第60話 農奴の呪い

「ええ!? 五郎君、勇者だったのぉ!?」

「は、はい。そう……みたいです……」


 ネスケラが口を開けて驚いていると、五郎は恥ずかしそうに肯定した。



 あれから五郎に詳しく事情を伺ったところ、なんと彼は聖エアルド教国の大神官たちに召喚されてこの世界に来た勇者だと言うのだ。


 イデール軍には聖教国の援軍として派遣されて来たらしい。


「サンハーレ教会の神父といい……教会連中もイデールに加担してるのか?」

「勇者の派遣サービスかぁ……」


 まあ勇者とは名ばかりで、その実態は異世界から呼び出された奴隷兵であるようだ。


 ただその実力は馬鹿にできない。


 さっきの五郎は俺への敵意を必死に抑え続けていた。それでもあれほどの神術を放ってきたのだ。本気になった五郎がどの程度の実力があるのかは未知数だが、どんなに低く見積もっても推定ランクAは確実だろう。


「でも、それじゃあどうして勇者の五郎君は味方に置いていかれたのかな?」

「そ、それは……」


 五郎はとても気まずそうにしながら口を開いた。


「多分、嘔吐物塗れだったのと……僕が馬車が苦手なのを知っていたから、抱えて運びたくなかったんじゃないかと……。僕、前世でアレに轢かれてからというもの、どうも乗り物全般が駄目なんです……」

「「……アレ?」」


 アレとはなんだろうか? ネスケラと二人して首をひねった。


「白くて走る……アレです」

「「ああ、冷蔵トラックね」」


 俺たち二人が口を揃えて言うと五郎は咄嗟に耳を塞いだ。


「そ、その恐ろしい名を……僕の前で口にしないで下さい!!」

「「ええ…………」」


 これは相当なトラウマを抱え込んでいるようだ。


(その白いアレに運ばれてサンハーレここまで連れて来られたんだよ……って伝えたら、こりゃあ卒倒するなぁ)


 ここは黙っておいてあげよう。


 そう思っていた矢先に、ホムランがネスケラを訪ねてやって来た。


「おう、ネス公! ゲームせんか? ステア様に新しいの買ってもらったんじゃ! ほむ? お前さんは……もしかしてトラックで連れて来たっちゅう奴隷の子かの?」

「…………きゅう!」


 ホムランの爆弾発言を聞いてしまった五郎は目を回してその場で倒れ込んでしまった。


 慌てて俺とネスケラは五郎を介抱する。


「ほむ?」


 一人事情の分からないホムランだけが首を傾げていた。






 その日の夜、仕事を終えたステアたちに五郎を紹介した。


「夏目五郎です。しばらくの間、お世話になります」

「ステアですの。宜しくですわ!」


 五郎には悪いがステアの素性や神業スキルについては一旦伏せておいた。五郎に思うところは無いのだが、隷属状態が完全に断ち切れていない以上、気軽に秘密を暴露する訳にはいかない。



 逆にステアたちには五郎の事情を全て打ち明けた。



「まぁ! 勇者様ですの!?」

「聖教国が召喚した勇者……話には聞いていたが……」

「……あまり強そうに見えない」


 クーは相変わらず毒舌である。


「す、すみません。自分でも柄じゃないと思うのですが……。神術の修行を始めて、まだ半年の新米ですし……」

「ふむ。ちなみに勇者殿はどの程度の腕前なのだ?」


 興味を抱いたエータが五郎へ尋ねた。


「えっと。【岩槍いわやり】と【土操どそう】は修めました。【岩鎧がんがい】はまだ練習中ですが……」

「何!? 【岩槍】だと!?」

「【土操】も扱えますの!?」

「すごっ……!」


 ステアたちはとても驚いていた。


「よく分からんが……凄い神術なのか?」

「【岩槍】も【土操】も上級魔法ですの!」

「ちなみに【岩鎧】は土の最上級魔法」


 神術士であるステアとクーが教えてくれた。


 ちなみに彼女らは無属性の中級魔法までしか修めていないらしい。


(おいおい、最上級魔法って、この前俺が喰らった【爆炎】もそうだよな?)


 今は練習中だそうだが、この調子だと遠くない内に、その【岩鎧】とやらも修得してしまいそうであった。やはり勇者は伊達ではないようだ。


(俺とネスケラは魔力無しだから、転生者全員そうなのかと思っていたが……実は関係ないのか? それとも召喚された勇者だけ特別なのか?)


