第58話 トライセン逆侵攻作戦

 俺の発案で計画されていたトライセン領への逆侵攻作戦は、ある程度事前準備を行っていた。


 今回の戦は、騎乗できる人間やアマノ家の何人か、それとクロガモを含めたシノビ集数名を温存したまま戦っていたのだ。


 そして遂にイデール軍が敗走を始め、そのまま追撃戦へと移行し、それに並行してトライセンに侵攻開始しようとしたのだが……思っていた以上に傭兵団”不滅の勇士団アンデッド”メンバーの負担が大きく、エドガーたちはガス欠状態であった。


 というか、俺も疲労しきっていた。


 さすがに俺たち抜きで敵地に乗り込ませるのも不安でどうしようか困っていたのだが、一つ妙案が浮かんだ。


「トラックで移動すれば疲れないじゃない!」


 さっそくネスケラに頼んで、館の裏庭に駐車していたトラックを動かせるようにしてもらった。既にガソリンも満タンにしてあるそうで、後は誰かが運転するだけである。疲れた俺たちは空調を切った冷蔵室で寝転がっていればいい。


 楽ちん、楽ちん……




「……なんで俺が運転しているんだ? 解せぬ……」

「だって。運転できるのケリーくらいじゃない!」


 助手席に座っていたネスケラに指摘されて俺は顔をしかめた。


 どうやら前世の俺は車の運転免許証を持っていたらしい。ネスケラも運転自体は出来るらしいが、身体が小さすぎてトラックの運転など不可能なのだ。


 俺は曖昧な前世の記憶を頼りにハンドルを握って操作してみた。どうもトラックはあまり運転したことが無いようで、多少ギア操作がおぼつかないのと、走っている場所が悪路なのでかなりの苦戦を強いられた。


(これ……精神的には全然休めてねえ!?)


「おーい、ケリー! もう少し静かに操縦できないのかー?」

「狭いですー! 揺れも酷いですー!」

「外が全く見えないぞー!」


 後ろの冷蔵室から仲間たちの愚痴が聞こえて来た。


「仕方ないだろう! だったら運転変わってくれよー!」

「「「…………」」」


 俺が大声で後ろの連中に文句を言ってやったら黙ってしまった。


(俺だって疲れてるんだ……畜生!)




 結局、トライセン領までずっと俺が運転してやって来たのだが、イデール軍は既に防衛の布陣を敷いて待っていた。


 トラックを停車させて俺は相手の布陣の様子を伺う。


「んー、ちょっと奇襲は失敗したかな?」

「いえ、そうでもないようです。イデール軍も慌てて配置についているようで、あちこち隙だらけな防衛網です」


 そう答えてくれたのは、密かに先行していたクロガモだ。どうやら既に相手側の情報を収集していたようだ。


「それと気になる情報が……。どうやらここに勇者が来ているようです」

「勇者?」


 それって確か……聖教国が神の奇跡やら儀式やらで異世界から呼び出すという、あの勇者の事だろうか?


(異世界からねぇ。もしかして、その勇者も俺たちのように地球出身か?)


 俺とネスケラは魂? だけこっちに来たパターンで、身体は全く違う別人だ。いわゆる転生というやつだ。


 勇者だと異世界転移の方になるのだろうか?


「まぁ、勇者だろうが聖女だろうが、敵なら倒すまでだな」

「承知。敵右翼側が穴のようです。何やらトラブルでもあったのか、大慌てで兵を集めておりました」


 本当にシノビは頼りになるなぁ。


「分かった。総員、これから敵右翼側に向けて突撃する! 目標はトライセン領の奪還だ! 突撃ぃ!!」


 俺の号令で少数精鋭の逆侵攻部隊が突撃を始めた。


 今回俺はちょっとだけ休ませて貰う。運転しっぱなしで正直疲労が溜まっていた。


「まぁ、俺抜きでも勝てそうだしね」


 敗走したイデール軍も加わり、現在の敵兵数は5千人といったところだろうか。


 それに対してここまで侵攻した我が軍の数は100人にも満たないが、その代わりエース級の闘気使いが沢山いる。冷蔵トラックの中で十分休んでいたエドガーやソーカ、シェラミーたちも復活し大暴れしている。


