第66話 精神攻撃は基本
翌日、日が丁度天辺に昇り始めた頃、ドワーフたちを運び入れる為の護送馬車の車列が見えてきた。
「ふん。昨夜は随分騒がしかったようだが……どうやら連中はドワーフの救出を諦めたようだな」
クガ家の家臣団の中でも重鎮である初老の男、ナガミネがそう結論付けた。
「油断されるな、ナガミネ殿。賊の中にかなりの使い手が二名おりました」
「それはもう聞いた。なんでも“流剣”ともあろう貴殿が、賊を取り逃がしたそうではないか!」
「…………」
ダイカン階級であるナガミネの嫌味に私は無言で応じた。
私の階級はナガミネと同格相当のブシ階級だが、あちらは古くからクガ家を支えてきた家柄の当主だ。剣一本、一代でここまで成り上がってきた私を、ナガミネはさぞ気に喰わないのだろう。
「まあよい。ドワーフどもを馬車に乗せ次第、すぐに中央へと帰還する! アカバネ殿とオロチ殿はその護衛だ。それくらいならできるだろう?」
「……承知」
「……了解だ」
嫌味たらしい発言をしたナガミネは去っていった。
「アカバネ殿よぉ。お互い気苦労が絶えねえなぁ」
「オロチ殿……貴殿が気苦労とは、私の聞き間違いか?」
このオロチという男は快楽主義者だ。
今でこそ身分相応に大人しく従っているが、その内我が主君にも牙をむきかねない危険な男でもある。この前も生け捕りだと命令されていたドワーフの戦士を危うく殺しかけたのだ。
「俺だってそれなりに悩みはあるんだぜ? いけ好かない上司に油断のならない先輩剣客と……ハァ、偶には好き勝手に暴れたいものだ」
油断ならないのはお前の方だ!
咄嗟に口から出そうになった言葉を寸前で飲み込んだ。
このオロチという男は私より一つ下のアシガル階級ではあるが、主君であるクガ殿のお気に入りでもあった。なんでもオロチはクガ殿直々にスカウトした剣客らしいが、そういった背景もあってこの男は最近、軍規を乱す行動ばかりで目に余るのだ。
仕方なく私がお目付け役を買って出たのだが、今ではそのことを後悔していた。
「それにしてもクガ殿、ドワーフたちを集めて、この先どうするつもりなのか……」
「そりゃあ、ドワーフって言ったらあれだろ? 武器とか色んな物を作らせるんじゃねえのか?」
「そんな事は分かっている! 私が言いたいのは、国際条約を無視してまでドワーフ狩りをして、一体何を考えているということだ!」
先代様であれば、こんな真似は許さなかったであろう。恐らくナガミネ辺りが入れ知恵したに違いないのだ。
アマノ家の件に関してもそうだ。シノビ集を擁した武家を離反させるよう仕向けて、一体どういうつもりなのか……
(まさか……良からぬ事を企んでいるのではなかろうな……!)
その時は、忠臣として主を引き留めねばなるまい。
「おい! アカバネさんよぉ! もう馬車が出るってよ!」
「む? そうか」
(いかん、いかん……任務に集中しなくては……)
昨夜の闘気使いは尋常な相手ではなかった。恐ろしいまでの力に闘気の量も然ることながら、なんとその闘気を籠めた斬撃を放ってきたのだ。
(あんな技……帰心流にも無いぞ! 一体どんな手法で……!)
帰心流は闘気を操る技術に長けた流派だが、その本質は心を鍛える事にある。まだ我々人が魂だけであった時代にこの技術は生まれたとされていた。
真実は分からないが、要は身体ではなく魂、心で闘気を操るのだ。帰心流の門下生は厳しい特訓を積み重ね、身体だけでなく精神力も徹底的に鍛え、心を育み闘気を操る術を身に着けていくのだ。
(神々の居た無垢の時代に心を帰す剣……か)
それこそが帰心流の原点でもあり極意でもある。
世が乱れれば心を乱し、心乱せば剣もまた乱れる。
今は主君の命じた任務を全うする為、只々それだけの為に己の剣を振るうのみだ!
