第53話 サンハーレ自治領

「くそ! とんだ誤算だ! 一体何なのだ、あの傭兵団は!」


 情報部によると、あの異様に強かった連中は“アンデッド”という、最近サンハーレで売り出し中の鉄級傭兵団だそうだ。


「鉄級!? あれで鉄級だと!? これだから傭兵ギルドの評価は信用ならんのだ!」


 傭兵ギルドは各傭兵たちの個人的力量などいちいちチェックせず、どの難度の依頼を幾つ達成したかで判断し、粛々とランクを定める傾向にある。


 金さえあれば依頼は幾らでも自作自演できる為、実力に乏しいものでも簡単に上位へランクイン出来る欠陥システムなのだ。金持ちの子飼い傭兵団などはそうやってランクを上げて箔を付ける者までいる始末。


 逆に真面目な傭兵はコツコツランクを上げていくので、低評価でも実力のある傭兵団は存在する。故に傭兵の階級などは、あまり当てにしてはならないというのは常識でもあった。


 だが、ここまでランクと実力が乖離している傭兵団は見たことがない。これに関しては情報部を責めるのも酷だろうが、大敗した以上誰かしらの責任追及は免れない。


 それは総指揮官を務めた元帥である私も同じ立場であった。



「……軍の三割を失っての敗走。しかもA級の神術士と闘気使いを失ってしまった。もはや降格は避けられんだろうな」

「ベルモント元帥……」


 別に責任を取るのも私の仕事なのだから、それは構わない。


 だが果たして私の後任は、サンハーレ軍を打ち破れるのかが気掛かりだ。


「もはや帝国も信用ならん。もたもたしていたらサンハーレ領も連中に掠め盗られてしまう!」

「南部の国も怪しい動きを見せているようですしね……」


 ゴルドア帝国は北部の港町を、我々は南のサンハーレを占領する事で既に合意されていた。だが連中は隙を見せればサンハーレどころか、イデールにすら攻め入ることだろう。なんせ50年以上前には互いに戦争していた間柄だ。帝国は決して気を許していい相手ではない。


 それと南にあるリューン王国の動向も気に掛かる。あそこは大艦隊を有しているので、海から一気にサンハーレを奪取することも想定されるのだ。海戦ではさすがに我が国は勝ち目がない。


「……とにかく、今はトライセン砦まで引き返すぞ。本国に状況を伝え、一刻も早く増援を要請する」

「ハッ!」


 その要請が通ったとしても、私はよくて本国送りか、最悪大敗北の責を問われ幽閉されるかもしれないな。



 私は再び踏み入れることのないだろうティスペルの地をその眼に焼き付けた。








 ネスケラのドローンによる偵察だと、イデール軍は隣領ソーホンを通過し、王国最南部のトライセン領まで引き返したそうだ。


「ソーホンは小さい町しかありませんので、軍を布陣するには不向きなのでしょうな」

「しかし、これでようやく時間が作れましたね」

「ええ、やることが多過ぎで大変ですの!」


 こちとら小鬼騒動から始まり領主へのクーデター、そしてそのまま戦争に突入となったのだ。次の戦の準備どころか、まだその前の事後処理すら終えていなかった。



 まずステアと彼女を補佐する役人たちが取り掛かったのは、サンハーレ卿に対する処遇についてだ。


 奴をどう処罰して、誰がこの町を治めるのか、そこをハッキリ示さない事には下々の者も思い切った行動が取れないというのだ。



「サンハーレ卿の処刑は難しいですの?」

「はい。現状の法律では不可能でしょう」


 ステアの問いに執事長は残念そうに答えた。


「貴族を罰せられるのは貴族だけです。いくら貴族が罪を犯したからと言って、我々平民が勝手に処刑するなど、言語道断な事なのです」

「それじゃあ、どうすれば宜しいのですの?」

「平時であれば、王政府にお伺いを立てるか、子爵の寄り親である伯爵家に判断を仰ぐべきなのですが……」


 今はどこも戦時中でそれどころではない。


 シノビ集の情報によると、既に西のゴルドア帝国はティスペルの王都へ向けて進軍しているようだ。王都の西側にある幾つかの街も既に陥落済みである。


 サンハーレ卿の寄親である伯爵家も王都近郊の領地であるが、既にその領都も占領されたとの報せが入って来た。


 北部から侵攻してきたグゥの国と裏切り者であるコスカス領も交戦中で、北は今のところ均衡している様子だ。


 南はサンハーレ軍が勝利しイデール軍が下がってことで、目下の脅威は西側となる。



「それでは、今の状況ではサンハーレ卿は拘留したままですの?」


 それでは町民が納得しないだろうとステアが尋ねるも、執事長ヴァイセルは首を横に振った。


「……いえ、一つだけ方法がございます。ステア様が新たな領主としてお立ちになられれば、問題無いかと……」


 執事長の発言にギョッとしたのは他の役人たちだ。


「お待ちください! 確かにステア嬢には知見もあり、お仲間の実力も優れております。領主たる素質も十分にあるのでしょう。ですが、勝手に平民を領主に祀り上げるなど……最悪、王への謀反と捉えられかねませんよ!?」


