第67話 ドワーフ大移動
合流地点に着くと、そこにはエータ指揮の下、隠れ処に身を潜めていたドワーフたちも既に集まっていた。
「おお! ケリー、良くやってくれた!」
「お前さんらのお陰で、同胞全員無事だったわい!」
「ありがとな、坊主!」
俺はあっという間に、ずんぐりむっくりなドワーフのおっさん達に囲まれてしまった。
どうやら作戦は大成功だったらしく、収容所に居たドワーフも全員無事に救助できたようだ。
「この不思議な水を出す道具のお陰で楽勝だったな!」
「ウの国の馬鹿垂れ共、涙を流しながら騒いでおったわい!」
催涙液入り水鉄砲はやはり恐ろしい効果があるようだ。
(あれだけは闘気でも防ぎようないしね……)
少し休憩した後、ドワーフ総勢300人程を連れた大集団はユルズ川まで移動した。
「こっから先はどうするんじゃ?」
ホムランの故郷の長であるゴンゼという老人が尋ねてきた。
「ひとまずボートでコーデッカ王国まで逃げる」
かなり痛い出費だが、ステアの【等価交換】で複数のプレジャーボートを生み出した。なるべく中古で安い物を選んで数を揃えたのだ。
(安物買いの銭失いだが……今は資金も無いしなぁ)
本当はもっと質の良い船を購入したかったが致し方あるまい。
一つのボートで大体10人乗せられるとしても、ドワーフだけで30台は必要になる計算なのだ。収容所からシュオウがお金を盗んでいなかったら、とてもではないが足りなかっただろう。
いくつかの船はエンジンも付いてないただのボートを購入して、ロープでプレジャーボートと結んで牽引する手法を取った。その準備をしている間に、ボートの操縦できる者たちがドワーフに扱い方をレクチャーしていく。
「うおおおお!? こりゃあ便利じゃわい!」
「この燃料は……油かのぉ?」
「一体どういう仕組みになっているんじゃ……!」
さすがは工作好きな集団だ。ほとんどの者が興味津々にボートを眺めていた。
準備が整ったので、船団はいよいよユルズ川を進み始めた。
帰りは下り方向なので、燃料はかなり節約できるので正直助かった。それでも資金が心許ないので、一度コーデッカの王都へ寄る事になった。まだ油田からガソリンを生み出すのは無理だが、イートンにお金を借りられないかと考えたのだ。
無事コーデッカ領に入り、ユルズ川に30隻以上のボートが列をなして進んでいると、それを見た王国民たちは仰天していた。
「あ、あれは何だ!?」
「見たことも無い船だ!」
「ドワーフたちが乗っている!」
「彼らが造った新型船なのか!?」
目敏い商人たちが話しかけてきたが、いちいち説明している時間も無いので『詳細はエビス商会で……』とイートンに全て投げてしまった。
北と南ユルズ川の支流地点に到着し、俺たち一行はボートを岸に停めた。一度イートンに会いに行く為だ。
俺とソーカだけで至急王都へと向かう。
「なるほど、それは大変でしたなぁ……」
イートンに事情を説明すると、彼は快くガソリン代を提供してくれた。
「それにしても、そのプレジャーボートという船はやはり侮れない様ですなぁ。まさかこんな短期間でティスペル王国やウの国まで往来可能だとは……」
馬車だと結構時間が掛かる。ユルズ川での水運もそれなりに利用されているようだが、やはり川を上る時がネックになるらしい。流れの緩やかな場所は帆船でも上れるそうだが、急な場所だと岸からロープで引っ張ったりする人力頼りとなるらそうだ。
まぁ、闘気使いたちによる人力は意外と侮れないのだが……
「商人にも度々質問されて困っちゃったよ。詳細はエビス商会で聞いてくれって振っちゃったんだけど……」
