硬いじゃないのさぁ!!」
魔獣は闘気を使わない癖して身体能力が馬鹿げていやがる。どうも魔力を糧に強化しているそうだが……人間には真似できない、魔獣ならではの特性らしい。
「くそ! 俺は魔獣退治は専門外だぜ!!」
それでも相手が生き物である以上、やることは同じだ。
(しこたまぶった斬ってやれば……魔獣といえどもくたばるよなぁ!!)
「オラァ! 獣野郎が!!」
「さっさとくたばっちまいなぁ!!」
パオオォォン!?
俺とシェラミーが罵詈雑言を浴びせながら斬り刻むと、ようやく出血し過ぎたのか、その長鼻の魔獣はふらついた後、横倒しになった。
「ふぅ……随分手古摺らせるねぇ」
「……この魔獣、討伐難易度はAランクってところか?」
恐らく先程の山津波はこいつの神術が原因だ。鼻から水を一気に噴射して土砂崩れを引き起こしたのだろう。こいつ単体ではあそこまでの津波は起こせないようだが……地形との相性が最悪過ぎた。
となると…………
「……なぁ。こいつがさっきの津波の犯人だよなぁ?」
「あん? それしかないだろ? ……いや、おかしいねぇ……!」
頭に血が上っていたシェラミーも遅まきながら気付いたようだ。
さっきの山津波、あまりにもタイミングが良過ぎたのだ。それも帝国軍にとっての……
この魔獣はなかなかタフだったが、知能の方は程度が知れた。俺たちが接近してきた時点で、第二、第三の山津波を起こせば良かったのだ。
だが、何故かそれをしなかった……いや、出来なかったのだ! 何故なら小山の麓では、既に帝国軍も展開していたからだ。
「こいつ……本当は知性があるのか?」
「もしくは――――」
「――――姉御、後ろぉ!!」
突然の声に、俺とシェラミーは咄嗟に回避行動へと移った。
そこは二人とも歴戦の傭兵だ。色々考えるのは後回しで、とにかく本能に従って身体を横へと跳躍させた。
すると、ほぼ同時に俺たちの背後から二体の魔獣が奇襲してきたのだ。
「今度は……ヒョウ型の魔獣か!?」
「こいつは……間違いない!
「な!? こいつが……!」
さすがの俺も黒影獣は知っている。
別名、森の暗殺者と呼ばれ、影に潜んで獲物に襲い掛かる、とても危険な魔獣だ。
推定討伐難易度はAランクで、こいつ一人で森を夜営していた傭兵団が一夜にして壊滅されたという逸話は有名だ。
(それが二体も……! しかも、このタイミングで!?)
「姉御、無事ですかい!?」
「ああ、さっきは助かったよ!」
シェラミーの手下の警告がなければ、殺されないまでも、不意を突かれて深手くらいは負っていたかもしれない。
(ん? シェラミーの手下……一人だけか?)
シェラミーもすぐにそれを察したようで、それとなく周囲へ視線を動かして探っていた。
(あ、森の中に二人とも潜んでいやがるな、ナイス判断だ!)
こいつら三人、シェラミーが面倒見ているだけあって、そこらの闘気使いより腕が立つ。それになかなか機転も利くようだ。
(他の連中も気付いたな。この魔獣……明らかに誰かが裏で糸を引いていやがる)
魔獣をタイミング良く出す……いや、操る術があるに違いない。
(そんな神術は聞いた事ねえが……だとすると、神器や
最早、そうとしか考えられない状況なのだ。
「シェラミー……この二匹は俺たち
俺がこの場には三人しかいないぞと下手な芝居を打つ。
「……ああ」
「うっす!」
シェラミーとその手下は頷いた。どうやら俺の意図が伝わったようだ。
(俺たちがこいつらを引き付けている間に、操っている何者かを他の手下二人で倒す!)
それがベターだ。
俺の目の前にいた黒影獣は突如地面に沈みはじめた。いや、俺の影に潜り込んだのか!?
考え事をしていた所為で、迂闊にも相手に俺の影まで近づけさせてしまった!
「おい! 一匹影に潜ったぞ! 恐らくこいつら、何処かの影から出て来る!」
俺は大声で警告した。
万が一、潜んでいる手下どもが相手に捕捉されていたら、影から奇襲されてしまうからだ。
だが、俺の警告を聞いて何かを閃いたのか、シェラミーはニヤリと邪悪な笑みを浮かべ始めた。
「エドガー!! 森に潜んでいる私の手下が、敵の位置を知らせてくれたよぉ!!」
「なっ!?」
「あ、姉御ぉ!?」
いきなりシェラミーが大声を出して、あろうことかこちらの手の内を晒しやがったのだ。
(馬鹿野郎!? 一体何を考えて……いや!)
大声を上げた直後、シェラミーの前にいた黒影獣は咄嗟に左へ旋回して森の中へと駆けだした。そのすぐ傍にもう一匹の黒影獣も同胞の影から出現して、二匹とも同じ方向を目指し始めたのだ。
「なるほどぉ……そっちかぁ!」
シェラミーが真っ先に同じ方向へ駆け出し、俺たちもその後を追う。
(こいつ……手下を囮にして敵の位置を確認しやがったな!?)
潜んでいる敵は位置がバレたと勘違いしたのか、慌てて魔獣を自分のガードに回したのだ。
影に潜るという能力は、距離か何かしらの制限でもあるのか、直接手元に戻せなかったのだろう。二匹の黒影獣は姿を晒しながら森の中を突き進んでいた。
(これじゃあ、わざわざ俺たちに居場所を教えているようなもんだぜ?)
この様子だと、敵は相当のビビりなようだ。
敵が臆してそのような行動に出るか……手下二人はまだ見つかっていないか……その辺りはシェラミーも賭けだったのだろう。
だが間抜けにも、相手は見事に引っ掛かってしまった。
残りの手下二人とも合流し、俺たち五人は一斉に黒影獣が駆けて行った方角へ急行すると、森の中には一人の小男が潜んでいた。
「ひぃ!? こ、黒影獣! さっさとそいつらを始末しろ!」
どうやらマジで魔獣を操れるようだが、そうと分かれば話は簡単だ。
「オラァ! テメエから真っ先に倒してやんぞぉ!」
「ひいいい!? 黒影獣! も、戻れぇ! 僕を守れぇ!!」
主である小男自身の戦闘能力は低いのだろう。慌てて黒影獣を守りに付かせたが、それではこの魔獣の長所である潜伏能力と機動力が全く意味を成すまい。
相手の能力を封じた上、こちらは五人掛かりというアドバンテージもある。その魔獣使いは黒影獣ごと、怒り狂ったシェラミーによって斬り殺された。
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