 アマノ兄妹にハラキチたちも負けじとイデール兵を蹴散らしていた。


 クロガモたちシノビの少数部隊は別ルートで砦内部や敵陣後方へ先に向かわせた。例の勇者や危険な闘気使い、神術士などの襲撃を任せたのだ。


「まさか、たった100人足らずで駐屯軍に喧嘩売るなんて……」


 横でネスケラが呆れていた。


 今回はドローンでの偵察任務も無く、彼女にはサンハーレにいるオスカー大隊長への連絡係をして貰っている。仮に俺たちだけでトライセン領を占拠しても、100人足らずの兵力では砦や街の維持が不可能だからだ。


 後からサンハーレ陸軍がこちらへやって来る手筈になっていた。


(やはり当面の問題は人員不足か……)


 人手は多いに越したことはない。


 これから国を興すのに、俺たちにはまだ色んな物が足りていなかった。とりわけ今欲しい人材は兵士に農民だ。兵士の中でも特に、士官と海兵が欲しい。


 サンハーレからの定時連絡によると、イデール海軍の船数隻と多くの海兵を捕虜にしたそうだ。


 陸軍も多数の捕虜を得たが、彼らの食事を用意するのも一苦労であった。食料の自給率を上げる為、広い農地と農夫は急いで確保せねばならなかった。


 その候補地がトライセン領とソーホン領に隣接しているオレルド領だ。オレルドはティスペル南部では最大の農耕地帯があり、そこを得られれば食糧難もかなり改善されると執事長も言っていた。


 オレルド領を得る為には、トライセンを占領しているイデール軍をどうしても追い出す必要がある。それにトライセンは大きな街で人材や商会などが豊富だ。冒険者ギルドや傭兵ギルドも存在するので、ここは絶対に取り返したい要所であった。




「ケルニクス軍団長、イデール軍が撤退を始めました」

「え!? 結構早かったね」


 伝令に来た騎士に俺は驚いていた。


 すると、何時の間にかクロガモも戻っており、イデール軍が撤退した理由を教えてくれた。


「敵陣営に潜り込み、反抗してきたイデールの将官たちは粗方始末しておきました。ただし、先の戦いで指揮していた無能者の元帥だけは敢えて生かしております。恐怖に駆られたその元帥が早期に軍の撤退を命令しました」


 うちのシノビ、優秀過ぎない?


「なるほど、無能な味方ほど怖いってやつか……」

「その通りです」


 防衛戦で無用な被害を出した原因である敵指揮官だが、殺すより生かした方がサンハーレにとって益となると踏んだのだろう。


 俺の手で天誅を下せないのは残念だが、そこはイデールの皆さんにお任せするとしよう。これだけ味方に被害を出しておめおめ祖国に逃げ帰ったら、普通なら間違いなく処刑だろう。仮に死罪は免れても、兵士からの信頼は失っているに違いない。


 そんな考えにも至らないほどの恐怖を敵指揮官に植え付けてしまったようだ。


「よし、ネスケラ! オスカー大隊長に連絡してくれ。トライセンは無事取り返した。早く人手が欲しいと伝えて欲しい」

「ラジャー!」


 ここさえ押さえてしまえば、陸からイデール軍がティスペル領内に侵攻するのは極めて難しいだろう。そうなると……次の敵は西のゴルドア帝国になる訳か。


(トライセンとサンハーレの防衛に戦力を割かなきゃな。領地が増えるのは良いけれど、その分あちこちで手が回らなくなりそうだ……)


 思えば鉱山奴隷時代は何も考えずにひたすら採掘作業をしていたが、自由を得た今はやらなければならない事、考えることが山ほどあって大忙しだ。


(ま、どちらか選べと言われたら、迷わず自由を選ぶけどね)






 戦闘も落ち着き始めたようなので、俺はネスケラを肩車しながらトライセンの街へと向かった。


「…………」

「大丈夫か? ネスケラ」

「うー、大丈夫……」


 人が死ぬところはドローンのカメラ越しに何度も見ていたそうだが、こうやって実際に戦場跡を見るのはネスケラも初めての経験らしい。


 ネスケラは戦争に否定的ではない。自分たちの安全を守る為に、戦いは必要だと心得ていた。その証拠に彼女自身、敵兵を倒すための偵察や装備の開発にも積極的であったからだ。