「全く問題ありませんぞ! むしろこの件で我が商会は益々名を売る機会に恵まれるでしょうな。そのプレジャーボートとやら、当然我が商会にも何隻か融通しれくれるのですよね?」
「ハハ、勿論だよ。帝国領の河川さえ押さえられたら、水路もかなり便利になるんだけどね……」
「ううむ、帝国領を通行するのは些かリスキーですなぁ」
やはりゴルドア帝国は邪魔だ。
「実はこれから帰る際にも帝国領の川を強引に通る予定なんだけど……」
「それは……大丈夫なのですかな?」
可か不可であれば可能だろう。ただし、確実にひと騒動起こるだろうな。
「子供やお年寄りもいるし、このままコーデッカに残りたいと言うドワーフもいるんだ」
俺はドワーフたちに、このままコーデッカ王国で暮らすか、それとも一緒にサンハーレに来るかを尋ねていた。すると、驚いた事に8割ほどの人たちが移住を希望していたのだ。
やはり物珍しい物品と、特にステアの生み出したお酒に惹かれているようだ。
「ほぉ。そのドワーフたち、宜しければ私の方で面倒を見ましょうか?」
「え? いいの?」
「ええ、勿論。その相談をしにここへ来たんじゃありませんかな?」
こっちの魂胆は見え見えだったようだ。
「それに、ものづくりで有名なドワーフたちを得られるのは商会にとってもプラスですからな。衣食住と働き口もキッチリご提供しましょう」
「ありがとう、さすがはイートンさん! 頼りになるぜ!」
イートンから正式に許可を得ると、俺はエビス商会の従業員たちと顔合わせをしておいた。この後、従業員たちにはドワーフたちの案内役を頼むつもりで、明日彼らと共にドワーフの元へと戻る予定だ。
それと同時に、彼らには余って不要になるプレジャーボート数隻を管理してもらう。イートンは早急にユルズ川近くの土地を買収し、ボートの係留施設を作るつもりらしい。その辺りも従業員にしっかり伝達していた。
「食糧難の件につきましては、一時的にステア様の能力を頼るしかありませんな。水路でも陸路でも構いません。コーデッカ、ティスペル間のルート確保が整い次第、我が商会が幾らでも運送しますぞ」
「助かるよ。このお金は大事に使わせて貰うから」
ガソリン代以上の資金を頂いてしまった。イートンもやはり食料不足による自治領内の治安低下を懸念していたようだ。
翌朝、イートンが選出した従業員たちを伴い、俺とソーカは王都を発った。急いでユルズ川に戻り、ドワーフたちに今後の件について説明した。
「――――それでは、希望者はそのイートン殿を頼って構わないのですな?」
ドワーフ代表のゴンゼ老が確認してきた。
「ええ、そうです。危険を冒してまでサンハーレに付いて来る必要はありませんので、このままコーデッカ王国に残りたいという方は、こちらの従業員の方々と一緒に、まずは王都まで来て下さい。サンハーレに行きたいという方は……少々危険ですが、この船で帝国領を抜けて領地に戻ります」
俺がそう説明すると、更に何名かの家族がコーデッカ残留を希望したが、最終的には200名近い人数がサンハーレへの移住を選択した。
ドワーフたちは同胞との一時的なお別れを済ませ、俺たちは帰宅の準備を全て終えた。
「さぁ、こっからが大変だぞ! ドワーフ200人連れながら、帝国領を横断だからな!」
「ですの!」
せいぜい十数人くらいの技師を連れてくる予定が、とんだ計算違いである。ジーロ王国側の北ユルズ川を通る事も視野に入れてはいたが、ここは強硬策で帝国領を通り抜ける方針に決まった。
