第57話 聖教国の勇者

 俺に懸けられた賞金を暴露すると、傭兵たちは困惑していた。


「ハァ? お前、賞金首だったのか?」

「金貨100枚だと? テメエみたいなガキがか……?」


 どうやらこいつら……いや、依頼主のイデール軍も、まだ俺の正体を知らないみたいだ。


(シノビたちが裏で情報統制でもしてるのかな? もしかしてステアの事も知らない感じ?)


 ま、どうせ死人に口無しなので名乗ってやるとしよう。


「俺は“双鬼”ケルニクス! ブリック共和国とホルト王国から金貨50枚ずつ懸けられている賞金首だ!」

「双鬼……?」

「思い出した! あの“白獅子”を倒したって吹聴しているガキか!」

「俺は“白獅子”を騙し討ちしたって聞いたぞ?」

「ホルトの公爵家に盗みを働いた盗賊団の首謀者じゃなかったっけ?」

「違う、違う。公爵家から贋作商品売りつけた詐欺師の頭だろう?」


(うーん、色々情報が錯綜しているなぁ……)


 一部当たっている部分もあるのが何とも言えない。


「まあいいさ。どの道お前の首を撥ねて持ち帰ることに変わりはねえ!」


 不敵な笑みを浮かべながら傭兵たちが武器を構えた瞬間――――四人の首が跳ね飛ばされた。


「ふん、これが金級とは……他愛もない」

「おい、軍団長。さっさとこいつら倒して任務を果たすぞ」


 そう言って傭兵たちを斬り捨てたのはセイシュウとイブキの兄妹だ。二人の両手にはそれぞれ日本刀が握られており、イブキの方は若干刀が短い。


「な……なんだぁ!?」

「お前ら!? い、一体……何をした!?」


 気が付いたら仲間が四人死んでおり、奴らの団長が声を荒げた。


「これぞ闘技二刀流の秘技よ!」

「ふん。まぁまぁ便利な技じゃないか」


 なんとアマノ兄妹は既に【風斬かざきり】を習得していたのだ。


 妹のイブキは元々何でもありの戦闘スタイルだったので二刀流も修得しているようだったが、兄のセイシュウに至っては一から二刀流剣術を学ぶ覚悟で弟子入り志願してきたのだ。


 別に【風斬り】自体は二刀流である必要はないのだが、闘技二刀流の門下生になる以上、二刀流にすべしという考えのようだ。


(本当に真面目な奴だなぁ。それに引き換え、妹の方は……)


 イブキはなんとも偉そうな態度だ。習得できた時は飛び跳ねて喜んでいた癖に……。


(今度、奴の大好物だという抹茶アイスにワサビを混ぜてやろう)