 ただ、ネスケラは殺傷能力の高い兵器――特に、銃や爆弾などの開発には反対していた。作ろうと思えば作れるらしいのだが……極力それは避けたいらしい。


 俺自身、この世界に銃を蔓延させるのには反対であった。


(何時かはこの世界の人間も銃を発明するかもしれない。だが、その役目が俺たちである必要はない)


 未来にまで悪名を轟かせるのは御免である。


 水鉄砲やテーザー銃はセーフでも、引き金一つで簡単に相手を殺められる殺戮兵器を生み出すのは、ネスケラも俺も躊躇っていたのだ。


(そもそも、闘気使いに拳銃って効かなそうだしなぁ……)


 レベルの低い闘気使いにはかなり有効だと思うが、アマノ家クラスを相手取るのなら、機関銃か戦車でも用意しないと心許ない気もする。




 サンハーレ兵のほとんどは、トライセン砦や街の主要施設を占拠しに向かった。まだイデール軍の残党が潜んでいる可能性もあるからだ。


 それ以外の兵士たちには街を巡回させている。我々サンハーレ自治領軍がトライセンを解放したと告げ回っているのだ。


「ん? なんだ、これ……?」

「酷い臭い……」


 そこには何故か嘔吐物塗れの黒髪の少年が倒れていた。首輪をしている事から察するに奴隷兵だろうか?


「可哀想に……吐くほど怖かったんだろうなぁ……」


 汚いので少し躊躇ったが、これも元奴隷兵の誼だ。その少年の遺体を手厚く埋葬してやろうかと思ったのだが……


「ん? こいつ……まだ生きてるな」


 運のいい奴だ。こんな嘔吐物塗れで倒れていたから、誰も生きているとは思いもしなかったのだろう。


 近くに国境境にもなっている小川があったので、そこで乱暴に汚れを洗い流した。身綺麗にした後に地べたで寝かせるのもあれだったので、冷蔵トラックの中で休ませてやった。


「優しいね、ケリー」

「俺は奴隷に優しい男だからな」


 戦争に無理やり参加させるろくでもないご主人様の所に戻るより、俺たちと一緒に来た方がこの少年の為だろう。このままトラックに乗せてサンハーレに連れて帰ってあげよう。


(きっと喜ぶぞー!)




 そして翌日……


「オロオロオロオロ……」


 トラックの中で少年が目を覚ましたと思ったら、再び吐いて気絶してしまった。


「うわ、きたね!?」

「こいつ、一体何なんだい!?」

「うーん、そんなに戦争が怖かったのかなぁ……」

「仕方ない。眠っている内にサンハーレまで連れて行ってしまおう!」


 俺とネスケラにソーカだけ一足早く帰る事にした。



 トライセン駐留軍の指揮はセイシュウにお任せした。明後日になったらサンハーレからも人が来るので、それまではこの少ない人員で防衛する事になる。


 まぁ、あの面子なら噂の勇者が来ない限り守り切れるだろう。


 そうそう、勇者と言えば、トライセンに来たという勇者の足取りは未だに掴めていなかった。トライセン領に来た事自体は間違いないそうだ。そのお付きだと思われる神官の死体も確認された。


 ただ、そこで勇者に何かしらのトラブルがあったらしいのだが、一般兵には情報がシャットアウトされているようだ。事情を知っているであろう将校は逃げたか既に戦死していた。


 これではさすがのシノビ集もそれ以上の調査が出来なかった。


(さすがは勇者。情報も統制しているとは……手厚い待遇だなぁ)


