第62話 ジーロ王国の対応
国境を超えるとすぐに川の検問所が設けられていた。
ただし、キンスリー領の砦よりかは小さい木造の小屋が建てられているだけであった。
小屋の対岸付近には川底に木の杭が打ち込まれており、その所為で川幅が制限されていた。どうしてもその小屋――検問所の方に寄らなければ通行できない構造となっているようだ。水門のようなものは見当たらないが、いざとなればその出入口は何かしらの手段で閉じられてしまうのだろう。
「止まれー!」
「そこの船、こっちの桟橋に寄せろー!」
小屋近くで立哨していた兵士たちが声を荒げて指示を出してきた。彼らに言われた通り大人しく船を桟橋に着けた。
本日の操縦はシュオウが行っていた。シュオウは最近、暇を見つけては海でボートの操縦訓練を行っていたらしい。
ちなみに今いるメンバーの中だと、エータにホムランも操縦ができる。
(シュオウの奴、海兵にでもなるつもりか?)
シュオウのスキルが活きるのはシノビ集のような隠密部隊だと思うのだが……
「何だ、この船は……?」
「どうやって動いているんだ!?」
キンスリー領の領兵たちもそうだったが、大半の者たちが帆も無く漕がずに進むボートを見て仰天していた。
「ティスペル王国の者だな?」
「貴公らの通行は許可されていない。お引き取り願おう」
成程、今度はそういう対応か……
「いや、違う。我々はサンハーレ自治領の商船だ! 貴国に敵対する意思はない! そこを通して貰おう!」
ここもまずはエータが交渉をする。彼女の騎士然とした態度は相手を怯ませるのには最適なのだ。
だが仮にも相手は国境付近の警備を任されている兵士たちだ。しかも今は不安定な情勢下であり、警備には気骨のある者が配備されていたのだろう。
「何!? サンハーレだと!?」
「それは今回の騒動を引き起こした元凶の領地ではないか!?」
「よくも抜け抜けとここまで来れたものだな!」
やはりジーロ王国側ではサンハーレ領の評判は最悪であった。
(国の方針がサンハーレ領の失態を理由に戦争不参加を謳ってるんだから、そうなるのも当然か……)
今頃ジーロ王国内ではサンハーレ領やティスペル王国を貶めるようなプロパガンダが流布されているのだろう。俺たちは悪者扱いで、だから同盟関係は白紙撤回するというのがジーロ政府の筋書きであった。
「それは全て、前領主の罪だ! 我々サンハーレ自治領は、帝国と共謀して小鬼騒動を引き起こした元凶、サンハーレ子爵を既に処断した! 更に言えば、小鬼騒動は我々の手によってとっくに終結させている! それでも貴国は我々が通行するのを邪魔すると言うのか!」
「……っ!?」
そこまでの情報は末端の彼らには降りていなかったのか、兵士たちは互いに顔を見合わせていた。
そこへエータが更に言葉を投げかけた。
「もう一度問う! 我々はただこの川を通行し、その先にある地へ赴きたいだけである! その我々の行動をどのような理由で止めるのか、返答は如何に!」
「…………すぐに上へ確認する。しばし、その場で待たれよ」
そう告げると一人の兵士が馬に跨って何処かに行ってしまった。
仕方がないので俺たちはボートの上で待つことになった。
それから二時間後、何処にどうやって連絡を取ったのかは知らないが、兵士がようやく戻ったようで返答を告げてきた。
「我々ジーロはサンハーレ自治領なるものを認知していない。よって貴殿らとは一切交渉しないし、我が領地に商船を通行させることもまかりならん。お引き取り願おう!」
最初よりかは若干言い方が柔らかくなったが、言っている事は「自治領? そんなん知らね。おとといきやがれ!」である。
これにはエータも憤慨していたが、ここで揉め事を起こす訳にも行かず、俺たちはボートをUターンさせて、再びキンスリー領にお邪魔した。
「やはり駄目だったか……」
