第51話 サンハーレ防衛戦

「ベルモント元帥! 敵が進軍を開始しました!」


 サンハーレの連中が動き出したようだ。ティスペルの民にしては、この兵力差を前に臆さず攻めてきたことを誉めてやろう。町中に籠られれば、民間人に要らぬ被害が出るので、こちらとしても有難い。


「よし! 我らも進むぞ! 前衛の歩兵隊を前進させよ!」

「前衛、前進!!」


 私の命令を副官が大声で伝令し、ゆっくりと前衛の兵士たちが進軍を開始する。前衛の兵たちは全身甲冑で武装しており、よほどの闘気使いでなければ切り崩せないほどの防御力が備わっていた。


 一方、相手の歩兵でフル装備なのはごく少数だけのようで、先陣を切る敵兵のほとんどが軽装であった。


「ふん、領兵団如きとは装備のレベルが違うのだ。後方騎馬隊と砲撃部隊も動けるようにしておけよ! そろそろ射程に入るぞー!」

「後方各部隊、前に続け! 射撃、準備せよ!」


 戦に奇抜な戦術など不要である。相手より多くの兵と武装を準備し、シンプルに攻めて打ち倒す。これが最も確実で効率的な戦い方というものだ。


「さぁ、せいぜい抗ってみるがいい!」


 いよいよ、最前列の兵士同士が衝突した。


 結果は――――味方の兵士たちが次々と吹き飛ばされていった。



「な……何ぃ!?」

「なんだ、あの連中は……!?」


 半数以上はしっかり敵を押しとどめているのだが、一部傭兵団と思われる敵部隊や見慣れない武装の集団が、右翼側の兵士たちを軽々となぎ倒していった。信じられないことに、敵兵の中には鉄の鎧ごと叩き斬っている者も何人かいるようだ。


「くっ! かなりの闘気使いだな!」

「しかも、結構な手練れの数です! まさか連中……“石持ち”の傭兵団でも雇ったのか!?」


 傭兵など所詮、山賊崩れの連中ばかりだが、金級上位辺りからは侮れない戦力となる。


 そして極めつけに強力なのが、“石持ち”と呼称される傭兵団たちだ。彼らは金級上位以上、ランク外の特級戦闘集団だ。一度ひとたび戦場にその姿を見せると、あっという間に形勢をひっくり返すほどの、超危険な傭兵団だ。


 当然、我々イデール軍司令部も“石持ち”の動向には常に目を光らせていたが、ティスペル王国が雇ったという情報は今のところ届けられていなかった。最も高いランクで銀級中位の傭兵団くらいしか雇われていないと調査書には書かれていたのだ。


「くそ! 情報部の連中め……この前から全く当てにならんぞ!」

「どうします? さすがに全軍が押し込まれることはないですが、結構な被害が出ております」

「……やむを得ん。中央からも援護に向かわせろ。右翼側を突破されるわけにはいかんしな」


 右翼部隊の後ろには神術士や弓兵で構成された砲撃部隊が控えていた。殲滅力に特化した砲撃部隊だが、その分近接戦闘には滅法弱い。あの厄介な闘気使いどもを神術の砲弾で纏めて吹き飛ばしてやりたいが、今は味方に近すぎるので下手には撃てないのだ。


(くそ! 一当たりなどと言わず、さっさと爆撃してしまえば良かったか!)


 早期に神術部隊を運用するのは、相手に虎の子の位置を教えるような行為なので、あまりセオリーではない戦法だが、人数差に楽観視して真っ向勝負を挑んだのが仇となったらしい。


「まあいい! 多少の実力があっても、この数の差は埋められんよ! それに他の前衛たちはこちらが勝って……いる……はああっ!?」


 よく見ると、他の場所も僅かにだが押され始めてきている。こちらはフル装備の歩兵部隊であちらは貧相な武装だと言うのに、一体どうしたというのだ!?


