第59話 夏目五郎

 サンハーレの領主館に行くと、ステアを始めとした役人たちが忙しそうに作業していた。この間までは俺たち兵士が戦場で戦っていたが、ここからは文官たちの戦いである。


 今の彼らは自軍の兵の死亡確認や捕虜たちの対応で大忙しだ。


「こんな大量の捕虜は想定外だ!」

「連中を何処に幽閉する!?」

「とても牢が足りんぞ!」

「食事もどうする!? 急いで食糧を調達せねば、備蓄が尽きてしまう!」


 うん、どうやらやり過ぎてしまったようだ。


 全く引かない向こうも悪かったが、俺たちも調子に乗って捕虜を増やし過ぎたかもしれない。海軍も相当の数の敵兵を捕らえたらしく、捕虜を何処に収容するかで揉めていた。


(だって、兵士欲しいって言ってたじゃん……)


 もしかして兵士より先に農民を補充するべきだったか?


 いや、そもそも農民攫って来て「さあ作れ!」と命令しても、そんなすぐに作物が収穫出来るはずもない。


(ネスケラに相談するか……)


 困った事があったら、きっとネスケラが解決してくれるに違いない。


 俺は忙しそうな領主館からそっと出てエビス邸に引き返した。








「ええ!? 食料の手っ取り早い収穫方法!? 農業は専門外だよー!」


 さすがのネスケラにも無理だったようだ。


「うーん、ステア様に頼んで地球産の品種改良された野菜や果物の種でも購入してもらう?多少は育ちも良いかもしれないけど……。勿論、肥料もセットでね」

「短期間での収穫は無理かな?」

「えーと、確か葉物野菜とかは割と早く育つんじゃないかなぁ」

「野菜だけじゃあ腹が膨れないな……」


 さすがに穀物類を短期間で用意するのは無理であった。


「つまり捕虜が増えて食糧難に陥っているんだよね?」

「ああ、どうやらそうらしい」


 またステアの神業スキル頼みになってしまうのだろうか。


「やっぱり何処かから食糧を買い付けるのが手っ取り早いんじゃない?」

「でも、どこも取引してくれないって話らしいぞ?」


 戦時中故に仕方ないのかもしれない。


「じゃあ、外国は?」

「バネツェ近海は現状、どの国も交易が難しいって執事長にボロクソ言われた」


 せめてバネツェ王国の商船とのやり取りが継続していれば良かったのだが……



 ネスケラは周辺の地図を睨みながら唸っていた。


「うーん、うーん……ここ、行けるかなぁ?」

「え? ここ?」


 彼女が指した場所はコーデッカ王国である。


「いや、難しくね? 南ルートは完全に独立国と帝国の領内だし、北部側にしてもティスペル国内があちこち紛争中で、コーデッカまで行くのは難しいだろう」


 テムたちくらいの小さな隊商なら見逃される可能性はあっても、沢山の食糧を抱えた輸送馬車の隊列を送ろうものなら、周囲に「強奪してください」と宣伝しているようなものだ。帝国勢力じゃなくても、飢えて困っている領地などに襲われかねない。


「ううん、陸路じゃないよ。この川から船でコーデッカに行くの」

「川を!?」


 それは盲点であった。


 確かに地図をよく見ると、ティスペル王国内には大きな川が二つ存在する。南の国境沿いに流れている川は帝国領内に延びているようでとても無理だが、北部を流れる大河はジーロ王国を経由してコーデッカ王国やウの国まで続いているようなのだ。


「ただティスペル王国内の北部がどれだけ安全なのかなって点と、そもそもこの川は船が通れる大きさなのか……地図からだと分からないんだよねぇ」


 王国の北部は現在、グゥの国がコスカス領に侵攻中だ。


 その川はコスカス領より南を流れているようで、恐らく戦場からも離れていると思われる。ただ他の領地でもゴルドア帝国が侵攻中らしいので、国内にどの程度の戦禍が広がっているのか不透明なのだ。


