第68話 ネスケラ金貨
サンハーレに戻って翌日、俺は郊外に居住区を建設中であるドワーフたちの元へ訪れた。
「ええ!? もう家が建ってる……」
建設中どころか、もう既に何件かの木造家屋が完成しており、ちょっとした集落ができ上がっていた。
「ほむ! これくらいの物なら朝飯前だな」
彼らの居住区造りを手伝っていたのか、その場に居合わせたホムランが当たり前のように言っていた。
集落には、孤児の中で唯一のドワーフ族であった少年、ツワチの姿も見えた。ツワチはホムランの姿を見つけると、こちらにトテトテと駆け寄ってきた。
「ホムランししょー! がいへき、見てください!」
「ほむ? おお、もう外壁まで出来たのか! なかなか筋がいいようじゃな」
「えへん!」
保護した当時のツワチは8歳であったが、今では11歳までに成長している。それでもまだまだ子供で髭も生えていないが、ドワーフの血をしっかり受け継いでいるのか、モノづくりがとても上手なのだ。
ツワチはホムランに師事しているらしく、メキメキと腕を上げ、最近ではステアが生み出した日本の建築技術書などを読みながら猛勉強中であった。
まだまだ日本語は苦手らしく、ツワチは本の図だけを参考に、あとは本人のセンスだけで建築技術を磨いていった。ツワチの腕にはホムランも舌を巻くほどである。
「儂らドワーフは石造りの家を好むが、この木組みというニホンの技術は面白いな」
日本には古くから、釘や接着剤を使わずに組み上げる建築技法が伝えられている。その技にホムランは感心し、試しにと今回は木造家屋に挑戦してみたそうだ。
(いや、すぐにその技術をモノにするドワーフも十分凄いと思う)
移住してきたドワーフのほとんどが、自分一人だけで家を建てられるくらいの技量を持っているらしい。これだけ凄い働き手たちがいれば、町もどんどん大きくなるだろう。
食糧難を回避したサンハーレ自治領だが、次の問題点は居住区が不足していることであった。
南部の情勢は一旦落ち着きを取り戻したが、ティスペル王国内は依然どこもかしこも戦争状態となっている。その戦禍を逃れるような形で、我がサンハーレ領にも多数の難民たちが避難しに来ていたのだ。
その彼らの居住区も必要なのだが、もっと深刻なのが捕らえたイデール軍人の収容所問題だ。
大軍をもって攻めてきたイデール軍であったが、歴史上類を見ない大敗北を喫して、多数の投降者を出していた。これはイデール側指揮官の撤退判断が遅かった為である。それにより多数の戦死者も出てしまったが、命を惜しんだ多くのイデール兵たちが次々と武器を捨て降参してきたのだ。
それと敵海軍の捕虜もかなりの人数が出ていたので、収容所は完全にキャパオーバー状態だ。
今現在はサンハーレ子爵と一緒に処刑された商人たちの所有していた倉庫などを改装し、そこを収容所代わりとしていたが、元々収容所として造られた建物ではないので、何時までもそのままにしておく訳にもいかない。
そこで、新たな収容区の建設を計画していたのだが、頼りになる援軍が現れた。
「その収容区とやらも、一週間あれば立派な物が造れるじゃろう」
「いやぁ……ドワーフ、マジ有能!」
「お世辞より酒が欲しいわい! あとゲーム!」
俺の読み通り、ドワーフ連中はステアが生み出す酒さえ提供していれば、言われた通りの物を次々と作ってくれている。居住区や町のインフラを整え終えたら、ドワーフたちにはネスケラのサポートをしてもらう予定だ。
以前から計画していたガソリン精製施設の建設である。
原油からガソリンを作る為には色々と必要な作業と、その為の設備が要るらしく、それら全てをネスケラとドワーフたちにお願いしたいのだ。
「あと石油を運ぶタンカーも必要だね!」
ネスケラはステアにおねだりしていたが、さすがの【等価交換】にもタンカー船は目録に無いようだ。
そこで、どうせなら一から船を造ってしまおうとネスケラは画策していた。前回の海戦でお披露目した中型魔導船は、元々あった船の動力を弄っただけの改造船だ。
軍船とタンカー船だと構造もかなり違ってくるらしく、火気厳禁のタンカーに木造船を利用するのは怖すぎると言うのだ。
新たなタンカー船を作り出すという壮大な計画だが、ドワーフの腕があれば不可能ではないだろうとネスケラが太鼓判を押していた。
その辺りは彼女らに任せ、俺は町の方へ様子を見に向かった。
ぽーん! ……ぽてっ!