 すぐさま望遠鏡で観測してみると、我が兵士たちが何やら顔を押さえて悶え苦しんでいた。その隙に敵兵たちが次々とこちらの兵士にとどめを刺していく光景があちらこちらで繰り広げられていた。


「何をされたのだ!? 目に砂でも掛けられたのか!?」

「いえ……それくらいで動じるような訓練はさせていない筈ですが……」


 よく見ると、相手は何やらカラフルな道具から霧状のものを噴出していた。それを顔面に受けた者たちが次々に悲鳴を上げていた。鎧は通常、視界を確保する為に目の部分には多少の隙間が設けられている。隙間は小さいので剣は通さないが、さすがに液体や霧状のものまでは防げない。


「くぅ、奇妙なモノを使いおってぇ……!」

「閣下! このままでは被害が大きくなります! 砲撃部隊を動かして側面に向かわせましょう。爆撃は無理でも、横からなら味方を撃たずに神術弾の射線が通ります!」


 そうであった。呑気に見学している場合などではなかった。


「む、そうだな! まずはあの闘気使いどもを早急に仕留める必要がある! 砲撃部隊を更に右へと移動させろ! 丘を利用して死角から右へと回り、敵主力部隊に神術弾をお見舞いしてやるのだ! 砲撃部隊の護衛には後詰の部隊を当てさせろ!」

「はっ! 砲撃部隊、右へ移動せよ! 敵最前線に神術弾、打ち込み用意! 後方予備戦力部隊、砲撃部隊の援護に回れ!」


 これで厄介者を殲滅できるだろう。


 そう思っていたのだが、闘気使い集団の一部に変化が見られた。その傭兵団と思われる敵集団が移動させたばかりの砲撃部隊の方向へと進み始めたのだ。


「なに!? やつら……こちらの砲撃部隊を狙っているのか!?」

「まさか! どうやって、こんな早くに位置の捕捉を……!?」


 この辺りはやや丘陵で、お互いの立ち位置的にも、相手が砲撃部隊を目視できる筈がなかった。神術などの索敵で捕捉できるほど距離も近くはない。一体どうやってこちらの位置を正確に、しかも即座に把握できているのかが謎であった。


「ちぃ! 待機していた騎馬隊も回せ! 中央で手の空いている歩兵隊もだ! なんとしても、奴らを砲撃部隊に近づけさせるなよ!」

「はっ!」


 こんなことなら分厚い陣営の奥に待機させたままにするべきであった。


 こちらの作戦が悉く裏目に出ている。一体敵の指揮官は、どの辺りまで私の作戦を予測しているのだろうか?








 両軍互いに相手へと突撃し、最前線にいる俺たち“不滅の勇士団アンデッド”はフル装備のイデール兵部隊と戦闘を開始した。


「くらえ! 闘気盛り盛りアターック!!」

「ぐへぇ!?」


 ただ闘気を全身に纏って体当たりしただけの攻撃だが、自分の倍以上の体重がありそうなフルプレートの兵士が吹っ飛んでいった。エドガーたちも似たようなことをしていた。


「へっ! この辺りには大したパワーの奴はいねえぜ!」


 自信満々に語ったのは、エドガーと決闘したアマノ家家臣のハゲ……ハラキチである。彼は闘気もさることながら、元々の腕力も相当あり、巨大な太刀で兵士たちを次々に吹き飛ばしていた。


 一方、アマノ家家臣団を率いているゴンゾウは、鋭い斬撃で鎧ごと叩き斬っていた。他の名も知らぬ家臣たちも防御の薄い関節部を刀で的確に狙って斬り飛ばしていた。


(すっげー。薄い刀なのに、よく折れないなぁ……)


 アマノ家の連中はどいつもこいつも良い武器と腕を持っていた。


「ハン! やっぱり俺の方が力は上のようだなぁ。見ろ! 雑草ハゲ! お前より遠くに吹き飛ばしてんぞ!」


 エドガーも負けじと兵士たちをぽんぽん飛ばしていた。


「なんだとぉ!? テメエの相手が軽かっただけだろ! ほら、こっちも遠くまで飛ばしたぞ! つるっぱげ!」

「嘘つけ! 俺の方が僅かに遠かった!!」

「俺の方が遠い!!」


「あのぉ……そういう競技じゃないんですけど……」


 思わずツッコんだソーカは、分厚い鎧ごと断ち切る程の膂力は無いので、防御の薄い箇所を丁寧に攻撃して敵兵を倒し続けていた。まだまだ余裕そうだ。


「おーい、ケリー指揮官殿ぉ! 雑魚ばかりでつまらないよ! もっとマシな相手はいないのかい?」


 戦闘狂のシェラミーが既にしびれを切らしていた。ただし、つまらないと言いながらも彼女は笑いながらイデール兵をどんどん斬り伏せていた。


 うーん、サイコパスぅ……


「俺に言われてもなぁ。それよりさっさとこの先に進んで、砲撃部隊を殲滅するぞ!」


 俺たち歩兵にとって一番怖いのが、遠くから攻性神術でバカスカ撃ち込まれる事だ。相手の兵士たちに近づいていれば爆撃まではされないだろうが、何時敵指揮官の気が変わって相手ごと砲撃されるか分かったものではない。


