第55話 大陸南東部の情勢

 ティスペル王国南東部にある港町サンハーレ領が独立を宣言した。


 この報せはティスペル王国内に衝撃を与えた。




 中央部王都ティスペル


「なんじゃと!? サンハーレの連中め、王家に弓引くつもりか……! すぐに征伐軍を編成してサンハーレに向かわせろ!!」

「な、なりませんぞ陛下! 帝国軍との防衛戦で、そんな余剰戦力はありません!」

「クソがぁ!! どいつもこいつも、裏切りおってぇ……!」




 最南部トライセン領


「けっ! イデール軍のクソ共が!」

「何時までこの街に居座ってやがる……!」

「でも、あいつら……サンハーレに負けて逃げ帰って来たらしいぜ?」

「ハハ、ざまあねえな!」

「しっ! 兵士に聞こえるぞ!」

「構いやしねえ! 俺はそのサンハーレ自治領とやらに亡命するぞ!」

「私も!」

「俺もだ!」




 最北部コスカス領


「グゥの国が攻めてくるなんて聞いてねえぞ!」

「まさか、帝国の連中……我々を謀ったな!」

「だから帝国に与するなど反対だったんです!」

「ええい、うるさい! これも全て、“北の盾”とかクソの役にも立たない名声に満足していた父上が悪いのだ! あの頑固者……王政府の言いなりで、来る日も来る日も訓練、訓練と……! こうなったら、グゥもゴルドアも全て蹴散らして、我々もサンハーレのように独立を宣言するぞ!」

「「「…………」」」




 王国内の各領地


「一体、ティスペル王国はどうなってしまうんだ……?」

「あちこちで戦争状態じゃないか!」

「何処か安全な場所は無いの!?」

「今のところ、唯一勝利の報告が上がっているのはサンハーレ領だけか……」

「サンハーレなら安全なのかしら?」




 更にサンハーレ自治領の独立宣言は、他国にまで波及していた。




 ゴルドア帝国


「イデールの連中は何をやっているのだ!」

「折角領主を唆し、お膳立てをしてやったというのに……」

「ティスペル王都が堕ちるのも時間の問題でしょう。いっそ、次の目的地をサンハーレに変えて、港町をもう一つ占領地に加えてみては如何でしょう?」

「それは良い案だ!」




 イデール独立国


「帝国の連中は何をやっているのだ!」

「領主や権力者どもを丸め込み、武装解除させる算段ではなかったのか!?」

「そもそも、一領地の兵力如きに敗北するとは……なんとも情けない!」

「ベルモント元帥……ついに耄碌したか?」

「貴重なA級神術士と闘気使いごと、虎の子の砲撃部隊を失うとは……」

「これは降格だけでは済まされませんぞ!」

「……うむ。元帥には本国に戻ってもらい、後日審問にかけるとしよう」

「代わりの総指揮には誰を置くので?」

「私の派閥から出しましょう。腕の良い指揮官をご用意できますよ」

「待って下さい! 私の方から有能なのをお貸しします!」

「いやいや、我々の方から……」




 バネツェ王国


「サンハーレ……最近怪しい動きを見せていると思っていたら……」

「交易を止めておいて正解でしたな」

「うむ。既に多くの商船や民間船が拿捕されたと聞くが……」

「連中、まさか我々と事を起こす気ではないでしょうな?」

「ふん、あんな港町一つで何ができよう!」

「全くです! いっその事、隙を突いて港を攻めてみては?」




 グゥの国


「クハハ! サンハーレ自治領とは……王国もだいぶ混乱してきたな!」

「やはりこの機に乗じて攻め入るのは正解でしたな! 北の盾も案外不甲斐ない!」

「あのジジイは厄介だったが、まさか息子に殺されるとは……」

「コスカスの爺さんも世継ぎには恵まれなかったらしい!」

「帝国に領土を奪われる前に、王国北部は全て頂いちまうぞ!!」

「「「はい、族長!!」」」




 ジーロ王国


「ゴルドア帝国に攻められているというのに……自治領の設立だと? サンハーレの領主は頭がおかしいんじゃないのか?」

「いえ、もうティスペル王国に未来は無いと踏んでの行動でしょうな」

「それでもイデール軍とゴルドア軍はどうする気だ? たかが地方の港町で凌げるような戦力ではなかろう?」

「一応、初陣では勝利したとの報告ですが……」

「ふん。そう何度も奇跡は起こるまい。ティスペルももう終わりだな。やはり同盟は無かったことにする」

「……他国との信用も失いかねませんが?」

「仕方ない。今回ばかりは帝国の思惑に乗ってやるか。小鬼騒動を引き起こしたティスペルを非難する声明を出せ! 我々はティスペル王国と完全に決別する!」

「「はっ!」」




 リューン王国


「サンハーレか……あそこは欲しいな」

「あの港町さえ押さえれば、バネツェ湾は支配下に置いたに等しいですからね」

「だが、バネツェ王国とグゥの国がそれを許さんだろう。我が海軍に匹敵するのは、東部だとユーラニア共和国くらいだが……さすがに二国同時を相手するのは面倒だ」

「今回は様子見と?」

「うむ。帝国もこちらをけん制しているしな。欲を出してジオランド農業国を掠め取られたら堪らん。だが、ティスペル内部の観測だけはしっかり継続せよ!」

「御意!」



 各国様々な思惑が入り乱れ、オラシス大陸の南東部は乱世の時代へと突入した。








「ほむー! ほむー!」

「ああ!? それ私のアイテム!?」


 エビス邸敷地内にある工房を訪れると、ホムランとネスケラが新しいゲームをプレイしていた。前にステアにおねだりして買ってもらったゲームの次世代機である。今はアイテムを取りながら相手にぶつけたりするレースゲームで盛り上がっていた。


