第71話 グィース平野会戦
厄介な相手である
「今から来た避難民は別の場所で受け入れちまうか?」
「ううむ……それしかないか……」
その中に一般人に偽装した傭兵がどの程度紛れ込んでいるのか全く分からない。このままサンハーレの町に出入りさせるのは、あまりにもリスクが高い。
「あと打てる手は……武器を所持してるか持ち物検査でもするとか?」
「町を焼かれて外を歩いて来たんだ。武器くらい一般人でも持っているし、護衛で付いてきた冒険者や傭兵団もいやがるぞ? さすがにそいつら全員から武器を取り上げるのはなぁ……」
俺とエドガーは、ああでもない、こうでもないと相談していると、何か閃いたのかネスケラがポンと手を打った。
「うん。来たばかりの避難民を別の場所にって案は僕も賛成だね。でも武器を取り上げたって、素手で戦える人とか、神術使ってくる人もいるんじゃないかな? だったら、敢えて持たせたままにして泳がせてみようよ!」
確かにその通りだ。武器だって一時的に没収しても、どこかで調達されてしまっては元も子もない。闘気使いは包丁ひとつでも、なんなら素手でもそれなりに戦える存在なのだ。
「しかし……どうやってあぶり出す?」
「そこは、困った時のシノビ集と現代科学による千里眼だね!」
「「……千里眼?」」
よく分からないが、ネスケラに一任してみた。
サンハーレ郊外にある平野部では、現在拡張工事が行われている。
元々は移住してきたドワーフ用の居住区や、イデールの捕虜たちを移す為の収容区として着工を始めたのだ。まだまだ増え続ける人口に備えて、ドワーフたちには多めに居住区整備の依頼を出していたのだが、それが思わぬ形で役に立った。
今回訪れた避難民の大集団は、一足早く完成した西側の居住エリアに入居してもらった。居住区に入れる際、名前や性別、種族に年齢などの簡単な情報をリスト化し、それと引き換えに彼らには番号を割り振ったカードを手渡した。
当面の間、そのカードが居住区から出入りする為の許可証となる。
今後は町の住人たちの情報を管理し、不審人物の出入りがないかを監視する事に決めたのだ。
(うーん、ディストピア社会の第一歩だなぁ……)
しかし、この方法が一番楽なのは確かだ。
中には俺の様に賞金首や犯罪者もいるかもしれないが、サンハーレ自治領以外の罪については全て不問に付すことにした。これで俺も咎められることはない。権力、万歳!
避難民を受け入れてから翌日の深夜、さっそく怪しい人物たちが行動を開始した。
『あー、ネスケラちゃん情報です。西居住区の南と北に、それぞれ四、五人ほどの集団が港町に向かって移動中。オーバー』
「こちらケルニクス班、了解。こちらは南側を当たる」
『分かりました。我々の班は北側に急行します』
俺たちは無線機を使って不審人物の情報共有を行なっていた。
何故こんなに早く不審者を発見出来たかというと、実はこの居住区や港町の至る所に監視カメラを設置しておいたのだ。無線で離れた位置から監視できる上に、録画機能も備わっている優れ物である。
一体何時の間にネット環境を整えたのか尋ねてみたところ、どうやらネスケラとホムランが他のドワーフたちとオンラインゲームがしたかったらしく、知らぬ間に作っていたのだとか……行動力の化身だな。
昨今のドワーフ族は酒とゲーム依存が過ぎるらしいが……今は置いておく。
さすがにプライバシーな部分でのカメラ設置は避けているが、この世界の者が監視カメラの存在を知る由もなく、さっそく捕捉されたという訳だ。
(まさしく千里眼だな)
連中はご丁寧にも、裏道に設置したカメラの前に集まって、領主館や駐屯所、備蓄庫などを襲撃する相談をしていたのだ。記録にもバッチリ残っているので言い訳もできまい。
「はい、天誅!」
「うぎゃああああっ!?」
「な、なんだ!? テメエは……ぐはっ!?」
俺とソーカ、それにシュオウの班は、五人の不審者をあっさり捕縛した。
「南は取り押さえたぞ! こいつらの所持している許可証の番号も確認した」
俺は近くの防犯カメラに向かってサムズアップした。
『オッケー! 許可証のナンバー教えて。この人らの住んでいる部屋を割り出すから』
居住区に受け入れた際、何処に住むのかは敢えて避難民たちの希望通りにしてあげた。現状では、さすがに一人一部屋とはいかないので、どうしても誰かと相部屋になってしまうのだ。
大体の者は家族や友人同士で集まり同居するのだが、この不審者たちも恐らく仲間同士で固まっている可能性が高いので芋づる式に捕縛できた。何処の部屋に住んでいるのかは居住届けを出させているので、許可証のナンバーから簡単に割り出せるのだ。
まぁ、部屋を勝手に交換されたり、全く知らない他人と相部屋にでもなっていたら、潜伏している者はそれ以上追えないが……この辺りが限界だろう。向こうもそこまで慎重になっていないことを祈る他あるまい。
夜間はシノビ集による警戒網を張り、日中は兵士たちが町や居住区を巡回している。その上、カメラによる二十四時間体制の監視だ。ステアたちの護衛には今回、イブキも付けていた。
この守りを突破出来るのなら、やってみせるがいいさ!
