第64話 ドワーフとクガ家
「どうした? 早く金と女を納めぬか」
「ドワーフも置いていけ」
「その船も頂くからさっさと降りろ!」
「さもないと、無礼討ちにするぞ?」
発言内容は明らかに山賊のそれだが、イブキ曰く彼らは本来、都に常勤している筈の精鋭隊らしい。
「なあ、イブキ。こいつら、お前の知り合いか?」
アマノ家所縁の者であれば、いきなり斬り殺すのもどうかと思ったので、念の為に尋ねてみた。
「馬鹿を言うな! 身形でこいつらの素性が分かっただけに過ぎん。顔も名も知らぬし、例え同じ一族であったとしても、こんな恥知らず共は私が叩き斬る!」
俺の質問が大層ご不満だったらしく、イブキは眉を吊り上げながら吐き捨てた。
俺たちが一向に指示に従わないのに苛立ったのか、一人の騎士がボートに寄ってきた。
「貴様ら、何時までもたついて――――」
「――――
馬上からこちらに槍を向けていた兵士の首を俺は容赦なく斬り捨てた。
「なにっ!?」
「き、貴様ぁ! 何をする!」
「商人風情が、ブシ階級である我らに楯突くか!!」
いきなり仲間を殺された騎士たちは怒り狂い、馬から飛び降りてこちらに殺到してきた。どうやら全員それなりに闘気を使えるようだ。
「悪徳兵士も全員洩れなくゼッチュー対象だ!」
「ぜ、ぜっちゅう? なに訳の分からない事を……!」
「痴れ者がぁ! 死ねえぃ!!」
騎士たちは二人同時に槍を突き出してきた。
昔の俺なら、間合いで劣る槍使い二人だと苦戦したかもしれないが……
「【
「ぐはっ!?」
「がっ……!」
槍の間合いの更に外側から一方的に攻撃できる遠距離斬撃【風斬り】――この技がある限り、ただ強いだけの槍使いなど相手にもならなかった。
「ふふ、我が闘技二刀流は無敵なり!」
調子に乗った俺は不敵に笑うと、一際背の高い騎士が俺の前に立ち塞がった。
「どけい! 何が闘技二刀流だ! その若僧は俺が倒す!」
そいつも槍使いのようで、しかもかなりの闘気を纏っていた。
(……あの闘気量で首をガードされると、通常の【風斬り】では防がれるかもな)
山賊擬きの癖に、なかなか骨のある奴もいるようだ。
「我が名はイッカク! クガ家の忠臣にして黒獅子流の皆伝なり!」
「……くろしし流? イブキ、知ってる流派か?」
他の騎士の相手をしていたイブキに話し掛けた。
イブキはすっかり自分のモノにした【風斬り】で兵を倒すと、俺の方へと振り返った。
「お前、そんな事も知らないのか……。黒獅子流槍術とは闘技柔槍流、龍槍術に並ぶ、槍使い三大流派の一角だ。お前が討ちとった白獅子ヴァン・モルゲンも黒獅子流の元師範代だぞ」
「え!? マジ!?」
どうやら白獅子のジジイは黒獅子流だったらしい。
(そこは”白”じゃねえのかよ!? じゃあ……黒獅子もいるって事ぉ!?)
実は奴には黒獅子を名乗る双子の兄妹弟子がいて、そいつが後で復讐に来る……なんて、そんなフラグじゃないよね!?
