第52話 イデール軍の砲兵部隊

 厄介な騎馬隊を退けた俺たちは再び前進し始めた。丘の頂上までもうすぐだ。そこを超えれば一次目標である敵砲兵部隊を視界に捉えることができるだろう。


「しかし、相変わらず妙な技を使うな。さっきの遠距離からの斬撃は一体何だ?」


 俺の【風斬かざきり】を見たイブキが尋ねてきた。こんな時に呑気な奴だ。


「俺の必殺技だ。悪いがそれ以上は教えられないね。だが“闘技二刀流剣術”の門下生として俺に教えを乞うのなら、教えてやらんでも――」

「――じゃ、いい」

「…………そうですか」


 勧誘失敗で俺はしょげた。


『——ケリー! 相手も丘向こうで待ち構えているよ! 開幕から神術……だっけ? 魔法が飛んでくるだろうから気を付けてね! あ、ネスケラちゃん情報でしたー!』


 その文言、いちいち要るの?


「ネス公曰く、この先に連中が待ち構えているらしい! 神術が沢山飛んでくるだろうから、散って避けながら接近するぞ!」

「おうよ!」

「アンタたちは後ろから付いて来な!」

「「「へいっ!」」」


 何だかんだと部下の面倒見がいいシェラミーの姉御であった。




 いよいよ丘を越えると、その先の低地には凄まじい数の歩兵に弓士、それと神術士の混成部隊が待ち構えていた。


「散開!!」

「砲撃、開始ぃ!!」


 俺の指示で仲間たちが左右に散るのと同時に、轟音と衝撃波が響き渡った。さっそく初手から神術の爆撃弾を撃ち込まれた。辺りの草原は一瞬に火の海となった。


「あちちっ! くそぉ、自然は大切にしろよな!」

「くっ! 思った以上の火力だぞ!」

「こいつは恐らく火属性の【爆炎】――最上級の攻性神術だねぇ」


 最上級の術を放てる使い手となると、推定A級の神術士が紛れているのは確実か。


「最上級神術なら連射ができないし燃費もかなり悪い筈……今がチャンスだぞ!」


 意外にも神術に詳しいイブキが教えてくれた。


(そういえば、無属性だけどこいつも神術使うんだったな)


 俺は、イブキが神術による衝撃波を生み出しながらソーカとほぼ互角に戦っていた時の事を思い出した。


「そうと決まれば突撃だよぉ!」


 男勝りな性格のシェラミーは勇敢にも先陣を切って飛び出した。


(アンタ、基本何時でも突撃だろが!?)


 シェラミーのすぐ後をソーカも追った。うちの狂戦士組が真っ先に敵部隊へと向かって行く。


「俺たちもぼーっとしてらんねえな!」

「先に行くぞ!」


 エドガーとイブキも突撃を開始した。


「私はこの丘の上から援護射撃するわ!」

「宜しくな、フェル!」


 フェルはそれでいい。ここに彼女一人置いて行くのは心配だが、まあ近接戦闘もそれなりに熟すそうだから問題ないだろう。


 少し遅れながら、俺も丘を下り始めた。


 先程から矢がひっきりなしに飛んできているが、この距離であれば俺たち闘気使いにとっては豆粒を投げつけられているようなものだ。当たっても痛くないし余裕で避けられる。


 ただし神術だけはそうはいかない。火の弾や氷の槍、それに閃光弾なども撃ち込まれて来るのだ。


 ほとんどが初級の神術で大した威力も無いが、稀に上級レベルのとんでもない神術弾が混じって飛んでくるので油断がならない。


「うぉ!? すっげー威力……!」


 俺には威力の違いが見分けられない為、その全てを避けるなり迎撃していくしかない。種類にもよるが、神術は事前に闘気を当てるとその場で誘爆してくれたりもする。


 爆撃弾らしきものは俺の省エネ【風斬り】を遠くから当てて、近づく前に爆発させた。ただ誘爆させるだけなら威力は不要なのだ。


 ソーカも俺と似たような対処法を取っていたが、そもそも彼女は足が速く、ほとんどの弾を避けていた。ソーカは既に敵の布陣まで迫って暴れ始めた。護衛に付いている僅かな兵士たちが必死になって食い止めていたが、前衛の質はあまり高くないようだ。