 そんな状況下で王国内とはいえ、川に商船を出しても安全なのかが判断に迷うところであった。


「ドローンで周辺状況を確認できないかな?」

「そこまで遠くは飛ばせないよ! これ、一回の飛行時間が50分くらいしかないからね!」

「駄目か……」


 しかし、仮に河川で食糧を輸送できるのなら、一度で大量に買い付けることも可能になるのだ。ゴルドア帝国はコーデッカ王国にとっても潜在的な敵性国家である。その帝国と戦っている俺たち相手なら、コーデッカの商人たちも快く食糧を売ってくれるだろう。


 何よりあそこにはイートンもいる。


(……試す価値は十分あるな)


「ちょっと相談してくる」


 俺は再び領主の館へ向かおうとするも、ネスケラに呼び止められた。


「わざわざ行かなくて大丈夫だよ! 領主館にも無線機は置いてあるから!」


 さすがはネスケラ。彼女は無線機を使って、領主館にいるステアに先ほどと同じ説明をした。



「……皆で相談するってさ」

「まあ、そっちは専門家に任せよう」


 あとは役人たちが上手くやってくれるだろう。




 ネスケラと駄弁っていると、ルーシアが工房までやってきた。


「ケリー君! あの黒髪の子、目を覚ましたよー!」

「本当か!? 今行く!」


 俺が拾ってきた以上、メイドさんたちに面倒を任せっきりなのも悪いだろう。



 少年奴隷の様子を見に行こうとすると、ネスケラも付いて来ると言い出したので、肩車してエビス邸の客間へと向かった。




「よう! 具合はどうだ?」


 扉は開いていたのでノックもせずそのまま客間に入ると、黒髪の少年は困惑していた。


「あのぉ、貴方は……?」

「俺はケルニクス。お前を拾ってきたのは俺だ」

「あ、貴方が僕を助けてくれたんですか!」


 黒髪の少年の年齢は、今の俺よりやや年下だろうか。髪や目の色といい、顔つきといい、まるで日本の高校生みたいな少年であった。


「んで、こっちはネスケラだ」

「ネスケラだよー! 宜しくねー!」


 俺の肩の上でネスケラが元気よく挨拶をした。


 それを見た少年は、彼女が年相応の女の子だと勘違いしたのだろう。微笑ましそうにネスケラを見ながら口を開いた。


「あ、僕の名前は夏目五郎と言います。あー……こっちだとゴロウ・ナツメになるのかな? 宜しくお願いします」


 礼儀正しく頭を下げた少年に俺とネスケラは驚いていた。


「え、ナツメゴロウって……」

「もしかして日本人!?」


 俺たちの言葉に少年も驚いていた。


「ええ!? もしかして日本を知っているんですか!?」

「知っているも何も……」

「私たち二人とも、前世が日本人だったから……」

「異世界転生!?」


 更に驚く少年に、俺たちは色々と尋ねてみた。






「……なるほど。五郎も死んでこっちに来たんだな?」

「はい。まるで転移のように、あちらの身体そのままなんですが、一度死んだのは間違いないかと……」


 うーむ、俺とネスケラとも違うタイプのようだ。


 しかし、転移ではないとなると、噂の異世界から召喚されたという勇者ではないのかな? だって、嘔吐物塗れで倒れていたし……


(さすがに勇者という立場なら、味方も彼を置いて逃げたりしないだろうしな)


「ケルニクスさんは日本での記憶はないんですか?」

「ああ、ほとんどないな。名前すら思い出せん」

「僕はハッキリ覚えているよー!」


 俺は気が付いたら少年の身体で、日本の記憶が曖昧。


 ネスケラは日本での記憶をしっかり引き継いだまま赤子から転生している。


 そして夏目五郎君は一度死んで、全く同じ身体のまま記憶も引き継いで転移? いや、転生なのかな?