「うぎゃああああ!? 目がああああっ!?」


 突如、兜の前面を押さえながら悲痛な叫び声を上げる敵兵士が現れ始めた。


「む、いよいよ秘密兵器を使い始めたな……」

「あー、あれ・・ですかぁ……」

あれ・・は酷かったな……」


 俺の言葉に、実際にその威力を体験したソーカとエドガーがげんなりしていた。


 あれ・・とは、ネスケラが用意した水鉄砲である。


 俺の知る限り、この世界にはまだ重火器は存在せず、銃も発明されていない。水鉄砲も当然なく、あれらは全てステアの神業スキルで購入したものだ。持ち運びに便利な格安拳銃タイプから超強力な電動水鉄砲まで、様々なタイプと色の水鉄砲を用意しておいた。


 しかも、その中に入っているのはただの水ではなく、防犯スプレー用の催涙剤を入れておいた。更に、少しだけ霧状になるようネスケラが水鉄砲の銃口をカスタマイズまでしていた。これで射程距離も損なわれずに命中率も上昇した。


 結果はご覧の有様だ。いくらフルプレートの鎧でも霧や水分までは防げまい。しかも兜が邪魔で目も触れられない事から、顔面直撃した敵兵たちは阿鼻叫喚である。敵ながら可哀想になって来たが、ここは互いの命を懸けた戦場だ。仲間や町の人々が助かるのなら、目潰しだろうが金的だろうが躊躇わない。


 全ての兵士に改造水鉄砲を支給するのは時間的に無理があったので、各小隊に最低一挺は持たせてある。一人が水鉄砲での射撃に専念し、残りの兵士たちがその隙に敵兵を討ち取っていた。


『——ケリー! 砲撃部隊が動いたよ。丘の斜面に隠れながら11時報告に移動中。多分、そっちを狙ってる動きだと思う』

「了解だ! 俺たちが対応するから、アマノ家以外は敵左翼側に集中させてくれ!」

『ラジャー!』


 敵部隊の観測、各部隊指揮官への伝達など、その全てをネスケラに任せている。これではもう、どちらが指揮官か分からないな。


「お目当ての部隊が動いたぞ! 俺たち“アンデッド”だけでそこへ突撃する! フェルとイブキも手伝ってくれ!」


 俺たちのすぐ後ろで援護射撃しているフェルと、クロガモにシノビ集を任せて、手の空いているイブキにも声を掛けた。


「よし来た!」

「いいねぇ! 面白そうだよ!」

「戦果を上げて私も恰好いい二つ名をもらいます!」

「え? 弓士の私も一緒に突撃するの!?」

「なんで私まで!?」


 うん、全員乗り気なようだ。



 アマノ家の面々とは別れ、俺たちは戦列から離脱すると、左前方に見える丘の頂上へと向かった。


 俺たちの思わぬ動きに最前線にいた敵兵たちは戸惑っていたが、しばらくすると敵後方よりラッパのような音が響いた。恐らく敵が前線に何かしらの合図を送ったものと思われる。


『——ネスケラちゃん情報です! 敵騎馬隊がそっちに向かったよ! 他の歩兵隊も慌ててそちらに急行中!』

「ちっ! 向こうもこっちをよく見ているなぁ!」


 先程の音は俺たちを警戒しての合図だったらしい。


「あっちの方が高い位置陣取っているしね。こちらの動きは丸見えなのよ」


 フェルのツッコミに俺はぐうの音も出なかった。


 ここを戦場に指定したのは俺です、本当にごめんなさい……




 ネスケラちゃん情報通り、まずは騎馬隊がこちらへと向かってきた。その数は……


「げっ! 二十騎もいやがる……!」

「こっちの数は九人、一人最低で二騎ノルマな!」


 俺が告げるとシェラミーの部下たちが悲鳴を上げた。


「それは厳しいですぜ!」

「相手は馬上で更に長物なのに、こっちは剣だぜ!?」

「しかも、ご丁寧に馬まで防具付けてらぁ……!」


 確かに手強そうだ。しかも、乗っている騎士は何れも中々の闘気使いだと思われる。この世界では騎乗するのを嫌う闘気使いも多いが、騎兵はやはり花形らしく、決して雑兵如きがなれるような兵科ではない。