 遅まきながら俺も接近に成功して戦闘を開始する。


 ただしこの距離まで近づくと、今までは余裕だった弓士の存在が馬鹿にならなくなってくる。前衛を務める兵士の合間から時折、闘気の籠められた矢が飛んでくるのだ。それを躱したり防ぎながら前衛の兵士を削っていくので多少手古摺った。


「くっ! 速すぎる!?」

「こいつら……全員A級並の闘気使いだぞ!?」

「援軍を! 誰か援軍を――ぐわっ!?」


 俺たち“不滅の勇士団アンデッド”はあっという間に相手の守りを崩し、今度は少し離れた場所からこちらへ射撃していた砲兵に狙いを定めた。


「くそー! 速すぎて捉えられねぇ!」

「いちいち狙うな! どうせ当たらん!」

「とにかく数撃って弾幕を張れ!」


 敵にも頭の回る奴がいたようだ。下手に狙うよりそちらの方が俺たちも避けにくい。地面にも撃ち込むものだから、土埃が舞ってこちらの視界が塞がれてしまう。


(やべっ! これは避けづらい……!)


 まだ矢なら問題無いのだ。闘気を察知して避けられるから。


 問題は神術の方だ。俺は魔力を感知するのが苦手なのである。結果、いくつかの神術弾を受けてしまった。


「ぐっ!?」


 足に深刻なダメージを負ってしまった。よりにもよって上級レベルと思われる氷の太い槍を太ももに受けてしまった。ここで機動力を失ったのは最悪だ。


「ハッ!」


 ソーカの気合の入った声が木霊した。すると周囲の土埃は一気に吹き飛んだ。おそらくソーカが風の神術を発動させたのだろう。


 視界が晴れて仲間たちの状況を確認し合う。全員無事だったが何人か手痛い傷を負っていた。エドガーにシェラミーもかなり被弾しているが、足を負傷したのは俺だけのようだ。


 仲間の安否を確認し終えた直後、凄まじい圧を奥の方から感じた。


「これは……魔力、なのか?」


 魔力に対して鈍感な俺でもハッキリ感じるレベルの濃厚な気配だ。間違いなくさっきの最上級神術【爆炎】とやらを撃ち込むつもりなのだろう。


 この場にはまだ、向こうの味方も残っているのだが……


(まさか、味方も巻き込む気か!?)


 戦争なのだから当然なのだろうが、あちらも相当必死なようだ。


「不味い、散れ!」

「ケリー!?」

「師匠!!」


 俺が動けないと知ってかエドガーとソーカが駆け寄ろうとするも、そんな二人を俺は制止した。


「よせ! この場から離れろ! こっちは何とかする!」


 爆発するタイプなら直前で叩き斬ればいいわけだろ? イージー、イージー!


 いよいよ相手の神術士から超特大の神術弾が撃ち込まれた。俺は【風斬り】でそれを誘爆させようと試みたのだが、そうはさせまいと他の敵兵からも、しこたま細かい神術弾を撃ち込まれてしまった。


「なに!?」


 どうやら誘爆に際しての対処もキッチリ行われているようだ。細かい神術弾が邪魔をして本命のそれを撃ち落とせない。


 そんな状況で、俺の背後から高速の矢が横をかすめ通った。


 フェルの矢だ。彼女はいつの間にか闘気の通る射程ギリギリまで近づいていたようだ。


 その矢は爆撃を阻止せんと【爆炎】に迫ったのだが――――


「ふん!」


 相手にもまだ凄腕闘気使いが護衛に残っていたらしく、なんと投げ槍でフェルの矢を迎撃してみせたのだ。なんという神技だろうか。


 ここまで僅か数秒の出来事だ。


(あ……無理だ)


 どうやらあの特大神術弾は、どうあっても俺に直撃する運命らしい。


 そう判断した俺は、とっとと思考を切り替え、避けるのではなく耐えることにした。


(実戦初お披露目だが……上手くいけよ!)