 まぁ、トライセン領に隠れているのなら、その内姿を見せるだろうさ。








 久しぶりにエビス邸へと戻った。


 ネスケラはホムランの工房に行ってしまったので、俺は少年を背負って屋敷の方へと向かう。生憎ステアたちは町に仕事中で不在だったが、サローネとルーシアの姉妹がいた。


「まぁ! ケリーさん、この子は?」

「イデール軍の奴隷兵らしい。無理やり戦わされていたみたいだ」

「可哀想に……」

「とりあえず、客室にでも寝かせておいてくれ」

「分かりました」


 サローネは執事とメイドを呼ぶと、黒髪の少年を客間に運ばせた。



「ふぅ。ようやく一息付けそうだよ……」

「ふふ、お疲れ様です。ケリーさん」

「今回も大活躍だったって?」


 姉妹が俺を労ってくれた。


「サンハーレを出てからは運転していただけだけどね」


 寧ろそれが一番きつかったまでもある。あのトラックでオフロードを走るのは色々と無茶だった。何回車体を乗り上げたことか……持ち上げて強引に戻したけれど。


「あの自動車という乗り物、私も運転してみたいなぁ」


 ルーシアは自動車に興味があるようだ。


「うーん、今は通貨不足だから……。余裕が出来たらステアにお願いしてみたら?」


 オフロード専用の移動手段があると後々便利そうだな。


「商会の方はどう? 戦争で相変わらず交易も麻痺してる感じ?」

「そうですね。今は町の中で経済を回しているようなものですが、トライセンを取り戻したとなると、南部の商人たちはすぐにでも動き始めるかもしれませんね」


 実際、俺たちと同じタイミングで既に馬車を走らせている商人たちもいた。本当に商魂逞しい連中だ。


「そういえば、ケリーさんが留守していた間に、ラソーナさん一家やトニアさんが何度も押しかけてきましたよ。ケリーさんの為に働きたいと直訴しに来たんです」

「テムとトニアたちか……」


 闘技場以来、俺を狂信的に信奉してくれるストーカーたちだ。


 いや、ストーカー呼ばわりは少し可哀そうか。何せ彼らは俺に対して善意100%なのだから。


 ただ、行動力が怖すぎ……ありすぎて、少々持て余し気味なのだ。


「うーん、どこか遠くの地に行商させて追い出すか……」

「か、可哀想ですよぉ……」


 だって……怖いんだもん。


 しかし、今はどこも戦争中なので、さすがに遠出をさせるのはあんまりか……



 そう思っていたのだが……




「はい! 是非行かせてください!」

「ケルニクス様の為なら、例え火の中、水の中……!」

「「「こわっ!?」」」


 試しに聞いてみたら即答であった。あまりの狂信ぶりに俺とサローネ、ルーシアは三人揃って震えあがった。


「で、でも……今は本当に危ないんですよ!?」

「大丈夫です! 私、運が良いので!」


 運が良い人は剣闘士奴隷なんかにならないと思う。


 しかし、このままではこちらが指示を出さなくても勝手に動いてしまいそうな勢いだ。


「うーん。そんなに言うのなら……任せてみようかな?」


 ただし、馬車二台だけの隊商では食糧の運搬もたかが知れているので、ラソーナ一家には貴重な魔道具や可能なら神器の入手、あとは優秀な人材のスカウトなんかを任せてみる事にした。


 それらを実行するには軍資金も必要だと思うので、エビス商会でも取り扱っている地球産の物品を馬車に積めるだけ積んでおいた。この世界の人にとっては物珍しい商品なので、かなりのお金になるだろう。


 ついでに、コーデッカ王国の王都支店にいるイートン宛ての手紙をしたためて預けておいた。これで向こうにもこちらの状況を伝えられるし、今後はテムたち隊商との連携も取れるようになる筈だ。


「これをコーデッカの王都にいるイートン会長に手渡してください。ただし、帝国領付近は避けて気を付けて行ってくださいね」

「絶対に無茶だけはするなよ?」


 俺が頼むとラソーナ一家四人とトニアは跪いた。


「ハハァ! 命に代えましても、この使命を全う致します!」

「死んでもこの手紙を届けてみせます!」

「……話、聞いてる?」


 俺は絶対生きて帰るよう、再三念押ししてからテムたちを行かせた。


「大丈夫かなぁ……」

「ケリーさんが関わらないと、普通に気の良い人たちなんですけどねぇ……」


 崇拝対象である俺は、彼らの変なところしか見たことがない。



 少しだけエビス邸で休んだ俺は領主の館へと向かった。

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