 色々と疑問が残る。


「勇者様! かなりの神術士のようですが……もしかして【豊穣】を修得しておりますの?」

「え、ええ。その魔法……神術は既に修得済みですが……」


 五郎が答えるとステアたちの目付きが変わった。


「勇者様! 明日、ぜひ我が自治領の農地に来て下さいな!」

「【豊穣】があれば、作物の収穫量も成長スピードも格段に増すぞ!」

「馬車で送迎する。ぜひ、ぜひ……」


「ひぃ!? い、行きます! 自分の足で行きますからぁ!」


 クーにお願い(脅迫)された五郎は秒で了承した。



 どうやら土の神術【豊穣】とは土や植物に栄養を与え、実りを豊かにする補助神術だそうだ。その神術があれば、作物の収穫量も一気に増やせるらしい。


 そこまで即効性のある神術ではないそうだが、やらないよりは遥かにマシだ。



 勇者五郎は奴隷兵から農奴にジョブチェンジした。








 やる事の無い俺は五郎を引き連れたステアたちと共に、サンハーレの西にある大きな農園場までやってきた。馬車ならあっという間の距離なのだが、町から歩いても30分くらいで来れる場所だ。



 早速そこで五郎の神術【豊穣】を披露して貰った。


「もう収穫シーズンが近いモノばかりだが……」

「これで僅かでも早められたら助かりますの!」


【豊穣】の神術は種や苗を植えた直後に行使するのが最適解らしい。それでも少しでも足しになればと思い、成長途中の野菜畑でさっそく試してもらった


 五郎が神術を発動させると、キラキラした粒子が畑に降り注いでいった。某名作アニメ映画のように、さすがにニョキニョキ成長するほどのスピードはないようで、ハッキリ言ってかなり地味な神術だ。


 それでも、その光の粒子を見物していた農夫たちは五郎に対して感謝の言葉を告げながら拝んでいた。地方農夫たちの間では【豊穣】の神術は伝説のような扱いらしく、まさかその使い手が現れるなど夢にも思わなかったようだ。


 これから植える野菜などもまだまだあるらしく、農民たちの五郎に対する期待はかなり大きい。これには農園を管理している役人も満面の笑みを浮かべていた。


「いやあ、まさか【豊穣】を使える農奴を見つけてくるとは……!」

「さすがは領主様だべ!」

「えっと……彼は農奴ではなくてですね……」


 五郎が勇者だという事実は町民に伏せられたままだ。騒ぎが大きくなって教会に勘付かれると、五郎を取り返しに来る可能性もあるので、一部の者のみに伝えることにした。


 五郎本人としては聖教国とはこのまま決別したいらしく、奴隷解放のチャンスを待ちながら、この地で暮らしていきたいと言っていた。


(しかし、五郎の奴隷契約の内容すら分からないんじゃなぁ……)


 最高級の隷属の首輪に、更には勇者という特殊な立場だが、奴隷契約である以上、何かしらの解放条件は必ずある筈なのだ。だが、その肝心の契約内容を五郎は覚えていないと言う。


(そんな事あるのか? 奴隷契約は両者互いに納得した上でないと成立しないって話じゃなかったのか?)


 俺も武器を突き付けられながらではあったが、一応納得したという扱いで強引に契約を結んで奴隷剣闘士の身に落とされたのだ。


 それを「聞いていません」「忘れました」などというのは、どうも考えにくい。


 となると、聖教国の奴隷には何か仕掛けがあるのかもしれない。最悪、解放条件無しだなんてパターンも十分あり得る話だろう。


(教会め! 無理やり奴隷にして従わせるとは……連中もゼッチュー対象か?)


 違法奴隷を扱う者……許すまじ!



 五郎は今日一日かけて農園内にある全ての作物や土地に【豊穣】を施してくれた。その際、近くで巡回していたサンハーレ兵を見る度に、五郎は小さい軽石を生成しては彼らにぶつけてしまっていた。


 ぽいっ……ぽてっ!

 ぽいっ……ぽてっ!


