第65話 帰心流

 一夜明け、ドワーフたちにその仮設収容所の場所を聞いた俺は、早速そこへ偵察に向かった。


 メンバーは俺とイブキ、それとシュオウの三人だけだ。ソーカには念の為、ステアの護衛に付いてもらった。本人は殴り込みに行きたそうにしていたが、今回は偵察だけなので留守番させておいた。




「あれが収容所か……」


 仮設と聞いたので、てっきり木造の建物かと思っていたのだが、その施設は石造りの頑丈そうな留置所であった。壁も分厚そうで、それなりの闘気使いか神術士でないと破壊は困難だろう。


「参ったなぁ。焼き討ちにすれば楽だと思ったんだが……」

「阿呆か! それじゃあ中に居るドワーフたちも丸焼きになるだろうが!」


 確かにシュオウの言う通りだ。


(いかんな。帝国で次々と施設を焼いた所為か、火に魅入られてしまったか?)


 かなり危ない思考に陥っていたので、俺は首をブンブン振って邪念を捨て去った。


「よし! それじゃあどうやって天誅を下すか相談しよう!」

「すっげー綺麗な目で物騒な発言をするなぁ……」


「何を馬鹿やってるんだ、お前らは……」


 一人先行して収容所の様子を見に行っていたイブキが戻ってきた。


「ドワーフたちはどうだった?」

「何部屋かに分かれて石の牢に閉じ込められているな。それとドワーフの闘気使いと神術士には奴隷の首輪が嵌められているな」


 やはりそうか。これでは自力での脱出は不可能だろう。


「首輪はどんな契約が掛けられているか分かるか?」

「さすがにそこまでは調べようがない。だが、使われている首輪はどれも安物だ」

「そうか。それなら付け入る隙はあるかもしれない」


 安物であれば制約も呪いも大した効果を出さないだろう。少し逆らったくらいでは寿命が縮まる事もない筈だ。


「助けるなら急いだ方が良い。明日には大量の護送馬車がやって来て、ドワーフたちを中央部に連れて行く算段らしい」

「そりゃあ拙いな! 急がなくちゃ……!」


 焦るシュオウだが、俺は逆にチャンスだと思った。相手はわざわざドワーフを助け出した後の足まで用意してくれるというのだ。その護送馬車を利用しない手は無い。


「……よし! 俺は一度隠れ処に戻って、日が暮れる前にはまたここに来るつもりだ。二人はそれまで情報収集な。異変があれば片方が隠れ処まで報せに来てくれ」

「ああ、任せとけ!」

「承知した」



 俺だけ急いで隠れ処に戻り、みんなに収容所の状況を伝えた。


 そこであれこれと相談して作戦を立てた。


 準備を終えた俺は再びシュオウたちの元へ戻って来た。しかも今度はステア幼女ver.をおんぶして連れて来た。ソーカも一緒である。



「ステアの嬢ちゃんをこんな所に連れて来て、どうしようってんだ?」

「シュオウにはステアと一緒にやってもらいたい事がある。二人の護衛はソーカに任せる」

「はい、師匠!」


 少々危険だが、今回の作戦にステアは必要不可欠だ。ステアには少しの間作業をしてもらう。


 エータやクーは猛反対していたが、当の本人は二つ返事でOKを出してくれた。最終的にはステアの意思を汲みエータたちが折れた。


 その代わりの条件として、ソーカを護衛に付けることになったのだ。エータにはクーやホムランと一緒に里のドワーフたちを指揮してもらう。






 深夜、辺りは静かになったが、収容所には篝火が焚かれており、常にウの国の兵士たちが警備をしていた。


 どうやらここにいる連中は全員、都のブギョー階級であるクガ家一族の家臣団だそうだ。ここの領主であるシラナミ家は今回のドワーフ狩り騒動に関与していないと思われる。


 都かクガ家の独断行為のようだ。



「よし。そろそろ始めるぞ」

「緊張してきましたの……」

「大丈夫です。ステア様は私が守りますから!」


 ソーカが護衛に付くのだ。余程の相手でもなければ問題あるまい。


 シュオウがステアとソーカを連れて収容所の裏手に回ったのを確認し終えたら、いよいよ俺とイブキの出番である。


「うっし! それじゃあ始めるぞ!」

「……本当に暴れてしまって構わないのだな?」

「ああ、心置きなくゼッチューしてくれ!」

「だから何だ! その奇妙なワードは!?」


 お前もクガ家には恨みがあるだろう? さぁ、思う存分ゼッチューするといい!