やはり現時点ではジーロ王国を敵に回したくないのと、ドワーフたちも昨日の脱出劇が成功して気が強くなっているみたいだ。今回も問題ないだろうと彼らは口を揃えて言うので、最短距離で南ユルズ川ルートを選択したのだ。
合計20隻近くにまで減ったボート集団で川を下ると、あっという間に帝国領の水門があった場所まで辿り着いた。やはり下りでモーターエンジンを使うと移動時間もかなり早い。
「あ、帝国人が水門の工事をしている」
「工事と言うか……焼け落ちた破片をどかしているだけですの」
元水門のあった関所では、焦げた木材を運び出す作業が行われていた。その作業員の近くには帝国兵の姿も見られる。
「お勤め、ご苦労様でーす」
「お勤め、ご苦労様ですの」
「「「お勤め、ご苦労様ですじゃ」」」
俺たち船の列が何事も無いかの様に川を通り抜けようとすると、帝国兵たちが騒ぎ始めた。
「て、敵襲だー!!」
「放火魔が戻って来たぞー!!」
「ドワーフの応援部隊だと!?」
「すぐに本隊へ知らせろー!!」
矢が飛んで来たので、すかさず戦える者たちが応戦した。
「【送風】!」
ソーカの風魔法が矢を逸らす。
「こら! 非戦闘民もいるんだぞ! 何しやがる!」
「帝国もドワーフの敵か? そうなのか? ああん?」
俺やイブキだけでなく、ドワーフ戦士団の皆さんもボートから岸に飛び移って帝国兵たちに襲い掛かった。
「うわああああっ!?」
「だ、駄目だー! 数が多い!?」
「て、撤退ーっ!!」
帝国兵と一緒に作業員たちも逃げてしまった。
「よし! 今の内にスピードを上げて帝国領を突き抜けるぞ!」
俺たちは増援を呼ばれる前にさっさとユルズ川を下って先へと進んだ。その甲斐も有り、ティスペルに隣接する関所までは邪魔者が一切現れず、そこの関所で復興作業をしていた兵士たちも蹴散らし、俺たちは無事安全圏まで辿り着くのであった。
「ここがサンハーレか……」
「儂、初めて海を見たわい!!」
「わー、大きいー!」
ドワーフたちのほとんどは海が初めてらしく、そのあまりの広さに感動していた。これにはドワーフの子供たちも大はしゃぎである。
港に到着して船をつけると、突如現れたプレジャーボートの大群とドワーフたちに、船乗りや海兵隊員が驚いていた。
「ケルニクス軍団長殿! っとステア様まで!? この船とドワーフは一体どうしたんで?」
偶々そこに居合わせたゾッカ大隊長に問い詰められた。
「色々あって船を増やしたんだ。数隻は商会用に貰うけど、何隻かは海軍にも回すよ」
「ホントですかい!? いよっしゃー!!」
プレジャーボートが増えると聞いて海兵隊員総出で喜んでいた。
現在海軍の船は既存船を除くと、プレジャーボートは僅か十隻に新型魔導船二隻しかなかった。
(まぁ、ボートが増えてもガソリン不足だし、資金も無いから当面動かせないんだけどね)
ここぞという時以外ではボートの運用は控えさせていた。今回ボートを購入したのは、あくまでエビス商会の資金から捻出しているので、財政には影響が少ないのだ。
ソーカやシュオウとホムランにドワーフたちの案内を任せ、俺とステア、それとイブキの三人は領主館へと向かった。ヴァイセル執事長たちに帰還を報せる為である。
「……なるほど。事情は分かりました。技術者や人口が増えるのは大変喜ばしいのですが……この情勢下で急に食い扶持が増えるのは…………」
やはり食糧事情はかなり深刻みたいだ。
そんな中で予想外の移民の数に執事長は表情を引きつらせていた。
(やべ! 執事長怒ってる!? シノビ経由で一報入れておくべきだったか?)