 この二人、幼い頃から闘気を扱っていただけあり、【風斬り】を短期間で身に付けてしまったのだ。



「時間も惜しい。そろそろ殺すが……言い残す事は無いか?」


 俺も両腕の剣を構え【風斬り】を放とうとした。


「ま、待て待て待て! ある! まだ言ってない秘密あるから! こ、殺すなぁ!」


 今になって実力差を理解したらしく、団長は命乞いを始めた。


「そうか。時間がない。手早く簡潔に言ってくれ」

「そ、それは……俺たちが無事に町へ戻ったら――――」


 それが奴の遺言となった。


 只の時間稼ぎだと判断した俺は団長の首を【風斬り】で切断した。


「ち、畜生ぉっ!! やりやがったな!!」

「やっちまえぇええ!!」


 ヤケクソになったのか、残りの残党たちが一斉に襲い掛かって来るも、彼らの背後から闘気の籠められた矢が次々と飛んで来た。


「ぐえっ!?」

「ぎゃああああ!?」


 フェルによる後方からの射撃である。彼女には事前に“黒獣の牙”を背後から見張っているようお願いしておいたのだ。



 結局、金級中位の傭兵団“黒獣の牙”はものの数分で片付いた。


「裏切り者の所為で余計な時間を喰ったな」

「早く先へ急ぎましょう!」


 そこからはフェルとも合流して、俺たちの班は敵左翼の奥に潜んでいる砲撃部隊を潰しに向かった。








「ドーガ元帥! 右翼の砲撃部隊が襲撃され、壊滅状態です!」

「ええい! 護衛の歩兵隊は何をしていたか!」

「護衛部隊は既に全滅しております!」

「左翼砲撃部隊にも敵別動隊に喰いつかれました。どうすれば……!」

「いちいち私に確認してくるな! 近くの空いている歩兵隊をぶつけろ!」

「元帥! 我が弓兵の矢が全く効果ありません! 逆に敵神術士の追い風もあって、相手の矢だけが一方的に撃ち込まれている状況です!」

「だったら……その神術士をどうにか排除しろ! あと、私の事は閣下と呼べ!」


 次々と起こる想定外の戦況報告に目が回りそうだ。


(馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁ!? 一体どうして我が軍が押されているのだ!? 向こうの兵数は千にも満たない筈。対して我が軍は1万5千だぞ!?)


 開戦前は戦力比が1:15と予測され、これでどうやったら負けるのかと思っていたのだが、今となってはどうしても頭の片隅に敗北の二文字が浮かび上がってしまう。


(い、いやいやいや! まだだ! まだまだ我が軍の方が数は多いではないか! ここからでも十分盛り返せる!)


「ええい! こうなったら全員で総攻撃だ! 目の前の敵兵へ特攻を仕掛けろ! 二人で一人刺し違えても我が軍が勝てる計算なのだ! 行け、行けー!」

「元帥!? それはあまりに……っ!」

「ええい、黙れえぃ! これは上官命令だ! それと私の事は閣下と呼べぇ!」


 私はどうにか巻き返しを図るべく、全軍に特攻命令を下した。








「何? 敵が全く引かない?」


 ネスケラからの報告に俺は尋ね返した。


『うん。それどころか無謀な突撃を繰り返しているよ! お互いかなりの被害が出始めちゃってる……』


 なんと愚かな真似を……


 確かに人数差ではまだまだこちらが負けているが、もう粗方手強そうな部隊は先に排除しておいた。もう残りの敵戦力は歩兵と僅かな騎馬隊くらいしか残されていない。


「分かった。全軍を下がらせろ」

『これ以上下がると街の外周ギリギリになるけど大丈夫?』

「問題ない。俺たちアンデッドやアマノ家の精鋭を前に出す! 他の兵士たちは漏れた連中をタコ殴りにすればいい。それと手の空いた者から交代で休ませよう」

『分かったー! オスカーさんに伝えておくねー!』


 ふぅ、あちこち動き回って疲れたが、まだまだ仕事が残っているようだ。


「なんか弱い者いじめみたいで嫌だけどなぁ……」


 これ以上味方の数を減らさせる訳にはいかない。ここはエース級の闘気使いたちに頑張ってもらうとしよう。




 それからサンハーレ軍は更に町のギリギリまで戦線を下げ、無謀にも突撃してくる敵兵たちは俺たちアンデッドやアマノ家の闘気使いが迎撃した。


「おらぁ! 死にたい奴から前に出て来い!」

「命が惜しければ武器を捨てて降伏しろ!」


 どうもあちらには無謀な突撃命令が出ているらしく、最初は誰も降伏勧告に耳を貸さなかったが、町の外に死体の山が築かれ始めると、徐々に投降してくる敵兵も増え始めた。


「こ、降伏する!」

「上官に無茶な命令されて逆らえなかったんだ!」

「命だけはお助けを……!」


 兵士たちには降伏した者に手を出さないよう厳命してある。素直に投降した者の扱いを見たイデール兵たちは次々に降伏し始めた。


 数時間後には突撃する者より降伏する者の数が増え、遂にはこちらの兵数以下になったイデール軍は、そこでようやく撤退を始めた。


(おせえんだよ! 無能指揮官が!)


