第70話 尖晶石
「まぁ落ち着けや。“石持ち”と言っても決して無敵じゃあない。過去には敗北したり壊滅した“石持ち”傭兵団も多く存在する」
慌てふためく役人たちを落ち着かせるようにエドガーが言葉を放った。
「ちなみに”石持ち”傭兵団を打ち負かした相手ってのは何処の連中だ?」
興味本位なのか、ゾッカ大隊長がエドガーに尋ねた。
「あー……ユーラニアの第一歩兵師団にリューン王国の飛竜騎士団、聖教騎士団やラズメイ神術兵団、それにナニャーニャ獣戦士団とヤマネコ山賊団、後は……ブリックの旧第二騎士団とヤールーンの第七軍団……知ってるだけでこのくらいだな」
すらすらと団体名を述べたエドガーに一同唖然としていたが、質問をしたゾッカは我に返った。
「ちょっと待て!? どこも強国や有名どころばかりじゃねえか!?」
うん。俺も半分くらいの名前は知っているが、どこも大陸最強と謳われる程の勢力だ。つまり、それ程でないと勝てない相手ということか……気休めにならねぇ……
(あと、さりげなく俺の元ご主人様の軍団も入ってない?)
ヤールーン帝国の第七軍団とは俺の元ご主人、クレイン将軍が束ねる軍団のことだ。まさか“石持ち”傭兵団を撃退しているとは知らなかった。
「そう心配すんな! なにせ、うちの団長様はその中の一つの頭をぶっ倒してんだからよ!」
「え? そうなの!?」
俺氏、初耳案件!?
「なんだ? 知らなかったのか? “白獅子”ヴァン・モルゲンは昔、第二騎士団団長時代に“石持ち”傭兵団を一つぶっ潰してるんだぞ」
「マジか……。あの爺さん、凄かったんだなぁ……」
何年経ってもあのジジイの名前が出てくる。それだけの英雄だったのだ。
(俺、よく倒せたなぁ……)
「随分と詳しいのだな、エドガー殿」
思わぬエドガーの一面にセイシュウやシノビたちも感心していた。
「まあな。シェラミーの奴ならもっと詳しいかもな。なにせ、俺らは元々“石持ち”傭兵団の所属だからな」
「え?」
「なんと!」
エドガーのカミングアウトに俺は驚かされた。エドガーが傭兵団を立ち上げた辺りの昔話は軽く耳にしていたが、それより更に前の若い頃の話だろうか?
「別に所属していること自体は珍しくもねえさ。“石持ち”傭兵団レベルになると、手下の数もうじゃうじゃいやがるからな。少数精鋭の傭兵団もあるが、基本的に強いところは兵隊の数が段違いに多い」
やはり強い傭兵団はそれだけ人気があるのだな。エドガーが団長を務めていた“タイタンハンド”は寧ろ少ない方だろう。
シェラミーが率いていた“紅蓮の狂戦士団”は、処分予定だった雑魚どもを含めるとかなりの規模であった。金級だとあれくらいの人数が普通らしい。
「上を目指そうって傭兵はまず、そういった強いところに入団し、ノウハウや実力を身に付けるもんだ。腕を磨いた後は、そのまま団の幹部に昇り詰めるか、もしくは独り立ちをするのか……まぁ、そいつと団の考え方次第だな」
「へぇ、そうなんだ……」
傭兵の下積み時代ってことだな。
(傭兵なんて、とりあえずギルド入って、適当に団を立ち上げて馬鹿やってるイメージしかなかったや)
「お前みたいに若い頃から団を設立する野心的な奴や、考え無しで適当に団を立ち上げて馬鹿やってる連中も多い。大抵そういった輩は失敗するか、鉄級で燻ぶったままだがな」
うん……本当におっしゃる通りで……
そう考えると、俺は随分と環境と仲間に恵まれたな。
しかし、シェラミーが他の傭兵団の一団員に甘んじていたのはちょっと意外。若い時は大人しい性格だったのかな?
