第63話 穏便な川上り
ボートで西に進むと、川の上流に木造の建築物が見えた。
「あれは……何だ?」
「……どうやら水門のようだのぉ」
ステアの
「水門? 帝国側のか?」
「あの位置は……間違いなく帝国領だな」
どうやら川を水門で塞がれてしまっているようだ。
水門と言っても地球時代のような立派なものではなく、木造の柵がただ上下可動するだけの簡易的な門だ。当然川の流れを完全に塞き止められるような代物でもなく、船での通行を阻止する事が目的の門だと思われる。
「あれが邪魔で通れませんの」
「じゃあ、破壊しよう」
俺は秒で結論を出した。
ただこのまま水門を破壊したら、その後帝国側から船で逆侵攻される可能性もある。それは面倒だし、オスカーにはくれぐれもやり過ぎないよう注意されていた。
そこでまずは北ユルズ川と同様に、先にこの辺りの川底へ杭を打ち込んでおいた。ただし完全に川を塞ぐのではなく、俺たちの小型ボートだけ通れるギリギリの川幅に調整しておいた。
これで帝国がブチ切れて川から逆侵攻を仕掛けて来ようとも、小型船くらいしか通れないだろう。
あとはなるべく穏便に水門を通るだけなのだが、ボートを近づけるといきなり前方から矢が飛んで来た。
「きゃっ!?」
「ほいっと!」
俺はそれを難なく叩き落とす。
「マジか!? あいつら、いきなり撃って来たぞ!?」
シュオウが顔色を真っ青にしていた。
「礼儀のなっていない連中だなぁ」
「本当ですね」
「今度は神術弾も飛んで来たぞ?」
俺とソーカ、イブキの三人は余裕の表情を見せていた。
俺たちはボートの先端部分に立つと、こちらに飛んでくる矢や神術弾を全て斬り落とすか、同じ神術弾で相殺させた。威力から察するに、相手は推定ランクCにも届かない一兵卒だと思われる。
ボートは無傷のまま水門近くまでやってきた。
「ごめんくださーい! ここ通りたいんで、水門を開けてくださーい!」
挨拶は大事だ。俺は出来るだけ平和的な交渉を試みたのだが、見張りの帝国兵からは怒声が返って来た。
「ふ、ふざけるなぁ!!」
「そんな得体の知れぬ船、入れさせるわけにはいかぬわ!」
やっぱり駄目だったか。帝国軍人は短気な奴が多いな。
(オスカー大隊長すまぬ。俺は穏便に済まそうとしたんだ!)
みんなの川を塞ぐ帝国軍が悪いのだ!
「じゃあ仕方ない。門を破壊しますねー」
そう警告した俺は二本の剣を鞘から抜いて闘気を籠めた。俺の尋常ではない闘気の量に気付いたのか、帝国兵たちは狼狽え始めた。
「なっ!?」
「ちょ、ちょっと待て! 早まるなぁ!!」
帝国兵が制止するよう言ってきたので俺は攻撃を中断した。
これは……もしかして再交渉のチャンスだろうか?
「ちょっと待て? ちょっととは……あとどのくらい待てば開けてくれるの?」
俺が剣をブンブン振り回しながら尋ねると、帝国兵は恐る恐る口を開いた。
「さん……いや、一時間、くらい……?」
「遅い!」
「ぎゃああああっ!?」
交渉決裂だ。
俺は剣で水門を吹き飛ばした。木造の門などこんなもんよ!
「くそぉ!! て、敵襲だー!!」
「血迷ったか、小僧!!」
そっちはいきなり矢をぶち込んでおいて、酷い言い様である。
イブキを船の護衛に残して、俺とソーカで帝国兵に襲い掛かった。
「ソーカ! 一応殺さないでおけよー! 穏便にだぞー!」
「これの何処が穏便なんです!? もう手遅れでしょう!?」
そう言いながらもソーカは嬉々として帝国兵たちを伸していった。一応俺の注文通り気絶だけに留めているらしい。
「マジで!? オスカー大隊長に怒られちゃうかなぁ……」
ソーカと雑談しながら戦っていたら、何時の間にか水門付近にいた帝国兵を全員打ちのめしていた。
無事ボートを通過させた後、念の為水門や周囲のバリケードにガソリンを撒いて燃やしてみた。
「よし! これでみんなの川は取り戻せたな!」
「ですの!」
「……これは酷い」
「ステア様がどんどんケリーに毒されていく……」
俺たちの快適スローライフを邪魔する奴らは全員ゼッチューだ!