俺とイブキのやり取りを聞いていた槍使い……イッカクと名乗った騎士は目を見開いた。
「き、貴様が師範代を討った……だと? ……そうか! 貴様、あの悪名高い“双鬼”ケルニクスだな!」
「山賊行為をしていたテメエに悪名だとか言われたくもねぇな!!」
「ええい、黙れぃ!! 卑劣な手で師範代を騙し討ちした輩など、我が矛の錆にしてくれるわ!」
どうやらこいつも人の話を聞かない系のようだ。
槍使いの常とう手段、チクチク戦法をされる前に、まずは様子見の【風斬り】をお見舞いした。
「ふん!」
しかし予想通り、硬い闘気の守りで首をガードされてしまった。
「その技はもう見切ったわ!」
俺とイブキにソーカも槍使い相手に【風斬り】を連発していた。初見の相手や雑魚には便利な技だが、やはり一流の相手になると乱用は控えた方が良さそうだ。
ならば、違う技をお見せしよう。
「こいつは防げるかな?」
俺は遠距離斬撃の刺突技【
「なっ!?」
斬撃の線ではなく、一点集中の刺突攻撃だ。闘気の消費量も僅かに増えるが、その分この遠距離技は余程の硬度でないと防げない。
イッカクは超人的な反射神経で槍の柄に闘気を集中させ、俺の【空戟】を凌いだ。
「そら、おかわりだ!」
だが、こっちは二刀流なのを忘れてもらっては困る。もう片方の剣で突いて再び【空戟】を飛ばした。連続攻撃の【
「くそっ!」
イッカクは二撃目も辛うじて防いだ。
「やるじゃないか! それ! それ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
慌てるイッカクを無視して俺は【双連戟】を繰り返した。
相手は黒獅子流槍術の免許皆伝だと威張るだけはあり、徐々に傷を増やしていくも、ギリギリ致命傷を避け、なんとか耐え忍んでいた。
「ひ、卑怯だぞっ!? 奇天烈な技で、そんな遠くからチクチクと……っ!」
「槍使いのテメエが言うんじゃねえ! ほれ! ほーれ! 槍使いめ! 積年の恨みを……間合いの怖さを思い知れー! ワハハハハーッ!」
悪徳槍使い、死すべし!
もう既に相手の闘気も無くなりかけ、イッカクは涙目になりながらも死ぬ気で防御を続けていた。すると、何時の間にか奴の背後にイブキが回り込んでおり、イッカクの首を躊躇なく斬り落とした。
「――――っ!?」
「ふん、他愛無い」
まさかの不意打ちである。これには味方の俺もドン引きだ。
(汚いな! さすが忍者きたない!)
何故か妙な台詞が脳内を過ったが……前世で流行った
気が付くと、周りの騎士たちも全員討ち死にしていた。
「ふぅ、良い運動だったな」
最後はアレだが、槍使いにも怨みを晴らせたし、俺は満足だ。
「呆れた奴だ。イッカクと言えば、それなりに腕の立つブシだった筈だが……」
イブキはこいつの名前だけは知っていたようだ。
「しかし、やはり妙だな。何故こんな僻地に名うての武人がいるのだ?」
「うーん。資金繰りに困って、人の目の無い場所で
「……ま、いい。それよりもコイツをここで討てたのは僥倖だ。こいつの主、クガ家はアマノ家を嵌めてくれた連中の一門だからな」
「不意打ちだったけどね」
「勝てればどうでもいい」
さすがはシノビ、俺好みの実にドライな回答だ。
しかし、もしこの戦闘を誰かに見られていたら、また俺の悪評が拡がってしまうな。
折角なので彼らの遺体から迷惑料として武器や所持していた治癒神術薬を抜き取っておいた。死体はそのまま放置し、馬は逃がしておいた。
俺たちは再びボートで先に進み始めた。
ユルズ川は徐々に流れが強くなり、いよいよ目的地である上流の山が見えてきた。
ここに来るまでの道中、なんと三度もウの国の騎馬隊や巡回兵とかち合った。最初の山賊擬き同様、どの隊も俺たちにイチャモンつけて襲ってきたので、全員同じ運命を辿ってもらったのだ。
「おい、イブキ! ウの国、治安悪すぎだろ! どうなってんだ!?」
「私の所為じゃない! 全部クガ家が悪い!」
倒した連中の鎧を見ると、その全てにクガの家紋が刻まれていたようだ。