キンスリー伯爵に事情を話すと、返って来た第一声がそれである。
「どうも連中、ティスペルを完全に見放したようだな」
「そんな!? このままゴルドア帝国がティスペルを侵略したら、ジーロも困るのでは?」
「いや、さすがにそのまま黙ってはいないだろう。どこかで行動を起こす筈だ。ただし、動いたとしてもティスペルが落とされるか、その直前であろうな」
うーん、実にやり方が汚い。なんだかジーロにもむかついてきたぞ。
「仕方ないですの。為政者は国民を守る義務がありますの。今の状況で手を出せば、帝国はジーロにも兵を向けて、それで多くの民が死にますわ」
「確かにそれはそうだけど……」
ステアの言いたい事は分かるが、それで俺たちやティスペル王国の民が無碍にされていい理由にはならないと思う。
「でも、確かにむかつきますの! ですから……嫌がらせをしてやりますの!」
「…………はい?」
ステアは立ち上がると、キンスリー伯爵に尋ねた。
「伯爵様! 今はキンスリー領もジーロとは交易を断たれている。そうですの?」
「あ、ああ……その通りだが……一体何を……?」
「でしたら……もうあんな川、塞いでやりますの!」
そう宣言したステアをボートで川の上流まで連れていった。ここはまだティスペルの領土内である。
「これを川に刺して、こっちから通行止めしますの!」
ステアが取り出して岸に置いたのは、なんと4メートルくらいの長さがある木の杭であった。突如大きな木の棒が出てきて一同は驚いた。
「ほぇ~、こんなん通販でも買えるのかぁ……」
「この辺りなら浅いですし、杭を打てば船で通れなくなりますの!」
通れない川に用は無く、だったら逆にこれで塞いでしまおうとステアは提案してきたのだ。
「でもこれ……何の意味があるんだ?」
「ですから、単なる嫌がらせですの! こうすればジーロも勝手に川を下れませんし、海にも出られませんの! 伯爵様にも許可を頂いたので、全く問題ないですの!」
「なるほど……!」
俺を始めとした闘気使いたちは早速、川底に杭を打ち始めた。流れが邪魔してかなり苦労させられたが、無事川を杭で塞ぐ事ができた。逆にこれを引き抜くとなると一苦労だろうな。
結局、ジーロ国内への通行は断念せざるを得なく、俺たちは泣く泣くサンハーレへと帰還した。
「うーん、駄目でしたかぁ……」
その報告を聞いたヴァイセル執事長は無念そうに声を漏らした。
「申し訳ないですの」
「いえいえ、ステア様。それでもキンスリー領と知己を得られたのは非常に大きい事ですぞ!」
確かにその点だけが収穫であった。
ただ、あの領地も備蓄がギリギリらしく、とてもではないが食糧を売ってくれそうにはなかったのだ。
「ううむ、このままでは不味いですなぁ」
ドワーフたちを連れて来れなかったのも痛手だが、それよりもやはり食糧難だ。民衆が飢え始めると治安が一気に悪くなる。この問題は早期に解決しないとヤバそうだぞ。
「んー、それじゃあ最終手段を取ってみる?」
話し合いに参加していたネスケラが発言すると、役人たちは以前の態度とは真逆で、彼女の言葉に真剣に耳を傾けていた。最近の役人たちはネスケラを賢者や神童扱いし始めていた。
「最終手段……ですの?」
「この食糧難を回避する妙手があると……?」
ステアと執事長が尋ねるとネスケラはにっこり微笑んだ。
「うん。サンハーレの食糧をキンスリー領に高値で売ろう!」
「「「…………はい?」」」
とんでもない事を言い出した。
(全く意味が分からない。普通、逆じゃないのか?)
「ま、待って下さい! この状況下で、更に食糧を流出させると言うのですか!?」
「うん。ただし、なるべく高く売ってね。その得たお金でステア様に新たな食糧を買って貰えばいいじゃない!」
「「「…………あ!」」」
(そうだ! その手があったか!)