 故に、軍の騎士は総じて強い。


「弱音吐くんじゃないよぉ! あたしが五騎やるから、アンタたちは三人で三騎を倒しなぁ!」

「姉さん……!」

「へいっ! 任せてください!」

「おらぁ、一丁前に鎧着やがってぇ、馬刺しにしてやんぞぉ!!」


 この世界にも馬刺しってあるんだなぁ……じゅるり!


「フルプレートな上に闘気使いですか。あれだと【風斬かざきり】は通らないかもですね」


 横にいるソーカが呟いた。


【風斬り】は剣士の遠距離攻撃手段としては有用だが、風を媒介にするという性質上、威力不足が唯一の欠点であった。ぶっちゃけ、剣に闘気を籠めて直接斬る方が威力は高いのである。


 鉄の鎧で、しかも闘気使いがそれを纏うと防御力も格段と増す。


 だが、しかし……


「いや、そんな事は無いぞ。ここ最近は小鬼どもの討伐でずっと闘気を使っていたからな。お陰で俺も更にレベルを上げた」


 この世界では日々精進を続けないと何時ハードなイベントで命を落とすか分かったものではない。あのマッチョ鬼との戦闘で威力不足を痛感させられた俺は、更に闘気の扱い方を研鑽し、【風斬り】もより磨きをかけたのだ。



 騎馬隊がこちらへと迫ってくる。


 俺は腕をクロスにして剣を構えると、両方の刃に闘気を一気に籠め、素早く腕を広げて剣を振るった。


「【風斬り】!!」


 両の剣から放たれた二本の刃は、こちらに近づいて来た騎士二人の首を鎧ごと、ほぼ同時に跳ね飛ばした。


「なっ!?」

「一体何が起こった!?」


 突如仲間の首が飛び、それを見ていた騎士たちは動揺する。


「今よ!」

「隙ありだ!」


 抜け目のないフェルとイブキが矢と鎖鎌で騎士たちに襲い掛かる。ほぼゼロ距離でのフェルの射撃は、いくら闘気使いの鎧といえども、それを突破するだけの威力となる。


 イブキも当然闘気を扱え、鎖鎌が騎士の利き腕を奪い去った。


 他の者たちもそれぞれの武器で応戦し始める。実力的にシェラミーの手下たちが少し心配だったが、その姉御さんがきっちり彼らの面倒を見ていた。



 騎馬隊が俺たちの横を駆け抜けた頃には、その数は一気に半分以下にまで減っていた。俺も更に二騎落としたからな。


「くっ! 強すぎる!?」

「駄目だ! 正面から行っては殺される!」


 怖気づいたのか、騎馬隊はそのまま走り去ってしまった。


「ふぅ、全員生きてるかー?」

「「「生きてまーす!!」」」

「……お前ら、いつもこんな無茶なのか?」


 イブキの視線が冷たかった。




 気を取り直して再び砲撃部隊へ目指して進み始めると、妙にそわそわとしたソーカがこちらに近づいて来た。


「師匠! さっきの威力が高い【風斬り】、どうやるんですか! さぁ、白状してください!」


 やたら圧が強いな。


「どうもこうもない。レベルを上げて物理で殴る、ってやつだ」

「……意味わかんないです。殴るんじゃなくて斬ってますよね?」

「うぐっ!? ただの比喩だよ! まぁ、細かいことは置いて、ただ単に闘気の籠める量を増やして、より速い斬撃を放った。それだけだな!」

「うわぁ、思ったより脳筋だった……」


 だって、それしかないじゃん!?


 あのマッチョ鬼君から俺は学んだのだ。所詮この世はパワーよ!



 だけどあの【風斬り】……強い分、闘気の消耗が激しいんだよね。

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