南ユルズ川は帝国領の北部にあり、西から東へ流れているようだ。帝国領は広く、ティスペルに接している場所は全て北部のみになるそうだ。
この辺りもティスペル領に接している場所であったが、イデール領にも近い為、今は帝国もそこまで厳重な警備を行なっていなかったようだ。ついこの間まで、この辺りに隣接する領地はイデール勢力が支配し、戦場からは遠い地だったのだ。
現在帝国のほとんどの戦力は、ここより更に北部にある前線基地やティスペル領の侵攻作戦に動員されているのだろう。あとは他国の国境警備に当てられている為、この地は割と手薄状態であったのだ。
手薄とは言ってもさすがにボートで川を進むと、岸辺付近の町などの要所には帝国兵が警備しており、彼らと何度かぶち当たった。
「貴様ら、何者だ!!」
「サンハーレ自治領の者です。通してください」
「何を馬鹿な……! 今すぐに船を……ぐわああああっ!?」
「た、隊長ぉ!?」
「な、何をする……っ!」
その次の要所でも……
「そこの船! こっちに寄せて停船せよ!」
「僕らサンハーレ自治領の商船です。通してくれませんか?」
「何ぃ!? お前ら、あの船を沈め……ぎゃあああああっ!?」
「た、隊長ぉおおお!?」
「うわああああっ!?」
そんな感じのやり取りを何度か繰り返し、ついでに桟橋やら検問所、それと通行に邪魔そうな橋も全て破壊しながら川を上り続けた。何処も木造の橋だったので、壊すのはとても簡単であった。
「さ、さすがにやり過ぎじゃないのか!?」
「大丈夫! 死者は一人も出ていないし、かなり穏便な対応だ!」
帝国兵は全員気絶させた後、近くで寝かせておいた。
こちらに侵攻している敵兵ならともかく、今は俺たちが侵入者の立場だ。ここはオスカー大隊長の注文通り、なるべく穏便に済まそうではないか。
「おかしいな。私とケリーとでは“穏便”の意味に、白と黒ほどの違いがあるようだが……」
「別にわざわざ施設を焼き討ちにしなくとも……」
エータとソーカが苦言を呈してきたが、俺は楽な方を取っているだけに過ぎない。
「どうせ帰り道も障害になるんだから、今の内に全て取り除いてしまおう!」
ついでに船なども全て破壊して沈めておいた。これで川を使っての侵攻もできまい。
プレジャーボートでの移動だとあっという間で、夕方前にはコーデッカ王国へ入国する手前の水門まで辿り着いた。こちらはそれなりに警備が厚そうだが……俺たち相手では誤差の範囲だろう。
ここも穏便に通してもらうよう、まずは交渉をし、やはり断わられたので兵士全員気絶させてから水門を焼き討ちしておいた。
これで帝国領の南ユルズ川の障害は全て取り除けた。
「よし! コーデッカ王国領に入れたぞ!」
「おい、ケリー! ここでは焼き討ちはするなよ? いいな? 絶対するなよ!」
「さ、さすがに俺も帝国以外ではしないってば……」
「約束したからな!」
エータにしつこいくらい釘を刺された。
久しぶりのコーデッカ王国だが、前回は馬車で来た為、川からだと現在地がいまいち分からない。
すると、イブキが色々と教えてくれた。
「この先を進むと北ユルズ川との支流がある。その少し先の町から南下するとコーデッカ王国の王都だ」
「へぇ、詳しいなイブキ」
「ふん、当然だ。私はシノビ集の頭目だぞ。元敵国の地理くらいは大体把握している」
俺の中ではポンコツ忍者というイメージが強かったが、少しだけ見直した。ただ態度が生意気なので、今度兄に言いつけてやる。
イブキの兄セイシュウは、今では俺やステアの事を主君として敬ってくれている。妹のイブキにも態度を改めるよう兄のセイシュウが言っているのだが、やはり最初の出会い方が良くなかったのか、なかなか改善されていない。
(兄貴も兄貴でシスコンだからなぁ……)
「王都というと、もしかしてイートンさんの赴任先ですの?」
「ああ、そうだ。エビス支店もあるし……一度顔を見せておくか?」
「賛成ですの!」