「貴様! 農奴の分際で……反抗する気か!?」

「一体どういう了見だ!!」


「はわわわわっ!」


 五郎に小石をぶつけられて怒った兵士たちが詰め寄った。


 五郎は奴隷の制約によってサンハーレ兵に襲い掛からずにはいられない身体になっていた。彼に悪気はこれっぽっちも無いというのに……不憫だ。


 慌てて俺が仲介に入った。


「すまん、すまん。五郎に悪気はないんだ!」

「「け、ケルニクス軍団長殿!?」」


 最前線で戦い続けた俺は最近になってようやく末端の兵士たちからも認識され始め、こうやって敬われるような存在になっていた。


「これは、えー、あれだ! 農夫流のまじないなんだ! 聖なる小石を当てる事によって穢れを払い、無病息災、家内安全、商売繁盛、学業成就、交通安全、出産安産、商売繁盛になる、それは素晴らしい縁起物の小石なんだよ!」


「そ、それは……なかなか凄そうですなぁ……」

「今……商売繁盛、二回言ったような…………」


 二人の兵士は胡散臭そうにしながらも、どうにか矛を収めてくれた。


(ふぅ、適当に誤魔化したけど……あれで大丈夫だったか?)



 その日の夜、その誤魔化された兵士二人が賭場で大儲けをした。その二人の兵士が「新しく来た農奴の投げた小石に当たると運気が上昇するぞ!」という噂話を広め、五郎は農民だけでなく、町の人からも拝まれる存在へとなってしまった。








「労働はもう嫌だ!」


 ホムランがストライキを始めた。


 新しいゲームに夢中になり、当分仕事をしたくないと言い出したのだ。


「うーん、困りましたの」

「酒で釣れないのか?」

「もう試しましたの」


 どうやらホムランにとってゲームは酒と並ぶくらいに尊いモノへと昇華してしまったようだ。


(ううむ、異世界のドワーフまでも虜にするとは……。ゲームの中毒性、恐るべし!)


 これはいち早く課金ゲームをこの世界に広めれば一儲けできそうな予感!


「でも確かに技術者不足だよ! 僕も色々作りたい物も多いし、自由な時間ももっと欲しいから、人手を追加してよ!」


 続いてネスケラも陳情してきた。


「よし、ドワーフの里へ行こう!」

「ケリー……君は何時も唐突だなぁ」


 エータが呆れた口調で言ってきた。


「ホムラン! ドワーフがいる場所を教えてくれないか? 彼らならホムランに代わって働いてくれるぞ!」

「ほーむ……同胞を売るのは、ちょっとなぁ……」

「売るだなんて人聞きの悪い! 美味しいお酒を振舞って、その対価にお仕事してもらうだけさ!」

「……儂は酒飲んでゲームして一生ダラダラ過ごしたい!」


(こいつ! このハードな世界に、なんて大それた夢を持ちやがって……!)


「ステア!」

「はいですの!」


 俺の合図でステアが取り出したのは、ホムランが最近熱中していたとあるRPGゲームの続編だ。


「な!? そ、それは……まさかあのゲームの!?」

「そう、あのゲームの続編だ。しかも全部でNo.14まであるぞ!」


 俺の記憶ではNo.12くらいまでしかないのだが……


(本当に無駄な知識だけ入ってるなぁ……前世の俺ぇ!)


「続編はなんと、ドワーフも登場する傑作だ! やる気になったか?」

「ほむむむむっ! ええい、儂が案内する! 付いて来い!」

「やりましたの!」


 これでドワーフの里はお終いだ!


 ドワーフ特効のステアさえいれば、里にいるドワーフ全員、纏めてサンハーレ専属技術士に生まれ変わるだろう。


(ククク……! 日本の酒とゲームを振舞ってやるぞぉ……!)



 ちなみにあのゲームの続編に登場するドワーフは、ただのモブキャラ扱いであった。








 南部の領地併合は派遣された役人やオスカー大隊長たちに任せ、俺とステアはホムラン案内の元、ドワーフの隠れ里へと向かうことになった。


 ステアの護衛には何時ものメンバーであるエータとクー、それと暇していたソーカとシュオウを呼び、あと何故かイブキも付いてきた。


「お出かけなんて久しぶりですの!」


 念の為、神器の指輪【盛衰せいすい虚像きょぞう】の能力で幼女の姿に変装しているステアが目を輝かせていた。


「そういえばそうだな。ステアたちとティスペル王国を離れるのは……三年ぶりか」


 俺たちは港からプレジャーボートに乗って海を北上し、王国内の北部に流れる川へと向かっていた。


 ホムランが住んでいた隠れ里は、どうやらウの国の北部にある山岳地帯にあるそうだ。サンハーレ元子爵家が所有していた地図を見る限り、この川を上っていくと目的地の山岳地帯に辿り着けるらしいのだ。