だが、その心配はすぐに解消された。
俺たちが戻って来るのに少し遅れる形で、キンスリー領へ交易に出ていた隊商の船が戻ってきたのだ。
「只今戻りました! 無事、我が領の食糧をキンスリー領に高く売りつける事に成功致しました!」
「「「おおおおっ!!」」」
「これで資金は得られましたぞ! ステア様!」
「はいですの!」
この食糧難で更に食糧を放出するという暴挙に出た俺たちだが、戦時下な事もあり、随分と高額な値段で取引できたそうだ。その大量に得た資金でステアの
「なんて高品質な小麦粉に塩なんだ!」
「凄い! 肉に果物、卵まで……どれも新鮮だぞ!」
「高級な砂糖まであるのか!?」
「砂糖ですと!? 高かったのではないですか?」
「んー、1kgで銅貨4、5枚くらいですの」
「「「そんなに安いの!?」」」
おや? どうやら砂糖は効率の良い商売になりそうだ。
その他にも野菜や穀物を中心にステアは大量の食糧を生み出した。思った以上にこの作戦は効果的だったようだ。ただし、ティスペル金貨がどんどん消え去っていく。
「素晴らしい! これで当面は飢えずに済みますな!」
「すぐに町民へ配給しますの!」
「はい!」
こうしてサンハーレの食糧危機は一時回避されるのであった。
ゴルドア帝国北部にあるヨアバルグ要塞は、帝国でも一二を争う大規模な軍事施設だ。
要塞の背後にはヨアバルグ山脈という天然の防壁がそびえ立っており、北のジーロ、東のティスペルを睨みつけるのに最も適した立地なのだ。
今回行われたティスペル王国侵攻作戦の総司令本部もこの要塞に置かれていた。
現在その要塞内では、ちょっとした混乱に見舞われていた。
「なに!? 南部からの物資が届かない……だと!?」
「はい、メービン元帥。食糧は問題無いのですが……神術薬や武器の搬送に支障をきたしております」
ヨアバルグ要塞の最高司令長官でもある私に副官がそう報告しにきたのだ。
「武器はともかく、治癒神術薬は帝都からしか搬入ルートが無いんだぞ! 兵站部は一体何をやっているのか!!」
治癒神術薬は基本的にエアルド教会から買い付けられ、そこから前線へと送られている。
治癒神術や神術薬は聖エアルド教国の秘伝であり、教会の人間以外にその技術を教える行為は禁じられている。よって他の国々は教会を誘致して、彼ら神官の力を借りる形となっていた。
教会連中は教義に反する真似や、その秘技を強引に奪おうとさえしなければ、派遣先の国の方針にも大人しく従ってくれるのだ。
ただし、一度聖教国を怒らせると、彼らと友好関係にある全ての国家を敵に回しかねないという恐ろしい側面も持ち合わせていた。
故にエアルド教会に対して不埒な真似を行なう国は滅多に現れないのだ。
最近では、我々の裏工作にまんまと乗っかり、サンハーレ子爵の甘言に惑わされた神父が国家転覆罪で処刑されたそうだが、それでも聖教国は全く動かなかった。それはあくまで神父が悪事を働いたのが原因であり、教会側も適切な処置だったと認めているのだ。
このように教会は公正な振る舞いをするので、どこの国も進んで教会を誘致していた。
(その反面、勇者なる異世界の召喚者を奴隷兵として各地に貸し与えている訳か……)
エアルド教会は表と裏、陰と陽の顔を併せ持つ、何かと矛盾の多い歪んだ組織である。
そんな不気味な教会を現皇帝は嫌っており、我が国は教会を全く誘致していなかった。帝国には現在、帝都にしか教会が存在しない為、治癒神術薬を前線に輸送するとなると、どうしても長距離になってしまうのだ。
(全く、皇帝の教会嫌いには呆れるな……)
もっと各町に教会を建てさせれば苦労せずに済んだのだ。
今更嘆いたところでもう遅いのだが……
「すぐに兵站部に連絡して神術薬を送り届けさせろ! 輜重部隊を増員させてもいい!」
「はっ! ですが……どうやらユルズ川の橋を全て落とされてしまったようで……復旧には時間が掛かる見込みです」
「何ぃ!? 内地に敵の侵入を許したのか!? 聞いておらんぞ!」
ティスペル王国に侵攻している筈が、逆に帝国領に攻められているとは寝耳に水だ。
「い、いえ……。どうも少数による奇襲作戦だったようでして……現在は国内に敵勢力はおりません」
「ええい! 国境警備隊は何をやっているのか!? 我々は戦争をしているのだぞ!」
少数とはいえ敵に侵入を許し、あまつさえ大事な要所の橋まで落とされるとは……。国境警備責任者の首が飛んでも全くおかしくないほどの大失態だ。
(まさかティスペルの連中、我々の長い補給路に気付き、それを断つ気では……)
ティスペル王都の守りは意外に頑丈で、なかなか崩せないでいた。今は相手の補給路を断って籠城戦を強いて飢えさせる作戦を立案中だが、まさかこちらの補給路を先に狙われるとは思いもしなかった。
「……やむを得ん。侵攻軍の手隙な一個師団を内地の防衛に回せ!」
「はっ!」
ケルニクスの蛮行が予期せぬ形でティスペル王朝の寿命を永らえさせていた。
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