「ん? なんだ?」
町の外を歩いていたら急に石をぶつけられた。
(誰だ!? こんな酷い事する奴は!?)
「あ! ケリーさん!」
「なんだ、五郎か」
子供のいたずらかと思ったが、五郎が神術で生み出した小石を俺にぶつけてきただけのようだ。
このいかにも悪意に満ちた行為だが、彼には悪気が全くないのだ。教会に着けられた隷属の首輪による誓約で、元勇者である五郎はサンハーレ兵を見ると襲わずにはいられなくなるのだ。
現在は魔力封じの腕輪によって誓約の効果も薄まっており、こうやって小石を軽く当てるだけの衝動で済んでいるのだ。
「五郎は仕事帰りか?」
「はい! この分なら、来月には日本の野菜も収穫出来るってみんな喜んでました」
「はやっ!? 種植えたの、今月だよ!?」
農業にはあまり明るくないが、これが異常な事だってくらいは俺にも分かる。
「ええ。まさか【豊穣】の神術がこんなに凄いなんて……」
誰だ! この超有能な農奴……じゃない、農夫を奴隷兵として送りつけてきた馬鹿共は……!
五郎は“豊穣の聖者”として農民たちから崇められている。また、俺が適当にでまかせ言った「小石をぶつけられるとご利益が……」云々の話が浸透し、サンハーレの町民たちからすっかり慕われる存在になったのだ。
「これで食糧難は完全に避けられそうかな?」
現状はステアの能力頼りなので、根っこから改善したかったのだ。
「どうでしょう。まだまだ農地と人手が足らないみたいでして、一部の畑では『まだ【豊穣】をしないでくれ』と言われてしまいましたが……」
なんでも収穫時期が早まると、その分人手も割かれることになり、そちらに回す余力がないのだそうだ。育ち過ぎるのも考え物らしい。
「うーむ、人手かぁ……待てよ? それなら、捕虜にやらせればいいんじゃ……?」
俺にしては冴えていた。
俺は五郎と別れると、早速町に向かった。ヴァイセルにその提案をする為、意気揚々と領主館を目指したのだが……
「もう、その案は実行している最中ですぞ?」
……執事長、嫌い。
どうやら俺が思いつくような案は既に役人たちにも思い至ったようで、一部の捕虜たちを農作業に従事させているそうだ。その働きに応じて衣食住の待遇を上げているようだ。
「そういえば、丁度捕虜についてご相談したい事がございます」
「俺に……?」
という事は、軍事上の相談だろうか?
「捕虜の何人かがサンハーレ軍に志願しているのです。その裁可を軍団長殿にしていただければと……」
「えっと、俺が許可したらいいのか? ステア……領主の意見は?」
「軍事上の事ですので。勿論、最終判断はステア様になりますが、まず軍団長である貴方が決めるべきだと思いますぞ」
捕虜の扱いとなると、政治的な側面もあると思うのだが、サンハーレ自治領にはまだまだその政治的基盤すら出来上がっていなかった。
領主であるステアを頂点に、前領主を支えてきた執事長や役人たちがサポートしているが、その彼らにはまだ正式な役職などは用意されていなかった。これは、何も執事長たち文官を軽んじているわけでは無く、彼らは元々断罪されたサンハーレ子爵家側の人間であった為だ。
そう言った面ではオスカー大隊長も同じなのだが、彼はクーデター時には既にこちらの陣営であった。そこの差も考慮して、当面は下手な役職を与えないようにと、執事長ヴァイセル自らがステアに進言していたのだ。
今後、文官たちの働きぶりによって、新たな地位を与えるなり、役職を増やすなりすれば良いという結論に至ったのである。
故に、執事長たち役人はあくまで意見具申をするだけの立場であり、そういった裁量権はステアにのみある。現在のサンハーレは想像以上に独裁色が強かった。
ただし軍事面に関しては、どうやら俺にもその権限があるというのだ。
「うーむ。人手は欲しいけれど、捕虜をどこまで信用していいのか……」
相手はついこの間まで敵陣営にいた兵士である。それを急に逆陣営の兵として雇うとなると、色々と不都合が生じないだろうか?