(ドワーフ狩りするような連中は絶対に許さない……天誅だ!)



 俺とイブキは、シュオウたちと正反対の位置――正面から乗り込む。収容所にゆっくり歩いて近づき、警備兵の前に堂々と姿を晒した。


「ん? なんだ、お前ら……?」

「怪しい奴……携帯している武器を置け!」


 俺は兵士たちの警告を無視し、そのまま二人の兵士に迫った。


「ドワーフ虐める奴は……ゼッチューだあああっ!!」


「うぎゃああっ!?」

「て、敵襲ううううっ!!」


 片方の兵士が声を上げるのを確認してからイブキも続いて天誅を下した。


「ナイス、ゼッチュー!」

「ふむ、これがゼッチュウ……?」


 怨敵であるクガ家の手勢を倒したイブキも満更ではなさそうだ。



 先程の警備の叫び声で兵士たちがぞろぞろと集まり始めた。


「よし! 合図があるまでここで暴れ回るぞ!」

「ふん、クガ家の連中は皆殺しだ!」


 俺とイブキは周囲を囲っている兵士たちに襲い掛かった。


「こ、こいつら……強い!」

「A級の闘気使いだ! お、応援を呼べー!」


「オラオラー! 俺は闘技二刀流の極伝ごくでん位様だぞー! 槍兵なんか怖くはないわー!」

「クガ家め……ゼッチュウ!」


 雑兵相手に大立ち回りをしていると、いよいよ強敵たちが現れ始めた。


「闘技二刀流だぁ? そんな流派、聞いた事もねえ!」

「田舎の弱小流派如きが……! “帰心流”中伝の私が相手になる!」


 帰心流とは数ある剣の流派でもトップクラスの実力派集団だ。剣術よりも闘気を扱う技術に重きを置いている流派らしく、その歴史はかなり古いそうだ。


 なんでも始霊期――まだ神々が地上で暮らし、人類が魂だけの精霊であったと言われる時代から培われた技術なんだとか……


 とても胡散臭い流派である。


「せいっ!」

「むっ?」


 だがこの男、ただの一刀流の癖にそれなりに強い。こちらの連撃をキッチリ防いでいた。


 一度距離を取って【風斬かざきり】を放ってみたが、なんと遠距離斬撃すらも刀に闘気を籠めてガードしてきた。


「今の技……! まさか、闘気を斬撃に乗せて放ったのか!?」


 男は驚いていたが、こっちはそれ以上の衝撃だ。


「マジか!? 初見で【風斬り】を防ぐのかよ……!」


 前言撤回、こいつ……マジで強い!?


 イブキの方にもかなりの闘気使いが向かっていた。


 イブキの相手をしている男はウの国の武人では珍しく、両刃の大剣を振るっていた。


「ガハハッ! 俺様は“覇道一刀流”の皆伝、オロチ様だ! 小娘、名を名乗れ!」

「ちっ! 貴様に名乗る名など……ない!」


 大剣使いのオロチは相手に名乗れと言いながらも、既にイブキへ猛攻を仕掛けていた。かなり大雑把な力任せの剣だが、かなりの闘気を武器と身体に籠めている。お陰でイブキの覚えたての【風斬り】ではまだ太刀打ちできないのだ。


 イブキにとって、ああいうパワータイプは苦手なのかもしれない。


(覇道一刀流……荒々しい剣技だと聞いてはいたが……)


 覇道一刀流も帰心流と同じくらい有名な流派だ。門下生の数だけなら一番かもしれない。


 こちらは血盟期――種族間戦争の時代から台頭し始めた流派で、元々は獣人族が開祖の“覇道流”という名の流派が元だそうだ。その覇道流の派生で“覇道一刀流”や“覇道剛剣流”などが生まれた。


 今ではその派生した“覇道一刀流”が本家より有名になった形だ。



「余所見をする暇があるのか?」

「うわっと!」


 何時の間にか帰心流の剣士が肉迫していた。


 こちらから攻める事はあっても、逆に接近されるパターンは珍しく、俺は調子を崩されていた。


(こいつ……俺の馬鹿力にも対応していやがる!)