 面白いくらいに三人共バラバラである。


(しかし、この中だとネスケラが一番、この世界に来て長い計算になるのか……)


 ただネスケラも長い間教会の孤児院に預けられ、情報を制限された中で生活していたので、あまりこの世界のことは詳しくなかったのだ。



「それにしても……転移してきていきなり奴隷にされた挙句、戦争に放り込まれるとは……災難だったな」

「ええ……本当にそうですね……」


 なんでも彼はこの世界に来て早々、問答無用で奴隷にされて訓練させられ、わざわざイデールまで連れて来られたらしい。


 悪い事をする奴隷商人もいたものだ。彼も俺と同じくらいにハードな人生を送っているんだなぁ。



「しばらくはゆっくり休んでくれ。ここは安全だから」

「ありがとうございます! ちなみにここは何処なんですか? トライセン砦ではなさそうですけど……」

「ここはサンハーレの郊外だ」

「しばらくはイデール軍も来ないだろうから安心だよ!」

「え!?」


 場所を尋ねられたので答えたら、何故か五郎君は驚いていた。


「えっと……もしかしてケルニクスさんって……イデール側の傭兵じゃあ……ないんですか?」

「あれ? 言ってなかったっけ? 俺、サンハーレ側の傭兵だぞ」


 寧ろ、その軍団長ですが、何か?


 五郎の質問に答えると、彼は突如胸を押さえて苦しそうにしていた。


「う、うぅ……、に、逃げて……ください!」


 様子のおかしい五郎に戸惑うも、急に殺気のようなものを感じたので、俺は咄嗟に横にいたネスケラを抱えた。


「――っ!? ネスケラ!」

「わわっ!?」


 ネスケラを抱えたまま俺は即座に部屋から離脱した。


 その直後、さっきまで俺たちの居た場所に岩の槍が突き刺さっていた。


「ひえぇ!? 一体なに!? 五郎君、急にどうしちゃったの!?」

「恐らく隷属の首輪の影響だ! 強制的に奴隷を操作するとは……! あれ、相当の代物だぞ!?」


 奴隷にも様々な分類がある様に、隷属の首輪にも幾つかの種類が存在する。


 基本的な性能は大体一緒なのだが、それがグレードの高い代物になると、相手の言動を強制的に縛るだけでなく、なんと操る事さえ可能らしいのだ。


(噂には聞いていたが……あれは恐らく最高級品の首輪だな!)


 多分、五郎の奴隷契約内容には「サンハーレの兵士を倒せ!」みたいな制約が掛けられているのだろう。だから俺がサンハーレ兵だと知った途端に襲い掛かってきたのだ。


 これが一般的な隷属の首輪であれば、その制約を拒否しても呪いの影響で体調不良を引き起こすだけだが……どうやらあれは、そんな生易しいレベルの物ではないらしい。


(くそ!? 五郎を奴隷にした商人め! 一体どんなクソ野郎だ!?)



「一体何事ですか!?」


 エビス邸で働いている従者の人たちが集まり始めた。


(……ここで戦うのは宜しくないな)