「す、ステア様!? 領主が長期間、町を離れるのはあまり……」
エータは苦言を呈するも、久しぶりの外遊に嬉しそうなステアの表情を見ると強くは言えず、俺たちはユルズ川付近にある町から馬車を借り受けた。
ボートを放置する訳にもいかないので、イブキとソーカ、ホムランは留守番である。残りのメンバーで王都に向けて出立した。
久しぶりの王都は相変わらず賑わっていた。
隣国のゴルドア帝国は戦争中だが、標的はコーデッカではないのと、三カ月前にウの国の侵攻軍を撃退してからは西部の情勢も落ち着いているので、町の人たちの暮らしに影響は見られなかった。
ただし南側にあるコーデッカの盟友レイシス王国は周辺国と戦時中らしく、予断を許さない情勢のようだ。
(やだやだ。何処もかしこも戦争して……)
ウの国もいずれ再びコーデッカ王国へ攻めてくるだろうとイブキが言っていた。この国は領土が広く豊かな国だが、その分何かと敵も多いのだ。
「おお!? ケルニクス殿! しかもステア様まで……!?」
エビス商会の支店を訪れると、イートンが驚いていた。連絡も無しに来たのでビックリしたのだろう。
「サンハーレは大丈夫なのですか!? イデール軍が再侵攻したと聞きましたが……」
開戦前まではエビス商会のサンハーレ本店とコーデッカ支店間で商品の輸送をしつつ情報伝達なども行っていたが、現状地上ルートは全て閉ざされてしまっていた。
一応新たなお抱え商人であるテムたちラソーナ一家と護衛のトニアにイートン宛ての手紙を持たせてみたのだが、帝国領を迂回している為か、彼らは未だ到着していないようだ。
(まさかテムたちも俺たちが先に訪れているとは思わないだろうな)
「みんな無事だよ。二度目の侵攻も返り討ちにして、イデール軍を王国領から追い出せたんだ。今はトライセン領などの南部を併合中だよ」
「なんと!? それは素晴らしい……!」
俺たちは東部の知り得る限りの情報と、これからの予定をイートンに伝えた。
「なるほど……ドワーフの隠れ里に行かれるのですか。しかも、その高速新型船とやらでユルズ川を水路に利用するとは……うむむ!」
イートンはしばらく考え込んだ後、今度は支店側の情報を教えてくれた。
「こちらの進捗は順調ですぞ。既に幾つかの商会も傘下に納め、爵位は低いですが真っ当な貴族家との知己も得られました。更に別の街では二号店も開店準備中です」
「はやっ!?」
「この三カ月で、そこまで……!」
「ふふ、周辺国の情勢悪化が上手い具合に後押ししてくれましたな」
さすがはイートン。稀に暴走する事もあるが、商人としての才覚はかなりのものだ。
「それと例の油田なのですが、あそこは確かユルズ川近くの筈です。もしユルズ川を運河として利用できるのなら、大量輸送も可能になるのですが……」
「え? そうなの!?」
エビス商会はコーデッカの王都に乗り込んだ際、とある商会が油田を掘り当てた情報を入手していた。
ただこの世界はまだまだ油田の価値を知らない。ガソリンを使った乗り物なども存在せず、火力発電すら普及されていないからだ。
この世界の動力は専ら魔力か人力だ。
魔力によって神術や魔道具で生活を支え、闘気によって力作業なども行える。こうやって国が栄えて来たのだ。その土壌がある為、科学文明の発展は地球よりかなり遅い。
(全部ネスケラの受け売りだけどね)
つまり、この世界の人にとって油とは、ただの燃えやすい液体で、寧ろ危険物扱いなのだ。管理もしにくく、これなら魔力で火を起こした方が楽だと考えているらしい。
だが俺やネスケラなどの地球人からしてみれば、油田はお宝の山である。イートンには油田を手に入れるよう催促していたのだが、なんと既にその商会から油田の採掘権を完全に買い取っていたのだ。
「いやぁ、少々高くつきましたが、土地ごと買収に成功しましたぞ」
「さすがはイートンさん! やったね!」
「して、結局油田はどうされるので?」
「…………どうしよう?」
助けてぇええ! ネスえも~ん!!