 シェラミーと同じだ。闘気を扱う技術が高いのだ。瞬間的に威力を高め、俺の剣戟にも耐えきっている。


 俺の闘技二刀流のほとんどの技が遠距離斬撃だ。本来は苦手な槍の間合いを埋める為に考案された技【風斬り】が基本の流派なので、至近距離に対しては有効打が存在しないのだ。


 というか、本来なら俺の馬鹿力な通常攻撃こそが有効打であり必殺にも値する一撃なのだが……この男にはそれが通用しないのだ。


「こなくそっ!」


 俺は相手の剣を押しのけて一度距離を取りつつ、ついでに蹴りを放った。この距離だと脚は届かないが、蹴りの風圧に闘気を籠めて放ったのだ。


 蹴りの風斬り版【蹴撃しゅうげき】である。


「効かぬわ!」

「――っ!?」


 それすらも目の前の男は察知して防いで見せた。


(おいおい。“帰心流”……とんでもないな!?)


 これで中伝とは恐れ入った。さすがは世界最古の流派だと謳われるだけはある。


(こいつが中伝って事は……更に上……奥伝、皆伝、極伝位もあるのか!?)


 凄まじい選手層である。メジャーチームもビックリだ。



 仕方がないので俺は今ここで決着付けるのを諦め、時間稼ぎに転じた。闘技二刀流の師範として負けたくはないが、ここは任務を最優先である。イブキも既にその方向にシフトしているのか、逃げに徹していた。



 俺たちが苦戦していると、収容所の方角から夜空に花火が打ち上げられていた。ステアが生み出した花火で、作戦終了の合図であった。


「イブキ!」

「分かっている!」


 俺たちは一目散にその場から逃げ出した。


「くそ……待ちやがれ!」

「逃がさん!」


“覇道一刀流”の皆伝位であるオロチ様とやらはガス欠間近なのか、既に息を切らしていたが、“帰心流”の中伝さんはしつこく追ってきた。


「おい! お前の相手だろ!? あれを何とかしろ!」


 イブキが文句を言ってきた。


「無理! あいつ、マジでつえぇ……!」

「ええい! これならどうだ!」


 イブキが背後に撒菱まきびしをバラ巻いた。中伝さんはジャンプして軽々と飛び越えてきた。


「全然効かないじゃねえか! ポンコツ!」

「な!? ポンコツって言うな! あれは闘気使い用じゃあないんだ!」

「じゃあ闘気使い用の撒菱を出せよ!」

「そんなモノ、存在せんわ!」


 一流の闘気使いになると超人的な反射神経に身体能力を得られる。正直言って、小手先の武器や兵器では全く役に立たないのだ。



 しかし、中伝さんもさすがに息が切れ始めたようで、徐々に俺たちから引き離されていった。足はこちらの方が勝っているらしい。


「ハァ、ハァ、何とか……撒いたか……」

「帰心流……想像以上だ……!」


 今夜の作戦は成功したが、本番は明日になる。だが、あの中伝さんを何とかせねば、それも全て水の泡となってしまう。


「おい師範! あの化物をなんとかしろ!」

「弟子、後はお前に任せた……!」

「我が師よ。短い間だが世話になったな」


 こいつぅ……! 無事生きて帰ったら破門にしてやるぅ!