俺たちは双眼鏡を使い、遠くの場所から収容所の様子を探っていた。
「馬車が動き出したぞ!」
「さぁ、行動開始だ!」
今回突撃するのは、俺、ソーカ、イブキ、シュオウの四人だけだ。
シュオウは作戦参加を渋っていたが、囚われていたドワーフたちと直接顔合わせしたのはシュオウ一人だけなので来てもらうしかなかった。シュオウは戦闘技術こそ高くはないが、脚力や身のこなしだけは結構あるのだ。
馬車の車列の横から俺たちが近づいて姿を現すと、クガ家の兵士たちはざわつき始めた。
「例の賊だ!」
「昨夜の賊が現れたぞー!!」
俺とイブキは面が割れていたので、あちらはすぐに迎撃態勢へと移行した。
「よし、合図を送るぞ!」
俺の号令で三人とも一斉にホイッスルを取り出した。
防災用のホイッスル四つセット、ストラップ付きで銅貨たったの四枚分というリーズナブルなお値段だ。
災害時だけでなくスポーツの審判をする際にも利用できる便利アイテムである。
(さぁ、ウの国の悪徳兵士ども……試合開始だ!)
俺たちは一斉にホイッスルを鳴らした。
その音の合図と共に、馬車の中に居たドワーフたちが一斉に反旗を翻した。
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
「女子供や老人を先に逃がせー!」
「男どもは殿を務めるんじゃあ!」
「儂の酒を返さんかああああっ!!」
さっきまで大人しかったドワーフたちの豹変ぶりにウの国の兵士たちは大混乱だ。
「な!? こいつら、何時の間に武器を……!?」
「手錠が外れているぞ!?」
「だ、誰か助けてー! 闘気使いが……!」
「ああ!? 俺の酒ぇ!?」
「どうして神術弾が撃てる!? 神術士は全員隷属状態じゃあなかったのか!?」
兵士たちは最早、俺たち賊にかまけている場合ではなくなってきた。
ドワーフたちは馬車の御者台にいる者たちを優先的に狙い、握っていた手綱を奪い取った。
「おーい! こっちだー! こっちの方角だー!!」
シュオウが手を振ると、一人のドワーフがそれを発見した。
「皆の者ー! 東側へ逃げるんじゃー!」
一台の馬車が進路を変えていく。その馬車にシュオウが飛び乗った。
「よーし! あの馬車に続けー!!」
シュオウが無事ドワーフたちと合流し、彼らの逃げる方向を誘導し始めた。
(よし! 出だしは上手くいったな!)
あとの問題は……
俺は左前方からこちらへ迫る強い闘気使い二名の気配を捉えた。
「ガハハハ! またテメエらか! 懲りずにご苦労な事だな!」
「貴様ら……よくも舐めた真似を……!」
“覇道一刀流”皆伝のオロチと“帰心流”中伝のアカバネが姿を現した。
「……イブキ、ドワーフたちの援護を頼む」
「ああ……勝って来いよ、ポンコツ師範!」
あいつ、どさくさに紛れてポンコツの汚名を俺に擦り付けやがった!?
「今日は逃がさん! クガ家に仇なす者は……全て斬る!」
「なんだ? 昨日のチビはやらねえのか? つまらん……」
「ドワーフ狩りする奴らはゼッチューだ!」
「闘技二刀流、次席師範代がお相手をします!」
俺たちは互いの標的目掛けて突撃した。
「また貴様が私の相手か! 小手先の技など通用せんぞ!」
「そいつはどうか……な!」
俺は開幕から剣を振るって斬撃を飛ばした。それをアカバネは昨日と同じように刀で防いだのだが――――
「なっ!?」
――――昨日とは違い、アカバネは大きく後ろに仰け反った。
「これは……威力が増している……?」
「昨日までの俺と思うなよ。バッチリ対策済みだ」
俺の剣は水に濡れていた。先ほどは風の刃ではなく、水を媒体として飛ばしたのだ。
名付けて【
実は俺、水を媒体として斬撃を飛ばす訓練は結構昔から行っていた。血を媒体とする刃【
(だって毎回血を使ってたら貧血起こすじゃん?)
その甲斐もあって、数ある技の中でも【水刃】は結構得意なのだ。
水の刃は風よりスピードが落ちるが威力は増す。
パワーは血>水>風で、スピードは風>水=血の順だ。
ただしこの技、前述の通り水が必要なので、剣を常に水に濡らしていなければならない。あくまで闘気がメインなのでそこまで水の量は必要ないのだが、数発振るっただけで剣が乾いて【水刃】が撃てなくなるのだ。
そこでこいつの出番である。
「ちょっとお待ちをー」
シュッ! シュッ!