 他の国ではどうだか知らないが、ここティスペル王国では王にのみ爵位を下賜する権利がある。王の許可無しに貴族を名乗ったり領主に就く行為は、それだけで不敬罪に相当するのだ。


 だが、それは執事長も重々承知の上での発言であった。


「ええ、ですからこう言っているのです。ティスペル王国から離脱を表明し、ステア様を王とした、新たな国を興そうと……」

「ば、馬鹿な……!?」

「なんと恐れ多い事を……!」


 王族に対する反逆行為は、一族連座での極刑とも成り得る。


 この国では王や貴族が法であり、同時に象徴でもある。平民が「あの王様、ロバの耳なんだぜ?」と軽口叩いただけでも「うん、お前ら一族全員、死刑!」となっても不思議ではないのだ。


 役人たちの顔色がみるみる蒼褪めていくが、反対に執事長の顔は涼しげだ。


「よく考えてみてください。このまま手をこまねいていても、どの道ティスペル王国は滅びますぞ。新たな領主も決められず、もたもたしていては、いずれ我々もその道ずれとなるでしょう」

「執事長のおっしゃりたい事は分かりますが……いくらなんでも国を興すというのは……」

「さすがにステア嬢には荷が重いでしょう?」

「ステア代行はどう思われております?」

「…………」


 彼女が王族であると知っている者はまだ少ない。ステアはこの先どう生きるのかの選択を迫られていた。


(どういった道を歩もうと、俺はステアを支えていく!)


 もうステアとは依頼主と雇われの間柄でも、傭兵仲間でもない。家族の一員なのだ。皆は俺をリーダーだと持ち上げてくれるが、彼女の存在無くして俺たちアンデッドやエビス商会、孤児院は成立しない。彼女こそが俺たちの御旗なのだ。


「分かりましたわ。わたくし、アリステア・ミル・シドーが王として立ちましょう! 新たな王国の設立を宣言しますの!」

「「「おおおおっ!?」」」


 ステアの素性を知る者は彼女の言葉に歓喜し――――


「え? シドー……?」

「アリステア殿? ステア殿ではなかったのか!?」


 ――――事情を知らない者は戸惑っていた。




 それから数日後、まずは領民たちにステアの素性とティスペル王国への決別を正式に表明した。



「おい、聞いたか!? あの新領主様の話!」

「ああ、なんでも異国のお姫様だって?」

「ティスペル王国から離脱って……我々はこれからどうなるんだい?」

「まぁ、王都も陥落寸前って話だし……、別にいいんじゃねえか?」




 そして更に翌日、正式に新領主となったステアの命で、サンハーレ卿とそれに与した者たちの処刑が執り行われた。場所は町の広場で一般公開された。


「これも統治には必要な事ですぞ」

「……ですの」


 元王族であるステアも当然その辺りは弁えているのだが、自らの指示で処刑を執行するとなると、やはり気が咎めるようだ。


「嫌だー!! 死にたくないー!! 私は貴族だぞー! こんな真似――――っ!」


 それがサンハーレ卿の最期の言葉となった。


 子爵の他にも主犯格であった冒険者ギルド副支部長、海兵隊領兵長、同分隊長二名、ゴセア商会会長、教会の神父に漁業組合会長も順に断頭台送りとなった。


 その他にも、主犯格メンバーに命令されて悪事に加担していた者は拘留所送りか奴隷身分へと落とされた。


「今回の一件は全て罪の有る者のみに罰せられ、一族への連座は適用しないですの! 罪のない家族への迫害や中傷行為は取り締まりの対象ですの!」


 この国ではかなり甘い措置であり、犯罪者の家族に不満を持つ領民もいたが、半数はステアの方針に賛同した。


 ただし、さすがにサンハーレ元子爵家の家族を放置するのは危険なので、彼らは領地から追放処分となった。これも本来であれば一族処刑が妥当ではあるのだが、それをステアは嫌がったのだ。


「家族の罪に親や子、兄弟は関係ないですの……」


 それは自身の境遇故なのか、ステアは執事長の説得にも応じず、こういった処置となった。俺はステアの考えを支持したいと思う。



 暗い話はここまでで、これからの事である。



 まずは領主となったステアが正式にサンハーレ領の独立を宣言した。領地はまだ港町一つと、国家を名乗るにはあまりにも烏滸がましい規模なので、サンハーレ自治領と名を変えたのだ。