ステアの
食糧が高騰した今でこそ最も有効な戦法だろう。
執事長はステアのスキルを知っているが、それを知らない役人たちはネスケラの説明に困惑していた。ただステアが特殊なルートで色々な物を買い付けられるのだけは彼らも薄々と理解しているようではあった。
「ううむ、しかし、それですと更に硬貨の消費量が……」
執事長が気にしているのは、等価交換の結果、消費された金貨などがそのまま消失する問題点だ。だが今は非常時故、背に腹は代えられまい。
「もう国が残るかどうか分からないのに、その国の硬貨が減ったところで問題無いでしょう! 減った金貨はその内金脈でも見つけるか、ステア様の魔力で取り返してもらうしかないよ!」
「うっ!? が、頑張りますの……!」
日々の修行の成果でステアの魔力量も少しずつだが増えているのだ。今なら一日でギリギリ金貨1枚分くらいは生み出せるらしいが、それでは焼け石に水状態だ。
仮に今回消費した金貨の量を取り戻すとしたら、現状では数年単位で時間が掛かりそうであった。
「ほむ。そっちは目処が立ちそうだが、結局ドワーフの里にはどうやって行く気なのだ?」
そうだった。ホムランが働きたくないと言うから、代わりの作業員補充の為にドワーフの里に行きたかったのだ。
元々ホムラン一人で働かせるのには無理がある作業量だったので、ドワーフの増員も早急に対応したい。
「……仕方ない。南の川を使おう」
「南って……帝国領を通るのか!?」
俺の提案にエータが驚いた。
今回は北のユルズ川を利用したが、ジーロ王国内を通れないという事で断念した。
だがユルズ川は南側にもあり、そこは完全に帝国領を通るコースとなる。その先のコーデッカ王国に支流があって、北と南の川が合流しユルズ川本流となるのだ。
結果的にはどちらの川も、当初の目的地であるウの国の北部、ドワーフの里がある山脈まで続いているらしい。
「無茶だ! 帝国領を通れば間違いなく攻撃される!」
「そうしたら返り討ちにすればいい。ジーロと矛を交えるのは不味くても、帝国とはもう敵対してるんだぞ? 寧ろ気兼ねなく通行できるな!」
「ぐっ!? それはそうだが……無茶苦茶だ!」
ネスケラの案を採用すれば、一時的な食糧難は回避可能だ。であれば、今回の目的は交易ルートの確保ではなく、ドワーフの里へ行って帰ってくるだけなのだ。往復だけなら強行突破でも問題あるまい。
「というか、可能なら南ユルズ川沿いを占領できないかなぁ。そこの安全確保さえ出来れば、コーデッカとの交易も問題ないんだろう?」
「え……ええ。確かにそうですが……そんな事が可能なのですかな?」
今この場に居る軍属の幹部は俺とエータのみである。役人たちでは現戦力で、どの程度の作戦実行が可能なのか、いまいち判断がつかないようだ。
ちなみにエータはステアの親衛隊隊長という役職が与えられていた。
現在オスカー大隊長たちは南部の併合に駆り出されており、サンハーレには最低限の兵員しか残されていない。ゾッカも海上警備の為、今はこの話し合いの場には参加していなかったので、軍事について返答できるのが軍団長の俺くらいしかいなかったのだ。
「……ま、一度見てみない事には、ね」
日を改めて俺たちは再びドワーフの里を目指して港を出立した。
ただし今度のルートは、ティスペル王国とイデール独立国のほぼ国境沿いを流れる南ユルズ川だ。
メンバーは前回と同じく、俺、ステア、エータ、クー、シュオウ、ソーカ、イブキ、ホムランの八名だ。
まずはボートでバネツェ湾を南下し、南ユルズ川へと入る。しばらく川を上りながら周辺の地形を確認するが、水深や川幅、川の流れなど、こちらの方も今のところ問題なさそうだ。
「この辺りも渓谷地帯なんだな」
