第54話 狂信者と新たな弟子

 昨今貴重な行商人が町にやって来たと聞いたので、ステアたちと一緒に見に行ったのだが、その商人であるおっさんと若い女性の冒険者がいきなり膝をついて俺に頭を垂れてきたのだ。


「ああ、お会いしたくございました! ケルニクス様!」

「ご壮健で何よりでございます!!」


 領主であるステアを差し置いて、二人は嬉し涙を浮かべながら俺に会いたかったと言ってきたのだ。


 これにはステアや他の者たちも困惑していた。


「えっと……この方たちは一体……?」

「さ、さぁ……俺にも何の事だか……」


 もしかしたら、日本人である俺の意識が覚醒する前の、ケルニクス少年時代の知り合いかもしれない。


 しかし、それも奇妙な話だ。俺はしがない村人の出自だったはずで、このように年上の大人たちに跪かれるような身分ではないのだが……


「ハッ!? まさか……俺には秘められた出自、実は王族の末裔だったとか……!」

「……そうなんですの?」


 ステアが感涙している商人と女冒険者に尋ねると、二人は顔を見合わせてからこう答えた。


「いえ、私如きにはケルニクス様の出自など知る由もなく……」

「もしやケルニクス様は高貴な血を継ぐお方なのですか!?」

「いや、こっちが尋ねてるんですが……」

「違うようですの……」


 知ってたけどね!


 ワンチャンあるかと期待しちゃったじゃないか!?


「結局、おっちゃんたちは何者なんだ? 何故俺をそんなに慕う?」


 単刀直入に聞いてみた。


「我々は“双鬼“ケルニクス様のファンクラブでございます!」

「私が会長で、こちらの方が副会長です」

「いいえ、私が会長で、こっちが副会長ですぞ!」

「いや、私だ!」

「いやいや、私の方こそ……!」


 何やら二人で口論し始めてしまったが、結局彼らの素性は分からないままだ。


「……ケリーのストーカーですの?」

「うげぇ! 有名税って奴かな。いよいよそんな人も出て来たかぁ……待てよ?」


 ファンクラブと聞いて、一つだけ思い至る事があった。



 奴隷剣闘士時代、俺は出る試合全てに勝ち続け、50勝を超えた辺りからはファンも増えていた。首の太い先輩奴隷の話だと、俺のファンクラブも結成されているとか言っていたが……


(あれ、冗談かと思ってたんだけど……)


 俺は改めて二人の顔を見た。


 おっちゃん商人は中年太りした人の良さそうなふっくらした顔立ちだ。年齢は40前後だろうか?


 女冒険者は俺より年上だが若く、多分フェルくらいの年齢だろう。だが、あまり強そうには見えない。


(この二人、どこかで見たことがあるような……)


「あ! 思い出した! 俺が初めて闘技場で勝った時、泣きながら喜んでいたおっちゃんと女の人か!!」

「おお! 思い出していただけましたか!!」

「思えばあの日から……お慕いしておりました……!」


 あの時も二人は鼻水垂らして泣いて喜んでいた。さっきも似たようなリアクションをしていたので、俺もなんとか思い出せたのだ。


「泣きながらって……。そんなにケリーが勝った事が嬉しかったんですの?」

「それはもう! 何しろ家族の命が掛かっておりましたから……」

「はい! 私も死に掛けておりましたので!」

「え!? 重すぎぃ! な、なんでそんな状況になってんの!?」


 思わず尋ねると、二人はあの当時の事を語り聞かせてくれた。




 まず商人の方は、名をテム・ラソーナという。家名があるが貴族ではなく、先祖代々ヤールーン帝国で商いをしていたラソーナ家の家長だ。


 だがある時、悪徳貴族の罠に掛かって借金漬けにされてしまったそうだ。どうもその貴族からの賄賂を拒んだことが原因だったみたいだ。


(やっぱ帝国貴族はゴミ屑だわ……)