“
本人の前でそれを言ったら「今も若い!」と斬りつけられそうだ。
「話を戻そう。問題は、その傭兵団が我々に対処できるレベルかどうかだが……」
オスカー大隊長の言葉を受けて、クロガモが部下のシノビの方を見た。
「どうなのだ?」
「申し訳ありません。現在も調査中ですが、未だ素性が知れず……。ただ、傭兵たちの
「赤、か……。まさか
「……調査を続けます」
“石持ち”傭兵団は独自の鉱石を使って認識票を作るそうだが、赤色の鉱石となると数も絞れる。エドガー的には、その二つの傭兵団が大当たりらしい。
多分、悪い意味で……
それから三日後、シノビ集から続報がもたらされた。
「傭兵団の正体が判明しました! メノーラ領が雇ったのは
「スピネルかよ!?」
エドガーがつるっつるの額に手をパチンと当てて天を仰いだ。
「え? もしかして大当たり?」
「外れも外れ、大外れだ! しかも、悪い意味でな……」
ええ、もうやだぁ……
「どういう傭兵団なのだ? 私は傭兵団には疎いのだが……」
オスカーに尋ねられたエドガーは仰け反らせていた姿勢を元に戻した。
「まず数が多い。傭兵団の中でも、恐らくトップクラスの兵数だろう。だが、問題はそこじゃあない。連中のほとんどが、道徳とか良心といった類の言葉を道端に捨てたまま入団したクソ野郎集団ってことだな」
「……つまり、悪辣な戦術を用いる傭兵団だと?」
「ああ。民間人でも平気で盾にする極悪非道な連中だ。しかも、その実力も折り紙付きときている」
「なんとも質の悪い……」
「武人の風上にも置けぬ輩のようだな……!」
エドガーの説明に、オスカーとセイシュウは悪態をついた。
「メノーラ軍は今どの辺りまで侵攻してるんだ?」
「ミルニ、ザウレン領は既に堕とされ、現在はホーロ領にある街まで侵攻しております。そこが堕とされるのも時間の問題でしょう」
俺が尋ねるとシノビが詳しく教えてくれた。
ミルニ領とザウレン領は、共にメノーラ領に隣接する砦を擁した領地だ。謀反の恐れのあるメノーラを警戒する為なのか、兵の数も多く配置しているとの噂だったが……既に占領されてしまったらしい。
本来メノーラ軍にそれだけの戦力は無かった筈だが、
「ホーロの後は、そう大きな領地も残されておりません。メノーラ軍がサンハーレ領まで押し寄せてくるのは、最早避けられない事態でしょうな」
ここまで辿り着けないことを密かに期待していたヴァイセル執事長は落胆した様子でそう語った。
「やれやれ……また戦争か。北西から来るとなると……何時もの平地に布陣するで問題ないのか?」
俺はオスカーに尋ねた。軍事についてはまだまだ勉強中の身なので、戦略面では何かと彼に頼ってしまうのだ。
「多少配置換えをするだけで、布陣は同じ場所でも問題ないでしょうが――――」
「――――駄目だ。今回は寧ろ、こちらから打って出るべきだ!」
オスカーの提案をエドガーは一蹴し、逆に攻めるよう具申してきた。
「さっきも言ったが、スピネルは何を仕出かすか全く分からねえ! 下手に受け身に回ると、背後にある町へ奇襲を仕掛けてくることも考えられる。そうなれば相手の思う壺だぞ!」
エドガーが言うには、スピネルの連中は平地での真っ向勝負を避けるだろうと予測していた。逆に森などを利用して近づき、町や相手の本陣などへ直接奇襲を仕掛ける戦法が多いそうだ。
最悪な事に、サンハーレはその条件を満たしてしまっている。近くには大きな森があるからだ。そうなれば、ステアを含めた町の首脳部を始め、多くの民が犠牲となってしまう。それでは戦に勝っても意味が無いのだ。
「なるほど。つまりエドガー殿は、今からでも進軍して、その先にある他領を戦地に定めるべきだと?」
セイシュウの問いにエドガーは頷いた。
「俺はその方が良いと思っている。その場合、他の町に被害が出るかもしれないが……どの道、俺たちサンハーレ勢力が出なければ、近郊の領地は占領され、もっと悲惨な目に遭うだろうさ」
エドガーの意見は理に適っていると思われる。
(なんちゅう迷惑な傭兵団だ! エドガーの言うとおり、そんな連中とサンハーレ近郊で戦うのは嫌だなぁ……)
戦場は少しでもサンハーレから遠ざけておきたかった。
俺たちが議論を交わしている間に、ホーロも堕ちたとの続報が入ってきた。これにより、我がサンハーレ軍は急いで北西へ進軍する事を決定した。