ネスケラと違って俺には油田からガソリンを作るどころか、採掘や管理方法すら知らない。それにまだユルズ川を運河とするには危険なので、この話は一旦保留となった。
王都で一泊し翌日、俺たちはイートンと別れ、再びユルズ川に戻ってきた。
「このまま川を上ればウの国の領地に入り、その先にあるドワーフの隠れ里がある山へと辿り着けるだろう」
この辺りの地理ならイブキが詳しい。
彼女は元々ウの国出身で、しかも情報収集に長けたシノビ集の長なのだ。ホムランもその隠れ里が故郷なので、二人がいる限り道に迷う心配はない。
「ウの国にも検問はあるのかな?」
「コーデッカ側には何カ所か砦があるくらいだが、ウの国にそのようなものは存在しない。国境付近は通行自由だ」
それはちょっと意外である。
「ただし、内地に入ると幾つかの検問所がある。税を払って通行できる場所もあれば、異国人では入れない場所もあるから注意しろ。もっとも、ドワーフたちのいる山脈付近は国の外れにあるので、関所どころか見張りの兵もいないだろうがな」
どうやら中心部ほど厳重だが、国の外周部は結構ゆるゆるなようだ。これは好都合だ。
そう思っていたのだが、ウの国の領土内に入り、川が曲がり北に進む頃合いになると、ウの国の兵士と思われる騎馬隊と遭遇してしまった。
「そこの船! 止まれ!」
「荷を改めさせてもらう!」
運悪く巡回していた警備隊に見つかってしまったらしい。
「……妙だな。連中、都のエリート兵だぞ」
「なんだって?」
隣でイブキが何やら不穏な言葉を漏らしていた。
しかし、ここで騒ぎになるのも面倒なので、まずは大人しく言う通りに船を停止させてみた。
「貴様ら、我が国へ何用か?」
「我々はサンハーレ自治領の商船です。ドワーフの里に商売しに向かっている道中です」
彼らにはドワーフ族であるホムランの姿も見えているだろう。ここはなるべく正直に答えておいた。
「ほう? サンハーレ……聞き慣れぬ土地だが……」
「確かあれじゃないか? 最近、ティスペルから独立宣言したっていう」
「ああ、そうだったかな……?」
国を二つ以上も跨ぐと、こちらの動乱など大した情報でもないらしい。
(コーデッカ王国の人間だと思われなければ大丈夫の筈だ)
ただ問題なのは、イブキがウの国から追われているアマノ家一族の末裔という事と、俺が先の戦闘で大暴れしてしまったという事実だ。
それがバレてしまうと、彼らには不幸が訪れるだろう。
「ふむ……コーデッカの人間には見えなさそうだ」
「だな。第一、連中がわざわざ危険を冒してまで、我が領地に商売になんて来ないだろう」
「違いない。連中は臆病者ばかりだからな」
「よし! サンハーレの商人よ。この地で商売することを認めよう!」
どうやらすんなり通れそうで良かった。
「ただし、税は納めてもらうぞ! 有り金の半分でまけてやろう」
「女も置いていけ!」
「そこのドワーフもな!」
「ついでにその珍しい船も頂くぞ!」
「ドワーフの里には歩いて向かうといい!」
……どうやら彼らは警備隊などではなく山賊団だったようだ。
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