 借金のカタに奥さんとお子さん二人を奴隷にされ、近日中にオークションで売り飛ばすと言われたらしい。


 そこで先祖代々のお宝を金に換えたのだが、それでも一人買い戻す額にも至らず、途方に暮れながら街を彷徨っていると、とある賭博場が目に映った。


 俺がいたメッセナー闘技場である。


 そこでテムは一か八かの大博打に打って出た。ベテラン選手と初出場選手との試合に賭けたのである。しかも最もオッズが高い“初出場選手が1分以内に相手を倒す”という、誰も賭けないような勝利条件に全財産を投入したのだ。


 そうでもしないと、とても期日中までに家族全員を買い戻すなど不可能だったからだ。


 運命の一戦が始まり、選手が入場した。ここでテムは初めて選手を生で見た訳だが、その時点で既に諦めていたらしい。相手はいかにも強そうな剣闘士だが、賭けた方の選手はあまりにも小柄で痩せこけている少年剣闘士であったからだ。


 つまり、俺のことね。


 だが、ここで奇跡の大番狂わせが起きた。俺が速攻で相手をぶちのめしたのだ。


 その奇跡を目の当たりにし、テムは感涙しながら叫んだ。


 その後、家族は売り飛ばされる寸前に無事買い戻す事に成功し、以来テムは家族たちと一緒に何度も闘技場へと足を運んでいた。恩人である俺を応援し続けてくれていたのだ。




 一方、女冒険者の方はトニアという名前らしい。


 トニアは田舎村出身で、都会に憧れてやって来て冒険者の道を選んだ。今まで農業の手伝いしかしてこなかったトニアには、都会ではまともな職に就けなかったのである。


 それでも彼女なりに必死に努力を重ね、なんとかDランクまで昇級できたところで悲劇が起こる。雇い主である貴族に夜の相手をさせられそうになり、トニアは逃げ出したのだ。


 以来、その貴族に目を付けられ、後はテムと似たような流れで借金を抱え、彼女自身が奴隷身分へと落とされてしまった。


(本当に帝国貴族は一度滅んでしまえ!)


 ただし、クレイン将軍は除く。


 性奴隷だけはなんとか回避したトニアであったが、そんな彼女は奴隷剣闘士としてメッセナー闘技場に連れて来られた。その時、彼女は死を覚悟したという。トニアは戦闘に関しては自信がなく、とてもではないが剣闘士としてやっていけそうになかったのだ。


 そんなトニアだが、ある日一縷の望みに全てを賭けた。


 こっそり隠し持っていた金貨1枚を、本日開催されるという試合に賭けようとしたのだ。この試合は八百長のようなもので、初出場の相手は間違いなく死ぬだろうと奴隷商人が上客相手にリークしていたのをトニアは盗み聞きしていたのだ。


 トニアは剣闘士として試合を見学したいと主人に偽り、特別に許可を貰い牢屋から出られた。そして、見張りの目を盗んでこっそり金貨1枚分を賭けたのだ。当然、そんな端金ではまともな賭け方をしても自分を買い戻せないので、テムと同じように俺の方へと賭けた。


 もう、これを外したら命を絶つ覚悟だったらしい。


 あとはラソーナ一家と似たような流れで、賭けに勝ったトニアはそれ以来、俺の事を崇拝し始めた。




「はぇ~。つまり、ケリーは二人の命の恩人というわけですの!」

「その通りでございます!」

「この救われた命、何時か貴方にお返ししたいと常日頃思っておりました!」

「命は返さなくて良いから!? あと、いちいち泣くな!」


 この二人、ちょっと怖い……



 初戦以降からは、流石の二人も全財産賭けるような真似は避けたらしいのだが、テムは毎回必ず俺の勝利に賭け続け、それで大金を手に入れたらしい。それはトニアも同じであった。