 俺も人の事を言えない立場だが、今回の敵将よりかは遥かにマシだと思いたい。



 別の場所で指揮していたオスカー大隊長とアミントン中隊長がやってきた。


「お疲れ様でした、軍団長殿」

「しかし、この後ですが……予定通りに決行します?」


 予定とは、この後の逆侵攻作戦である。立案者は俺だ。


 このまま攻められ続けても苦しくなるだけなので、どこかで巻き返しがしたかった。そこで提案したのが、敵侵攻を防いだ後の逆侵攻作戦である。


 目的地は南のトライセン領である。


 そこを取り返す事によって新たな領地と戦力補充を図るのが目的でもあった。


「予定通り、追撃した後、相手のトライセン砦に攻め込もう!」

「だが……軍団長殿たちはお疲れではないか?」

「ここは一度お休みになった方が……」


 オスカーとアミントンは最近、俺に対して敬語を使うようになった。このまま上官に溜め口だと軍紀が乱れる原因になると言って、軍団長である俺に対しての態度を改めたのだ。


(別に気軽に話しかけてもいいのに……)


 軽口叩くくらいで怒る俺ではない。


「かなり疲れてるけど……予定通り作戦を実行しよう!」


 俺がオスカーたちにそう告げると、後ろで大の字になって寝そべっていたエドガーが不満を述べた。


「さすがに疲れたぜ……。ケリー、少しは休ませろよ……!」


(軍団長に向かって無礼な奴だな。敬語を使え。不敬罪で処すよ?)


 だが、確かに長時間戦ったので俺も疲れていた。


 特にエース級闘気使いたちの消耗具合が深刻だ。あのシェラミーでさえも何も言わず横になっている。このまま無理して進軍しても、俺たちの負担が大きすぎて戦闘にも支障が出そうだ。


「あ! だったら……アレを利用するか!」


 一つ妙案が浮かんだ俺はネスケラに連絡を入れた。








 僕は夏目五郎、元日本人高校生で、今は何故か勇者をやっています。


 一年前、僕は日本で交通事故に遭った。白い冷蔵トラックに撥ねられてしまったのだ。


 だが、本当の地獄はそこからだった。


 僕は何とか一命を取り留めていたが、それもギリギリの状態で、半年間激痛に耐え忍びながら生き永らえて……ついに力尽きて死んでしまったのだ。


 今思い出すだけでも吐きそうになるほどの入院生活であった。


 そんな可哀想な僕だが、死んで楽になったと思ったらこの世界に呼び出されていた。


 僕を呼び出した連中は聖エアルド教国の大神官たちだ。何でも勇者召喚という儀式で死んだ僕の身体と魂ごと復元させて蘇らせたらしい。


 そこには一応感謝しているのだが……その後が酷かった。


 気が付いたら僕の首には首輪が付けられており、どうやら奴隷として働かなくてはならないみたいだ。名目上は“世界を闇から救う勇者”らしいのだが、その実態は聖教国に都合の良い戦闘奴隷である。


 どうも儀式で召喚された人間には勇者としての素養が備わるらしく、僕も神術という魔法みたいな力を手に入れて自在に操れるようになった。ただ、僕は勇者の中でも落ちこぼれらしく、他の者と比べると神官たちからの扱いはあまり宜しくない。


 他の勇者たちは神術だけでなく、神業スキルを身に付けていたり、闘気の扱いが優れているそうだが、僕は地味な土属性の神術しか取り柄が無かったのだ。


 そんな僕だけど必死に神術の修行に励んで半年後、ついに実戦を迎える時が来た。どうやら僕はイデール独立国という場所に駆り出され、教会から派遣された勇者として戦場で戦わなくてはならないようだ。


 あちこちの戦場に勇者を斡旋するのが聖教国の習わしなのだそうだが……いまいち考えている事が分からない不気味な人たちだ。


(勇者を派遣して戦争したり、神官たちを使って治療したり……彼らは一体何がしたいんだろう?)