「ホムラン、陸軍用の防具が不足しているんだ。作ってくれよ!」

「ぺっ! ぺっ!」


 唾を掛けられた。しかも二回も……


「…………」


 俺は無言で工房を後にすると、孤児院から子供たちを呼んでそこに投入した。


「うわ!? 何をする! 儂、一位だったのにぃ!?」

「あーん、僕のコントローラー返してぇ!!」


 二人は子供たちに新型ゲーム機を奪われた。


 更にステアに言いつけて、酒とデザートを人質にホムランとネスケラを働かせた。


「ケリー! お前さん、碌な大人にならんぞ!」

「横暴だー!」

「くっくっく、残り一小隊分作ったら日本酒とプリンを追加しよう」

「今日も平和ですの」


 あの戦争から一カ月、サンハーレは平穏であった。








 大陸歴1526年7月、サンハーレが独立宣言をしてから一カ月半後、シノビ集からイデール軍再侵攻の報せが入った。



「今度は海からも来てるって?」

「ええ、そのようです」


 陸と海、同時に仕掛けて来たか……


 だが、こちらもこの一カ月半、ただゲームをして遊んでいただけではない!


 華々しい勝利を飾ったサンハーレ軍には志願する者も増え、動員兵数は700人まで増えていた。また、金を稼ぎにわざわざ遠くから傭兵団も駆けつけていた。鉄級5組、銀級2組、そして金級が1組だ。


 海軍の方も更に充実させている。


 ネスケラの提案で導入されたプレジャーボートは海兵に大変好評であった。お金に煩い執事長も船の性能を見て満足し、遂にGOサインを出したので、一気に10隻まで数を増やしたのだ。


 ただし燃料の出費が嵩む為、プレジャーボートは虎の子としてギリギリまで温存する事になった。その代わり、ネスケラとホムランのタッグが画期的な船の動力を開発したのだ。


 それは風を発生させる魔道具で帆船を動かすという技術だ。大国などでは既に取り入れられ、魔導船と称され恐れられているものだが、それをネスケラたちは独自開発したのだ。


 この短期間で全ての帆船にその動力を装着させたのだ。


(あいつら、ゲームやってるだけじゃなかった!?)


 あとでお詫びにお酒とお菓子を持って行こう。



「情報部によると、今度の兵力は前回の凡そ1.7倍。陸上部隊が1万5千、海上からは大型船が10隻、中型船15隻に小型が20隻の大侵攻です!」


 あまりの兵力差に軍幹部と役人たちに衝撃が走った。


「これは……さすがに厳しいのでは?」

「うーん、さすがにあちら側も、今回は何かしらの対策くらいしてきそうだしなぁ……」


 前回ハマった目潰し水鉄砲だが、対策方法はいくらでもある。今度も上手くいくとは限らないだろう。


「ま、それでも戦うしかないでしょ」

「軍団長。流石に無策で挑まれるのは……」


 執事長が呆れていた。


(俺、この爺さん苦手!?)


「うーん、それじゃあ隊を分けて奇襲を仕掛けるとか……」

「この辺りは平地が多く、適している陣地へ相手を誘い込むのは至難ですぞ?」

「じゃあ、一点突破で敵司令をぶっ潰す!」

「他の抜けた敵兵が町に来たらどうするのですか!?」

「じゃあ、じゃあ、ギリギリまで後退して防御を固めて……」

「籠城戦ですか? 備蓄の方は問題無いでしょうが、この町の防壁は高くありません。神術弾の射程範囲まで相手に踏み込まれると、下手をすれば町が焼かれますぞ?」

「ぐぬぬぬぬ……っ!」


 執事長、嫌い!



 俺が歯ぎしりしているとエータが作戦を立案してくれた。


「では、こういうのはどうだろう。ケルニクス軍団長の言う通り、最初は防備を固めつつ、精鋭の別働部隊に出てもらって敵砲撃部隊を叩いてもらう」

「前回と似た戦法か……。兵力の乏しい我々が打てるのは、これくらいしかないか……」


 エータの作戦にオスカー大隊長も賛同した。二人とも戦術をキチンと学んでいるらしく、俺みたいな素人とは違ってとても現実的な作戦を立案してくれた。


「しかし、それは幾ら何でも精鋭部隊に負担が掛かり過ぎるのでは?」


 中隊長に昇進したアミントンの言葉に他の小隊長たちも揃って頷いた。これは些か博打な作戦である。


「無茶は承知だが、そうでもしなければこの兵力差はひっくり返せまい。アンデッドの諸君とアマノ家には、またしても苦労を強いるだろうが……」

「なんの! 主君や国の為に戦うのは戦士の誉れ! イデールの雑兵如き、再び返り討ちにしてくれましょう!」


 ゴンゾウが力強い言葉で応じた。


「陸はそれでいいとして、海の方はどうすんだ? その新型船だけで対抗できんのかよ?」


 アンデッド副団長のエドガーが指摘すると、ゾッカ海軍大隊長がそれに答えた。


「いくら何でも、その数はちと厳しいな。プレジャーボートの速さなら攪乱できるだろうし、10隻全部投入すれば五分にまで持ち込めるだろうが……勝ったとしても、半数の船と兵士は確実に失うぞ?」