「クガ家って連中は、この辺りが縄張りなのか?」
シュオウが尋ねるとイブキは首を横に振った。
「……いや、クガ家は都に近い領地だ。この辺りはシラナミ家の領地の筈だが、そもそも地方の外れは長年放置されていて、兵士を巡回させるなんて普通はない」
つまり異常な何かが起こっているという事か。
「……なあ。さっきから言おうとしてたんだが、誰か一人捕まえて尋問でもすれば良かったんじゃねえのか? シノビ集は情報収集のプロなんだろ?」
「…………あ」
シュオウにツッコまれ、イブキは今頃気付いたようだ。
(やっぱこいつはポンコツ忍者だな)
俺も思いつかなかったのだが……黙っていた。
まあイブキを擁護すると、アマノ家を罠に嵌めたクガ家が気に喰わなかったらしく、嬉々として兵士たちを倒すのに夢中だったのだろう。兄をあんな目に合わせられて、多少頭に血が上っていたのだ。
「それじゃあ、次からは生け捕りにしよう」
「……いや、その前にもう里に着いちまうぞ?」
ホムランの指摘通り、ユルズ川は遂に山の麓に到着した。ここから先の上流は岩だらけで奥の方には滝も見えた。これではさすがにボートで通るのは不可能だ。
ホムランが言うには、この川沿いに山を登れば里に着くらしいのだが……
「山登り……無理」
「うぅ、しんどいですの……」
クーとステアが早々に息を切らしていた。
仕方がないので幼女ステアは俺がおんぶした。クーはエータが背負うことになった。
「楽ちんですの!」
「んー、快適、快適」
「……川に叩き落すぞ?」
舐めた事を言っていたクーにエータが冗談を口にしたが、その目は笑っていなかった。
(闘気使いだって疲れるんだぞ!)
山を登り始めて30分くらい経過すると、拓かれた道が見えてきた。
「ほむ! この先が俺の故郷だ!」
ホムラン先導の元、道を進むと……その先にあった里は廃墟となっていた。
「な!? こ、これはどういう事だ……!」
家は焼かれ、どこも崩れ落ちていた。これは明らかに人の手による襲撃である。しかも、まだ焼き討ちされて間もないようだ。
(多分、襲われて半日も経ってないな。俺も散々帝国施設を焼いてきたから分かるぞ!)
…………嫌な特技を得てしまった。
「まさか……クガ家の仕業か!?」
「そういえば連中、ホムランの身柄も要求していたよな?」
ウの国の連中は遭う度に、女性陣の他にホムランの身柄も置いていくよう言っていたが……何か関係があるのだろうか?
しばらく里の中を探したが、ドワーフの姿は誰一人見つからなかった。
救いなのは多少の戦闘痕や血痕はあっても、死体は一つも転がっていなかった。何処かに連れ去られたか、遺体は処分されたのか……前者であって欲しい。
「ホムラン……気を落とさないでくださいな」
「ステア様……かたじけない」
涙こそ見せなかったが、久しぶりの帰郷が最悪の形になり、ホムランは肩を落としていた。
「…………ええい! 何時までもメソメソしていられん! ケリー! もう一カ所行ってみたい場所があるのだ!」
「ん? もしかして、他にも里があるのか?」
「ほむ! それもあるが、ここの里の緊急避難場所が近くにある。先にそこへ行こう!」
どうやらこのユルズ山脈には複数のドワーフの隠れ里が存在するらしい。更にホムランの里には何かあった時の緊急避難場所が設けられているそうなのだ。
「儂も実際利用したことは無いが……種族間戦争に負けた後、ご先祖様たちが何かあった時用に残しておいた場所らしい」
「それは……何と言って返せばいいのか……」
「そこに皆さん、避難していると良いですわね!」
種族間戦争では人族とドワーフ族は敵対関係にあった。
もう500年以上も昔なので、当然俺たちは関わっていないのだが、人族側の俺たちとしてはドワーフ族であるホムランと話しづらいデリケートな話題となる。
その避難場所は川の近くにあるみたいだ。
さっき見たのとは別の滝があり、そこの裏側に隠された洞穴があるらしい。
(滝裏に秘密の洞窟!? お宝の気配がする!!)