 考え事をして紛らわしていたが、道が荒れ始めたのか馬車の揺れが激しくなった。


「うぷっ! 気持ち悪い……!」

「もうすぐ着きます。我慢してください、勇者様」


 お付きの神官が呆れながら声を掛けた。


 僕は前世でトラックに撥ねられて以降、乗り物全般に対するトラウマを抱えていた。馬車を見るだけで気分が悪くなるし、乗ろうものならしょっちゅう吐いていた。


 それでも何とか我慢してイデール独立国という遠い地に連れて来られたのだが……


 イデールの王都からも更に馬車で現地に向かうと聞かされて、僕は断固反対した。


「もうこれ以上は乗りたくありません!」


 どうやら奴隷と言っても、何でもかんでも彼らの言いなりになる必要はないようだ。詳しい契約条件は分からないのだが、命じられた戦闘に参加して戦果を上げるのが解放の条件に一歩近づくのだと神官たちに言い聞かされていた。


 仕方がないので、戦争には参加するから徒歩で向かう事を許可して貰った。



 そして今、ようやく最前線の駐屯地であるティスペル王国のトライセン領とやらに到着した。何でもこの国はイデールに対して色々酷いことをしている上に、小鬼の管理もろくにできない危うい国家らしい。


 小鬼の恐ろしさは僕も教会で習っているので知っている。それを助成金欲しさに放置するなど……あり得ない所業だ!


「そのサンハーレの領主や軍は、僕が懲らしめてやりますよ!」

「ハッハッハ! 勇者殿は勇ましいですなぁ! ですがご安心を! 今頃我が軍がサンハーレを占拠している頃でしょう」


 徒歩で向かっていたお陰か、どうやら戦に間に合わなかったようだ。


 それはそれでラッキーだと思っていたのだが、戦地からは一向に勝利の報せが入ってこなかった。それどころか、しばらくするとイデール兵たちが息を切らしながらトライセンの砦に引き返してきたのだ。


「大変だ! 我が軍が破れたらしい!」

「ハァ!? 軍団が領兵団如きに負けたってのか!?」

「ドーガ元帥が逃げ帰って来たってよ! 間違いねえ!」

「しかも……軍団の8割を失ったそうだぜ? 信じられるか?」

「アホじゃねえのか!? だからあの野郎はいけすかねえんだ!」


(え? 8割!? それって、かなり拙い損害なんじゃあ……)


 前世のネット記事か何かで、軍は3割近くの戦力を失うとヤバいって見た記憶があるような……


 何だが無性に不安になってきた……


 しかも悲報はそれだけに留まらなかった。


「何だと!? サンハーレの連中が逆侵攻しているだって!?」

「おいおい、一領主の領兵団如きがイデール軍の駐屯基地に挑もうってのか?」

「で……でもよぉ、1万5千の軍団を壊滅させた相手だぜ?」

「「「…………」」」


 途端に砦内は慌ただしくなり、イデール兵たちは町の外に出て布陣を固めることになった。


 トライセン砦は本来、対イデール用として建てられている為、逆サイド側を防衛するには不向きな造りとなっていた。その為、戦場は街の郊外となるらしい。


 僕も戦力として駆り出された。


「勇者様は土の神術が得意と伺っております。どうか派手なのを頼みましたぞ!」

「ええ、任せてください!」


 正直言ってかなり不安だ。出来ることなら逃げ出したいが、僕の傍には常に見張りの神官も同行しているので手を抜く訳にもいかない。


(仕方がない……。これも僕が生き残るためだ……!)



 やがて先触れの兵士が戻って来た。いよいよサンハーレ軍がやってきたようだ。


 僕は手に持った杖を強く握りしめ、神術の準備を始めようとした、その時……何やら奇妙な音が聞こえてきた。


「ん? この音は何だ?」

「聞き慣れない音だが……」


 ブロロロォーッ! ブロロロォーッ!


 いや、僕には聞き覚えがある。


「うっ!」


 急に気分が悪くなってきた。


(まさか……いや、そんな筈はない!)


 だって……あり得る訳がない! この世界に、アレがあるなどと……


 ブロロロォーッ! ブロロロォーッ!


 しかし、その耳障りな音はどんどんと大きくなっている。


 そして遂に敵の騎馬隊が丘陵の頂から顔を出したと思ったら、その後ろから――――


 ――――この世界には存在しない筈の、白い冷蔵トラックが現れた。


 僕を撥ね飛ばしたのと、全く同じ車種のトラックであった。


「オロオロオロオロ……」

「「「ゆ、勇者様ああああっ!?」」」


 僕は胃の中の物を全部ぶちまけてその場に倒れ込んだ。


(神様……この世界は僕には些かハード過ぎます……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る