サンハーレ軍の出立準備を終えた頃には、合計四十人ほどの傭兵たちが捕縛された。
大陸歴1526年8月、サンハーレ軍は迫りくるメノーラ軍を迎え撃つべく、進軍を開始した。
目的地は西にあるグィース領、そこで陣を敷く予定だ。
総勢1,100人の大所帯での進軍なので、その歩みはかなり遅い。騎馬隊や備蓄を運んだ輜重隊の輸送馬車も用意してあるが、ほとんどの者が歩きなので、その速度に合わせているからだ。
「思ったより兵の数が増えたなぁ……」
「嬉しい誤算ですの!」
徒歩と変わらない速度で進む馬車に揺られながら、俺とステアは語り合っていた。
そう……今回の遠征はなんと、領主自らの出陣である。
これについては色々とひと悶着あったのだが、ざっくり経緯を説明すると、ステアに付ける護衛の数や質に妥協できなかった俺と、そんなには不要だという彼女の意見を考慮した結果、「じゃあ、私も行きますの!」となったのだ。
(うーん……これでいいのかなぁ……)
俺たち“
しかも、ステアだけでなくネスケラまでも帯同してきた。
当然、ステアの護衛であるエータに従者のクーも一緒である。
「軍団長殿、そろそろ夜営の準備を始めませんと」
「お? もうそんな時間か……」
士官に促されて、俺は全軍に停止命令を出した。本日はここで夜営となる。
兵士たちは手際よくテントを組み立て上げていく。ステアが【等価交換】で生み出した地球産のテントなので、兵士たちにも好評であった。
「今日のご夕飯はなんですの?」
「フロンを使った料理だって!」
「まぁ、そうですの!」
ステアとネスケラは嬉しそうにしていたが、俺は一人だけ顔をしかめた。
(ううむ、フロンかぁ……苦手なんだよなぁ……)
芋に似た野菜であったが、どうも苦みがあって好きになれなかった。
「……? ケリー、どうしましたの?」
暗い表情をしていた俺を見てステアが不思議そうに尋ねてきた。
(さすがに嫌いな野菜が夕飯だから、なんて……恰好つかないよなぁ)
俺は誤魔化すことにした。
「いや……今回の作戦、かなり不安だなぁって……」
「大丈夫だって! この作戦ならきっと上手くいくよ!」
「ですの!」
「ううむ……」
ネスケラとステアは自信があるようだ。
ステアの同行に最後まで反対していた俺であった。そこでステアはネスケラの入れ知恵を借り、とんでもない作戦を立案してきたのだ。
それは……敢えてステアの存在を敵に晒すという行為だ。
相手が何をしてくるか分からない? だったら、こちらから相手の動きを誘導しちゃえばいいじゃない。それがネスケラの作戦らしい。
こちらの急所であるステアの位置を晒す事によって、相手の行動に制限を掛けたのだ。これで俺たちが不在のサンハーレを奇襲する利点もかなり減っただろう。
(もし万が一、奴らがこっちを無視して町を攻めてきたら……その時はこちらもメノーラに進軍して、依頼主ともども滅ぼして大恥かかせてやるぜ!)