浜辺の河口付近はそうでもないが、少し進むと険しい森と渓谷が続いていた。対岸まではかなりの川幅があるので、よほどの闘気使いでもないと飛び越えるのは無理だ。軍隊で通行するには橋でも設けないと通れないだろう。
「お陰でイデールとの天然の国境になっているらしいな。イデール側の崖上にある森は、稀に兵士が巡回する程度の警備で、砦なども一切設けられていないとクロガモが言っていたぞ」
さすがはシノビ集頭目のイブキだ。その辺りの情報は押さえているようだ。
「じゃあ、帝国領に入るまでは安全なのか?」
「そうだな。この先はティスペル領内寄りに川が流れるらしい。トライセン領を奪取した今なら、イデールの横槍はほとんど無い筈だ」
そんなやり取りをしていたら、あっという間にトライセン砦近くに到着した。ボートだとかなり早く来られるみたいだ。トラックよりも速かった。
砦近くには桟橋が設けられており、見覚えのある武装の者たちが二人警備していた。サンハーレ駐屯軍の兵士である。
「こ、これはケルニクス軍団長殿!」
「りょ、領主様もご一緒で!」
しかも、その兵士の顔には見覚えがあった。
小鬼騒動の際、俺たちは初めてオスカー領兵長と出会った。その直前、冒険者ギルド前で俺たちにイチャモン付けて立ち塞がったのが、今目の前にいる二人組の兵士であった。
二人は俺たちがクーデターを起こした時にも町の門に立哨しており、兵士としての職務を全うしようとはしていた。当時は、いけ好かない兵士だが意外に根性ある奴らだと感心していた。
向こうも当然俺のことを覚えていたらしく、二人は慌てて敬礼をした。今の俺は彼らの上司なのだ。
「ご苦労さん。オスカー大隊長いる?」
「は、はい! 今は砦の指令室にいるかと思われます!」
折角なのでオスカーの下に尋ねに行った。
指令室に入ると、そこにはオスカーの他にアミントン中隊長や士官たちも勢ぞろいしていた。どうやら何かの会議中だったようだ。
俺やステアたちが姿を見せると彼らは驚いていた。
「あ、アリステア様!?」
「一体何用でこんな最前線に……!」
「実は…………」
俺たちは北ユルズ川での出来事を説明し、これから南ユルズ川経由で帝国領に侵入する旨を伝えた。
当然、それを聞いたオスカーたちは猛反対した。
「な、なりません! 領主様自ら、そんな危険を冒すなど……!」
「エータ親衛隊長も居りながら、どうしてお止めにならないのです!」
「う、うむ。それは……そうなんだが……」
エータは恨めしそうな表情で俺とステアを交互に見ていた。
「問題ない。邪魔する奴は蹴散らして進む!」
「はいですの!」
このメンバーで完全に非戦闘員扱いなのはホムランだけだ。ステアとクー、それとシュオウも微妙だが、戦える術は持っている。更には俺とソーカ、イブキというエース級闘気使いがいるのだ。人数を揃えただけの一個大隊レベルなら即返り討ち出来る戦力であった。
「今回の目的はドワーフ技師の招致だ。行って帰って来るだけなら問題ない」
「……帝国軍を刺激する事になりますよ?」
「いやいや、寧ろこっちが刺激された側だろ? ここらで一つ、意趣返しでもしてやろうと思ってね」
敵対国相手なら通行料も関税も無視して良い訳だ。逆に最高じゃないの!
ステアは久しぶりの外国遠征を楽しみにしていたのだが、前回はジーロに邪魔されてご立腹であった。それを知っていたエータも強く引き留められなかったのだ。
再三の説得もステアは応じず、仕方なくオスカーたちも折れた。
「……軍団長殿。くれぐれも……やり過ぎないように!」
何故か俺一人だけオスカーに強く念押しされてしまった……遺憾である。
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