 今回勝てても明日以降が厳しくなるか……


 海兵にはそれなりの訓練期間を要するので、気軽に失っていい駒ではないのだ。


(人を駒扱い……これが指揮官の責任か)


 俺もステアのスキルで購入した戦術本などを読んで勉強中だ。ただし、この世界には重火器がない分、闘気神術があるので厄介だ。地球での戦争と同じように考えていると痛い目を見るかもしれない。


(今度、エータに戦術を教えてもらうかな……)



「そこでネスケラちゃんの秘密兵器、第二段を用意したよ! 海軍の皆にはこれを使ってもらったらいいんじゃないかな?」

「こいつは……?」

「水鉄砲と似ているようだが……?」

「陸軍にも利用できるのか?」

「んー、ちょっと陸軍には不向きかも……。ただ、射程が短いから、白兵戦専用武器なんだけど……」


 ネスケラが説明すると、ゾッカが渋い表情を浮かべた。


「そいつは厳しいぜ! 敵船への移乗戦なんて滅多に起きねえし、大体はその前の火矢や神術の砲撃で片が付いちまう! プレジャーボートなら回避できるかもしれねえが……敵船に乗り込むのは無理だぜ? 高低差があり過ぎて、敵船に飛び移るのは無茶だ!」


 俺もスピードのあるプレジャーボートで一気に接近して乗り込んじゃえばと思っていたが、小型船と大型船じゃあ甲板まで高さがあり、そこへ乗り移るのも大変なようだ。


(ま、俺ならできると思うけどね)


 腕の立つ闘気使いなら可能だと思われる。


 どうやらネスケラも同じ考えに至ったようで、彼女はクロガモの方を見て尋ねた。


「んー。でも、出来そうな人たちがそこにいるよ」

「我らシノビなら大型船に飛び移るくらい造作もありません。海は不慣れですが、白兵戦に持ち込めば遅れは取らないでしょう」


 これで大まかな配置は決まった。


 後は細かな打ち合わせをするだけなのだが……


「あのぉ……俺にも一つ提案が…………」


 俺が恐る恐る手を上げると全員の視線がこちらに向いた。








 新たなイデール軍の元帥へと着任した私は、副官から進軍の進捗具合を尋ねた。


「はい、ドーガ元帥! 大体定刻通りに進めております。サンハーレ軍は現在、港町外周付近で防備を固めているとのことです!」

「ふん、この兵力差では亀のように閉じこもるしかできないだろうな。あと、私の事は閣下と呼びなさい」

「……は? いえ、失礼しました、ドーガ元帥閣下!」


 私は30代半ばにして将校まで成り上がり、遂には閣下と呼ばれるようになったエリート将校だ。今までは目の上のたん瘤であった老いぼれ、ベルモント元帥の存在があり、思う様に結果を出せていなかった。


 しかし、自分が総指揮を執る以上、最早我が軍に敗北はあり得ない!


「ハッハッハ! 戦うのが楽しみだなぁ。そう思わないかね?」

「はっ! し、しかし……敵には多くのA級闘気使いを擁する傭兵団がいるとのことですが……」


 副官はやけに気が小さい男なのか、ぐちぐちと不安要素を述べてきた。


「心配ない! こちらも金級上位の傭兵団を既に用意してある! 神術士も十分補充しておいた! 全く……地方領兵団如きに負けるなど、ベルモント元帥は……。おっと、もと元帥だったね!」


 傭兵には傭兵をぶつければいいだけのこと。鉄級の傭兵団如き、いちいち我々が相手をするまでもない。


「は、はぁ……。しかし、例の派遣勇者殿の件はどうするので? 彼がご到着するのを待たずに進軍して、本当に宜しかったのですか? その勇者殿は、司令部がわざわざ聖教国に依頼して呼びつけている追加戦力のようですが……」

「しかし、しかしと……君は煩い奴だねぇ。馬車にも乗れない勇者君なんか不要だよ! 彼の到着を待っていたら、他の国にサンハーレを取られちゃうよ? 大丈夫、私が指揮するから、なーんにも問題ないさ! 勇者の力に頼らず敵を打ち倒したとなれば、私の評価もしっかりされるだろうからねぇ!」

「…………」


 報告によればサンハーレ陸軍の兵数は千にも満たない数だそうだ。これでは負ける方が難しいではないか!


 ああ。早くサンハーレに着かないか、待ち遠しいばかりである。

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