 盾の類を持っていない俺は、代わりに上着のコートを脱いでそれを全面に広げた。その上着の陰に身体を縮めて無理やり覆い隠す。


 その刹那、周囲を鼓膜が破れそうな爆音が響いた。








 最上級の神術【爆炎】の爆心地は真っ黒に焦げていた。その容赦のない攻撃は周囲の味方まで巻き込み、そこにいた者は敵味方関係なく死んだことだろう。


「ぐっ! 仕方なかったのだ……! あれ以上、連中を野放しにする訳には……!」


 国の最高位神術士である私には責任があった。


 何としても生き延び、祖国の為に貢献し続ける責任だ。その為の護衛が、私の前で戦って散っていった仲間たちだ。彼らは命を賭してでも私を守る使命を担っていた。国にとって貴重な神術士を失わない為である。


「くそっ! かなりの数に避けられたな。まだ生き残りがいるとは……!」


 敵もやるようで、ほとんどの者が爆心地から逃れていた。


「ええ、ですがご安心を。多少は被弾したのか、連中もかなり消耗しております。それであれば、あとは私の槍で仕留めてみせましょう!」

「おお、頼もしいな!」


 彼はA級の闘気使いで、イデール独立国随一の槍使いでもある。彼が専属の護衛として傍に居るお陰で、私も安心して大規模な神術が放てるのだ。


「奥にいる弓士が厄介だが、直撃を受けた黒髪の闘気使いは確実に始末できた。これで…………」


 …………その先の言葉が出てこなかった。


 白煙を上げていた爆発の中心地点がようやく見えるようになり、そこには何時も通り黒焦げの死体が転がっているだけだと思い込んでいたが…………何故か、その者だけの身体は綺麗に残っていた。


 しかもそいつは、ゆっくりと立ち上がってくるではないか!


「……おかしいな。私は夢でも見ているのだろうか?」

「…………いえ。驚く事に……奴はまだ生きているようですな……」


 槍使いの護衛が最大限の警戒をしながら、白煙を上げている黒髪の青年へと迫った。


「だが、もう虫の息だろう! 今、楽にして――」

「――槍使いは……大嫌いなんだよぉ!!」


 青年が随分離れた場所から剣を振るったと思ったら、まだ槍の間合いにも届いていない筈の護衛の首が跳ね落ちた。


「…………は?」


 首を失ったイデール国随一の槍使いは、そのまま地面にパタリと倒れ込んだ。


「な……な……何ぃいいいい!?」


 私が呆けていた間に、生き残った敵の闘気使いたちが一斉に我々へと襲い掛かって来た。


(こ、こうしてはいられない! すぐに次弾を……!)


 さすがにもう大玉は撃てない。今はとにかく素早く反撃しなければと手を前に差し出した瞬間、目の前に矢が飛んできて――――


「――――っ!?」


 私の意識はそこで途絶えた。








 なかなか強そうな槍使いを、残された全闘気を籠めて放った【風斬り】で討ち取った俺は、息を切らしながら周囲の状況を確認した。


 どうやらみんな無事だった様で、厄介な神術士も最後はフェルの矢で仕留めたようだ。


(あいつ、美味しいところを持っていったなぁ……イタタ!?)