戦場で一仕事を終えた俺は団の手下どもを引き連れて本陣に戻ると、肥えたおっさんに出会って早々文句を言われた。
「ギュラン! 何故、ホーロの街を焼き払った!?」
「ああん? 戦争のやり方には口出ししねえ。確か、そういう約束だったよなぁ?」
俺に舐めた口を聞いたクソ野郎ではあるが、これでもこのおっさんはメノーラの領主――子爵様らしいので、ここで手を上げるのは我慢しておいた。
「だ、だからと言って……! ホーロは交易の要所にもなる宿場街だったのだぞ!? あそこを無傷で占領すれば、今後は莫大な収入源にも……!」
「あ? んな事知るか。血も流さず戦争に勝とうなんざ、甘過ぎるんだよぉ。なあに、建物には火を付けたが、道は残しておいた。戦争に勝った後で、その交易とやらを好きなだけすればいいじゃねえか」
「ぐっ!? 街を復興するだけで、一体どれだけ費用が掛かると……! もうよい!“石持ち”と言っても、所詮は頭の足りないゴロツキ集団であったか……!」
散々な暴言を吐くと、メノーラ子爵は去ってしまった。
「あの野郎……! 次の依頼はティスペル側について、ぶっ殺してやろうか?」
「それもいいですが……ボス。さすがにホーロを焼き討ちにしたのは勿体なかったのでは?」
手下の中でも小賢しそうな新入りが俺様に苦言を呈してきた。
こいつは俺の傭兵団“貧者の血盟団”に入って日は浅いが、多少は知恵が回ると聞いていたので手元に置いてみた。ただ、中途半端に賢い故なのか、“自分はお利口さんだ”アピールをするところが鼻についた。
「お前、ちょっとこっち来い」
「え? はい……ぐぇっ!?」
俺は無防備に近づいて来た馬鹿の喉に剣を突き刺し、蹴り飛ばして剣を引き抜いた。
「はぁ……これで溜飲が下がったぜぇ……」
「あーあ、また新人をやっちまったんですか……」
「何だ? 文句があるならテメエも殺すぞ?」
「まだ沸点高いままじゃないっすか!?」
思っていたより、あの子爵のおっさんにむかついていたのかもしれない。だが報酬を貰うまでは我慢だ。さすがに今の状況で雇い主に手を出せば、俺の傭兵団“貧者の血盟団”は傭兵から盗賊団へとジョブチェンジするだろう。
俺は既に数ヶ国から懸賞金も掛けられてしまっている。最近では傭兵ギルドの連中も小煩くなってきていた。
「ちっ、まあいい。おい、副団長! 例の計画は進めてんだろうなぁ?」
「ええ、ギュラン団長。概ね順調ですよ」
「くっくっく……。サンハーレ軍か。二度もイデール軍を退けて、さぞかし調子に乗っている頃合いだろうからなぁ。そんな奴らほど、罠に嵌めて慌てふためく様を見物するのは、楽しくて楽しくて仕方がない!」
サンハーレは圧倒的な敵軍勢を二度も撃退した屈強な軍を保有していると聞いている。なんでも、鉄級にしては馬鹿みたいに強い傭兵団が味方しているようだが……所詮は鉄級。少数精鋭を気取っているだけのちょっと強い団なだけだ。
一方、俺の傭兵団は雑魚共を含めると1,000人を超える大戦力だ。A級闘気使いも数多くいるので、質の方もかなり高い。更に、あのおっさんからメノーラ領兵団の指揮権も預かっている上に、帝国からも援軍部隊が帯同しているのだ。
その総戦力、凡そ一万弱
先触れによると、サンハーレ軍の現戦力予想は1,000人にも満たないらしい。
「クハハ、勝ち確な戦争は楽しいなぁ……!」
俺はどうやったらサンハーレを最も地獄に変えられるか、酒を飲みながら吟味していた。
「え? 大量の避難民が流れて来ているんですの?」
「はい、ステア様」
軍の出兵準備を進める為に俺が領主館で仕事をしていると、ヴァイセルが同室に居たステアに申し出てきたのだ。執事長の隣にはシノビが控えていた。どうやらシノビ経由で得た情報らしい。
避難民自体は日頃からよく流れていた。ティスペル国内はどこも治安が悪化しており、近隣に住んでいる者の多くが、比較的安定しているサンハーレに移住したがっているのだ。
だが、今回はそんな生易しい規模ではなく、元ホーロ領の住民たちが大挙して押し寄せて来たらしいのだ。
「一体何が……」
「どうやら連中、街を焼いたようでございます」
ヴァイセルの隣に立っていたシノビが教えてくれた。
「街を!? 占領する街をメノーラ軍が焼き討ちにしたんですの!?」
「いえ、どうやら“貧者の血盟団”による独断行動のようです」
「連中、そこまで腐ってやがるのか……」