 俺が闘技場で無事100勝目を上げ引退した後、二人はそれぞれ別行動となった。


 テムは家族を連れて行商の旅に出た。


 このまま街に残っていたら、また貴族に狙われるかもしれないので、帝国の北部を目指したそうだ。帝国の北部は度々戦禍に見舞われる場所だが、その分商売のチャンスも多いらしい。何時か大商会を立ち上げて、俺への恩返しをするのが目標だったが、テムは肝心の俺の行方が分からずにいた。



 転機が訪れたのはブリック共和国が帝国へ攻めてきた時の事だ。


 当時、テムがよく利用していた販路であるクレシュプ街道も戦場になり、一家は足止めを喰らってしまったのだ。


 仕方なく、近くの町と軍の砦への商売に切り替えていたのだが、戦争は思ったより早く終結した。お陰で街道も通れるようになり、何時もの行商もすぐに行えるようになった。


 そこでテムは見たのだ。奴隷兵となっていた俺の姿を……


(あー、あの時ぺこぺこ頭を下げていた商人の家族、このおっちゃんたちかぁ……)


 俺の居場所を確認し、時を断たずに俺が“白獅子”を暗殺したという噂や、帝国から逃げ出したという噂、実は俺ではなく別の兵士が大将軍を討ち取ったという噂などが国内に流布したらしいが、テムはそれらの情報を一切信じなかった。


 双鬼であれば白獅子を正々堂々と討ち倒せるだろうと確信し、きっと嫉妬した帝国貴族が俺を追い出したのだと考えたそうだ。


 すぐに俺の後を追おうと家族一緒に帝国を抜け出たが、さすがに護衛無しでの外国旅は心細いので現地で冒険者を雇った。その冒険者が、どんな運命の悪戯かトニアであったのだ。


 ひょんなことから再会を果たしたラソーナ一家とトニアは、それ以降も俺の行方をずっと捜していたらしい。


 そして、遂に彼らは俺の元へと辿り着いた……というわけだ。



「ええ!? まさか……三年以上も探し回ったのか!?」

「ちょっと引きますの……」


 凄いを通り越して怖いんですけど!?


「貴方様のお助けになればと思い、僅かながらの物資をお持ちしました。どうぞお納めください」

「それは有難いんだけど……ん? お納めください? 買うんじゃなくて?」

「勿論! ケルニクス様にお金を頂くなんて……とんでもございません!」

「私が今まで稼いできた金貨……全てお受け取り下さい!」

「ひぃいいいい!? 怖い! 怖い! 怖い!」


 もうファンを通り越して狂信者である。これが異世界式投げ銭なのだろうか?


(なんか……受け取るの嫌だなぁ……)



 だが、そんな狂信者たちの献金は、決して無視できない金額であった。


「す、凄い……とんでもない額だ!」

「これだけで三ヶ月分の財政を賄えますぞ!?」


 テムたちラソーナ一家の隊商は馬車二台を保有していたが、その片方の荷台には全て金貨しか積まれていなかった。


「100戦全部、ケルニクス様の勝利に賭け続けましたからな!」


 つまりこいつ……ギャンブルで100勝したのか!?


 そりゃあ金貨の山にもなる訳だ。


「よく、盗賊に狙われなかったなぁ……」


 お世辞にも護衛であるトニアはとても強そうには見えなかった。彼女は今もDランク冒険者のままらしい。これではそこらの盗賊に襲われでもしたらイチコロだろうに……


「ケルニクス様に助けて頂いて以来、ずっと運気が上がりっぱなしなのです! 賊の類にはこれまで出会った事もありませんし、魔獣にも襲われませんでした! きっと神様が私たちをケルニクス様の元へと導いてくれたのでしょう!」

「あ、はい……」


 だんだん耐性がついてきたぞ。テムとトニアの話は適当に受け流そう。



 結局、二人に邪な気持ちは微塵もなく、財政難なのも事実だったので、そのお金は一部だけ有難く頂戴した。








 重すぎる二人の忠誠心から逃げるかのように、俺は久しぶりに武道場へと足を運んだ。ちょっと剣の鍛錬をしようと思ったのだ。


「前回のソーカとの決闘も【鋼糸陣こうしじん】のお陰で勝てたからな。あと三戦くらいは、この戦法で勝てるだろうな、クシシ……!」


 俺の師としての威厳を保つためにも、闘技二刀流護身術【鋼糸陣こうしじん】のやり方は、まだソーカにも秘密にしたままだ。ソーカもなんとか技を会得しようと頑張っているようだが、あの調子なら三カ月くらいは時間を稼げそうだ。


 師は弟子に勝つ為なら技を秘匿するものなのである。


(あれ? 師匠ってこんなだったかな?)