男心を擽られる隠れ場所だ。ドワーフのご先祖様は実に分かっていらっしゃる。
その洞窟とやらに近づくと、中からドワーフたちがゾロゾロと出てきた。
「そこで止まれ!」
「貴様ら、こんな所まで……ん? 同族……か?」
「おい! あれ……ホムランじゃねえか!?」
ドワーフの一人がホムランの存在に気が付いた。
「ほむー! 儂だよ! 儂ぃ!」
仲間の無事を知ったホムランは嬉しそうに手を振りながら彼らに近づいて行った。
「貴様ぁ! ホムラン!! この隠れ家の位置を人族に売ったなぁ!」
「酒か? 酒だなぁ!? 美味しい酒に釣られたんだろう!?」
「いや、あの鍛冶馬鹿の事だから、きっと貴重な鉱石で釣られたんだ!」
「ちげえって! 絶対酒の方だってば……!」
ホムラン……信用度ゼロである。
同族からの思わぬ口撃に、ホムランはピタリと足を止めた。
「……ほむ、ステア様。山を降りて美味しい酒でも飲むかの」
仲間の酷い仕打ちにキレたのか、ホムランはUターンしてこちらに戻ってきた。その言葉を聞いたドワーフたちは慌てだした。
「何ぃ!? 酒を持っとるのかぁ!?」
「酒が切れて……もう発狂寸前じゃわい!」
「ホムラン、冗談だって! 冗談!」
「良く帰って来たな、酒! ……じゃない、ホムラン!」
ドワーフ族はみんなアル中なのだろうか?
それから誤解を解いた俺たちはドワーフの隠れ処に案内された。ここにはホムランの故郷に居た里の一族ほとんどが潜んでいるようだ。
「隣の里から報せが来たんで、俺たちは早めに避難できたんだ!」
「それでも何人かは交戦して、逃げきれなかったようでなぁ……」
「ウの国の人族どもめ……! いきなりドワーフの里を襲い始めたんだ!」
どうもウの国によるドワーフ狩りが行われているらしい。殲滅ではなく生け捕りのようなので、恐らく奴隷として働かせるつもりなのだろう。
ホムラン自身も奴隷身分では無かったものの、ノノバエ町占領時には半強制的に刀を作らされ続けていたのだ。今回のドワーフ狩りも、恐らくそれが目的だと思われる。
「鉱山も占拠されちまった!」
「連中、この山も支配するつもりなんだ!」
これはえらい時期に来てしまった。
「ドワーフ狩り……許せん!」
無性に天誅したくなってきた!
「ドワーフ狩りなんて……完全に国際条約違反ですの!」
種族間戦争以降、理由なくドワーフやエルフを迫害する事は固く禁じられている。国際条約でそう定められているが、全ての国が条約に参加しているわけでは無く、ウの国もその一つだ。
ちなみに条約の参加云々は別にして、仮にこのルールが破られれば、それこそ小鬼氾濫に匹敵するくらい、周辺国から批難の的になるそうだ。
「合点がいった。どうりでクガ家が出張っている訳だ」
イブキの推測だが、恐らく連中は見張りだったのだ。ドワーフを逃がさない為、また目撃者を消す為の……
「捕まった仲間は何処に連れていかれたんだ?」
「山の麓にある簡易収容所に集められているらしい」
「戦士はほとんどそこに連れていかれちまった!」
「そこにウの国の本陣もある!」
「凄い数の兵士だ! 助け出すのは至難の業だぞ?」
ううむ、このままではドワーフ技師誘致計画どころではない。
何とかして彼らを助け出さなくては……
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