俺は腰のポーチに収納していた水の入ったスプレーボトルを取り出して剣に水をふり掛けた。
「……なるほどな。さっきのは水を刃にして飛ばした訳か。そんな事が可能だとは……!」
「そういう事だ! 闘技二刀流は水中戦もできる! 凄いだろう!」
「ふっ……、曲芸もそこまでいけば大したものだ……だが!」
アカバネは俺が剣に水を浸すのを待ってはくれないようだ。昨日と同じようにこちらへ接近戦を仕掛けるつもりのようだ。
「そんな紛い物の剣術で私に勝てると思うなよ!」
「曲芸だとか紛い物だとか……名誉棄損で訴えるぞ!」
こちらも負けじと応戦する。
大抵の剣士ならば、俺に接近戦を挑めば数手で倒せるのだが、目の前の男だけは違った。どんなに力を籠めて斬撃を放っても相手の剣を弾けない。こちらは二振りも剣があるというのに、向こうは刀一本で素早く切り返してきた。
ただ単純に攻撃するのではなく、フェイントを混ぜたり打点をずらしたりするも、悉く見抜かれて綺麗に防がれる。まさに鉄壁の防御だ。
(ちぃ! 確かに厄介だ。だが……その剣、ちっとも怖くねえんだよ!)
確かにこちらの攻撃は抑えられてしまっているが、逆に向こうもこちらへの決め手を欠いていた。さすがに俺の双剣を掻い潜って一撃入れるのは難しいらしく、ほとんど防御のみである。
それにどうも昨日より相手の攻撃のキレが鈍い。
「へい、どうした? 中伝さんよぉ! 昨日より斬撃が遅く感じるぜぇ?」
「…………っ!?」
お? 意外に素直な反応を見せたな。闘気を乱していた。どうやら当たりだったようだ。体調不良か?
アカバネは表情を曇らせながら剣を振るっていた。
「昨日は遅くまで警備してたから疲れたのかなぁ? それとも俺たちを取り逃がして、上司に叱られちゃったのぉ?」
「…………黙れ!」
おお!? 効いてる、効いてる! 明らかに剣筋が鈍り始めてきた。
(やはり精神攻撃はマストだな!)
「貴様らのような賊に私は討たれる訳にはいかないのだ! 貴様を倒し、ドワーフたちも取り戻す! 私は……必ず成し遂げる!」
「ざっけんな! 里を襲ってドワーフ狩りやがって……テメエらこそ賊だろうが!」
「――――っ!?」
アカバネの攻撃が徐々に荒々しくなり、威力が増してくる。ただしそれに反比例して闘気が完全に乱れてきた。このままではすぐにガス欠でダウンコースまっしぐらだ。
「人を問答無用で奴隷にするような屑は……俺が天誅を下す!」
「ぐっ!?」
俺の勢いに怖気づいたのか、はたまた言葉責めが効いたのか、アカバネは急に後方へ下がって距離を取った。今までには見られなかった行動に俺は眉をひそめた。
「……………………」
「……?」
相手は急に顔を俯かせて黙り込んでしまった。刀を力なくだらりと下げたままだ。
(……あれ? そんなに精神攻撃効いちゃった? 俺、なんか悪い事言っちゃったのかなぁ)
想像以上にメンタルが弱かったのか、アカバネは暫く動きを止めていたが……
「――――っ!?」
寒気を覚えた俺は両の手に持った武器を構えた。さっきまで乱れていたアカバネの闘気がピタリと止まっていたからだ。
「…………そうだな。確かに我々が間違っていた。どんな正当な理由があるにせよ、人攫いのような真似……剣士の風上にも置けぬ所業よ……」
「お、おう。そうだな……うん!」
なんか様子が変だ。
「我が主君は過ちを犯した。それを正すのも臣下の務め……そんな事に気が付かないとは……」
「え? じゃあ……もうドワーフは襲わない?」
ならこれで解決じゃない!
だが、先ほどから闘気というか殺気というか……中伝さんの敵意が籠もった気迫をビシバシ感じるのは気のせいだろうか?