 師とは何ぞや……哲学的な事を考えながら武道場に踏み入ると、そこには偉そうに寝そべっているクーと、彼女の前で土下座しているセイシュウの姿があった。


「え? 何? 何事……?」


 セイシュウはクーに下げていた頭を起こすと、身体ごと俺へと向けて再び頭を下げた。


「どうか、このセイシュウに技を教えて頂きたい!」

「…………ええ!?」


 この場にはクー以外にもソーカとイブキもいた。兄が俺に土下座しているのを見て、イブキはこちらを睨みつけていた。


(兄妹で差が酷い!?)



 状況がいまいち飲み込めないので、セイシュウに話を伺った。




 日も経ち、セイシュウの身体もようやく完治した。


 鈍った身体を動かすべく鍛錬しようとしていた兄セイシュウに、妹のイブキがこんな事を言い出したらしい。


「それなら闘技二刀流とやらの武道場を利用しては如何でしょうか? 私もお相手します!」

「闘技二刀流……確かケルニクス殿が起こしたという新流派だったな……」


 セイシュウはケルニクスの扱う不思議な闘気の技に興味があった。出来ればその技を会得したいと願っていたのだ。


 それを知ったイブキが「そういえば、闘技二刀流の門下生になれば、技を教えてくれると奴は言っておりましたが……」と呟いた。


 それを聞いたセイシュウは武道場へ直行したのだが、そこには師範代と名乗るクーがいた。見た目はとても強そうに見えない少女だが、イブキを打ち負かしたあのソーカという二刀流剣士を差し置いて、なんと師範代筆頭という立場にある人物らしい。


 これは失礼があってはならないと、セイシュウは頭を下げて弟子入り志願したのだという。


「筆頭殿! ぜひ、私を闘技二刀流の門下生にして頂きたい!」

「うむ!」



 これが経緯である。




「こいつ……普段食っちゃ寝している癖に……!」


 いや、少し語弊があったか。


 これでもクーはステアのお世話係で日々忙しいのだ。俺と同じくようやく時間に空きが出たので、こうして武道場に訪れてだらけていたのだ。


「いやいや、わざわざ武道場まで来て寛いでるんじゃねえ! 自分の部屋で寛げよ!」

「この弟子、生真面目過ぎて私には荷が重い。ケリー師範が教えて」

「もう弟子入り許可してるし!? しかも師範代面しておいて、お前は教えないのかよ!?」


 マウント取るだけ取って弟子に何も教えないとは……なんて奴だ!


 そんな師がいるとは……世も末だ。


「師範殿! どうか私と妹に剣をお教えください!」

「さっさと教えろ!」

「だから兄と妹で温度差、激しくありません!?」


 イブキは未だ人質にしていた時のやり取りを根に持っているらしく、どうも俺に対しては当たりがきつい。


「師匠! そのあとは私と決闘してくださいね! 師範代筆頭に【鋼糸陣こうしじん】を教えてもらったんです!」

「なんだとー!? クーにはまだ一度しか見せてない技だぞ!?」

「三日で覚えた」


 この女、身体能力は低いし闘気の量も少ないというのに、闘気を扱う技術だけに関しては世界を狙えるレベルだ。


(天才か!? 俺もあの技を覚えるのに一週間は掛かったんだぞ!?)



 結局、師匠らしいことをしていないのは自分だけだと気付かされ、仕方なく俺はアマノ兄妹に基本技【風斬かざきり】から教えるのであった。

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