 この川は以前、ネスケラが交易の水路として利用できないかと提案していた川でもあった。丁度良い機会なので、旅行がてら川幅の調査も行うことになった。


 ただ、ネスケラ本人は他にやることがあるらしく、彼女はサンハーレにお留守番だ。



 今回無理やりに案内役となったホムランが口を開いた。


「儂の故郷はウの国とイヴニス共和国の境目にある山の中だ。隠れ里なんて大層な名前が付いておるが、地元の人族どもならみんな知っている場所だな」


 現在はドワーフ族やエルフ族を迫害する事は禁止されているが、過去には彼らと人族・獣人族連合が争っていた歴史がある。きっと隠れ里という名称もその当時の名残なのだろう。


「しかしよぉ、今はどこも戦時中だろう? こんな目立つ船で川を通行して、襲われねえか?」

「そのテストも兼ねての旅だ。だからステアには留守番してもらいたかったんだけどなぁ」


 シュオウの問いに、俺はステアの方を見ながら答えた。


「ドワーフの皆さんを説得するには、私の神業スキルが必須ですの!」

「そうなんだけど……酒を用意してもらえれば、わざわざ来なくても良かったんだぞ?」

「無駄だ。私も散々説得した……」


 エータもステアが心配で俺と同じ事を言っていたのだが、ずっとサンハーレ領に閉じこもり状態であった彼女が納得しなかった。


 慣れない領主の仕事もあって、相当ストレスが溜まっていたのだろう。どこかで息抜きも必要だとは思うのだが……


「大丈夫。賊は全部ケリー師範が倒す」

「クー師範代。こういう時だけ、師範扱いするの止めてもらえます?」


 クーはステアの心情を察してか、今回の遠征には賛成であった。そもそもクー自体が外へ出掛けるのは大変珍しい。


「おい、師範! そろそろ例のポイントだぞ。静かにしろ!」


 周囲の目を気にし始めたイブキが声を潜めて警告してきた。


(この弟子たち、師匠を何だと思ってるの!?)


 師範代筆頭は怠け者で、次席はバトルジャンキーだし、新たな門下生は生意気ときた。


(セイシュウ以外、全員破門にしてやろうか?)



「でもこの船の音じゃあ、どっちみちバレるんじゃないですか?」


 バトルジャンキーな弟子――ソーカの指摘通り、ボートのエンジン音では忍ぶことも不可能だろう。


 だが意外にも、この川の周囲には町の気配どころか、人の気配すら皆無であった。


「この辺りは崖になっているみたいだな。ここじゃあ水も汲めねえし、周囲に人里が無いんだろう」

「ああ、そうなのかもな……」


 思ったよりこの川は運河として利用出来るのか?


 流れがそこそこあるので、既存の帆船や人力で漕ぐ船の類だと、川を上るのにだいぶ苦労しそうだ。だがボートの馬力ならこれくらいの流れは全く問題ない。ガソリンの燃費は激しそうだが、逆に下る時はかなり節約できそうだ。



 少し先に進むと川幅が徐々に広くなり、流れもだいぶ弱くなってきた。そうなってくると水辺近くということで、幾つかの街が遠くに見え始めた。この辺りは多少の治水工事も行われているみたいだ。


「……まだこの辺りの街は戦禍に巻き込まれていないのか?」

「……そのようだな。だが国内が戦時中というのは変わるまい。ほら、さっそく警戒船がやってきたぞ」


 イブキが指差した方に向くと、一隻の小舟がこちらへ近づいて来た。どうやらその船は軍船らしく、乗員している者たちは全て武装をしていた。


「そこの船、止まれ!」

「怪しい船だな。貴公らの船籍を名乗れ!」


 彼らの船が来た方向を見ると、その先には小さな砦が設けられていた。どうやらここは水上の関所のような場所らしい。



 代表してエータが警戒船に応じた。


「我々はサンハーレ自治領の船である! 交易と視察を兼ねての航行中だ!」


「サンハーレ自治領、だと!?」

「まさか……例の反逆者たちか!?」

「貴様ぁ! まさか帝国の密偵ではあるまいな!」


 どうやらここの領地は現在、ティスペル王国側に加担しているようだ。そうなると、サンハーレ自治領とは相容れないのだろう。


 これはどうも一波乱起きそうな予感がしてきた。

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