「……ちなみに、彼らはどういった動機でサンハーレ軍に志願を?」
「ステア様の用意された食事に感動しているようですな。それと捕虜の待遇を甘くしたのも効果的だったようです」
捕虜を扱う際、ステアは非人道的な真似は控えるようにと一兵卒に至るまで厳命していた。中にはその命令に不満を持つ兵もいるだろうが、町への被害は皆無なので、現状はそこまでイデール兵に向けられる視線も厳しくなかった。
それとサンハーレがティスペル王国から離脱を表明したのも大きかったらしい。
イデール兵の多くは「ティスペル王国打倒するべし!」という環境下で育てられた者たちばかりだ。だが、今のサンハーレ自治領は、ティスペル王国と決別したと言っても過言ではない。
当初の独立宣言した理由は、王国を売り渡そうとする子爵を断罪する目的と、町の防衛をし易くする為に都合が良かったのでそうしたのだ。
しかし、二度の防衛戦を自力で凌ぐことにより、全く援軍を寄こさなかった王家に対して町民たちは不信感を抱いていた。
いや、正確にはそうなるよう俺たちで印象操作していたのだ。
(実行したのはシノビ集だけどね)
つまり、今のサンハーレはティスペル王家に対しても不満を募らせている状況なのだ。そこがイデール兵にも共感されたらしい。
「志願を希望する捕虜はどの程度?」
「主に下級兵で大体1割といったところでしょうか。ただ、徐々に増加傾向にありますな」
1割という数字を少ないと見るべきか、多いと捉えるべきか……
「……うん。いくら考えても他人の気持ちなんて計り知れないし、とりあえず採用してみようじゃないか」
「宜しいのですか? 多少の問題が起こるやもしれませんぞ?」
「ああ。ただし、元の階級が高い士官、将校の捕虜に関しては教えて欲しい。入隊させる前に軽く面談しようと思っている」
「分かりました。ステア様の許可が下り次第、そう取り計らいましょう」
多分、ステアならOKを出すだろうな。俺たちは別にイデール独立国に対してそこまで思うところは無い。あちらは先の大敗北で当面動けないと聞いているので、当面の脅威は西から進軍しているゴルドア帝国となる筈だ。
俺は新たにシノビ集に王国西部の情報収集を依頼した。
夜、屋敷のホールに設けられていた迎賓用のスペースにて、ステアたち三人組とネスケラが硬貨を持って何やら話し合っていた。
「何してんの?」
「あ、ケリー。ネスケラと実験してますの」
「実験……?」
そのネスケラは、秤のようなもので硬貨の重さを量っていた。
(ん? あれも金貨か? でも見た目が違うような……)
テーブルの上には、すっかり馴染みとなったティスペル金貨と、後は俺が知らない金貨が数種類置かれていた。ネスケラはそれらの重さを一枚一枚量っているようだ。
「うん。やっぱり金の含有率はバラバラだね。ある程度は近いけどようだけど……これが一番重くて、こっちの金貨が一番軽いよ」
そう言ってネスケラが指差したのは、デザインの凝った金貨とティスペル金貨であった。どうやらこの中で一番軽い金貨はティスペル金貨らしい。
「含有率? つまり、ティスペル金貨が一番、金が少ないって事か?」
「うん。重さから察するに、そうなるかもね。ちなみにこっちの一番重いのがバネツェ王国で使われている金貨ね」
バネツェ王国とは、サンハーレから海を挟んで東にある島国だ。
船を使った商業が盛んらしく、サンハーレとも少し前までは交易していた友好国であったが、今は前領主の馬鹿野郎の所為で音信不通状態となっている。ファック!!