 合流地点に向かうと、シュオウたちが待ちくたびれていた。


「随分と遅かったな」

「ああ、とんでもない奴がいてな。ずっと逃げ回ってた……」


 正直にそう告げると、シュオウはギョッとしてソーカは食いついた。


「嘘だろ!? お前が逃げ出すほどか!?」

「師匠! 一体どんな相手だったんですか!?」

「帰心流の中伝」

「「ああ…………」」


 それだけで通じちゃうくらいには、帰心流は強くて有名らしい。


「あそこの流派だけはガチで頭おかしいですからね……」

「お前、良く生きて戻って来れたなぁ……」


 全くだ。


「それより、そっちの首尾はどうだ?」

「ああ、上手くいった。収容所内に忍び込んで、ドワーフたちに餞別しておいた」


 シュオウの神業スキル【壁抜け】なら、どんなに分厚い牢屋でも出入り自由だ。しかも【壁抜け】の優れている利点は、シュオウが持っている物も同時にすり抜け可能なのだ。


 ただし生物は駄目らしく、ドワーフを抱えて脱出するのは不可能であった。だから逆にこちらから脱出の道具となりそうな物をドワーフたちにプレゼントしておいたのだ。


 主に治癒神術薬や短刀、後は水鉄砲である。催涙液も一緒に手渡してきたので、後でドワーフたちに看守の目を盗んで補充してもらう形だ。


 それらは予め準備して運んでも良かったのだが、流石に人数分ともなると嵩張ってしまう。故に、ステアにも同行してもらい、現地で生み出したのだ。


「手錠の鍵や奴隷契約書も発見しましたので、それも複製しましたの!」

「でかした!」


 手錠の鍵を見つけたシュオウは一度収容所の外へと戻り、ステアにそれを見せたのだ。


 何気に忘れがちだが、ステアの能力【等価交換】は地球のネット通販だけでなく、一度見た物なら何でも魔力と交換して生み出す事が可能なのだ。


 今のステアは金貨1枚分くらいの魔力量を保有している。つまり、その予算内であれば手錠などの鍵も完璧に複製できるのだ。


(さすがに手錠の鍵が金貨1枚分以上の価値ってことはないだろうしな)


 しかもシュオウは敵の倉庫からちゃっかり金貨まで盗んでいたようで、それをステアに渡して【等価交換】の足しにしていた。ステアはお金と魔力を交換する事もできる。つまり、金さえあれば魔力を無尽蔵に補充できるのだ。


 更にシュオウが奴隷契約書を見つけてくれたのが大きい。それを破棄してしまえば、隷属の首輪もただのアクセサリーと成り下がる。


 シュオウはその契約書をステアに見せた後、それを破棄し、ステアが偽物の契約書を複製した。さすがにコピー品だと契約自体は無効であるが問題ない。その偽物の契約書をシュオウが元の場所にそっと戻しておいた。


 さすがは元怪盗。今回の功労者はシュオウとステアだな。



 つまり、今のドワーフたちは武器を隠し持ち、何時でも手錠を外せる状態だ。しかもドワーフの闘気使いや神術士も隷属状態から既に解放されている。負傷者も神術薬を使って全快状態だ。


 まさか捕まっているドワーフたちが反撃の準備万端とは知らず、クガ家の連中は呑気に護送馬車の手配を進めていた。明日の護送時にドワーフたちと共謀し、そのまま馬車を強奪して逃げる計画だ。


 既に作戦内容もドワーフたちに連絡済みである。俺たちも命がけで時間稼ぎをした甲斐があったというものだ。



 ここまでは全て順調なのだが……問題はあの中伝さんだ。


「イブキ、あいつは一体何者だ?」

「ふむ。恐らくだが……クガ家が雇ったという剣客、“流剣”のアカバネだな。都で一、二を争う凄腕剣士だと聞いてはいたが……帰心流とは知らなかったな」


 なるほど、実質ウの国トップクラスの達人というわけか。


 白獅子を討ち、幾人もの闘気使いも倒し、軍団長にまで上り詰めた俺だが、どうやら少し己惚れ始めていたのかもしれない。


(初心に帰るんだ! ここはハードモードな世界……慢心は身を滅ぼすぞ!)


 俺は心の中で自分自身をきつく戒めた。


「私、そいつと戦いたいです!」


 俺が深刻そうな表情を浮かべていると、ソーカが提案してきた。


(……案外ありか? ソーカのスピードなら、奴も涼しい顔をしていられまい)


 奴自身のフィジカルはそこまで高くはない。足の速度は俺とイブキの方が勝っていたし、パワーも俺の方が上だ。


 ただ、奴の闘気は恐ろしいくらいに滑らかな動きで、身体強化もかなり効率よく行われていた。更にこちらの動きも闘気の流れから逐一読んでいるのか、技を悉く見破られてしまっていたのだ。


 それだけに、ソーカの超高速によるシンプルな連撃は、案外効果的なのかもしれない。


 だが…………


「……いや、俺がやる! ここで引き下がったら闘技二刀流の名が泣く!」

「そういうことでしたら、師範にお任せします!」

「ふん、骨は拾ってやる」

「…………イブキちゃん。俺が危なそうだったら、前みたいに不意打ちしてくれてもいいんだからね?」


 俺の弱気な発言にイブキは何とも言えない表情を浮かべていた。

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