 ステアは王ではなく、ただの領主としてスタートを切る。将来的には国として興すつもりだが、まずはサンハーレをより良い領地に発展させるのが目的だ。



 心配されていた食糧問題だが、ステアの神業スキル【等価交換】で大体は解決できた。海上の警備を向上させる為、ネスケラから要望のあった船も三隻購入した。


 購入したのは中古のプレジャーボートである。時速は約20ノットで定員十人乗りのボートだ。小型船ではあるが、操縦性にスピードが共に段違いである。


 何より人員を割いて漕がずとも、たった一人で船を操縦できることに誰しもが驚いていた。


「これは……一体どうやって動いているんだ……?」

「まさかリューン王国やユーラニア共和国で開発されたという、魔導船ですか!?」

「すげえ!! こいつがあれば、ネーレスの海賊にも負けねえぜ!!」


 この度、二階級特進した海軍のゾッカ大隊長も大はしゃぎである。



 領兵隊や海兵隊も名称を改め、サンハーレ陸軍、サンハーレ海軍と呼称されるようになった。オスカー領兵長は陸軍大隊長となり、更にその上に軍団長として俺が就任した。


 傭兵団アンデッドもそのまま俺直属の傭兵部隊として残したままだ。また、アマノ家一族も騎馬隊や情報部として俺の直属部隊に組み込まれた。


「うーん、俺に権力集中し過ぎじゃないの?」

「それだけ信頼しているのですわ!」


 そう言われると断り辛い。ま、あればあるだけいいか。使われる側よりも、使う側の方が良い気に決まっている。


 長い奴隷生活で無理やり戦わされた俺はそう学んだのだ。



 ネスケラによる改造水鉄砲や、その他現代兵器も着々と整いつつある。


 だが、全てが順風満帆とはいかなかった。



「……やはり、金貨の減少は避けられそうにありませんな」

「ですの……」


 ステアの【等価交換】は何かを生み出すのに同等の魔力量か硬貨が必要になる。ステアの魔力量はニグ爺の指導により日に日に増え続けているが、それでもこの物量を支え切れるには至らず、どうしても大量の金貨を消費し続けてしまうのだ。


 それで何が起こったかというと、前にイートンが指摘したとおり、硬貨不足に陥ってしまったのだ。


 ステアの統治を補佐する事の多い執事長ヴァイセルには、既に彼女のスキルについて説明してある。その執事長が渋い表情でこう告げた。


「もうこれ以上硬貨を減らす事は出来ません。スキルでの購入は魔力のみにして、一旦は使用をお控えください」

「仕方ありませんわね……」


 元々彼女のスキルだけで領民の食糧事情を賄おうとするのが無茶だったのだ。ステアのお陰で当面は食糧も持ちそうだが、今後の事を考えると早急に何かしらの対策を講じた方がいいと執事長が指摘した。


 相変わらず海外からの交易船は途絶えたままである。やはり我が港は安全面に問題有りだとみなされたようで交易を止められたのだ。


 これでは港の持ち腐れであった。


「他の国とは交易できないのか?」


 俺も頑張って政治に口を出すのだが……


「今までの交易相手であったバネツェ王国以外だと、どこも難しいでしょうな」

「じゃあ、ここの国は?」


 地図を見ながら俺は尋ねた。


「リューン王国は野心的な国です。潜在的な敵性国家ですし、ここの海域には海賊も出ます」

「じゃあ、このネーレス首長国って所は?」

「ここが海賊どもの元締めですな」

「ええ……じゃあ、ここの国は?」

「ジオランド農業国はリューンの傀儡です。無理ですな」

「じゃぁ、ここ……」

「そこは戦争相手のグゥの国でしょう!? 無理に決まってます!」

「ぐぬぬぬぬ…………!」


 俺は口を出すのを諦めた。


(執事長、きらい)



 こんな感じで海運での交易は一旦保留となった。


 しかし、捨てる神あれば拾う神もあり、なんとこんな情勢下にも関わらず、交易で訪れた行商人が現れたのだ。


 それは家族四人と雇われ冒険者一人の、たった五人で構成された小さな隊商であった。彼らは馬車を二台引き連れて、この港町に訪れて来たらしい。


 規模は小さくても今は大事なお客様である。俺たちは彼らを手厚く迎い入れようと足を運んだのだが……


「おお! “双鬼”様!! ようやくお会いできました!!」

「ケルニクス様、お久しぶりでございます!!」


「…………誰?」


 名も顔も知らぬ中年商人と女性冒険者が、何故か俺に頭を下げて跪いた。


 異世界風の新手詐欺だろうか?

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