「じゃあ、ステア様。まずはこっちのバネツェ金貨から生み出してみて」
「はいですの! えい!」
ステアの可愛らしい掛け声と共に、彼女の掌から金貨が一枚生み出された。何時見ても不思議な能力である。
「ふぅ……」
今のステアには全魔力を消費して金貨一枚出すのがやっとの状況だ。今ので魔力をほぼ使い切ってしまったのだろう。
「じゃあ、今度はこっちのティスペル金貨を使って魔力と変換してみて」
「分かりましたの。……ん!」
ステアの
魔力を使って相応のお金を生み出す能力。
一度見た物を等価の魔力と交換して生み出す能力。
お金を消費して相応の地球産通販物品を取り寄せる能力。
そして、お金を使って相応の魔力に返還する能力だ。
魔力で直接通販のお買い物は出来ないし、お金以外で魔力補充も行えないようだ。
「どう? 全回復した?」
「はい。キッチリ全回復したようですの!」
「やったー!! 実験成功!!」
ステアの言葉にネスケラはガッツポーズをした。
「えっと……これはつまり、違う国の硬貨でも、同じ価値なら魔力の消費、回復量も同じって事か?」
「うん! 僕の睨んだ通りの結果だね。これならもしかしたら……! ステア様! 今度はこれを使って、一番高く買えそうな物を購入してみてよ!」
そう告げると、ネスケラは奇妙な金貨を取り出した。
その金貨には……何処かで見た憶えのある少女の顔が彫られていた。
「……何故、この金貨にネスケラの顔が刻まれておりますの?」
「だってその金貨、僕が造ったものだからね! ネスケラ王国の金貨だよ!」
なんか、とんでもない事を言いだした。
「おまっ!? まさかサンハーレを乗っ取る気か!?」
俺の発言に、エータが眉をひそめた。それを見たネスケラが慌てだした。
「ちょっと!? 人聞きの悪い事言わないでよ!? 冗談だよ、冗談! この金貨はホムランと一緒に造ったんだよ。金の含有率もかなり低くいけど、その価値は金貨と同じ……という設定ね!」
そう告げた彼女はネスケラ金貨を秤に乗せて、重りの数を半分に減らした。どうやら件の金貨の重さは従来の金貨の凡そ半分らしく、秤はほぼ均衡を保っていた。
「そうか! 金の少ない金貨でも、ステア様の能力が使えれば……!」
「そう! エータさんの言う通り、金貨の消費を幾らでも抑えられる!」
「はー、成程なぁ……」
確かにそれが実現できれば、そのネスケラ金貨とやらを大量生産して、物品を幾らでも交換する事が可能だ。金の消費量も抑えられるという訳か。
「ささ、ステア様」
「はいですの!」
ネスケラ金貨を受け取ったステアは【等価交換】を発動させたが……表情を顰めたまま黙り込んでしまった。
「あれれ? もしかして……駄目だった?」
「……ですの。銀貨1枚分くらいしか、購入できませんの……」
思わぬ結果に俺たちは落胆した。
「うーん、これは……もしかしてパターンCかなぁ」
「パターンC……?」
妙な事をネスケラが言い始めた。
「うん。僕は最初、ステア様の能力は金の含有量関係なく、貨幣の価値で相応の物が交換できると睨んだんだよね。これがパターンA。パターンBは、含有量で左右され、交換できる物品や魔力の量が変化するって感じだね」
成程。その考えだと、少なくともパターンBではなかった訳か。ティスペル金貨とバネツェ金貨は同等の魔力量だったと、ステアが証言しているからだ。
「ふむふむ。それで? パターンCとは?」
「パターンAと似てるんだけど、貨幣の価値相応での交換までは同じなんだ。だけどそれは、あくまで世間一般の認識が優先され、ステア様の価値観とは異なっている……って点だね」
「…………よく分からんのだが」
ネスケラの言葉に俺とクーだけは首を傾げていたが、ステアとエータは理解し始めているのか考え込んでいた。
エータは何かを思いついたのか、ネスケラに話し掛ける。
「つまり、そのネスケラ金貨とやらは、ステア様の思惑とは関係なく、世間から銀貨一枚分だと判断された……という事なのだろうか?」
「そう! エータさん大正解!」
ネスケラがビシッとエータを指差した。
「実はこのネスケラ金貨、金なんて初めから入ってなかったんだ。適当に重さを調節して、金貨に似せただけの偽金貨だよ」
「「「え?」」」
まさかの金含有率ゼロパーセントの正真正銘偽金だったようだ。すっかり騙された。
「だけど、そこそこ価値のある金属も含まれているし、銀貨一枚分というのは妥当な判断だと僕は思うな」
「……つまり、ステアの能力に不正は許されないって事なのか?」
偽金で物品交換出来れば最高だったのだが……流石にそう甘くはないな。
「ううん。完全な不正は無理でも、多少の誤魔化しは効きそうだよね。さっきの本物二種類の金貨が全く等価値だったのが良い証拠だよ! 多分、大多数による価値観が重要なんだと思う」
「うむむ……。結局、どうした方が一番効率良いんだ?」
俺が尋ねると、ネスケラは椅子の上に仁王立ちした。
「紙幣を発行しよう!」
「「「……しへい?」」」
「紙幣!?」
ネスケラがまたとんでもない事を言いだした。
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