 そこでようやく俺は自身の状態へと意識を向けた。


 全身が良い感じに焦げ臭く、弱火であぶられ続けたような感触だ。よく見たらズボンの裾が燃えたままだったので、俺は慌てて土を掛けて消火した。


 盾として使ったコートもボロボロだ。予想はしていたが結構ギリギリの強度だったみたいだ。


「でも、上手くいったな。闘技二刀流護身術【鋼糸陣こうしじん】」


 俺の新技である。



 傭兵たちの武装は様々だが、大抵の者は頑丈な魔獣の皮などを鞣して作られたジャケットなど、動きやすい軽装を好む。魔獣製の防具はどれも高級品だが、その分耐久性能が抜群だし比較的軽い。エドガーが自身の装備を俺に見せびらかして、そう自慢していたのだ。


 俺個人にはそんな防具を購入する金も無いので、ステアにお願いして日本製のグレーのコートを購入した。防御一切無視のファッション重視である。


 こら、そこ! ファッションセンス無いって言わないで!


 ただ、身体が売りの傭兵稼業で防御を疎かにするのは、プロとして如何なものだろうかと思い始めた。そこで、まずはこのコートが何の素材で出来ているのかステアを通して確認してみたのだが……



「メルトン生地? なんだそりゃ?」

「繊維を圧縮して……とか、保温性が高い……とか、説明欄にそう書いてありますの」


 よく分からんが、要は繊維が凝縮している代物らしい。ふーん……


「ふむ……繊維か。こいつの一本一本に闘気を籠めると、どうなるんだ?」


 ふと、脈絡もなくそんな事を思いついた。


 結果は大成功、かなり燃費が悪いが、服として全体に闘気を籠めるのではなく、繊維の一本一本を意識してその全てに闘気を張り巡らせる。かなり神経も使う大技だが、これにより防御力が瞬間的に激増したのだ。


「くっくっく、これで今度の弟子ソーカとの勝負も頂いたな!」

「ですの!」




 という経緯があって開発されたのが、新技【鋼糸陣こうしじん】である。


 糸の一本一本まで鋼の強度に変える防御術は、ただのアパレル製品が最上級の神術にすら耐えるようになった。さすがに熱量までは全て防ぎきれなかったようで、多少こんがり焼けてしまったが、同時に身体の方も強化しておいて助かった。これがなかったら確実に焼死していただろう。


「ふぅ、最後の槍使いも油断してくれて助かった。首の防御が疎かだったからな」

「あんな状態で不可視の斬撃が飛んでくるなんて、誰だって思いませんよ」


 ソーカが呆れたように語り掛けてきた。


「それで? さっきのって、闘気を使った防御術ですよね? 教えてくださいよ!」

「うぅ……嫌だ!」

「そんな事言わずに!」

「やだ!」


 この新技で次の勝負も勝って、俺は弟子にマウントを取り続けるんだ!


「こら、そこ! まだ戦争中よ!!」


 何時の間にか近づいて来ていたフェルに二人して怒られてしまった。




 しかしこの後、攻撃の要である砲撃部隊を失ったイデール軍はあっさり敗走するのであった。








 イデール軍を撃退した俺たちがサンハーレに凱旋すると、町の人々は戦勝気分で浮かれていた。


「すげぇ……! 本当に勝っちまった……!」

「相手は10倍じゃあ利かない戦力がいたって話だよな!?」

「英雄“双鬼“と兵士たちに乾杯!!」

「サンハーレに栄光あれ!!」


 戦勝記念と称して行政府から町の人々に酒が振舞われていた。どうやら執事長の計らのようだ。この機に一気に町の士気を高め、ついでに志願兵を増やす算段らしい。


 戦争なので、当然少なからずの戦死者も出ていた。相手との戦力差を考えたら奇跡的な生還率らしいが、それでも死んだ者たちがいるのは事実である。



「わたくしの政策で……人が死んだのですわね」

「俺たちの……だ」


 俺とステアは兵士たちの遺体が安置されている場所で黙とうを捧げた。


(アンタたちの死は決して無駄にはしない。あの世から、命を張って良かったと思えるような、そんな明るい未来を掴み取って見せる……!)




 それから一週間後、ステアは自らの正体を領民たちに明かした。

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