結果だけを見れば、領地プラス領主の首で俺たちの勝利だ。
(まさか“
やれるだけの準備はしてきた。後は自身や仲間を信じるだけだ。
俺たちサンハーレ軍は二日間の日程で目的地付近に到着した。
グィース領
ティスペル王国南部でも、比較的平地が多い恵まれた立地である。ただ、領地の面積自体はそれほど広くなく、サンハーレとそう変わらない規模の町が一つあるだけの田舎領地に過ぎない。ほとんどの土地が農地や牧草地となっている。
今回はグィースにある平野を戦場に指定した。
俺たちサンハーレ軍が到着すると、黄色い旗を振りながら騎馬隊の一団がこちらに駆けてきた。王国内では黄色の旗は味方を現す合図だそうだ。ちなみに白旗を振ると停戦の意思有りなのは、この世界でも共通らしい。
騎馬隊がこちらに近づくと、一人の士官らしき兵士が馬から降り、こちらに歩み寄って来た。
「私はグィース領兵団、団長のハーモンです! サンハーレからの援軍とお見受けしました。どなたか応じられたし!」
既に先行していた兵士から連絡は受けていたが、グィース領兵団は俺たちサンハーレ軍と共闘する意思を見せていた。
先日、サンハーレに避難してきたグィース男爵家とステアは既に面会を済ませていた。
グィース家を代表して、当主の次男坊である青年から事情を伺ったのだが、どうやらグィース男爵は迫りくるメノーラ軍に対して、徹底抗戦する事を決断したらしい。
ただ、自前の戦力だけではどうあっても勝ち目は薄く、男爵は領民のほとんどをサンハーレに逃がしていたのだ。男爵本人と次期領主である長男だけは領地に留まり、他の家族全員をサンハーレに向かわせた。
(普通、逆じゃない?)
大事な跡取りを逃がさなかったのは、どうやら本人の希望らしい。有事の際に逃げ出す者は領主たる資格無しというのが嫡男の考えなようだ。話を聞く限り、グィース家はかなりご立派な貴族のようだ。サンハーレ子爵とは大違いである。
その男爵と嫡男たちからの伝言で、避難してきたグィース家の者たちは、もし間に合うようなら、サンハーレに援軍に来てもらえないかと懇願しに来たのだ。
援軍の条件として、以前からサンハーレが提示していた従属関係になることを了承したのだ。元々そちらには行くつもりだったので渡りに船である。
更に西へ進軍した際、サンハーレに隣接しているゼレンス領の町の傍を通過して、そこの男爵家にもグィース家の情報をリークした。
すると、ゼレンス男爵も今回の戦争でサンハーレ側が勝利した暁には、こちらに恭順する事を誓ってくれた。
ゼレンス領としては、グィース家がサンハーレ側に付いた場合、グィース領は飛び地となり、自分たちの領地がサンハーレ勢力に挟まれる格好になるのだ。そうなるのであれば止む無くといった感じでの提案らしかった。
つまり今回の会戦に勝利すれば、最低でも西側二つの領地が手に入るのだ。ステアに忠誠を捧げているエータやオスカー大隊長、アマノ家の面々は気合十分であった。
勿論、俺たち“アンデッド”も闘志を漲らせていた。
軍団長である俺とオスカー大隊長は、こちらの陣営を訪れたハーモン団長の前に出た。
「おお! 貴方が“双鬼”殿ですな! お噂はかねがね……」
どんな噂だろう。白獅子暗殺か、それとも公爵家襲撃の方か……
「どうも、ハーモン団長。こちらの斥候からも情報は得ているが、メノーラ軍はまだ到着していないので?」
「ええ。連中、幾つかの町や村を焼きながら進軍しているようなので、動きはだいぶ鈍いですな。恐らく、到着は明後日頃かと……」
「つまり、丸一日は準備期間を設けられるわけか! これは有難い!」
それだけの時間があれば、例の作戦も上手く機能しそうだ。
その後、俺は帯同してきたドワーフ工兵隊にある依頼をし、ステアたちはグィース男爵たちと戦後についての協議を進めていた。
ハーモン団長の読み通り、メノーラ軍は二日後の正午に姿を現した。
「うわぁ……すっげー数……」
「メノーラ軍だけならしょぼいが……“貧者の血盟団”だけでも、1,000人近くいやがるからなぁ……」
「1,000人!?」
傭兵だけでも、ここに来るまでの俺たちの総人数とほぼ同数である。
こちらの戦力はグィース領兵団約200名が加わって、総勢1,300人まで増えていた。
一方、相手はというと……ざっと見積もっても5千以上はいそうだ。戦力比は1:4といったところか……
「あの敵右翼にいる連中……ありゃあ帝国兵だな」
「報告通りか……」
メノーラ軍に加えて帝国軍も凡そ五個大隊相当が来援しているらしい。数こそ前回のイデール軍ほどではないのだが、今回非常に厄介なのは、やはり“貧者の血盟団”の存在だ。