「ネスケラを頼む! 危ないから下がって!」


 ネスケラを従者に預け、俺は再び五郎の部屋に入ると、彼は土の弾丸を飛ばしてきた。どうやら五郎は土の神術士だったようだ。


「ぐっ!? いてえなっ!」


 いくつか被弾しながらも俺は五郎の服を掴み、二人して窓から飛び降りた。ここは二階だったので、二人揃って地面へと落下した。


「ぐはっ!?」

「くっ!」



 受け身を取り、俺はすぐに立ち上がる。


 五郎も背中を強く打ったようだがすぐに起き上がった。どうやら神術士でも身体はそこそこ頑丈なようだ。


「五郎! 落ち着け! 俺は敵じゃない……!」

「ぐぅ……ケルニクスさん、逃げて……! 自分でも、抑え……られないんです……っ!」


 やはり自分の意志ではなかったようだ。


 五郎は涙目になりながらも俺に神術弾を放ってきた。それを俺は剣で斬り落としていくと、今度は大技が飛び出した。


「んな!?」


 突如、大地が揺れ始めたと思ったら、なんと周辺の地面がせり上がってきたのだ。


 辺りの地面が次々に隆起して高く突き上げた土の塊は、まるで生き物のように曲がって、こちらを押しつぶそうとしてきた。


「でかっ!?」


 さすがにこれは斬れないと判断した俺は回避を選択した。


 襲い掛かってくる土の造形物を躱しながら、俺は五郎の元まで迫った。


「悪い!」

「ぐはっ!?」


 俺は五郎の横腹に足蹴りをかまして遠くまで蹴り飛ばした。これ以上、エビス邸近くで暴れられたら敵わない。


 欲を言えばこのまま上手い具合に気絶してくれればいいのだが、手加減し過ぎたのか、それでも五郎は立ち上がろうとしていた。


「ぐ、うぅ……」

「ちっ! あまり痛くしないようにしてやるから、歯食いしばれよぉ!」


 俺は更に闘気を強め、五郎を無力化しようと向かったのだが……


「あ……」


 何故か五郎は余所見したまま固まっていた。彼が見ている方向はエビス邸の裏手で、確かそこにはトラックが停車していた筈だ。


「ひぃいいいい!? トラックがああ!? オロオロオロ……」


 突如悲鳴を上げた五郎は嘔吐しながら気絶した。


「え、ええ…………」


 よく分からないが気を失ってくれて助かった。今のうちに対策をせねば……


 神術士を封じるには同じ神術士のニグ爺が一番だと判断した俺は、急いで彼の元へと駆けつけた。








 深夜になるとようやく五郎が目覚めた。


「あ、あれ……僕は一体……?」

「気分はどうだ?」

「え? あ、ケルニクスさん!? いたたっ……」


 ベッドから急に起き上がろうとした五郎だが、俺が蹴った箇所が痛むのか、涙目で脇腹を押さえていた。


「うん、ちゃんと抑制できているようだな」

「そ、そうだ! 確か僕、急にケルニクスさんを……その、倒さなきゃって、恐ろしい衝動が……」


 やはり五郎の首輪にはサンハーレ兵に対しての攻撃的な命令が組み込まれているようだ。


「その隷属の首輪の所為だな。そいつで五郎は操られていたんだ」

「え? そんな……!」


 不安そうな顔をする五郎に俺は言葉を掛けた。


「心配すんな。今は何ともない筈だ。その腕輪で魔力の流れを阻害しているからな」


 五郎は自分の右腕に付けられている腕輪を見た。


 それはニグ爺に用意して貰った魔力封じの腕輪だ。本来は捕らえた神術士を拘束したりするのに利用される魔道具らしい。


 目を覚ました五郎が暴走しても神術を使えない様にする為の措置だ。


 しかもニグ爺曰くその腕輪はかなり強力な特注品で、副次的効果で隷属の首輪の効力までも弱めてくれる代物らしい。その腕輪を嵌めている間は、奴隷契約の制約を違反した場合に起こる呪いの効果までも抑えられるそうだ。


「ほ、ほんとだ……! サンハーレ兵への敵意はほとんど薄れたみたいです!」

「ほとんど? じゃあ、少しは残っているのか?」

「……はい。ケルニクスさんに感謝しているのは本当なんですが……身体が勝手に……」


 ぽいっ……ぽてっ!

 ぽいっ……ぽてっ!


 五郎はとても申し訳なさそうな表情で、神術で生み出したと思われる石礫を俺に飛ばしてぶつけていた。とても軽い小石だし、ふんわり投げ飛ばしているだけなので、多分幼子に当たっても痛くないと思う。


 でも、心は痛かった。


「ご、ごめんなさい!」


 ぽいっ……ぽてっ!

 ぽいっ……ぽてっ!


 五郎は頭を下げて謝りながらも次々と小石を投げて当ててきた。


「うーん、悪気はないのは分かるんだが……」


 これ、街に連れて行って傭兵相手にも同じ真似をしたらキレられそうだな。



 仕方がないので、五郎はしばらくの間エビス邸で匿う事にした。

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