「だからこそ、私は主君の下に生きて帰り、最後の務めを果たさなければならない! それを邪魔する者は……何人たりとも許さん!」
アカバネは再び剣を構えた。その流れるような動作は昨夜見たのと同じ……いや、それ以上の流麗さだ。闘気には最早、一糸の乱れも見当たらなかった。
(アカーン! 精神攻撃し過ぎて、逆に敵を強化させちまった!?)
自分で難易度設定をハードモードに引き上げてしまった。
「ま、待て! 主君さんの過ちが分かったのなら、俺たちが敵対する意味ないじゃない!」
「いや……ある! 私は剣士としてもまだまだ未熟であった。そこをお前に指摘されてようやく気付かされた! 心の底から感謝している。ありがとう! だからこそ、我が剣でもって礼がしたい!」
ん? え? この人……何言っちゃってるの?
「えーと、俺に恩があるから戦ってそれを返すと?」
「うむ」
それ……恩を仇で返してません?
「ちなみに手心だとか、寸止め勝負とか……?」
「これは異なことを。真剣勝負にそんなもの、ある訳なかろう」
この人、サイコパス系武人さんだった!?
「さあ、全身全霊をかけて戦おうではないか! その死闘の先に我らが目指す魂の故郷が存在する!」
「畜生!? 帰心流ってのは全員こんなイカレ変態どもなのか!?」
あの戦闘狂のソーカが「ガチで頭おかしい」と評する訳である。
「行くぞ!」
「――――っ!?」
迫ってきた刀を俺は咄嗟に防ぐ。
先ほどまでと然程変わらない速度であったが、殺気が全く感じられなかった。闘気にも相変わらず乱れがない。所謂、無我の境地というやつだろうか?
そんな殺意の無い恐ろしい攻撃が次々に俺へと放たれ、こちらの命を確実に断とうとしてくるのだ。
「ひぃいいい!? 怖すぎる、この中伝さん!?」
「さあ! 貴様も心を無にして剣を振るうのだ。闘気が乱れているぞ!」
今度はこちらが精神攻撃を受け始めていた。
「ざけんな! こんな状況で落ち着けられるか!!」
もう怒った!
そっちがその気なら、こっちも
「死ね! くたばれ! イカレ帰心流の狂信者が!」
「それでは駄目だ! 負の感情に支配されては、死した後の魂は……」
「知るかバーカ! お前だけが死ね! クソが!」
俺は力任せに剣を振るった。今のこいつには生半可な攻撃は通用しない。もう出し惜しみは一切無しのフルパワーだ!
「力こそ……ぱうわー!!」
「むぅ!? 凄まじい膂力だ! ……素晴らしい!」
無心の剣だとか闘気の技術だとか、そんなもの関係ない。力を籠めて闘気も沢山籠めて相手を斬る! これこそが正義だ!
「どうだ! これが闘技二刀流の剣だー!」
「ぐっ!? 刀が……折れ……っ!?」
ついにその強引な力技は成功し、俺はアカバネの刀を叩き斬った。
「死合に手心は不要……だったよな?」
「……ああ。その通りだ」
俺は一切躊躇なく、もう片方の刃で相手を斬りつけた。
アカバネは最後まで満足そうな顔のまま倒れた。
「はぁ、はぁ……心身共に負担の掛かる戦いだった……」
「師匠、お疲れ様です!」
何時の間にかソーカが横に立っていた。どうやら俺と同類っぽいパワー馬鹿オロチをあっさり撃退したようだ。
(パワーもスピードには勝てなかったよ……)
相手を片付けたソーカは途中から俺たちの戦いを観戦していたようだ。
「……何時から観ていた?」
「『これが闘技二刀流の剣だー!』って力押しで刀を斬った辺りからです! 相変わらず脳筋な戦い方で、全く参考になりませんでした!」
弟子が笑顔で酷い事を言ってきた。
筆頭が筆頭なら次席もこれである。
(俺を敬ってくれる弟子はセイシュウだけか……)
周りを見ると、既にクガ家の家臣どもは逃げ出していた。ドワーフたちも最後の馬車を走らせたようだ。もうここに用はなさそうだ。
「師匠! そこの男……まだ息があるようですけど、トドメを刺さないので?」
「…………止めとこう。なんかトドメ刺すとコイツ、逆に喜びそうだし」
「うわっ! さすがは帰心流……頭おかしいです!」
ソーカにそう言われるとは相当だぞ、中伝さんよぉ……
無事作戦を遂行した俺たちは適当な馬を強奪してシュオウたちの後を追った。
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