腐っても“石持ち”傭兵団、数だけで成り上がれるほど甘くはない。当然、それなりに質の良い兵隊も揃えているだろう。
「よし! 作戦通り、俺たちは突撃だ! 総員、準備しておけよ!」
「「「おう!!」」」
「ギュラン団長! 予定の配置につかせました!」
「…………ああ。そのまま待機だ」
斥候部隊からも報告にあったが、どうやらサンハーレ軍はわざわざ遠征して打って出てきたようだ。よっぽど俺たちを町に近づけさせたくなかったらしい。
しかも、斥候部隊は気になる情報を持ち帰っていた。
驚いた事に、連中の首魁であるアリステアとかいう女領主がわざわざ戦場に出向いているというのだ。
それともう一つ、気になる点がある。
ここグィース平野には本来、障害物らしき物は一切無かった筈だが、俺の視界の先には異様な建築物が立っていたのだ。
「……ちっ。なんで、こんな場所に要塞がありやがる?」
見たことの無い変わった小さな要塞だが、あんな情報は直前まで知らされていなかった。
サンハーレには最近、ドワーフたちが移住しているらしいが、連中の仕業だろうか? だとしたら恐らくあそこに女領主が潜んでいるのだ。
サンハーレ軍はこれ見よがしに、要塞を守るような広い陣形を取っていた。そこまで大きくない要塞なので、全員を収容させて籠城するのは不可能なのだろう。
(……それとも罠か? あそこには領主がおらず、俺たちを誘う為の、ただの張りぼて……)
先にサンハーレへ向かわせていた攪乱部隊がしくじったのは既に報告で聞いていた。領主を討てないまでも、少しでも町で騒ぎを起こせていれば、連中も不安になって領地に閉じ籠るか、それだけ戦力を割けたものを……!
俺がどう動くか迷っていると、急ごしらえの要塞に設けられたバルコニーから銀髪の女が姿を見せた。
『メノーラ軍に告げますの! 私はサンハーレ自治領の領主、アリステア・ミル・シドーですの! 直ちに降伏して武装解除すれば、命だけは助けてやりますの!』
音を拡声する魔道具だろうか? 見たことの無い道具で声を響かせていた少女は、そんなふざけた宣告をしてきた。
これには俺たちだけでなく、メノーラ兵や帝国兵たちからも失笑やヤジが飛び交った。
「ハハ! あの女、数も数えられないのか?」
「こっちは向こうの四倍以上はいるんだぞ?」
「おい! 女ぁ! そこで大人しく素っ裸になれば、殺さず娼婦にしてやるよぉ!」
「ギャハハハハッ!」
俺の部下が大声で煽ると、それが聞こえたのかどうかは定かでないが、女領主が再び声を出した。
『あー、いくら数を用意しても、サンハーレ軍には勝てないですの。“貧者の血盟団”なんて所詮、手癖が悪くて数が多いだけのよわよわ傭兵団ですの。そんな雑魚、鉄級傭兵団“
「…………あ?」
あの女……今、なんて言った?
この発言には俺だけでなく、手下どもも全員ブチ切れていた。
「上等だ、このアマァ!! 俺がいの一番そこに行って犯してやんよぉ!」
「ざけんなぁっ!! 鉄級みたいなカス! 俺らの敵じゃあねえんだよ!!」
「全員、地獄を味合わせてやらぁ!!!」
手下どもが騒いでいる中、あのふざけた女の隣に黒髪の若僧が姿を見せた。
(あの黒髪ロン毛野郎は、確か……)
『おほん! “貧者の血盟団”のクソ雑魚諸君。俺が鉄級上位傭兵団の団長、ケルニクスだ』
やはり、アイツが噂の“双鬼”か!?
思っていたより若いが……一目見て分かった。
(こいつ……かなりやるぞ!)
本当かどうかは知らねえが、あの“白獅子”を黒髪の小僧が暗殺したって噂を数年前に聞いたことがある。あのジジイは俺も一度だけ見たことあったが、不意を突いたくらいでどうこう出来るレベルではなかった。
あのケルニクスという若僧……確かな実力はあると見るべきだ。
『おい!
……なるほど。相手の手の内が読めた。
「だ、団長……。まさか……」
散々煽られている俺が気になるのか、副団長が声を掛けてきた。
「……心配するな。そんな安い手には乗らねえよ。あのふざけた連中は……あくまで俺の流儀でぶち殺してやるぜぇ……!」
今すぐにでもあそこに駆けつけて、二人ともズタズタに引き裂いてやりたい衝動をどうにか抑えこんだ。俺はケルニクスとアリステアと名乗った二人の顔をしっかり瞼に焼き付けておいた。
「くく……。俺をコケにしたこと……死ぬほど後悔させてやるぜぇ……!」
俺は全軍に突撃命令を出した。
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