しかも、避難してきたのはホーロの住民だけでなく、移動時に通って来た近隣の町や村の住民たちまでも加わっていた。どうやら避難民たちからホーロの惨劇を聞きつけて、移住希望者が雪だるま式に膨れ上がったらしい。
しかも中には、こんな者たちまで訪れていた。
「し、失礼します! 町の見張りからの報告ですが、グィース男爵家の一族と名乗るお方たちが訪れ、領主様へ面会を求めておいでです!」
「グィース家ですと!?」
グィース領は、今から向かおうとしていた戦場の候補地であった。そこの領主一家も戦火を逃れる為なのか、避難してきたらしい。
メノーラ軍の進行速度はすさまじく、サンハーレ軍は西隣の領地ゼレンスの更に隣にあるグィース領を決戦の地と定めて準備を行なっていた。俺もその為の書類仕事で大忙しである。
(ほとんどサッと目を通してハンコを押すだけの仕事だけどね……)
動員する兵数と作戦日数に合わせた食糧、武器、馬、神術薬などの必要な数、従軍商人の許可証発行、進軍時の隊列や日程などの作戦立案の選定など……俺一人では捌き切れない量なので、オスカー大隊長やサローネ商会長代理にも手伝ってもらっている。
(っと、話が逸れたな。しかし、大勢の避難民かぁ……うーん……)
「とにかく、そのお方に会ってみますの。それと、避難してきた人たちも新設した居住区に招き入れて……」
「……いや、待った。ちょっとだけ時間をくれ」
「……ケリー?」
話を止められるとは思わなかったのか、ステアは不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「軍団長殿。さすがに男爵家の一族を無視する訳には……」
「ああ、ヴァイセルさん。そっちは別に問題ないんだ。だが……」
「……避難民を受け入れるのには、反対なのですな?」
「うーん、よく分からん。でも……何かが引っ掛かっている……」
自分でも上手く表現できないのだが、妙な悪寒を感じ取ったのだ。傭兵の勘なのか、それとも何か別の感性が待ったを掛けるのか…………
「ネスケラと……エドガーにも相談してみるか」
恐らくこれは、元日本人としての感覚なのかもしれない。日本人としての記憶は曖昧だが、それでも一般常識程度は知っている。その朧げな前世の俺の記憶が、何かを訴えているように錯覚したのだ。
もしかしたらそれは全くの気のせいで、件の“石持ち”傭兵団絡みなのかもしれない。事の発端は連中が街を焼いた事から始まっている。一応エドガーからも助言を聞いてみたかった。
男爵一族の対応は一旦ステアたちに任せ、俺はエビス邸までひとっ走りして、エドガーとネスケラに事情を説明した。
「うん。ケリーが懸念するのは当然だと思うよ。避難民を受け入れ過ぎると、それだけ治安にも影響するからね」
ネスケラが言うには、難民を受け入れし過ぎると、文化や宗教的思想の違いによって、元々住んでいた者たちとの衝突も招きかねないそうだ。現代の地球でも多くの国が難民問題を抱えていたらしい。
ただ、それでもネスケラは難民の受け入れに賛成のようだ。
「元々は同じ国民同士だし、近くの領地に住んでたんだから、価値観にそう違いは無いんじゃないかな? だからそれほどの軋轢も生まないと僕は思うんだ。今回は受け入れても良いんじゃない?」
「確かに……! じゃあ、俺の気にし過ぎだったか……?」
前世の日本人としての俺の感覚が、難民の受け入れに拒絶反応を引き起こしただけなのだろうか?
「んー、あと気を付けるのは……難民の中にテロの構成員が紛れてないかが不安だよねぇ」
ネスケラのその一言で俺のセンサーがビビッと反応した。
「……それだ! エドガー! 避難民の中に“貧者の血盟団”の連中が混じっている可能性はないか?」
「……十分あり得るな。一般人に偽装して奇襲を仕掛ける。奴らがよく使う戦法の一つだ」
「そっかぁ! わざと大量の避難民を出して、そこに工作員を紛れ込ませようとしたんだね! うわぁ、最悪……!」
「まさか……その為にホーロの街を焼いたってのか!?」
(
もし、それが本当だとしたら……“貧者の血盟団”は絶対に天誅を下さなければならない! そんな連中いなくなった方が、このハードな世界も少しは過ごし易くなるというものだ。
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